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迷宮白書  作者: 深海 蒼
55/65

55話


 旅立った時と同様、エライ村から荷馬車で要塞都市フィーリアスまで帰還し、自分達の家へと帰宅した拳児達は、そのまま風呂に入ったらずぐに眠ってしまった。自宅に戻った開放感と言えば良いのか、エライ村の宿で過ごした時間が悪かった訳では無いのだが、自室が一番落ち着くというのは普通の感情だった。そうして適当にカミューも寝床に入れて翌日、馴染みの小鳥の羽音亭で朝食を摂りながら、拳児達はカミューと話をしていた。


「じゃ、この後そのまま神殿で良いわよね?」

「特に問題は無いと思うわ、別に先触れとか出すような事でも無いし、神殿なら融通が利くでしょうから」

「貴族相手に話をしに行く訳でも無いから大丈夫でしょ」


 フランの問いかけにカミューがベーコンを小さく切って食べながら応じると、マリエルもうんうんと頷きながらパンを食べる。カミューも当たり前に人の姿で一緒に食事をしているのだが、普段は食事とかどうしているのだろうとかニアは考えながらスープを飲んで一息つく。全員がゆっくりと朝食を摂って少し落ち着いてから、全員で神殿へと移動する事となった。


「私達も一緒に行って大丈夫かしら?」

「面通しはしておいた方が良いと思うよ、多分今後もこういう時にお世話になるし」

「なるほど」


 マリエルの問いかけに恵が顔を見せておく必要性を説明し、レテスが頷く。そんな様子を見ながらカミューを含めたマリエルパーティーのメンバー全員で神殿へと赴くと、丁度朝の礼拝という物が終わった後で、礼拝堂内を大量の男女混合の神官達が掃き掃除だったり椅子を乾拭きしたりと、忙しなく掃除をしている所だった。そこに拳児達が現れた事で若干拳児達に視線が集まったが、その中の一人の女性神官が拳児達へと歩み寄ってくる。


「これは、フランチェスカ様と恵様ですね。お久しぶりです」

「お久しぶりです、セシリアさん」

「久しぶりです」


 恵とフランの2人に折り目正しく礼をする女性神官、拳児が初めて来た時にも対応してくれたセシリアが対応してくれた為、他の神官からの視線が和らいで各々掃除へと戻っていく。そんな様子を見てから、セシリアは再び礼をした。


「他の方々もいらっしゃいませ。本日は神殿へと何用でしょうか」

「ちょっと混沌関係で、話がある人を連れてきたので、その用事です」

「かしこまりました、それでは司祭様の所へご案内いたします」


 拳児の告げた用件にセシリアは表情を変えず礼をしてから全員を先導して歩き出す。相変わらず綺麗、清潔な神殿内だなぁと眺めながら前回訪れたのと同様神殿の一角にある歓談室へと通され、そこで拭き掃除をしていた一人の修道女へとセシリアが声をかけた。


「すみません、マリーナ司祭様とスガワラ様達へお声がけを。お茶はこちらでご用意します」

「かしこまりました」


 セシリアの声に若い修道女がパタパタと部屋を出て言われた通り司祭達を呼びに行ったので、その間に拳児達はセシリアの誘導で歓談室のソファーへと座り、セシリアが淹れてくれたお茶をゆっくりと用意される。その場の全員にお茶が配られたのと同じタイミングで歓談室の扉が開き、見た事のある初老の女性と中年のおじさん、そして背の低い女性がやってきたのを見てセシリアが頭を下げて静かに壁際に下がる。初老の女性の肩には御使いと呼ばれた真っ白な鴉が停まっていた。彼女達は久しぶりの再会となった恵とフランチェスカの姿に表情を綻ばせる。


「やぁ、久しぶりだね君達。噂は我々にも届いているよ」

「噂?」

「ダンジョンの幻の砦を攻略したという噂さ」


 日本からやってきた中年の警官、菅原の言葉に疑問符を浮かべた恵に対し、噂の内容を端的に菅原は笑みを交えて話す。そういう情報はやはり出回るのが早いんだな、と神殿の情報網の優秀さを実感しつつ、拳児は疑問を覚えた事を話す。


