51話
マリエルとニアの故郷、エライ村の宿で初めて過ごした翌朝。一部屋しか空いていない部屋でもお構い無しに何も起きる事無く一晩過ごした翌日、朝食として出されたハードブレッドとサラダ、鶏ガラと思われるスープを4人で楽しんでいた所に、ニアとその兄アルスがやってきた。
「みんなおはよう」
「おはようございます」
「おはようニア、アルスさんもおはようございます」
笑みを浮かべながら朝の挨拶をしてくるニアとアルスに拳児達も返事を返し、ニアとアルスは拳児達の隣の席へと座り、店員さんへジュースを頼んでからアルスが問いかけてくる。
「皆さんもかなり朝から召し上がるのですね。今朝一緒にニアと朝食を久しぶりに食べましたが、いつの間にか健啖家になっていたようで驚きました」
「ダンジョン探索は気力も体力も使うので、食事はやはり大事ですから」
「平時の狩人よりも体力を使うのですね」
アルスの言葉にフランが説明しながら食事を続けると、アルスがウムウムと納得しながら大きく頷く。フランの言う通りダンジョン探索は精神力と体力が勝負の世界だ。モンスターとの戦闘はそれが例えどんな雑魚であろうと緊張するし体力を使う。生き物を殺すという作業は重労働なのである。そんな風にもしゃもしゃと朝食を食べている拳児達に、ニアが言う。
「今朝来たよー、連絡が。一緒に家においでってマリーちゃんから」
「なんか、めんどくさい話になる?」
「どうだろう、正直分からないかなぁ」
恵の問いかけに素直に分からないと答えるニア。マリエルの父親が拳児を見てある程度ダル絡みしそうな気はするが、それ位で終わるのではないかと思っている。マリエルの父親の権力などこのエライ村でしか通用しない程度の話であるし、拳児達の背後には豪腕のグレスが居るので、下手な事は出来ないのを分かっているだろう。なのでダル絡み程度で済むのではとニアは思っていた。そんな彼女の返答を受けて拳児達はテーブルに並べられた全ての食事を平らげてから歯磨きに席を立つ。
「んじゃ歯磨き終わったら行きましょうか」
「待ってるね」
各々が洗面台へと移動してから宿に置いてある荷物袋を持ち部屋を出てニア達と一緒に町中を歩く。フィーリアスとは大違いの素朴な感じの牧草地という風景を楽しみながらニアとアルスに細々と村の設備の事を訪ねたりしながら村長の家へ辿り着くと、入口ではマリエルとその母が笑みを浮かべて立っていた。
「待ってたわ!」
「いらっしゃいませ、皆様」
「お世話になります」
元気なマリエルの言葉に続けて柔らかな挨拶をする母親に拳児達も頭を下げてから彼女達に続いて屋敷へと入る。ニアとアルスも一緒に屋敷に入りながらニアがマリエルに小声で問いかける。
「マリーちゃん、どうだった?」
「格付けは終わったわ」
「そうなんだ」
コソッと耳打ちしたニアに構わず普通の声色で返事を返したマリエルだが、そこにフランが問いかける。
「格付けって?」
「別に兄妹仲悪い訳じゃないけど取り立てて良い訳でも無いから、立場の上下を理解させたのよ、魔法で」
「エグい事するなぁ」
ばっさりと暴力を行使したと言うマリエルに拳児は思わず引いてしまうが、その様子にマリエルは微笑みながら答える。
「だからパパの事も大丈夫よ、何も言われないから」
「うわぁ、相当やったねマリーちゃん」
ふふんと鼻を鳴らしながら言うマリエルにニアが半分呆れ顔で呟く。力を見せつけて相手の言論を封殺するというのは野生の理論でしか無かった為、全員が苦笑するしか無かった。そうしてマリエルと母親のベルに案内された一室に入ると、そこは応接室であろう長テーブルの置かれた場所であった。
最奥のお誕生日席に頭から狐耳を生やした髭面の男性と、右手に狼と思われる耳をした線と目が細い男性と丸い耳を生やした体格の大きい男性が座っており、その反対側にはこちらも狼のような尖った耳の女性と丸い耳の女性、そしてその女性達の生き写しのような女性2人が並んで待っていた。彼らは部屋に入ってきた拳児達に視線を向けて思わずギョッとしてから、何か取り繕うように慌てて視線を戻して咳払いをしつつ手元のお茶を飲んでから、髭面の男性が声をかけてきた。
「どうぞお客人、そちらに座りなされ」
「失礼します」
髭面の男性の言葉に恵が素直に会釈をして後に続くように拳児達も会釈をして用意された席に座る。それを見届けると同時にマリエルとベルがお茶を用意して、全員の前にティーセットを置いた。
「ローズティーよ」
「マリエルのお土産ですけれど」
「あ、あれ使ったんだ、美味しいよね~」
「そうよね~」
