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迷宮白書  作者: 深海 蒼
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7話

 ガティの手続きは順当に終わり、商人ギルド許可の下、晴れて明日から鍛冶屋としての営業が開始出来るのだという。ギルドへ支払う金額は売り上げの一割と他の街より割安ではあるが、その分腕の良い職人が多く集まっているそうで、気を抜く訳にはいかないとの事。中でもドワーフの鍛冶師が集まり、王族御用達にもなっている『地精霊の大金槌』という店は品揃えも豊富であり、その店独自の技術力は他の鍛冶屋では見られないものだそうで、過去出店した店は数あれど、生き残れるのは極僅かだという。


「ま、俺にゃあ自慢の『刻印術』がある! 鍛冶師の腕も並のドワーフに劣っちゃいねぇ。俺ぐれぇの腕なら、十分商売になるって事よっ!」


 自信を持って宣言するガティだが、ここで聞き手となっている拳児は「うん、そうだね」と何とも気の無い返事を返す。拳児のその対応は聖堂で合流してからずっと、ガティが店にする予定の借家への道すがらの現在でも変化は訪れなかった。


 どこか心ここにあらずといった調子で返事を返してくる拳児に、ガティは無い眉を顰める。どうも覇気が無く、落ち込んでいるという訳でも無く、ただひたすら何か考えているようで、隣を歩いていてどこか居心地が悪い。その気分を払拭しようと明るく話をしていたのだが、どうにもならなかった訳である。


 いい加減この居心地の悪い雰囲気を払拭したいと思い、ガティはでかい声を出して拳児の背中の一つでも叩こうかと思った時、バシンッとガティ自身の背中が叩かれた。


「ってぇっ! なにすんだこのっ」


「何すんだじゃないだろ! アンタ何度呼んでも無視して! 親を待たせるとはどういう了見だい!」


 げっ、かあちゃん……。


 もの凄く嫌そうに呟いたガティの視線の先には、女物の服を着た、レプトリアンが立っていた。




迷宮白書




 拳児の目の前に、野兎の燻製に木苺のソースを絡めた焼き物、ゴテリアという魚の干し物、色とりどりのフルーツが盛られた木皿に、木製のボウルに入ったサラダが広げられていた。そして自分に最も近いのはジョッキに並々と注がれたエール。数々の料理とエールを用意した本人は、横でガティと口論をしていた。


「なんでかあちゃんが来るんだよ! ノリシラが来る予定だろ!」


「おとついにボーグのじいさんが腰やって寝込んじまったんだよ! 面倒はあたしが見るって言ったんだけど聞きやしなくてね。

 だからお前がメシに困らないように少しの間だけ来たって言うのに、なんだいその言い草はっ!」


「だったら別に他の奴でも良かっただろ! 来る予定の男衆にだって料理の出来る奴はいるじゃねぇか!」


「準備がまだ出来てなかったんだよっ! 一週間後の予定でバタバタしてたから、気楽に来れそうなのはかあちゃんだけだったんだよ!」


「だからって、なんでかあちゃんが……。大体親父は良いって言ったのかよ、村長の嫁が村から一人で来るなんてよ」


「へぇ、ガティって村長の息子だったんだ」


 思わず呟いた拳児の言葉に、口論を行なっていた二人ははっと拳児へ目を向ける。どうやら熱くなり過ぎて周囲が見えていなかったようで、拳児の存在を確認すると、気まずそうに口を開いた。


「あっ、あらあら、もう。ごめんなさいねみっともない所見せて。お客様の前だってのに」


「いえ、お気遣い無く」


「いやいや気を使って貰わねぇといつまでも話が終わんねぇんだよ。かあちゃん話なげぇから」


 よっこらせと拳児の隣に座ったガティに、かあちゃんの拳骨が一つ飛んだ。


「話長引かせてたのはあんたでしょうが! いい加減な事言うんじゃないよ!」


「ってぇな! 人の頭ポンポン叩くんじゃねぇよ!」


「いいからさっさと食べなさい」


 身に着けていたエプロンを外しながら着席する母親に恨めしげな視線を向けるガティに、拳児は本当に親子なんだなぁと実感した。


 ガティの母親はマルタさんと言い、ガティの実の母親であり、村長であるガティの父親の奥さんだと言う。そんな人物が電車や飛行機も無さそうな世界で息子の為に一人で大きな街へ出てきたのだという話だ。


 最も、マルタさんが村を出たのはガティが村を出た三日後で、ガティは途中小さな村へ寄ったり、商人の馬車に乗せてもらいながらちょっとした観光をしながらこの街フィーリアスへ来たのとは違い、一直線にこの街へ来た為、今日到着し合流したのだと言う。三日間、ガティは観光などで潰した事になる。