「あれ、もう一人居ましたよね?確か……高木さん」


 向かいに着席した2人の日本人を見つめ、もう一人日本人が居たはずと思って軽く拳児が問いかけると、菅原が深く溜息を吐いてから教えてくれた。


「それがまぁ、ある日こつ然と姿を消したんだ」

「凡そ半月前くらいですね」

「え、行方不明?」

「そうなる」


 疲れたような菅原ともう一人の日本人、橘の言葉にフランが目を丸くして驚いて問い返すが、答えは肯定を示す。半月前程度に忽然と姿を消した、という言葉に嫌な予感を覚えた拳児だが、そんな彼ではなくその隣に座るカミューが僅かに威圧を放ち司祭であるマリーナに声をかける。


「既に混沌の力を持つ者が一人行方不明とは、御使いまで置いてあるというのに無様な事だな。神殿の質も時と共に堕落したか」

「反論の余地もありません。御身がどれほどの方かは預り知りませんが、身に纏う清浄な魔力は神々に近しい方かと。情けない話ではありますが、神殿では留め置く事が出来ませんでした」

「内通者か?」

「はい、同じ頃に2人の修道女が姿を眩ませました」

「愚かな」


 カミューの言葉に司祭であるマリーナが心底悔しそうに言葉を紡ぎ、カミューに説明する。先程まで緩かった雰囲気のカミューがガラリと圧力を放つ言動をした事に拳児達は少し驚くが、お構い無しに正直に応じたマリーナの姿を見て怒気を抑えたカミューが、その肩に留まっている鴉へと視線を向けて問いかけた。


「で?その状況をただ神々は傍観していただけか?」

『手が回らなかったのは事実、監視が行き届いていなかったのも事実。魔の手の者に気付かなかったのも事実。全てが後手に回っている』

「知恵の女神アウロラか。何故そのような後手に回る無様を晒す?」

『混沌の凶星の力は強大、まだ全ての力が終息している訳ではない。爆発当日から今までで方向性の決まった力は30%を切る、残り70%はまだ世界を揺蕩うばかり』

「揺蕩う混沌の調整に手がかかって見過ごしてしまったという訳か」

『言い訳になるけれど、そうなる』


 カミューの言葉に鴉から無機質な女性の声が部屋に響き、カミューと2人で言葉を交わして話を進めていく。カミューは御使いからの言葉にお茶を一口飲むと、再び口を開く。


「どこに行ったかの検討もつかぬか?」

『行き先は分からない。少なくとも地上には居ない。行方不明になった当日の部屋には闇魔法の残滓があったから闇渡り等の空間移動魔法で移動した可能性が高い』

「随分古めかしい魔法が出てきたな。古代魔導王朝時代の魔法、となると古代魔導王朝の遺蹟なりダンジョンなりに居る可能性が高いか。それにしても後手に回りすぎだが」

『多分、こちらに造反者が居る』

「うわぁ……」


 カミューと知恵の女神アウロラと名乗る神との問答の末、アウロラが造反者の可能性を挙げた事でフランが物凄く嫌な表情と声を出す。その心境は拳児と恵も同じで、呆れた様子で温くなってきたお茶を口にしながら拳児は口を開いた。


「神々の中にも造反者が居て、神殿にも内通者が居る。もうなんでもできちゃうな」

『現状は混沌の力の制御と安定を主軸に動いている、行方不明者を探すのは落ち着いてからになる』

「落ち着くまで必要な時間は?」

『……暫定で残り1年』

「1年かぁ……」


 アウロラからの返事に恵がふぅ~と深い溜息を吐いてから、お茶を飲んでから背もたれに体重をかける。


「自発的に行ったのか無理やりなのか、どっちですかね?」

「自発的だと思います、部屋が荒らされたりといった形跡は無く、高木さんの荷物は全て綺麗さっぱり消えていたので」

「それもうどうしようもないじゃん」


 恵の問いかけに橘が返事を返し、その結論にフランが溜息を吐く。自発的に行方を眩ませたというのはもう、手を打つのが難しいとしか言えない。同時期に修道女が2名消えているので、色気でも何でも使って落とし込んで連れて行かれたというのが正しいだろう。この後のある程度予想が付きそうな展開をいくつか思い浮かべながら、拳児が白い鴉へ視線を向け問いかける。


