71話
『とりあえず詳しい話の前に、お茶でもどうぞ』
「ありがとう、いただくわ」
コボルトの集落に到着し、その中の一角にあるこじんまりとした小屋の中で円形のテーブルと椅子に座り、ホログラムの男性によって注がれた紅茶を受け取り、マリエルが礼を言って紅茶を一口飲む。爽やかなレモングラスの香りが鼻を抜けた所で舌に感じる甘さと僅かな若さに口を開く。
「随分上等な紅茶のようだけれど、どこで?」
『時間だけならいくらでもありますので、こことは別の集落で天日干しをして熟成させた茶葉です』
「ここ以外にも集落があるんだ……」
『えぇ。ダンジョンで生まれるのは多様な種族ですから、それぞれに適した住処というものがあります』
マリエルの言葉に応じたバリトンボイスの言葉に綾子が疑問を口にすると、あっさりと男は返事を返す。どう考えてもダンジョンの詳細を理解している側の存在であるホログラムで投影されているとしか見えない、蝶ネクタイに片目にモノクルを付けた燕尾服のダンディ、セバスチャンと呼ばれるに相応しい執事がにこにこと拳児達を見ていた。彼らが十分紅茶を楽しんだ所で、セバスチャンが口を開く。
『それで、あなた達は属性球を探しているという事ですが。ダンジョンの機能解放というのは神々からの指示ですか?』
「話が早くて助かるけれど、そういうの共通認識なのね」
『ダンジョン側の存在と神々との契約の一つですので。我々ダンジョンの精霊種は良くも悪くもダンジョンに影響を受けますので、ダンジョンの機能の利用で行動に制限が発生するかもしれませんから』
「神々との契約ねぇ。色々あるんだろうなぁ」
『えぇ、色々と』
話が早いセバスチャンにフランが疑問を投げるとすぐに打ち返してくる。ダンジョンの機能に関しては神々とダンジョンの管理側と取り決めがあり、それを利用する為の属性球という制限を用いるという事だろう。何だかどんどん面倒な方に話が進みそうだな、と拳児が考えながら紅茶を飲むと、セバスチャンはマリエルの空いたカップに紅茶を注ぎ足してから口を開く。
『ちなみに機能解放は世界に広がった混沌の調整の為に?』
「そうですね、そう言われました」
『なるほどなるほど。確かに今世界に漂っている量は調整が必要でしょうから仕方無いですね』
「それも共通認識なのか」
『えぇ。混沌の力が多すぎるという事は、すなわち世界の純エネルギーが多いという事。このエネルギーは元々指向性を持たないエネルギーなので下手をすると世界がオーバーヒートする可能性もありえますから』
「オーバーヒートかぁ、だから神様は軽く焦ってるのか」
『でしょうなぁ』
セバスチャンの分かりやすい表現に感心しながら拳児は紅茶を飲みつつ返事を返す。エネルギー総量が増えているという事は確かに過量によるオーバーヒートが発生する可能性があるというのは理解しやすい文脈だ。電気の過充電で火事が起きるなんて枚挙に暇がない程にニュースで報道されているので、それが世界で起きるとなったら遠慮したい所だ。そんな事を拳児が考えていると、恵が口を開いた。
「それで、属性球なんですけれど、どこにあるか教えてくれませんか?」
『ふむ、左様ですな……。条件付きで、お教えする事は可能ですよ』
「その条件とは?」
恵の問いかけにセバスチャンが顎髭を軽く擦りながら言う言葉に綾子が疑問符を浮かべると、セバスチャンは軽い笑みを浮かべて問いに答える。
『実はですね、最近ダンジョンで生まれる異常個体が増えすぎてまして。一部外部に友好的な対応が可能な種族を、今のダンジョン周辺の地域を統治している治世者の管理する神殿で教育を兼ねて生活させて欲しいのですよ』
「えっと、モンスターをダンジョンから出したいって事?」
『簡潔に言えばそうですが、危険な事では無いですし、これまでも数百年に一度はどこかのダンジョンで同じような事はされてきている事なんですよ。このダンジョンの規模で行う事は稀ですが』
「過去に何度かあったの?」
『えぇ、ありました』
セバスチャンの説明に驚きを感じながらニアが返事をすると、セバスチャンが軽く頷きながら答える。
