65話
突然行方不明になった高木に呼び出され密会をした拳児だが、高木と青楼で別れた後にはすぐに家へと帰宅していた。夜間ではあったが家の明かりが灯っているのを確認してから帰宅し、そのまま広間に行くとソファーで寛ぐ仲間達が居たので声をかける。
「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「うんまぁ、その話をしようか」
拳児の挨拶にそのまま問いかけを返すフランの言葉に頷きながら拳児もソファーに座ると、慣れた手つきでレテスが紅茶を淹れてくれたのでそれを軽く口にしてから、拳児は青楼で交わした高木との会話を思い出しながら仲間達に説明した。現在の高木の動向とその目的、最終的な結論とそれに対する協力について。全ての話を聞き終えた日本人組は全員、少し難しい顔をしてから頷いた。
「まぁ、高木さんの目的も現在の動向も理解出来たし、いいんじゃないかしら」
「そうね、私達としては特に問題がある訳じゃないから」
「そうね」
拳児からの説明にフランと恵、綾子がそう答える。特に大きく問題になりそうな事はしていないと理解出来た上に、元の世界に帰れるかもしれない可能性をその神が提示したという事で、なら協調しても問題無いだろうとみんな思っていたのだった。そんな所に、少し困った表情をしながらレテスが問いかける。
「でも、その魔の手の者っていう集団がそんな善行のような事を本当にするんでしょうか?」
「そうね、何か他にも目的はあると思うけれど」
レテスの言葉に続けてマリエルが同意を示すが、それに対して恵が軽く苦笑しながら応じる。
「そりゃ他にも何らかの目的はあると思うけど、正直元の世界に帰った後の事は私達には関係無いから」
「可能性として希薄だとしても、帰る為の具体的な手段を提示してきた側の言葉の方が私達にはメリットが大きいからね」
恵が言い切り綾子がそれに同調すると、やはり困った笑顔を浮かべたニアが確認する。
「神殿で神様が魔の手の者に対して警告していたけど、それ無視するの?」
「無視っていうか、そもそも言う事聞く必要無くない?」
「え、なんで?」
ニアの言葉にフランが正直な言葉を返すとニアが心底びっくりしてきょとんとしは表情に変えるが、その様子を見てフランもきょとんとした顔で返事を返す。
「え、何でって。こちらにメリットがある事を魔の手の者を含めた高木さんがしようとしている訳だから、こっちとしては別に問題無いじゃない」
「いや、神からの警告なんだけど、それ無視するのって問題あるんじゃないの?」
「問題あるのかしら?」
「いや、特に無いと思うけど」
フランの言葉に再度ニアが同じ事を問いかけるが、やはりフランは同様の返事を返し、加えて拳児もそれに賛同する返事を返した。その事にニアが微妙な表情を浮かべたのを理解した綾子が、苦笑しながら口を開いた。
「えっとね、私達の国って神話があったり神を祀る施設や人が居たりはするけれど、国民の大多数は神を信仰しない無宗教者だから神の言う事を無条件で聞かないといけないっていう価値観が理解出来ないのよ」
「そ、そうなのですか?」
「まぁそうね。何せ『神は死んだ』という言葉が哲学的な名言として扱われるような世界だし」
「うわぁ……」
綾子の説明にレテスが少し驚いて聞き返すと、恵がニーチェの名文を取り上げて応じるとマリエルがドン引きする。マリエル達この世界組からすれば、『神は死んだ』なんていう言葉は世界に確かに存在する神に対する冒涜的な言葉なのだから当然であった。しかしその価値観自体が、日本人組には全く通用しないのだった。
「実際元の世界じゃ本当に神に会った人とか居ないだろうし」
「神話はあるけど、それこそ物語でしかないからね」
「この世界程神とか竜とか、そういう超常的な存在が身近に居ないものね」
