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迷宮白書  作者: 深海 蒼
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8話

 扉を開けて中へ入ると、支柱は塔へと印象を変えた。左手には壁伝いに走る階段が上の階層へと伸びている。正面奥には地下へと続く階段。壁の材質は外側から見ると煉瓦のようだったが、内側は大理石のように淡い光沢を持っていた。そして支柱内部の中心に置かれた、半径10メートル程度の丸い台座が、常に淡い光を放っている。


 材質で言えば「鉄」になるのかもしれないが、印象的に「メタリック」と感じる、どこか機械じみた台座が中央に鎮座しているのを見て、拳児は心底驚いた。過去に両親と見た、宇宙船映画に出てくるワープ装置のような台座。台の高さは50センチ程度で、上へ上がるのに小さな階段がついている。


 踏めばカツンと高い音を立てる階段。そこに足をかけ、グレスは拳児へ振り向いた。


「無謀、無茶もかまわんが、貴様は今日初めて訓練を受ける人間だという事を覚えておけ。

 知らぬからと言って迷宮はその顎を閉じるような真似はしない。その牙を隠す事はしない。

 これから貴様の目の前に現れるのは、生きるか、死ぬか。その二つの選択肢しか選ばせない世界だ」


 それだけ言うと、グレスは高い音を立て、台座へと上る。拳児も続いて台座へと昇り、グレスの横へと並ぶ。先程グレスの言った言葉は、自分への脅しではなく、警告である事は十分に理解している。その答えは後で言おうと思い、腰にかけてある剣の柄に手をかけ、肩から提げた袋の重さを確りと感じ取り、見ているグレスへ向け頷く。グレスは拳児から視線を外し、再び口を開いた。


「この台座は『転送台』と呼ばれている。迷宮内はこの転送台を伝う事で階層を行き来する事になる。

 転送台へと入った人間に、頭へ直接情報を送り、対象を転送する。転送先は既に通過した階層全て、先にある1階層、そしてここ、地上だ。

 転送台で一度に転送されるのは10名まで。転送台へ上がり、転送を意識すれば台は稼動する」


 グレスが言うと、足元から漏れる光が強く輝き始める。それと同時に、拳児の頭の中へ直接的な映像が浮かんだ。まるで現在有効化されているプロセスを提示するかのようなその映像に、拳児は中世の世界に置かれたスーパーコンピューターという印象を受ける。とてつもなく、この世界に存在している事に違和感を覚えていた。


「転送、第1階層」


 グレスの言葉と共に、足元からの光はより輝きを増し、拳児の視界は、真っ白な光に覆われた。




迷宮白書




 乗り物酔いとは違う、頭を強く揺さぶられたような痛みを感じた後、拳児の視界から光が消える。光が消えた後、目に入ったのは、岩石に囲まれた洞窟内部としか思えない空間だった。


 自身が立っている場所が台座の上である事を確認しつつ、周囲を見渡す。台座から左と右にそれぞれ道が存在し、両の道は岩石の壁で隔たれている。入った途端の分かれ道に、流石は「大迷宮」と妙な感心をした。


 台座から降りつつ、腰に下げた剣を確かめ引き抜く。これから、昨日のような殺し合いが始まる。その事に尻込みしないよう、剣に淡く反射された自分の顔を睨みつける。頑張れ、俺。ガティの為にも。


 決意を心の中で固めてから、剣を鞘に仕舞う。カツンと硬質な音に振り返ると、グレスが台座から降り、足元を確認している所だった。


「ここは第1階層、迷宮に初めて入る者は必ずこの階層から徐々に階層を上がる、いや下がるか?

 ともかく、階層を渡り歩いていく事となる。

 階層毎の移動には必ずこの転送台を用いての移動となる為、自分達がこの迷宮を上がっているのか下っているのかは全く把握できん」


 コツコツと足元を確かめながら拳児へと近づくグレス。足元がでこぼことした岩石で出来ている為、先端が杖のようになっている義足で歩くには難がある事は明確だ。


「迷宮内部は階層内に冒険者が存在しなくなると、構造を変える。大本の構成、例えばこの階層で言えば岩石が壁や床の材質となっているという事は変わらんが、

 通路の構造、階層の広さなどは大きく変わる。歩いて30分程度で端から端を歩く事ができる時もあれば、走って2時間かけても端から端へ行き来出来ない事もある。

 この『大迷宮』はな、生きているんだよ」


 それは、この迷路のような場所を攻略する難易度を何倍にも引き上げている要素。『構造変化』に対応出来るかどうかが、冒険者にとって最初で最大の関門となっていた。


「この迷宮に同じ場所は存在しない。二度目はないと覚えておけ」


「はい」


 柄を握り、強く拳児が頷くのを見るとグレスは言葉を続けた。


「訓練は第三階層まで。第4階層への転送台まで俺は同行する。ある程度の指示は出すが、通路の選定や基本の戦闘はお前がやる事になる。

 それでは訓練の開始だ」


「わかりました」


 返事をし、周辺を見渡す。現在いる第1階層は岩石で覆われた階層だが、どこからか自然の光が入ってきているようで、光源を持っていなくともある程度先まで見通せている。既に訓練開始の合図は出ている。拳児は左と右、両方の通路をじっくり見渡してから、片方を指した。