『このダンジョンは世界に6つ存在する【起源ダンジョン】の中でも一番混沌の力と相性の良い【黒のダンジョン】ですから。神もこのダンジョンの機能を使ってさっさと溢れる混沌を制御したいと思うんですよね、だから交換条件です』
「なるほど、交換条件……」
「一旦持ち帰った方が良いんじゃない?これ」
「俺もその意見に賛成、勝手に決められる事じゃないよこれ」
セバスチャンから提示された交換条件という言葉に恵は一旦考え、そこにフランが提案をして拳児もその提案に同意する。確かに勝手に拳児達で決めてしまって良い事では無いし色々気になる部分が多い。この短時間で提示された情報が全然耳にした事の無い情報だらけなので、この情報に関しても一旦考えなければいけない事が多い為、この場で何かを決めるのは無理筋である。その結論に全員が至った所で恵が軽く頷いてセバスチャンに言う。
「その交換条件について、とりあえず一度持ち帰ってから返事をします。ですけど属性球の情報についてはその後に教えてくれるんですか?」
『いえ、条件を飲んでくださればお渡ししますよ、こうして』
恵が属性球に関してそれとなく確認すると、セバスチャンは何でもない事のように片手を伸ばして中空から属性球を取り出した。坑道で見つけた黄色の物では無く、緑の魔力が渦巻く確かな属性球を見せられた事で、拳児はうーん、と一回唸ってから問いかける。
「このダンジョンの属性球全部を管理している?」
『残念ながらこのエリアだけです。このエリアは居住兼用エリアとなっているので管理の権限キーを私が所有しているだけなのですよ。他のエリアには私のようなダンジョン用の精霊は存在していない為、自力での発見をお願いします』
「そう簡単には行かないかぁ」
あわよくばセバスチャンに全部お願いして、と期待していたが不発と終わり、軽くため息を吐く。早々美味しい話は無いなと思いながら、マリエルは恵と拳児に視線を向けて口を開いた。
「これ、普通に交渉して神殿に条件を飲ませないと無理よ」
「だよねぇ、じゃあ帰ったら神殿と交渉かぁ~」
『それでは再びこの集落に来られるよう、割符をお渡ししましょう』
一旦案件の持ち帰りが確定した事で恵もまたため息を吐いたが、そんな彼女の姿にお構いなくセバスチャンがまた空中から一枚の小さな木の板を取り出して、それを軽くマリエルに手渡す。そこには確かに歪な図形が描かれた木の板が存在していた。
「これが割符?何が書いてあるの?」
『この集落の座標です。難読化している上に何十にもプロテクトをしていますから神々が演算しても解読には数十年はかかるはずです』
「この技術が凄いのか神々の演算能力が凄いのかイマイチ分かりづらいなぁ」
セバスチャンの言葉に前提条件となる神々の演算能力がどんなものなのかという部分を理解していない為その凄さが分からなくなっている事に綾子が頭を軽く悩ませる。とりあえずそうして受け取った割符をマリエルは懐にしまうと、セバスチャンが笑みを浮かべて頷いてから更に言葉を続けた。
『では皆さんをこの場からダンジョンの入口までお帰ししましょう。こちらで転移の制御をしますので転移装置まで行かなくて問題無いですよ』
「何でもアリだなあんた」
『ダンジョンの精霊なので、ダンジョン内で私の権限が及ぶ場所に限ればほぼ万能ですから』
転移装置無しで帰らせてくれるというセバスチャンの言葉に拳児が呆れたように言うが、セバスチャンは自身の立場を明確に教えてくれた。これによりセバスチャンの持つ権限がそれなりの大きさであるがダンジョンの一部の権限に留まっている事が分かりやすくなった。後は神殿やギルドとの交渉という事で、全員で軽く顔を見合わせて頷いてから、全員で席を立つ。
「じゃ、転移をお願いします。なるべく良い返事を持って、早く戻って来られるようにするんで」
『どうぞ、よろしくお願いしますよ』
拳児の正直な言葉にセバスチャンは笑顔で頷いてから腕を振るうと、拳児達は転移の光に包まれる。淡い光に周囲が溶けていく感覚を覚えながら、今後の交渉事が面倒にならなければ良いなぁなどと拳児達は考えてしまうのだった。




