57話
神殿で高木が行方不明になった話を聞き、ギルドでグレスと諸々の相談を終えた後で、拳児達はやはりガティの店で新たにパーティーに参加する事になった恵の同僚、橘綾子の装備を確認してから食事をして自宅へと帰ったのだった。懐具合がギルドでの諸々で暖かくなった事でパーティー用の屋敷を購入した事を伝えると綾子は驚いていたが、とりあえず新たに使われていない部屋にベッドを置いて後々備品は用意していくという事で一夜を過ごした。
スッキリとした目覚めであったが窓から見える外の景色が曇り空な事で少々気分を落とした拳児だが、そのまま朝練をいつも通り行い風呂に入ってからみんなと合流すると、全員荷物袋をキチンと装備した状態でいつも通り小鳥の羽音亭で朝食を摂る事となった。普段通りの朝食だったが綾子にとっては新鮮な味だった為、喜んでパンとスープを食べていた。そうして腹ごなしに軽くお茶をしてから冒険者ギルドへと赴き、冒険者の聖堂に入りいつも通りギルドカウンターへと向かった。
「マリエル・ベル・エライよ、グレス教官に取り次いで貰えるかしら」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
いつも通りマリエルがギルド章を取り出して告げると対応したギルド職員が笑顔で頷きカウンターから裏側へ移動すると、すぐにグレス達がカウンターから出て拳児達に合流した。今回はグレスの他に魔法の先生であるシャルミス、そして覚えのあるギルド職員である、図書館の司書が出てきた。
「あれ、司書さん?」
「はい、ギルド図書館の司書を務めておりますセーナです。またお会い出来て何よりです」
ニアの言葉に図書館の司書、セーナが笑顔で微笑んで軽く会釈をするので拳児達も釣られて会釈を返す。その様子を見てからグレスはコホンと一つ咳払いをすると、通路の先導を開始した。
「こちらだ、着いて来い」
「分かりました」
グレスに先導されるままに付いていくと、そのままギルドカウンターを超えてギルド内部へと入り、更に奥へと先導される事に少しずつ疑問符を浮かべながら全員でグレスに着いていくが、いよいよ正面に両開きの分厚い金属製のドアが出てきた事で拳児が慌てだす。
「いやグレスさん、どこに連れて行くんですか」
「この聖堂内で一番機密性が高く、安全が保証された場所だ」
「そんな場所があるのね」
拳児の問いかけにグレスが当然の事のように返事を返すのでフランは初めて知った施設に納得しながら頷く。そうして室内に入るとそこには奥へ続くこれまた分厚い扉が見えるが、その手前に長いソファーとティーテーブルが複数置かれ、高級そうな絨毯が敷かれている割と広い室内へと辿り着いた。そのソファーには既に先客がおり、先日初めて顔合わせをしたギルド長、マルクエルが優雅にお茶を飲んでいた。
「おう、来たか」
「どうも、おはようございますギルド長」
「あぁおはよう」
軽い調子で話しかけてきたギルド長に拳児が会釈をしながら挨拶すると全員で軽く会釈をし、入ってきた扉をグレスが力ずくで閉じた後に閂をかけ更に魔法による施錠が行われるという厳重な状態で、人の片腕程度しか入れない通気孔しか無い密室が完成された。その状況が整った所で全員でソファーに座り、シャルミスとセーナがティーセットでお茶を淹れ始めたのを見たギルド長が拳児達に声をかける。
「して、昨日グレスから聞いたが同郷の者が一人行方不明となり、古代魔導王朝時代の魔法による誘拐の可能性が高いと。それにより古代魔法王朝の事が知りたいという事だったな」
「はい、その通りです」
ギルド長が少し訝しみながら口を開くと恵が彼の言葉に同意を返すと、ギルド長は右手で軽く顎を撫でながら少し考えて問いかける。
「古代魔導王朝時代の魔法であるという根拠は?」
「知恵の女神アウロラと名乗る神の御使いから闇魔法の闇渡りといった空間移動魔法が使われた痕跡があると」
「ほう!早速女神が出てくるとは大事じゃな」
問いかけに対する恵の端的な回答にギルド長は軽く驚いてから、次の問いかけを行う。
「何故知恵の女神アウロラと話を?」
「えっと、マリエルとニアの故郷、エライ村に一緒に行った時に、カミューに遭遇して」
「カミューとは?」
ギルド長の2つ目の問いかけに拳児が答えると更なる問いかけがされたが、拳児はここでカミューとの経緯がどうだったかがすっかり抜けていた為、マリエルがそんな拳児をジト目で見ながら代わりに答えた。
「混沌の力を管理する立場の竜、氷絶竜カミューフィティアに拳児達の同郷の者を会わせる為に神殿まで同行した所で行方不明事件が発覚しました」
