63話
拳児達が獲得した月鉱石を素材にした新規武装について、ガティの話ではもう少しの調整で完成するという報告があった為、それまでは今の武装のままダンジョン探索を行っていた。3回目となる「朝露の森林」エリアから戻ってきた拳児達に対し、いつも通りギルドの受付担当の男性が応対を終えると、拳児を呼び止めた。
「ケンジ・コバヤシ様宛てにお手紙を預かっております」
「え、俺宛てに手紙ですか?」
「はい、こちらに」
受付の言葉に拳児は少し戸惑いながら差し出された封筒を受け取る。本当に封蝋の押された封筒であった事に疑問を覚えていたが、封筒の左下に「高木」と綺麗な文字で記載されていた事に驚き、慌てて拳児は受付の男性に問いかける。
「あの、これ何時頃届きました?渡してきた人は?」
「今から4時間程前ですかね、渡してきたのは手紙の配達で小遣い稼ぎをしているいつもの平民の子供です」
「あ、そうなんすか……」
受付の男性の言葉に少し気落ちした拳児の様子を見てフランが問いかけようとして拳児の背中越しに手元の封筒を見て、拳児と同じく「高木」の文字を確認したフランが思わず声を挙げる。
「高木さんからじゃん!!」
「え、マジ!?」
フランの声に釣られて恵と綾子も拳児の手紙に殺到すると、拳児はそのまま封筒を開けて中身を確認する。するとそこには、日時指定のされた1枚の金の箔押しをされたチケットが入っていた。そのチケットを恐る恐る取り出して何か怪しい所は無いか確認しながら、何も無い事を把握してからチケットの表に書かれた名前を確認する。
「えっと『サロン・フィティッシュ』?どこだこれ?」
「青楼ですね、紳士方には人気の店だと噂で聞いております」
「青楼かぁ……」
箔押しされたチケットに書かれた店が青楼、いわゆる高級娼館である事を理解した拳児は何とも言えない気分を味わいながらチケットを改めて確認し、日時が今日の午後、大体2時間から3時間後から有効となっている事を理解して嘆息する。
「今日の指定で娼館、男一人で来て欲しいって事か」
「うーん、この場合多分本当に拳児君一人で行った方が良いと思う。無理に同行したり周囲に張り込んだりすると敵対行動と取られかねないから、私達は大人しくしているべきかな」
「綾子の言葉に賛成ね」
拳児の呟きに綾子と恵が慎重論を唱え、フランもその言葉に軽く頷いてから口を開く。
「じゃあ最低限引き出したい情報を整理して確認しましょう」
「そうね、色々聞きたい事はあるし」
フラン達の言う事も尤もなので、拳児は頷きながら荷物袋の中からスマホを取り出しわーわー言いながら高木に対する質問事項を纏める為に冒険者の聖堂中央付近のベンチに集まって色々意見を出した。そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎ、全員で聖堂を出た後で拳児は女性陣と分かれ、一人冒険者の聖堂から西の方向にある色街、歓楽街へと足を踏み入れた。ダンジョンを攻略してからなので既に夜となっており、初めて一人で夜に訪れる歓楽街は、何と言うか色んなもののごちゃ混ぜだった。飯屋に遊女に男娼博打、欲望の坩堝に相応しい歓楽街の有り様だ。
こんな大人にはなりたくないなぁと思いつつ多くの絡んでくる酔っ払いや遊女を無視して奥へと進むと騒がしい場所から一変し、急に静かな街並みとそれと反比例する豪奢な街灯と建築物に囲まれた通路へと出た。その通路の左右にはいかにも厳しい顔をした筋骨隆々の狼とクマであろう男性獣人が二人で槍を携えて立っていた。拳児はその二人に朗らかな笑みを浮かべながら懐から受け取っていたチケットを取り出して二人へと見せた。
「すみません、この店に呼ばれてるんですけど、お店の場所分かります?」
「金箔のお客さんか、案内しよう」
拳児の問いかけに筋肉質な狼顔のお兄さんがバリトンボイスで応じ、槍を持ちながら拳児の隣に並び案内を始めてくれる。拳児はそれに合わせて向かいに立つ熊の耳をつけた筋肉にもペコリと頭を下げて一緒に静かな街並みを歩き始めた。少し歩いた所で向かいから静かに馬車が走ってくるが、それを横に避けながら煌々とした街灯に照らされた道を歩き進めながら、少し尋ねる。
「先程の馬車、窓がありませんでしたけど」
「お貴族様のお忍びだ、家紋も無かっただろ。まぁ慣れた奴なら馬車の外に吊るされた照明でどこの貴族か分かっちまうんだが、言わぬが花って奴よ」
「なるほどぉ~」
貴族社会すげぇ~と謎の感動を覚えながら案内人の言葉に頷いていると、1軒の洒脱な雰囲気をした店へと辿り着いた。歓楽街なのに小洒落た喫茶店みたいだと場違いな感想を浮かべた拳児の横で、案内してくれたお兄さんが店の外に立っていたクラシカルなメイド服ともディアンドルとも言い難い薄緑色のエプロンドレスを着た女の子に声をかける。
「シリちゃん、客だ、金箔」
「お待ちしておりました、コバヤシ様ですね」
「はい、小林です」
シリと呼ばれた女の子の言葉に拳児が同意すると、そのままカーテシーをして言葉を続ける。
「お待ちしておりました、お連れ様は既にお待ちですのでご案内いたします」
「ありがとうございます。じゃ、あ、お兄さんもありがとうございました」
「おう、またな」
