64話
突然行方不明となった同郷の警官、高木から手紙で呼び出された拳児。青楼、高級娼館で語られた高木の言葉に拳児は何一つ嘘を感じ取れず、また切実な訴えをして頭を下げる高木の姿に、拳児は軽く溜息を吐いてから手元のゴブレットに入ったビールを一口飲み込んでから考える。高木の目的は元の世界に帰る事だけであり、それ以外の意図は感じ取れない。魔の手の者という謎の存在と一緒に居るのが多少問題だが、目的に関しては拳児達と同じなので、内容によっては問題無いだろうという事で、拳児は詳細を尋ねる。
「とりあえず、こちらで協力する内容は何ですか?」
「内容としては2つある。1つ目はこれだ」
拳児の言葉に高木は懐から一つの板を取り出す。金属で出来たその板には謎の文様と、微かな魔力が感じられる。拳児が差し出されたそれを受け取り確認している所に高木が口を開く。
「俺の魔力を微小に含んだ金属板だ。丈夫に作ってもらったから余程じゃないと壊れないだろう。それをその日が来たら取り出して欲しい」
「その日とは?」
「ダンジョンの機能を回復する為の儀式をする時だ」
拳児の問いかけに高木も一口酒を飲むと、言葉を続ける。
「儀式の時に混沌の力は儀式場に集まるはずだ、そのタイミングでフィーリアス大迷宮の内部で行われる儀式で、元の世界に帰れるよう混沌の力を利用する」
「利用するって、どうやって?」
「俺も具体的にはまだ教えて貰ってないんだが、俺達のような混沌の力が形となっている存在なら、力が高濃度になる儀式場で何らかの方法でその力を利用する事が出来るらしい」
「ん……まぁある程度理解できました。儀式の邪魔をするという話じゃないなら良いです」
「助かる」
高木の説明に納得した拳児が承諾して金属板を仕舞うのを見て高木は再度頭を下げる。高木のその様子に、彼の心情を多少理解出来た拳児は再び高木に問いかける。
「それで、もう一つの協力は?」
「君達サイド、というか君達に協力を行っている神と神殿に、俺達の邪魔をしないで欲しいと伝えて欲しい」
「あー、邪魔しそうなんですか」
「どうも神という存在も一枚岩では無いらしい。俺に連絡してくる神が言うには魔の手の者に与する神を神々が警戒しているから動き辛い状況になっていると言っている。その神が動き辛いのは都合が悪い」
「なるほど……」
高木の言葉に拳児は軽く考えてから、呟く。
「魔の手の者に与する神は何がしたいんですかね」
「さぁ、分からんが混沌の力をどうにかしたいのだとは思う。ただ俺はその神から元の世界に帰れる可能性を示唆されたし、実際に可能性を見た。古代魔導王朝の魔法の一つにある闇渡り、ワームホールを用いた物質転送魔法なんて物がある。元の世界からこちらの世界に移動が出来たんだ、逆もしかりだろう」
「やっぱりその可能性に目を付けましたか。俺達もその魔法を知った時にその可能性に至りました」
「だろう。だから混沌の力も用いてワームホールを形成すれば、元の世界に帰るのは十分可能だと思っている」
やはり同じ魔法に目を付けていたか、と拳児は納得し高木も頷く。理解できる話の内容であり、特に問題らしい問題も感じなかった拳児だが、最後に高木に確認する。
「その魔の手の者に与する神って、正体隠して動いているみたいですからやっぱり後ろ暗い事を考えているんですかね」
「どうなのだろうか、この世界にとってなのか神々にとってなのかは分からないが、事が露見するのは問題があるという事だとは思う。けれどそこに関して正直どうでも良くないか?神々の間で揉めようが俺達には関係無いし、元の世界に帰れば俺達には問題無いし」
「……確かにそれはそうですね。神々の間の諍いなんて俺達には関係無いですしね」
