56話
星と豊穣女神の神殿で司祭のマリーナと日本人組の菅原、橘との話を終えて今後合流する事になる橘を神殿入口で待っている間、不思議そうな表情で拳児がカミューに問いかけた。
「さっき割と威圧的だったけど、神と知り合いだったんじゃないの?」
「知り合いは知り合いだが別に仲が良いという訳でも無く、むしろ何かあった場合は対立する立場だからよ。執行者と裁定者が談合したら黒も白くなるでしょ?」
「なるほどね、そういう事か」
相手が知り合いの神であろうと威圧的に接するという事の裏にそういう意味合いがあったのかと拳児が納得したのを見てから、カミューが拳児達に問いかける。
「話は変わるけれど、この街でそれなりの地位に居て魔導に詳しい知人は居ないかしら?あなた達も古代魔導王朝時代の魔導技術と遺蹟の知識を知っておいた方が良いかと思うのだけれど」
「それはまたなんで?」
「敵対するかもしれないでしょ?」
「あぁね……」
カミューからの納得出来すぎる回答に恵が顔を顰めながら頷く。高木を連れ去った元凶が古代魔導王朝時代の魔法の使い手なのだから、他の日本人にも牙を剥く可能性は大いに有り得るし、完全に敵対ルート一直線である。その場合相手の魔法の知識があるか否かで大きく戦局も変わるだろうという理屈はその通りすぎる考えだ。拳児達は顔を見合わせて、ため息混じりに口を開く。
「じゃあシャルミス先生に確認した方がいいかな」
「そうしましょうか、一番の伝手だから」
「そ、宛てがあるのなら良かったわ。じゃあ私はこれで帰るから」
「あ、帰るの?」
フランとマリエルの言葉に魔導技術に関する宛てがあるという事を理解したカミューがさらっとこの場を去る事を告げるとニアが少し驚いたような表情を浮かべる。その表情にカミューは苦笑を浮かべながら呟いた。
「こっちでも急いでやる事があるからね。私と同様の役割を担う存在達との情報共有と行方不明者の捜索に、魔の手の者の捜索、やる事が多いわ」
「さっきから気になっていたのだけれど、どうして『魔の手の者』という表現をするの?悪人とかそういう話じゃなく?」
用事があるというカミューの言葉に、先程の会話中から気になっていた仮称『魔の手の者』について問いかけてみたマリエルに対し、カミューも苦笑しながら応じる。
「うーん、その手の存在って統一された思想の存在ばかりでは無いのよ。邪神崇拝とか混沌の支配とか色んな理念や思想を持った者達が寄り集まって行動する傾向にあるから、統一的な呼び方をする場合は『魔の手の者』と呼ぶのが通例よ。いちいち細かくなんちゃら邪神を崇拝するなんとか派の誰さん、とか言う必要ないでしょ?」
「それは確かに凄いシュールな字面になるな」
カミューの例えに拳児も苦笑しながら大いに頷く。地球でも同じ宗教で派閥によって教義が違う為に対立するなんて良くある事だったので、そういう奴らを一纏めに呼ぶ時に『魔の手の者』と呼ぶのは確かに合理的だった。そしてそれが通例になっているという事は、過去にその手の存在達が活発に活動していた時代があったのだろうという事も見えてくる。過去にも似たような事件があったという事実にさもありなん、と納得しているとカミューが拳児達に背を向けて神殿の階段を降り始めた。
「それじゃ、私はここで。あなた達の名前と魔力は覚えたから、次に何かあったらまた来るわ」
「そんなに気軽に来られるの?」
「当分は来ないわよ、私の住処の極点や色んな山や森に行かないといけないのだから」
「色んな所にドラゴンって居るんだなぁ」
極点に森、山と行くべき場所を告げるカミューの言葉にニアが呆れたように呟く。確かにいろんな所に生息しているものなんだなと納得している拳児達に向けて、小さく手を振りながらカミューが階段を進む。
「それじゃ、またね」
「えぇ、また」
カミューの言葉にマリエルが返事を返し、全員でその後姿が人混みに消えるまで見送った所に、後ろから合流した橘が小さく声をかけてくる。
「あ、あの……今の人って一緒に行動する人じゃなかったんですか?」
「あぁ違うわよ、混沌の関係者ではあるけれど用事があるから来ただけ。すぐに捜索するって言って帰ったのよ」
「あ、そうなんですね」
橘の言葉にフランが苦笑を浮かべながら返事を返すと、橘はその言葉に納得して背中の荷物袋を見せて全員に告げた。
「荷物は全部持ってきたので大丈夫です、これからよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく」
橘の挨拶にマリエルが笑顔で返事を返すと、早速今後の予定を全員で共有する。
「まずさっき決まったのが古代魔導王朝時代の魔法についてシャルミス先生と資料の確認を行う事。あとはタチバナの武器の用意もかしら」
「分かりました、よろしくお願いします!」
マリエルの共有に橘が同意すると早速移動を開始し、全員で冒険者の聖堂へと足を踏み入れる。現在は坑道でお祭りが開催されている為、普段の何倍も人が多かった。
「うわぁ……こんな人混み久しぶりだ」
