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迷宮白書  作者: 深海 蒼
53/53

53話


 氷絶竜カミューフィティア。その存在は生態系最強種であるドラゴンの中でも特別な存在として今の時代でも畏敬を集めている。世界の海洋の主、極点に住まう氷の化身など、その存在を称え、恐れる言葉は数多く存在し、船乗り達は畏敬を込めて船旅の安全祈願として船の衝角に竜を模った彫像を刻む程に崇められている存在である。そんな存在が今目の前に存在している、という事を分かりやすくアルスが拳児達に説明してくれた。そんな話に対し、拳児達はほーん、と呟いてから彼女に問いかける。


「ていう事らしいですけど、それでいいんすかね?」

「まぁ、概ね合ってるからいいけれど。なんでそんなに気楽なの?」

「いやー別にまだ実害は何も起きていないので」


 拳児の余りにも間の抜けた問いかけに彼女が応じながらも問いを返すと、拳児がたははと笑いながら正直な心境を話す。とりあえずまだ何も彼女に危害を加えられてない状況で彼女を警戒するのもどうかと思うし、何しろ元のドラゴン姿を見ているのだ、彼女がその気なら既に自分達はあの世行きになっている。そうしていないという事が彼女が自分達にとって安全な存在であるという証左に他ならない。そういった感想をとつとつと正直に拳児が語ると、彼女は呆れながら更に問いかける。


「なんか、良く分からないわね、そういう考え方。極端では無いけれど曖昧すぎるというか」

「あー、日和見な感じ?日本人って余り白黒付ける事に拘りが強くないというか、現代の生活環境として子供の頃から団体行動だから周囲の状況を伺う傾向にはあるとは思う」

「そうだね、良くも悪くも一部を除けば極端な結論に突っ走る事は無い、中道を進むのが望ましい社会性だね」

「話を聞いているだけだと不気味な社会形成だわ」


 カミューの言葉にフランと恵が「分かる分かる」と言いながら頷いて自分達の見解を述べて、その見解にやはりカミューは不気味そうな表情をしながら呟く。そんなアイスブレイクが発生した所で、カミューがコホンと一旦咳払いをしてから拳児達に口を開いた。


「で、なんだけど。混沌の力が昨日今日現れた訳じゃない事は感づいていたのだけれど、下手に動けなかったのよ、人が多いし。フィーリアスみたいな都市に干渉するのは基本的に竜族の中では禁止されているから、招かれなければ入れないようになっているの。という訳で、他の混沌の関係者とも顔を合わせたいから一緒に連れて行ってくれないかしら?」

「あ、そういう事なら別に問題無いですよ」


 色々と事情を話してくれたカミューの言葉に恵があっさりと同行の許可を下すが、誰もその判断に異議を唱える事も無くウンウンと頷いていた。そんな彼らの様子にカミューは毒気を抜かれたようなポカンとした顔で言葉を続ける。


「いや、なんかあっさりしすぎて逆に大丈夫か心配になるんだけど」

「だって別に断る理由が無いし。それに何か問題がある行動をするならもう既にしているだろうし、そうしないで私達と交渉している時点で信用に足る人物である事は理解できますし。あ、人物って言ったけど竜扱いとかの方が良かったですか?」

「気にするのそこじゃないと思うのだけれど」


 カミューの問いかけにフランが応じるがカミューが更に突っ込む。人と竜を区別した方が良いかとか気にする所はそこじゃないだろうという部分を気にしているフラン達の様子を見て、カミューは呆れてしまっていた。


「なんか、価値観が違いすぎると思うのだけれど」

「異世界の人だからとしか言えないんじゃないかしら」


 彼女の呟きにマリエルがウンウンと頷きながら答える。確かに別世界の住人でも無ければ理解出来ない人間性、価値観だなとカミュー自身が感じていた。性善説を前提にした社会構築というのはこういう事になるのか、とカミューが実感していると、レテスがカミューに問いかける。


「先程招かれないとフィーリアスに入れないと仰っていましたけど、1人では入れないのですか?」

「あぁそれ?一応決まりというか規律があってね、世界的に見ても王侯貴族が住む大都市に気軽に私達のような存在が出入りすると問題があるから、神々との約定で内部の住人に招かれない限りは侵入出来ないよう制限がされているの。入ろうとすれば透明な障壁によって物理的にも阻まれる事になっているから」

「へー、そうなんだ」


 知られざる世界のルールにレテスとニアが驚いてから納得する。内部の人間が招き入れないと入れない仕組みという事であるなら、確かに内部の住人である拳児達と共に入らないといけないだろうと納得するしか無かった。そんな彼女達を見てから、カミューが言葉を続ける。