彼女に案内される前にここまで連れてきてくれたお兄さんに金貨を1枚手渡してから、拳児は彼女の後へと続く。洒脱な喫茶店という印象はそのままに、確かに娼館として造られたであろう2階以降の部屋数を確認しつつ3階へと上がり、左手一番奥の部屋の前でシリはドアの前に設置されたボタンを押す。すると少ししてカチッと音がしてからドアノブが軽く回り、勝手にドアが開いた。その様子を見て、シリは再びカーテシーをしながら拳児に言う。
「それではお客様、良い夢を」
「あぁはい、ありがとうございました」
礼儀正しくカーテシーをしてみせる彼女にも金貨を1枚渡してからドアの先へと入り、後手に扉を締める。再びカチリと音がしたと同時に軽い魔力の波紋が流れたのを感じながら拳児はドアに向けていた顔を室内に向けると、そこには優雅にソファーに座る、どこかで見た事のあるジャケットを羽織ったメガネの男性が、苦笑を浮かべながらゴブレットで何かを飲んでいた。見覚えのある細身の男性の左に女性が一人座っており、彼の対面にも女性が一人座っている。そんな様子を俯瞰して見てから、拳児も苦笑を浮かべながらソファーに近づきながら口を開いた。
「随分、落ち着いたみたいですね、高木さん」
「そうだな、落ち着いたよ。良く俺の事を覚えていたな君は」
「初見の時に怒っていたんで、印象に残っていますよ」
「そうか」
拳児の言葉にやはり苦笑を浮かべながら彼はゴブレットを持った手で向かいの席へ誘い、拳児はそれに釣られて高木の向かいの席へと座った。すると高木の対面に座っていた短いウサギの耳を付けた愛らしい見た目の女性が拳児の横に擦り寄り、ゴブレットの中に瓶からとくとくと酒を注ぎ、それを静かに微笑みながら拳児へと差し出した。拳児はそれを受け取って、そのまま高木に視線を向ける。
「とりあえず、無事で何よりです」
「お互いに、な」
拳児の言葉に高木がやはり苦笑交じりに答えてゴブレットを掲げ、拳児もゴブレットを掲げてからその中の酒をゴクリと飲み込んだ。アルコール度数としては低く、何より冷えたエールである事に軽く驚いた拳児に対し、高木が笑顔で口を開く。
「フィーリアスから2つ国を跨いだ所にあるフィリガルという国で造られてるラガービールだ」
「うわぁラガービールあるのか、いやあっても不思議じゃないか昔からある製法だし」
「そういう事だよ」
高木の言葉に感心を覚えながら拳児はビールを喉に通し、それから高木に向けて語りかける。
「それで、何でまた一番縁が薄い俺を呼んだんですか?」
「秘密の話をするのに一番都合が良かったからだ。こういった高級娼館なら室内外に認識阻害の結界が張られているから盗聴や盗撮の心配をしなくて良いからね。それに菅原さんを呼ぶには神殿に行く必要があるし、それは避けたかった」
「なるほど、納得しました」
高木の言葉に一定の説得力を感じた拳児はその内容を勘案してから再度口を開く。
「で、目的と内容は?」
「やっぱり気になるのはそこか。目的というか情報として耳に入れておきたい事として、俺も今はダンジョンを探索しているんだ、フィリガルより遠い国で」
「そうなんですか、それはまたなんで?」
「君達と同じ、神に言われてダンジョンの機能を使って混沌の力をリソースとして利用したいから」
拳児の問いかけに素直に答えた高木の言葉に嘘を感じなかった拳児は、そのまま話を続ける。
「その神って何者なんですか?」
「さぁ、分からない。宗派によっては邪神だったりするかもしれないが、俺にとってはどうでも良いかな、名前も知らない相手だよ。俺はただ目的が達成出来ればそれでいい」
「それは確かにそうですね」
高木の言葉にあらゆる事を考えたが、拳児にとってもその神がどういう存在なのかは割とどうでも良い事柄であった為流した。そこで高木は再び苦笑を浮かべてから拳児に告げた。
「とりあえず、目的は世界に揺蕩う混沌の力を一部でも制御する。それを用いて混沌の力によってこちらの世界に来た日時と同じ日の地球に接続し、俺は地球に帰りたい」
「……そんな事が出来るんですか?」
高木が口にした内容に少し懐疑的な物が含まれてきた事を感じつつ問いかけるが、高木はそれに構わず言葉を続ける。
「多元宇宙論の中では世界は別個の姿形をしているし、入れ物も別物だ。箱が2つあったとして上に積んでも良いし横に置いても良い。今回に関しては積み木では無くジグソーパズルになっているらしく、俺という一個のピースは地球から切り離されたあの時あの場所に限れば上手く嵌め込めるらしい。勿論君達もだ。世界は別個の時間軸が流れている」
「今は2つのパズルのピースが混在しているって事ですか」
「例えて言えばそういう事らしい」
高木の説明に全容が分かりやすくなった事を理解した拳児が相槌を打つと高木が軽く笑みを浮かべてから、それを再び苦笑に変える。
「俺はな、必ず帰らないといけないんだ。泥水を啜ってでも生き残って、何が何でも元の世界に帰らないといけない」
苦笑を浮かべながらも手に持つゴブレットを軽く握りしめ、瞳の奥にほの暗い光を携えた高木は拳児に視線を向けて告げる。
「俺の将来が、愛する人と結婚の予定があるんだよ。だからこんな、訳の分からない世界で死ぬなんて事は絶対に出来ない。だから頼むから、俺に力を貸してくれないか?」
「……何に協力すれば良いんですかねぇ」
高木の真摯な訴えを見て、これは協力要請を拒否するのは無理だなと、拳児は早々に諦めるのだった。