「それで、俺達に出来る事は?」

『ダンジョンの属性球を4つ集めて欲しい。既に大地の属性球を発見しているので、残り3つ』

「は?属性球と高木さんの行方不明に何の関係が?」

『行方不明との直接的な関係は無い。ダンジョンはこの世界における力の集約地の一つ。ダンジョンの機能を一部利用して世界に揺蕩う無垢な混沌の力を一時的に今よりも安定させる事で、行方不明者の捜索に神も力を注げる』

「はぁーん、他に使えるリソースを増やす為に今手一杯の混沌の力を先に捌くって事ね」

『そうなる』


 拳児とアウロラ、そしてフランで会話を続け内容を理解する。混沌の制御に手一杯な神々を援護する為にダンジョンの重要そうなアイテム、属性球を他にも探し出すという事になると理解してから、拳児が更に問いかける。


「じゃあ、属性球とダンジョンって結局重要な結び付きがあるんですよね。ダンジョンの一部機能って話をしてましたけど、属性球とダンジョンの関係って何ですか?」

『――□▽※@°≠。言語障壁によって我々からの伝達は不可能、属性球と同時に発見されたであろう書物に従って、この国の統治者から詳細を確認して』

「すっごいキモチワルイ音が出たわね今」


 拳児の問いかけに応えようとした女神だが、物凄い違和感を覚える言語とはとても呼べない音を同じ声で再現されたような不快さを響かせたと同時に言語化出来ないという事で、書物にあったように結局王家に確認しろという事で決着されたようだ。マリエルが冒頭の嫌な音に対して単純にキモチワルイと表現した事に苦笑を浮かべてから、今度はカミューが口を開く。


「私が人間の同行者が居ないと街に入れないように、神々もまた人間に対する干渉に機能的制限が設けられている部分もある。神々が言えないという事はそういう事だと理解して、手順を踏んで状況を確認してちょうだい」

「それは分かった」


 カミューの苦笑交じりの言葉にそういう物なのだな、と拳児達は理解を示して頷く。その様子を確認してから白い鴉は再び告げた。


『可能な限り最大限の速度で攻略をして欲しい。可能ならこの場に居る全員で事に当たって欲しい』

「情報収集と分類分け、纏めるのは可能だと思うけどおじさんはもう切った張ったなんて出来ないぞ」

「じゃあ私も冒険者として恵達に合流します」

「と言ってるけど、どうする?」


 アウロラの言葉に思わず菅原が苦情を言うのと同時、橘が挙手をして拳児達に合流する旨を伝えるのに合わせて恵が問いかけるが、判断材料が何も無い状況で拳児達はむーん、と唸ってしまった。そんな中恵が静かに助け舟を出す。


「確か綾子は空手の有段者だったわよね?」

「はい、朱鳥流空手の初段です!」

「あ、じゃあ採用で」


 恵のアシストを受けた橘が自分の資格を告げるとフランが即決で採用を下す。その様子にマリエルが少し呆れながらフランに問いかけた。


「そのショダンっていうのはすごいの?」

「うーん、すごいはすごいんだけど、鍛錬を受けた時間が長くないと受領できない段位だから、ちゃんと鍛えている人だという認定は下ろせるわね」

「へぇ~、そうなんだ」


 マリエルの問いかけに正直にフランが答えると、関心したようにニアが頷きながらお茶を飲む。その様子でどうするか決まったのを理解したカミューが、今後の予定を口にした。


「じゃあ、私は私の情報網を使って連絡を行うわ。混沌を身に宿す者の捜索もこちらで並行して行うし、魔の者の捜索も同時に行う」

『我々も状況の整理と沈静化に務める。情報についても集めながら行うが、どうにか1年以内に無垢な混沌の方向性は全て整理する』

「じゃ、俺達は属性球の情報集めと実物を集めるって事でいいのか」

「いいんじゃないかしら、それで」


 カミューとアウロラに続いて拳児が自分達のやる事に目処を付けるとマリエルがそれに同意してから言葉を続ける。


「とりあえず今は、王家からの連絡待ちになるのかしら」

「神殿からも早急な対応を願い出ます。一週間以内に王家とやり取りを出来るよう星と豊穣女神の神殿の代表として、務めさせていただきます」

「そちらに関しては本当によろしくお願いします」


 マリーナが神殿の意地で時間を短縮するという宣言をした事にレテスがそのままお願いする。神殿と王家の力関係がどういう物なのかの詳細は知らないが、きっと何らかのアクションが近く起きるだろうなという事だけはこの場のマリエルパーティー全員が理解するのだった。

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