「こちらの通路を行きましょう」


 右手の法則。拳児は右手に伸びる通路を指し、歩き始めた。




 転送台から10分ほど進んだ先に、次の転送台はあった。その間、拳児達は曲がり角も、脇道も、二股の通路にも遭遇していない。ただまっすぐ周囲を警戒しながら歩いていたら、転送台を発見したのである。


 この状況はグレスも予想外だったようで、呆気に取られたように転送台を見ている。余りにも早い、第1階層攻略だった。


「えっと……、周辺をもうちょっと、動きますか?」


 気遣わしげな拳児の言葉に、グレスは苦笑いを浮かべて首を横に振る。


「運も実力の内だ。偶にこういう事もある。

 転送台から出たら、目の前に次の階層への転送台がある、なんて事もな」


 あれ、今のネタ振り?


 先に転送台へと立つグレスを見ながら、ネタ振りじゃありませんようにと拳児は心の中で祈りながら、頭に浮かんだ映像に強く映る文字を呟いた。


「第2階層」




 目の前に次の転送台が無い事を確認し、拳児はほっとして転送台から降りる。現在の地点は通路の行き止まりと思われる場所で、目の前には奥へ続く道がまっすぐ伸びている。


「よし、行きましょう!」


「なんだその笑顔は、気色悪い」


 グレスの言葉を聞いているのかいないのか、拳児は剣の柄に手を当て意気揚々と通路を進み始めた。それに黙って同行するグレス。通路は人が三人並んで歩ける程度の広さがあり、壁の材質は第1階層と同じ岩石で出来たもので、景色を楽しみながらという事は出来そうも無かった。


 周辺を警戒しながら進み、一本道が横へ伸びている事を確認し曲がろうと思った時、進行方向から聞こえる物音を拳児の耳が感じ取った。


 咄嗟に足を止め、掴んでいた柄を握り、鞘から剣を引き抜く。いよいよ、戦いが始まる。拳児は地面を這うような物音がこちらへ近づいている事を確認すると、剣を正面に構え、相手を待ち受ける事にする。


 這う物音は不規則なタイミングで聞こえ、とうとう物音の主は、拳児の視認可能な距離まで近づいてきた。


 その姿は、幼虫。イモムシなどと呼ばれる虫の蛹になる前の姿をした生物が三体、進行方向から近づいてきていた。だが姿はイモムシではあるが、大きさが何よりも違う。中型犬程の大きさをしたそのイモムシに、拳児は背筋に悪寒が走るのを感じた。これは気持ち悪い。


「甲殻虫の幼虫だ。常に三体以上の集団で行動し、餌を捕食する。外皮は成虫程ではないが硬く、牙は鋭い。

 だが愚鈍であり、動きは鈍重。ゴブリンとは比べ物にならないほど弱い、冒険者でなくとも撃退は可能なモンスターだ」


 グレスの言葉に、自身がゴブリン二匹を退けた事を思い出し、自信を持つ。拳児は緩慢な動きで近づいてくるイモムシに、打って出た。


「おおおっ!」


 イモムシ鈍重な動きは、自分についてこれていない。拳児はあっさりと三体の横を取ると、一番手前にいたイモムシの横っ腹に剣を突き刺した。


 先程のグレスの言葉に外皮は硬いとあった。見た目イモムシなモンスターであり、上は緑色の外皮で覆われているが、脇、そして移動する為の足と思われる周辺は、淡いクリーム色の皮になっている。ここなら大丈夫だろうと思い狙うと、あっさりと刃は突き刺さった。


 突き刺した刃をそのまま走らせ、一匹を二つに割る。残った二匹が頭をもたげ噛み付こうとその牙を拳児へ向けるが、擡げた頭の所為で腹が顕わになっている。剣でそこを突き、腹から頭へ刃を走らせもう一匹。今にも足へ牙を突きたてようとした最後の一匹の、頭を蹴り上げた。大きさに比例したその重さを足は感じたが、ひっくり返す事は出来た。腹からいくつも出ている足と思われるものがバタついているのを確認しながら、剣を突き立てる。


 三体の絶命を確認後、引き抜いた剣に付着した緑色の液体を振って飛ばし、鞘へ納刀する。拳児が背後へ振り返ると、すぐさまグレスが評価を始めた。


「わき腹を狙ったのは正解だ、外皮は硬いからな。だが最初、切りかかった時に叫ぶのはダメだ。

 こいつらにそこまでの知恵は無いが、階層が進むにつれ、物音に敏感に反応し、集団で襲ってくる奴らも出てくる。次からは叫ぶな」


「すいません」


 無意識で出た叫び声を注意され、拳児は顔から火が出そうな思いだった。

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