「とりあえずフィーリアスに残っている他の混沌の関係者と、その鴉を通じて神のどれかと話をしなくちゃならないから、同行をお願いね」

「分かりましたけど、裁定者だから色々確認したいって事で合ってます?」

「概ね合っているわ。神殿に匿われているなら大丈夫だろうけど、混沌の力を持つ者ってタチが悪いのに狙われやすいから」

「あー、そうなのかー」


 知らなかった事実が詳らかにされるなぁと思いながら拳児が遠くの空を見上げると、フランが交代して彼女に問いかける。


「で、神と話をして全員と面通しして、それからは?」

「確認して帰るわよ、遊びに来た訳じゃないもの。他の竜達にも情報を共有しないといけないし、まだ無垢な混沌を汚す訳にはいかないから」

「無垢な混沌?」


 フランの問いかけにカミューが正直に話すと、変なワードが出てきた為に恵が問いかける。その様子を見てから、カミューはやっぱりはぁ~、と溜息を吐いてから口を開いた。


「まぁここまで混沌の力が凝縮されたのは数百年ぶりだろうし他にやる事も多いから説明は後回しでも仕方無いけれど、もうちょっと親切にしてやってもいいんじゃないのかなぁ」

「えっと、そのテレシウムって神が説明したのはそんなに詳細な内容ではないという事?」

「まぁそうね。混沌が形を持ったあなた達には方向性の定まっていない無垢な混沌の力が宿っている。混沌の力というのは破壊を齎す事もあるけれど、力自体は純粋な物なのよ。その方向性は力を宿した存在や神、世界が決めるけれど、その方向性を外部から干渉して無理やり捻じ曲げる事も出来ちゃうのよね、例えば拷問するとか精神的に絶望の淵に立たせるとか」

「あー、下手に殺すと厄災や汚泥になるっていうのはそういう事か」

「そういう事よ」


 カミューの説明に先に彼女が言った、下手に殺したら大変な事になるという事態の具体例が出てきた事で拳児は納得する。その話は純粋な力を外部から干渉して捻じ曲げて都合の良いように使う、という存在がこの世界には存在しているという事でもあった。その事に思い至った拳児はカミューの言葉に再び頷く。


「じゃあ早めにフィーリアスに戻った方が良さそうですね、カミューさんの時間をそう長く取る訳にもいかなさそうだし」

「そうしてくれると助かるわね」

「分かった、じゃあ明日にはフィーリアスに戻るよう馬車を手配しましょう」


 拳児の話に同意を示したカミューを見て、マリエルがそのまま翌日にフィーリアスに戻るという事を決定して全員で頷く。それからニアは、アルスに苦笑を向けた。


「という訳だから、明日にはまた村を発つね」

「慌ただしいけれど、この状況では仕方ないな」

「ありがとう、兄さん」


 ニアの言葉に困ったような笑みを浮かべながらアルスは笑うと、そのままマリエル達に軽く頭を下げた。


「ニアの事、よろしくお願いします」

「分かってるわ、ニアは大事な幼馴染だから」

「ありがとうございます、マリエル様」


 マリエルの言葉に感謝を示したアルスは、頭を上げて拳児達に告げる。


「では、今日はとりあえず宿に戻りますか?そろそろ夕餉となりますし」

「あ、もうそんな時間か。あっという間だったな」

「まー急にドラゴンが現れるとは思わなかったし」

「普通は早々ドラゴンなんて現れないのよ、私が言うのもなんだけどね」


 アルスの言葉に既に夕方に差し掛かってきた事を実感した拳児とフランに、カミューが苦笑しながら応じる。そうしてから、カミューは言葉を続けた。


「とりあえず今はそこのお嬢さんの衣服を真似た物を着用しているけれど、誰も着てない衣服の方が周囲からは自然に見えるかと思うから、宿に帰るなら他の服を見せてくれるかしら。見れば魔力で服は模倣出来るから見せてくれれば問題無いわ」

「双子コーデとかこの世界じゃ流行らないでしょうからねぇ」


 マリエルと同じ村娘衣装のカミューの言葉に恵が同意を示しながら頷く。この世界似たような衣服は多いけれど誰も彼も全く同じという事にはしていないのが常識で、リボン一つ刺繍一つでも他人と違う服を着用するのが基本である。なので違和感を可能な限り排除する為に、双子コーデは禁止という訳だ。


「では色々ありますから宿に戻ったら衣服を並べましょうか。拳児さんは食堂で待ってて下さい」

「はいそうですね、一緒の部屋にいるのは気まずいですし助かります」


 レテスの言葉に拳児は大いに頷きながら返事を返す。女子3人が服を広げるという状況に拳児が1人放り込まれるのは気まずい以外の何者でも無いので、拳児としては宿屋の食堂で1人待っている方がラクであった。その様子を見てからマリエルがふと呟く。


「急に帰るって言ったらパパが煩そうだなぁ」

「まぁ、そうだろうねぇ」

「仕方ないは仕方ないけれど、色々物事が起きるなぁ拳児達と一緒に居ると」

「そうだねぇ~」


 マリエルとニアはそんな言葉を交わしながら、今後のあれこれに関して検討したり騒いでいる拳児達を見て、ほんの少し感慨を深めるのであった。トラブルというものは、予想出来ないからトラブルなのである。

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