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迷宮白書  作者: 深海 蒼
52/55

52話


 マリエルの実家への挨拶と言って良いのかどうか、何とも言えない会話を終えた拳児達は、一応指名依頼として受領した村の周辺の哨戒を開始した。とはいえ名目上の依頼なので実際はマリエルとニアによるエライ村の観光案内となる。ニアの兄マルスも同行し、一緒に村の畑や放牧場等を見回っていた。


「放牧ってこの一帯全部のがそうなの?」

「そうよ、ヤギと羊はこっちで、あっちのが牛」

「なんか、スケール感が全然違うなぁ」


 フランの問いかけにマリエルが楽しそうに答えながら右手のヤギと羊の居る囲いと左手の牛のいる囲いを指差し、拳児がその広々とした放牧場を見て呟く。日本で見たような個別の狭い牛舎ではなく、草原一面を占有しているかのように伸び伸びと草を食んだり転がっている羊や牛がそこかしこに居て、これは確かに放牧、放し飼いだなと深く頷いた。そんな長閑な風景を見回っている中で、マリエルが放牧地の先を指差す。


「この先の小道で林を抜けると、湖があるのよ」

「清流で村の用水にも使ってるから、水が澄んでるんだよ」

「じゃあそっちに行きましょうか」


 マリエルとニアが楽しそうに言うので恵も笑顔でその案内に同意し、全員で林を抜けて湖へと辿り着く。確かに木々に囲まれた湖となっており、少しずつ沢があり水が村へ流れている様子が見られていた。湖自体にも淡水魚が多く生息しており豊穣の湖のようだ。キラキラと太陽の光を反射する湖面を眺めながら、レテスが呟く。


「こんな場所、初めて見ました」

「レテスさんはそんなに見た事無いの?」

「はい。ギルドの用事や勉強等で他の街へ移動する事はありましたが、この湖のような綺麗な景色が見られる場所ばかりでは無いので」

「そういうものか」

「はい、なので今日は来られて良かったと思います」


 住んでいる場所によって全然生活が違うという事をレテスの言葉で深く感じられた拳児達日本組も、基本的に訪れた事の無い地方も実際に訪れたら今日のレテスのように感動を覚えるのだろうかと、少し温かい気持ちが心に染み入った。そんな事を考えていた拳児だが、次の瞬間ふわっと温い風が吹くのを感じた。


「え?」

「あれ?今何かあった?」


 拳児が不思議な感触を覚えたのと同時にマリエルとフランも周囲をきょろきょろと見回し始め、同じようにレテスとニアも何だか釈然としない表情を浮かべて周囲を見ていた。そんな6人の急な態度の変化にマルスが不思議そうに問いかける。


「皆さん、何かありました?」

「いや、なんだか今急に変な風が―――」


 マルスの言葉にどことなく不安を覚えた拳児が返事を返している途中で、その場に足を縛られる強烈な重圧が拳児の身体に伸し掛かってきた。


「ぐっ!?」

「なっ、一体なに!?」


 どうやら拳児以外の、マルス以外のマリエルパーティー全員がまるで両足を地面に縛られたような形で少し前かがみになった格好で動きを止められていた。その状況を拳児が認識してからすぐに、鋭い視線がどこからか分からない範囲で拳児達に注がれる。その状況に何が発生しているのかまるで理解は出来ないが良くない状況であると理解したマルスはすぐ弓矢を荷物袋から取り出して矢を番え構えを取る。


「どこだ!出てこい!!」


 マルスが周囲を見渡しながら弓を構え警告するが状況は変わらず、虚しくマルスの声が響くだけであった。しかし次の瞬間、一番魔力の感知に長けているレテスが叫び声を上げる。


「上!強烈な魔力が!!」

「なにっ!?」


 レテスの叫び声に釣られてマルスは弓を構えたまま、拳児達は首を動かして真上を見上げると、そこには太陽の光を遮る影がどんどんと大きくなって近づいてくる光景が目に入った。そうしてくっきりと影の正体が見えると、長い首に大きな胴体、更に大きな翼の生えた、角を2本生やした爬虫類的な巨大な存在が翼を羽ばたかせながら近づいてくるのが分かった。その姿を見たマルスが、思わず口を開いて叫ぶ。