高木の言葉に拳児は納得しながらビールを飲む。拳児達にとっても神々の揉め事等関係無い話だし、元の世界に帰ってしまえば何も問題は無い。それに拳児達が遭遇した竜にしろ神にしろ、この世界の存在で高木に具体的な元の世界へ帰れる可能性を提示した存在は拳児達の側には居ない。なので拳児も心情的には高木に協力するのは何も問題が無いと思っていた。
「まぁ元の世界に帰れる可能性を提示してくれた神の方がこちらとしては都合が良いですよね」
「そういう事だ、だから神殿にはそう連絡して欲しい」
「分かりました、明日にでも連絡しておきます」
「助かるよ」
拳児の気の良い言葉に高木は再び頭を下げてから、笑みを見せて頭を上げる。
「正直、話が上手く行くかどうか半々だと思ってたから、ここまでスムーズに協力を承諾してくれるとは思わなかった」
「別に高木さんの邪魔をするメリットも無いですし、俺も帰れるに越したことはないですから。高木さん程切実な感覚では無いですけれど、この世界の神が帰れないと断言したからと言ってそれで分かりましたって納得する訳無いじゃないですか。俺無宗教なんで」
「日本人の殆どは無宗教だろうからな」
拳児の言葉に諸々納得した高木は、特に問題無く話し合いが済んだ事にホッとしながらビールを飲む。そうして少し気を抜いた高木に対し、拳児が問いかけた。
「それで、高木さんの方には他にも協力者が居るんですよね?」
「あぁ、ダンジョン探索の協力者が居る。各々が独自の目的を持っているのだろうが、混沌の力をどうにかするにはダンジョンの機能を利用するしか無い。そこで利害関係が一致している人達だから、ダンジョン攻略して儀式に介入する、という所までは全員協力するつもりだ」
「その後は?」
「知らないけれど、その後は特に重要では無いからな、俺にとっては。その後に問題が起ころうとも、俺はその時既にこの世界には居ない予定だから」
「後の事は特に関係無いですもんね」
高木のぶっちゃけた発言に拳児も同意しながら頷く。背後に陰謀があろうが無かろうが、既にその時には元の世界に帰れているか、この世界から消えているだろうという事だけは間違い無いと拳児も思っている。元の世界に帰れないのであれば、正直高木は生きる意味を失って死んでも仕方無いような状況だ。結婚する予定なのがパーになったら絶望するのも仕方無いから、本当に高木にとってはその後のこの世界の行く末等関係無いのである。だからそれは、特に疑問に思う事は無かった。そんな風に高木の言葉を受け止めた拳児は、再び問いかける。
「協力者って、古代魔導王朝の事を知っている存在なんですよね」
「そうらしい。研究者だとか血族だとか言っていた。古代魔導王朝の復興でもしたいのかどうなのか分からん」
「なんか今と比べたら凄いテクノロジーみたいですからね、そういう夢を見るのもやむなしとは思います」
「だな。星から供給されるエネルギー使い放題の技術なんて、誰だって欲しいだろう」
「ですね」
高木と二人、古代魔導王朝の事を考えているが、変な事さえしなければその技術力が生むメリットが大きい事は理解できる。なので古代魔導王朝を復興したい、という気持ちは拳児としては理解できる物だった。
「あれ?なんかちゃんと方向性を制御出来れば、古代魔導王朝は復興した方が今よりも何倍も発展が加速するのでは?」
「エネルギー革命が起きれば技術もインフレしていくだろうね」
「古代魔導王朝の技術自体は使い方を間違えなければ問題無いですしね、危ない技術も沢山あるとは思いますけど」
「痛し痒しかな?」
世界の発展にとっては古代魔導王朝の技術については利用した方がメリットがあるんじゃないか、という結論に至った二人は、顔を見合わせて笑いあった。
「ともかく、高木さんの作戦が成功する事に、期待していますよ」
「その前に俺も君も、ダンジョンの鍵を見つけなければな」
「そうですね。ま、ぼちぼち頑張りましょう」
「あぁ、お互いに」
何となく互いを軽く理解した二人は、静かにゴブレットを合わせてから中のビールを飲み干すのであった。