拳児の言葉にフランと綾子が同意しながら頷くのを見ながら、恵が言葉を続ける。
「まぁ、そういう訳だから。私達は無条件に神殿で言葉を交わしたあの神の言う事を聞く必要性とか無いし、どっちかと言うと具体的な帰れる可能性を提示してきた魔の手の者側の神の言う事の方がこちらとしてはメリットがあるから、そっちに協力する事になるよ」
「こう、心情的に協力出来ないと思ってるなら正直に言って貰ってもいいんだけど」
恵の言葉に続けて拳児が念の為、自分達の方針に無理に従う必要は無いと言うが、マリエルは苦笑しながら首を振った。
「いえ、元々ダンジョン探索が目的だし、神殿で会った神に言われたのも同じ属性球を集めろって話だし、拳児達と一緒に行動するのは変わらないわよ」
「そうですね、というか私は拳児さんの従者なので」
「あ、そうか」
マリエルの返事にレテスが苦笑しながら言うと、みんなでハッとしてから頷く。そういえばレテスは立場上拳児の奴隷という状態なので拳児の行動に付随しないと問題になる。だから拳児に付いていくしか無いレテスの事に対して、フランが軽く考えてから口を開いた。
「あの、レテスを奴隷から解放する手段って無いの?」
「えっと、あるにはあると思います。拳児さんとの契約の際に結んだ契約書にそういった記載があると思いますけれど」
「契約書の内容なんて忘れちゃったよ……」
フランの言葉にレテスが苦笑しながら拳児を見るが、案の定拳児はそんな内容があったのかさえ覚えておらず、全員が苦笑をするしか無かった。その様子を見ながら綾子が提案を行う。
「じゃあさ、明日はこうしよう。明日は神殿に高木さんの状況の説明と、世界に存在する神殿に連絡して貰って高木さんを探し回るのを止めて貰えるようお願いする。その後にギルドへ行って奴隷の契約解除とかそういう事が出来るか確認する、でいいでしょ」
「そうね、高木さんをフリーで動かして、レテスを奴隷から解放すればいいか」
「えっと、何故奴隷から解放が既定路線なのでしょうか」
綾子と恵の言葉に思わずレテスが首を傾げながら問いかけると、フランが笑みを浮かべながら答える。
「別に奴隷の状態なのって特にメリット無いし、むしろデメリットの方が多いんじゃないかしら?自由意志で決められないとか法的に問題があったりするんじゃない?」
「それは、確かにそうですね。主人として登録されている人物が死亡や行方不明になったらまた他の方の奴隷になると思います」
「後々の事を考えたら、レテスを自由にしておいた方がメリット多いわよね」
「それはそう」
フランの説明に同意したレテスの言葉に、恵と綾子が頷く。それから拳児は軽く微笑みながらレテスに問いかけた。
「レテスさんは、奴隷から解放されたら俺達とのダンジョン探索から離脱する?」
「いえそのつもりはありませんね。今でも十分報酬は頂いていますし、現状から離れた方が生活が困窮すると思いますから」
「だよね」
拳児の問いかけに至極真っ当な返事をしたレテスに拳児も微笑む。現在の集団でダンジョンを探索してダンジョンから得られる報酬を受け取った方が生活基盤としては急に一人になるよりよっぽどマシだ。一人になったらそれこそ稼げなくなって身売りをするか奴隷に逆戻りするような事になり得るかもしれない。なので今のパーティーで活動して生活資金を得ていく方が全員にとって最良の答えである。それに納得しながら拳児が改めて全員に向けて告げる。
「じゃ、明日は神殿に行って状況説明、その後でレテスさんの奴隷身分からの解放に関する説明をギルドに聞くって事で。今日はもう遅いしそろそろ風呂に入って寝よう」
「賛成賛成、とりあえず明日はダンジョン探索は無しで諸々の片付けね」
「了解よ」
拳児のまとめた言葉にフランとマリエルが頷き同意するのを見てから、全員で風呂に入る準備を始めるのだった。