「ドラ、ゴン、だと!?」

「マジか……」


 マルスの叫びに絶望の感触を覚えた拳児が思わず小さく呟く。ドラゴンと言えばファンタジーでは定番の存在ではあるがいずれも強力な力を宿す、世界に生きる生態系の最強種とされる存在である。そんな存在がなんで急に現れるんだと思いながら拳児は急速に生体エネルギーと魔力の活性化と循環の発動を始めた所、拳児の身体に更なる重圧が追加された。


「がっ!くっそ妨害された!!」

「ダメ、動かない!!」


 追加されたプレッシャーを堪えながら状況を説明する拳児に合わせ、恐らく同一の試行をしたと思われる恵も声を上げる。その姿に何かないかと周囲に視線を向けるマリエル達だが、次の瞬間彼らの頭の中に直接、穏やかな声が響く。


『大丈夫、何もしないわ。だから大人しくしていなさい』


 まるで我が子に語りかける母親のような、慈愛に満ちた声色に、それまで必死に状況を打開しようとしていた拳児達の心はすっと冷静さを取り戻し、静かに空を見上げる。そこにはゆっくりと影を大きくさせながら降り立ってくるドラゴンが見える。


「今のは、アンタか?」

『えぇそうよ、だから大人しくしてちょうだい』


 拳児の言葉に返事を返す慈愛に満ちた声、ドラゴンの言葉に拳児は周囲のマリエルパーティーに視線を向けてから静かにドラゴンが地上に降り立つのを見つめていた。やがてドラゴンは静かに湖の上に着地し、まるで地面と変わらないように湖の表面に降り立った。巨大なドラゴンが湖に沈まず表面に降り立っているという異様な光景に全員で生唾を飲み込むと、ドラゴンは拳児達を見渡してから、その口から予想外すぎる吐息を吐き出した。


『はぁ~~~~~~~~~』

「いやめちゃくちゃ凄い長い溜息じゃん」


 ドラゴンの吐き出した吐息、というか溜息に思わずフランが普段のノリで突っ込むが、その突っ込みを受けてなおドラゴンが溜息混じりに口を開く。


『だって、ねぇ、こう、はぁ~~~』

「すごい溜息だ、本当に嫌そうな溜息だ」

「何か私達が原因みたいだけど、何なのかしら」


 ついでの溜息にニアとマリエルもどこか呆れながらそのドラゴンの様子を見て口を開くと、ドラゴンは首を軽く振ってからその場の全員に視線を向けてから呟く。


『あ、人里でこの姿のままだと問題あるから姿を変えるわね』

「そういう常識はあるんですね」


 なんてことのない事のように変身する旨を伝えてきたドラゴンに冷静にレテスも突っ込みを入れ、ドラゴンが光を発しながら変身するのを見届けた。すると次の瞬間、湖の上の巨体は人間サイズまで縮小され、青い長髪に軽いウェーブのかかった、マリエルの着用している衣服とそっくりな衣服を着用した絶世の美女と呼んで差し支えの無い女性が湖の上に立っていた。そんな彼女は髪を手で軽く梳きながら拳児達の前へと進み出て口を開く。