「全く、この店に村の男衆も預かるって事の意味、わかってんだろうね?」


「わーってるよ」


 村の男衆を預かる意味。他の街へ出てお金を稼ぐのは出稼ぎとなるが、ガティ達が村から出る理由は少し違っていた。


 ガティの出身とする村は自給自足で成り立っていたのは数年前となり、年々若い血が村から離れる事を止められなかった為、村には女子供と老人が多く残される事となる。そんな折、ガティの父親である村長が一つの提案として、自身の村が完全に疲弊する前に財を集め、それを元手に大きな街で商売をし、その売り上げを村の維持ではなく、街へ移住する為の基盤作りの為に使用し、村を移動させようというものだった。


 当初その提案に老人を中心とした者は反対を唱えていたが、年々疲弊していく村の実情は見た目にも明らかであり、また建国200年程度であるフィーリアスであれば首都周辺に多くの未開発地域が存在しているのは確認済みであった為、稼いだ金でその土地を買い上げ、村としてより街に近い場所へ移住する事で都市との流通を円滑にし、また基盤作りに使用した店や金を元に街へ移動した者の生活をある程度保護する事が出来るという案に多くの若者が賛同した為実行の段となり、村代表として村長の息子であるガティ率いる数名の若者がフィーリアスへと出てきたという事なのだそうだ。


「じゃあ、責任重大なんだね、ガティ」


「まぁ俺ぁ村はどうでもいいんだけどな。自分の鍛冶師としての腕を世界中の冒険者に認めさせるってぇ夢の第一歩に利用させて貰うって訳よ」


「夢、かぁ……」


 自分の夢を男らしく語るガティに眩しいものを見るような視線を向けた拳児だが、一転して表情が沈んでしまう。奴隷の娘として生まれたあの子は、生きるのに精一杯で、夢とかあったりするんだろうか、と考えてしまった。そうなってしまうと後は一直線に思考の渦へと沈んでいく。自分は特別何か将来に夢を見ていた訳でもなく、なんとなく生きていただけという事をレテスやガティの言葉で理解させられてしまった。夢を持っている人間が偉いという訳ではないが、レテスのように生きるのに精一杯な状況でかつ、生まれた時から一生の指針がある程度決まっており、夢を見て何かを行なう事も許されない状況は悲しいものだと思う。


 深く思考に沈みこんだ拳児の肩が、ポンと叩かれる。顔をあげると、心配性な目をしたガティがそちらに居た。


「なぁ、おめぇ聖堂からこっち、何か悩んでるんじゃねぇか? 良かったら言ってみろ」


 そんなに顔に出ていたのだろうかと周辺を見ると、マルタも同じような顔をして拳児を見ていた。その親子揃って人の良さそうな二人に、黙っていては余計に心配させると思い、拳児はとつとつと頭の中の思案を言葉に出してみた。


 初めは自分の測定を行なったレテスの事、自分の生まれ育ってきていた世界の話、奴隷という存在について。途中、自分の生まれ育った世界の話でマルタさんが胡散臭げな表情をしたのを見咎め、ガティがフォローに回って例の諭吉さん他数個の貨幣を見せ、この世界の一般に広まっている技術では到底作成できない物である事を納得して貰ってから話を続けた。


 自分が今まで恵まれた環境で生きてきて何もしようとしなかった事も、過酷な環境で精一杯生きている彼女が、夢を見る事すら許されず一生を既に決められてしまっている事の理不尽さも、この世界に対する自分の思いを全て言葉に乗せて二人に聞かせた。


 話を聞いた二人は腕を組み、う〜んと一瞬唸ってから口を開く。


「……惚れたか?」


「惚れたわね、それ」


「ちょっと! 今の話聞いてたのっ!?」


 バンッとテーブルを叩きながらいきり立つ拳児の前で、エール片手に「だってー」「ねー」と言葉で出てきそうなアイコンタクトを交わす親子。拳児に分かるようあからさまに行なっている所がまた小憎らしい。


「あのねっ! 惚れたとかそういう話じゃなかったでしょ今!? なんでそうなるの! ねぇなんで!?」


「わ、わーったわーったよ」


「でも惚れてるわよね、それは」


「すいませんガティのお母さん、一発頭叩かせて下さい」


 ぐぐぐっと握り締めた拳を掲げてマルタを威嚇するが、マルタは「きゃーこわーい」とおどけるだけ。ガティの生みの親なんだからそんな事言う年でもないでしょうがと思ったが、何を言っても無駄にしか見えないので、大きく息を吐き椅子に座る事にした。そこへ、仕切りなおしのようにガティが声をかける。


「んで? おめぇはどうしたいんだよ」


「それは……、どうすればいいんだろうね……」


 考えを口には出したが、自分がどうすればいいのか、どうしたいのかがわからず、拳児はしゅんと肩を落とす。その様に、エールを口にしていたガティはジョッキから口を離すとはぁ〜と深い深い溜息をついた。


「おめぇなぁ、彼女が奴隷として一生を終えていくのが可哀相、彼女をどうにか出来ないかって言ってたじゃねぇか」


「う、うん……」


「じゃあおめぇ、自分が10階層攻略して、おめぇが身請けすれば、少なくとも他の冒険者よりはマシに扱うんじゃねぇのか?」


「まぁそうよねぇ。今すぐ社会の仕組みを変えるなんて事は出来ないんだし」


 二人の言う事になるほど、と感心した。自分がサポート人員として彼女を指名すれば、少なくとも自分は彼女を奴隷のように扱うつもりはないし、彼女も他の冒険者の所へ行くよりもマシな対応が出来るはずだ。それに、彼女のような可憐な女性が他の男の手に渡るのを想像するのは正直男としては嫌なものだ。ほんの数時間ではあるが、心優しい彼女に不安な自分の心を慰めてもらった恩もある。例え相手がそれを何でもない事だと思っていようが、自分は恩だと思っている。なればこそ、例え自己満足な恩返しと言われようとも、彼女の為に自分の出来る事をするべきではなかろうか!