「氷絶竜!?なんでそんな存在が!?」
「なんか混沌の力を管理しているらしいですよ、神々と一緒に。よく分かんないですけど」
急に飛び出した伝説の存在にシャルミスが思わず悲鳴じみた声を上げるが、割と適当な感じでフランは流してお茶を飲んでいた。その様子に軽く毒気を抜かれたグレスだが、次にはハッと表情を改める。
「待て、同行したと言ったな。では昨日氷絶竜はこの街に居たのか?」
「あ、はい、居ましたよ。神殿に行ってからすぐ帰りましたけれど」
「普通に人に変身というか擬態出来るようなので、全然騒ぎとかにはなりませんでした」
「本当に居たのか……」
あまりにもサラッとお出しされる、あわや街全滅の可能性に軽く冷や汗が滲んだので、グレスは右手で額を拭ってから更に問いかける。
「それで、古代魔導王朝の魔法を知っておけという事か」
「はい。混沌の力を持っている俺達も高木と同じように狙われるだろうという事で。ま、そうなったら普通に敵対ルートですよね」
「それはそうだな、相手の情報は出来るだけ多い方が良いか」
拳児の言葉にグレスは大いに納得を見せて頷く。行方不明、連れ去りを目的として近づいてくるというのは、拳児達の立場からすれば完全に敵対する道しか無い。なので予防の為に相手の知識を可能な限り押さえておくというのは実に合理的な判断である。全員の見解がそう一致した所で、ギルド長がお茶を一口飲んでふぅ~、と深い溜息を吐く。
「そこまで大事になっているとはな。魔の手の者が暗躍しているのか」
「そのようですね、カミューも女神も同じ見解でした」
「厄介な事になったわねぇ」
ギルド長の言葉に恵が頷くとシャルミスがほう、と憐れみを含んだ視線を拳児達に向ける。その様子に軽く苦笑してから、フランもお茶を飲んでから口を開いた。
「正直、この後も色々厄介な事が起きるのは確定なので、今の内に準備をしておきましょう、という事です。可能な限り準備して強化して、ダンジョン潜って研鑽を積んで更に強くなる。そうしないと行方不明になるだけなので」
「そうだな、可能な限りそこは俺とシャルミスでカバーしよう。俺達の知識をお前達に仕込んでやる」
「ありがとうございます」
フランの言葉に尤もだと頷いたグレスの言葉に拳児達は笑顔でお礼を言う。その様子を見てから、ギルド長は司書のセーナに視線を向けて問いかけた。
「それで、モノは?」
「はい。資料としてお見せ出来るのはこの3冊ですね。『魔導技術による完全なる魂の具現化の可能性と魂の従属、支配の方法』『アスティーナ王朝栄光の奇跡-アルクトン無限魔導晄炉編-』『汎自然的存在からの干渉及び制御、戦いの歴史について』」
「どれもこれもヤバそうなタイトルしかない……」
司書のセーナが荷物袋から取り出した3つの本のタイトルを静かに聞いていたが、どのタイトルも何だか碌でもない事しか書かれていなさそうなタイトルしかない為、既に綾子の中に不安が過る。本当に存在しているだけでロクでもない文献っぽいなぁと全員で呆れた視線を三冊の本に向けていると、司書のセーナが呟く。
「古代魔導王朝の考え方や具体的に今遺蹟となっている各施設の場所や、魔導理論などはこれらの本があれば理解できると思います。正確な当時の魔導理論が完全に記載されている文献は各国に散らばっている断片を寄り集める事でしか研究出来ない為、一部理論を用いた現代再現魔法として、一部の魔法は別途記録があります」
「そっちは私が知識として持っているから教えられるわ」
「それは助かります」
セーナの説明とシャルミスの言葉に、割とスムーズに古代魔導王朝の事が理解出来るのではないか、という期待を全員が持つと、ギルド長が拳児達に告げる。
「これらの文献はここでだけ読む事を許可する、外への持ち出しは厳禁、読む時は必ずセーナ同席の元読む事」
「分かりました、貴重な資料であれば仕方ありません」
「貴重は貴重だが、正直内容が単純に危険な思想心理、理論で構成されているから一般に見せられないだけじゃ」
「あ、そっすか」
単純に中身が危険、とギルド長に言われた拳児はそこまでヤバいものなのかよと若干引きながら本を見つめる。しかしそうしていても勝手に中身が見える訳では無い為、一旦全員お茶を飲んで呼吸を整えてから、まず拳児が本に手を伸ばした。
「俺はこれ、魂の具現化とかいうやつ」
「じゃ、私は魔導晄炉ってヤツね」
「じゃあ残りは私が読むわ」
拳児とフラン、恵で3冊の本を手に取り膝に置いてから、3人で深呼吸をしてから本の表紙を捲るのだった。