「こうして人の子と語るのは何年振りか、もう忘れたけれど意思疎通の手段として言語を用いる生態は変わっていなくて安心したわ」

「それはどうも」


 まるっきり気安い様子で軽く笑みを浮かべながら告げてくる言葉に恵が軽く尖った返事を返したが、そんな恵に彼女も視線を向けて言葉を告げる。


「それだけの元気があるなら大丈夫ね。普通に動けるようになっているはずだから、安心して」

「あ、本当だ」


 彼女の言葉にニアが身体の確認を試して普段通り動ける事を確認し、全員が身体を軽く動かしているのを確認してから、彼女は言葉を続けた。


「それで、とりあえず前段は飛ばして本題に入るけれど、あなた達混沌の力の関係者でしょう?」

「あぁ~っ!!」


 彼女の言葉に思わず拳児とフラン、恵が納得の叫びを上げる。今まで忘れていた単語を聞かされた拳児は、それに頷いて返事を返す。


「なんかそうみたいですね、という事はそちらも関係者で?」

「関係者といえば関係者なのだけれど、神々が力の調整役という立場の場合、こちらは裁定者という形になるかしら。その力の行使状況の判断や結果の確認、裁定を行う事を心がけている存在よ」

「う~ん、なるほどぉ、裁判所かぁ」

「その理解で問題無いわ」


 彼女の返事にフランが納得しながら呟くと彼女も裁判所という単語に同意を示してから、言葉を続ける。


「それで、その調整役としてあなた達と言葉を交わした存在はだれ?」

「えーっと……俺は忘れた」

「あ、私も」

「えっと、なんだったっけ、テレ、テレ……」

「テレシウム様?狩人の神の」

「それだー!」


 拳児とフランは既に忘却しており、恵がウンウンと記憶を遡り思い出そうとしながら呟くと、ニアが助け舟を出して神の名前を特定する。その様子にマリエル達が呆れたような視線を向けた。


「いや、いくら何でも言葉を交わした神を忘れるとか無いわよ」

「だって全然耳馴染みが無いんだもの」

「まぁ、別の世界では当然聞かない名前ですよね」


 呆れた口調のマリエルにフランが口先を尖らせながら反撃すると、レテスが苦笑を浮かべながら頷く。その様子を見てドラゴンであった彼女は口を開いた。


「で、その存在の説明はなんて?」

「えっと、凶星の爆発によって強烈な混沌の力が溢れて、どうにか調整した結果私達がこの世界に来る事になったとか」

「元の世界に帰る手段は無いとか言われたけれど調査をしないと何とも言えないので、俺達が実働部隊として動いてます」

「なるほどねぇ」


 問いかけに恵と拳児が正直に具体的に回答すると、彼女はウンウンと納得しながら口にする。


「これが混沌の受肉体とか依代とかだったら簡単な話だったのに、別世界の、しかも意思持つ人に宿っちゃったかぁ、困ったなぁ」

「何が困るんですか?」

「受肉体や依代といった単純に力が形になった場合だったら消し飛ばせば済んだんだけど、意思を持つ人の魂と混沌の力が結合した存在を下手に殺すと呪いや災厄、汚泥なんかに変わって取り返しがつかない事になるから下手に手を出せないのよ」

「そんな事になるのかぁ」


 彼女の口から語られた言葉に思わず遠い目をして空を仰いだ拳児とフラン。そんな彼らに呆れた視線を一瞬向けてから、恵が口を開いた。


「今要塞都市フィーリアスにある星と豊穣の女神の神殿に、テレシウム様が置いていった御使いっていう鴉が居ますけど、ソレと直接話をした方が良いかもですかね?」

「あー、いる?じゃあそっちに行くしかないかぁ。もしかして他にも混沌の関係者居る?」

「私達と同じ異世界から来た人間だったらあと3人居ます」

「居るのかぁ~」


 恵が全部正直に答えると彼女は再びはぁ~、と深い溜息を吐いて首を振る。どうやら余程面倒な事になっているらしいと恵達は理解をしてから、恵は彼女に問いかけた。


「えっと、それで、あなた様はどちら様で?」

「あ、私ね。私はえっと……水の竜のカミューよ」

「氷絶竜カミューフィティア!?」

「なんですぐバレるかなぁ!?」


 恵の問いかけに一瞬困ったように名前を口にすると、隣で聞いていたマルスが思いっきり本当の名前らしい言葉を口にする。その瞬間、彼女は速攻でバレた事が恥ずかしくなり顔を赤くして地団駄を踏むのだった。

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