「神殿じゃこんな人混みにならなかったもんね」
初めて聖堂を訪れた恵とフランと同じような感想を漏らした橘に恵も同意しながら内部を進み少しすると、中央広場に腰辺りまでの高さの柵に囲まれた、胴体に穴の空いた金属ゴーレムと馬のゴーレムが展示されていた。周囲には人が群がり柵を囲ってゴーレムを見物し、ゴーレムの前には槍を持ったギルド職員が2人、見張りとして立っていた。その様子を見て拳児が口を開く。
「本当に展示してるんだな、ゴーレム。凄い人だかりだ」
「珍しいは珍しいんでしょうねぇ」
ゴーレムを囲む大量の見物人を確認してフランが感心したように頷いて答えながら内部を進み、そのままギルドカウンターへと到着しマリエルが自身のギルド章を受付の職員に提示して連絡を行った。
「マリエル・ベル・エライのパーティーよ、忙しい所申し訳無いのだけれど、グレス教官は今日いらっしゃるかしら」
「いらっしゃいませ。グレス教官であれば本日も出勤されております」
「そう。では重要事項の相談があるので、可能であればすぐにでもお会いしたいとお伝えできるかしら?」
「かしこまりした、少々お待ち下さい」
カウンターの職員はすぐにカウンターの裏から扉を潜り裏側に出て、数分マリエル達が待っていると一緒にグレスがいつも通りにやってきた。グレスは全員の顔を見て何があったのか理解していない状態で問いかける。
「重要な相談という事だが、何かあったか?」
「はい。早急にシャルミス先生とご相談したい事がありまして、グレス様からお願い出来ないかと思いまして」
「シャルミスと?本当に何があった?」
「すこしお耳を」
マリエルの真剣な表情に心底不思議そうな顔をするグレスだが、マリエルに耳を貸せと言われて身を屈めてマリエルの高さに耳を近づけると、マリエルがこそりと呟く。
「神殿で匿っていた拳児達の同郷が一人行方不明になりました。実行犯はどうやら古代魔導王朝時代の古い魔法を使ったそうなので、いざという時に対応する為、その魔法に対する知識が必要なのです」
「なるほど……」
マリエルから告げられた言葉にグレスは軽く溜息を吐いてから腰を上げ、隻腕の右腕を顎に当てながら少し考える。
「魔法だけで良いのか?他にその頃の情報は必要無いのだろうか」
「あ、可能であれば欲しいです。どうもその時代の遺蹟とかも関係ありそうなので」
「なるほど、そうか」
グレスからの問いかけに恵がすぐに返事を返す。知識として古代魔導王朝時代の様々な情報があるのは別に損はしないだろうと思っての言葉だ。するとグレスはまた軽く考えてから口を開く。
「分かった、シャルミスとの連絡は行う。それと資料室にあるその時代の文献を読む承諾をギルド長から貰っておこう。該当文明の記録は現在は資格者以外閲覧禁止になっているからな」
「え、そうなの?」
「あぁ、現存する資料は少ないが、内容に少々問題があるのでな」
資料が基本閲覧禁止という事にフランが疑問を覚えた為グレスが正直に答えると、全員で少々呆れた表情をしてしまった。文献すら問題アリと判断されて閲覧禁止になっている文明時代の魔法の使い手とか、はっきり言って面倒くさそうなヤツとしか思えない。やっぱり少しずつ問題が拡大しているなぁと全員で思っていると、グレスが再度問いかけた。
「それで、その作業に至るまでの経緯は何があったのだ?」
「いやまぁ話すと長くなりますので、明日にでもシャルミス先生と一緒に説明させて頂けますと」
「そうか、分かった。シャルミスにギルドに来るよう今夜伝えておくので、明日また来たらギルドカウンターで俺を呼び出してくれ」
「分かりました、ご配慮ありがとうございます」
グレスの言葉にマリエルが折り目正しく礼をするのを見てからグレスが軽く微笑む。
「ま、お前達には砦の件で借りがあるからな、多少の融通は効かせるのも問題ない」
「借り、ですか?」
「ダンジョン内で今まで未発見だった地帯を発見し、新種のモンスターが出現する証拠も持ち帰ってきた。月鉱石など拳一つ分だけでも値千金なのに、ゴーレム丸ごと月鉱石など一生遊んで暮らせる、と新規に冒険者になる者が増え続けていて、ギルドとしてはその分ギルド税の税収が伸びて懐事情も温かい状態だ」
「なるほどぉ」
グレスの生々しいギルドが儲けている理由を理解して、恵が苦笑を浮かべながらなるほど、と理解する。ギルド税という税収は冒険者が多ければ多いほど自然と増える仕組みなので、そりゃギルドとしては夢見る人達が冒険者になってくれるのはありがたい事でしか無かった。その状況に納得して、恵がグレスに返事を返した。
「それでは明日またお伺いします。お忙しい所時間を割いて下さりありがとうございます」
「うむ、それではまた明日会おう」
「はい、よろしくお願いします」
グレスの言葉に全員で頭を下げて礼を言い、ギルドカウンターを後にする。本当に忙しいであろうグレスが優先して話を聞いてくれるという事実だけでかなりの高待遇なんだなぁと拳児は思いながら、更なる面倒くさい話に巻き込む事になるのを少々申し訳なく感じるのであった。