「またコイツ何か考え込んでやがるな……」


「忙しい子なのね、ケンジ君」


「よし決めたっ! 明日10階層攻略に挑戦する!」


 バンッと再びテーブルを叩いて勢い良く立ち上がった拳児に、おぉ〜っ! と歓声を持って二人は答え、ガティは早速席を立った。


「よしっ! じゃあケンジ、今日支給された袋から、中身を全部取り出せ」


「えっ? う、うん」


 言われた拳児は一瞬呆けたが、すぐさま傍らに置いてある袋を開くと腕を突っ込み、中身を取り出した。この袋には、袋自身の大きさよりも大きなものすら仕舞え、取り出す時に中身が明らかに大きくても何故かスムーズに出てくる。まるで機械狸のポケットのように。その袋から、拳児は自前の鞄と、支給された皮の胸当て、ガティから貰った硬貨が入った袋を取り出した。


「なんでぇ、支給されたのはこの胸当てだけか」


「え、うん。もっと良いのが欲しかったら自分で稼げって」


「ま、それもそうよね」


「じゃあケンジ、金を出してくれ。今から初仕事をしてやる」


 一瞬何の事か分からなかったが、ガティが鍛冶師として腕を奮うと言っている事を理解すると、すぐさま硬貨の入った袋をひっくり返し、全てをテーブルへと並べた。だがその行為にガティは怒鳴る。


「馬鹿野郎! こんなに金貰えるような材料は今はねぇ! ミスリル銀なんかまだ仕入れちゃいねぇんだよ!

 今あんのは鉄と銅ぐれぇだから、刻印つけてこんぐれぇだ! かあちゃん、傷薬と包帯、あと水のポーションをありったけ袋に詰めてやってくれ」


「あいよ。じゃあ道具屋も初仕事で、こんぐらい貰うわよ」


 テーブルの上に乗っていた金貨からガティが三枚、マルタが一枚取る。昨夜の宿代と今日までの食事代はガティに迷惑料込みで50銀として支払ったので、残りは金貨3枚となった。だがこれだけあれば、ある程度の生活は出来るだろう。


 ガティは席を立つと、ジョッキを一気に飲み干してから大きく叫んだ。


「よぉっし! 拳児の恋路の為に、仕事といこうじゃねぇか!」


 パンッと大きく手を打ち、ガティは勢い良く階下の鍛冶場へと飛び出していった。




 結局拳児はレテスに惚れたという事になったまま、『冒険者の聖堂』へと送り出された。二人とも何だか妙に楽しそうでむかついた。だがマルタはともかく、ガティは一晩中鍛冶場で鉄を打ち、刻印を刻んでいた所為で寝不足となり、目の下に隈と思われる黒い縁を作ってまで剣と鎧を打ってくれた事には感謝してもし切れない。見送りの際の生暖かい視線にはカチンと来るものがあったが。


 肩から提げた袋の中には傷の塗り薬と解毒薬、包帯に水のポーションという体力を回復してくれる薬が入っている。身につけているのは皮で出来ているが鉄で補強してある鎧に、ガティお手製の身体を軽くするという刻印が刻まれたものに、腰から下げた刻まれたものを頑丈にするという刻印の入った鉄の剣。マルタさんから貰った布の服の上下にそれらの装備を合わせた出で立ちで、拳児は『冒険者の聖堂』中央にある支柱、その正面にある両開きの扉の前でグレスを待っていた。


 未だ時刻は早朝だが、ギルド員と思われる人間が数名聖堂内を行き来しており、また自分の前の扉からも冒険者や職員と思われる人間が数名、出入りを行なっていた。彼らのその物々しい装いに怖気を覚えるが、そんな事考えていられないと拳児は拳を握りひたすらにグレスを待つ。


 やがて、特有のコツコツとした硬質音を出しながら近づいてくる人影に気付くと、拳児は顔を更に引き締め相手が着くのを待つ。その相手、グレスはその拳児の様子と出で立ちに一瞬驚いた顔をしたが、フンと一転して不機嫌そうな顔に戻す。


 拳児の前を通り、支柱の扉へ手をかけると、グレスはそっと呟いた。


「今日で10階層まで攻略するつもりか? 訓練程度で刻印入りなんぞ身につけおって」


「攻略するつもりです。10階層まで」


 思わぬ反論に、グレスは今度こそ驚きを表情に映し出した。

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