マリエルとベルの言葉にその紅茶を一緒に買ったフランが味の評価をしながら飲み、同じく味を理解しているマリエルも同調して微笑みながら一緒にお茶を飲む。その様子に何だか髭面の男性が目を丸くしていたのだが、そこで意を決したようにコホンと咳払いをして拳児達に声をかける。
「どうも、娘が世話になっていたようですな。エライ村の村長、カボスという」
「こちらこそマリエルさんにはお世話になっております。恵と申します」
マリエルの父親、カボスがちょっと雰囲気を重くしようという意図を感じさせる低い声を出すが、恵はそんな事に関わりなく笑顔ですかさず返事を返した。そうしたら唐突に、頭に熊のような丸い耳を付けた体格の良い男性が急に声を割り込ませてきた。
「おい、父上はそこの男に声をかけているのだ、女は黙っていろ」
「……あー!」
若干しゃがれたような低い声を出す男の言葉に何を言われたのか理解出来なかった拳児達だが、そこにマリエルが大声を出して割って入ってきた。
「ごめん、みんなとの付き合いが長い所為で忘れてたけど、この国って男尊女卑社会だから」
「あ、そっか、私が応対して変な感じになったのはそういう事か」
「ごめんごめん、認識を共有出来ていなかったわ」
マリエルの言葉になるほどと恵が納得を示すとマリエルが詫びを入れる。そんな言葉の応酬にマリエルの実家の人々が目を白黒させているのを横目に、恵がコホンと咳払いをして言葉を続ける。
「えー、私達の出身国では男女同権となっておりまして、女だからただ傍に控えろとかそういう風習は無いのですね、ええ。それによりマリエルさんのパーティー内で交渉事に関しては一番年長者である私が代表者として話を進めるのが決まりとなっておりますので、私が挨拶等をさせていただきました。問題があるようでしたら拳児君に話をさせる事も可能ですがどうしましょう?」
「……いや、お客人で結構だ。普段から交渉担当という事であれば貴女の方が話に長けているのだろう」
「では引き続き私の方で応対いたします」
咳払いをしてから恵が続けた言葉にマリエルの父カボスはそのままで良いと頷いてから、話を続けた。
「して、話は聞いているが、ウチのマリエルちゃんはどうだろうか?上手くやれているか?」
「それは勿論。我々別の国出身の3人よりも現地人となるマリエルさんとニアさんの知識には度々助けられておりますので、特にリーダーシップを発揮してくれるマリエルさんには非常にお世話になっております」
「ま、そういう事よね」
カボスの問いかけに恵が正直に応えるとやはりマリエルがフフンと鼻を鳴らしながら胸を張る。その様子をパーティーメンバー全員で微笑ましく見ていると、狼耳の目の細い男性が拳児に視線を送りながら呟く。
「しかし、ねぇ。我が妹とはいえ女が主導権を握る冒険者パーティーなど、男としてはやりづらいのでは無いかねぇ」
「いやー全然そんな事無いっすね!俺は男女平等大好きなんで!男女平等だからムカついたら相手が女だろうと俺は顔面ぶん殴っちゃうんで!」
「DV男かよお前」
目の細い男に問われた拳児が爽やかな笑顔でムカついたら遠慮なく殴る宣言をするとフランが真顔で突っ込むが、マリエルの家の者達はそうもいかなかった。拳児の笑顔で殴る宣言に頬をひくつかせてカボスが問いかける。
「女を、殴るのか?」
「そうっすね、というか何度かこのフランチェスカは殴った事ありますし、殴られた事もあります」
「割と勝ってるわよね私、3勝4敗くらい?」
「俺が負ける時100パー金玉蹴り上げてるから正当な殴り合いとは言えないんじゃねぇかなぁ」
カボスの問いかけに正直に拳児とフランが答えると、マリエルの家族は普通に顔を青褪めさせていた。この世界では男が女の顔を殴るのはご法度であり、しかも女が男の金玉を蹴り上げるなどあってはならない事であり、殺されても文句を言えない位の所業である。日本でも江戸時代だったらやはり似たような価値観であっただろうが、拳児達の住んでいる日本の価値観はもうそんな所を通り過ぎていたので、拳児としては普通の事であった。その話を聞きながらニアがお茶を飲みながら言葉を続ける。
「なんか価値観が全然違うから逆に同化しちゃうんだよねぇ。フランちゃんはともかく恵さんも拳児さんの事を丁重に持ち上げるみたいな事しないし、お互い対等な関係って感じでやり取りしてるから村に帰ってくるまでそういう世界だった事を忘れてたよ」
「他に関わりのある男性というとガティさんとそこのお弟子さんとか、グレスさんか。確かに一番距離近いのが拳児君で次にガティさんとこって考えると、あそこも普通に男女平等だからなぁ」
「グレスさんの奥さんはシャルミス先生だからなぁ、参考になる人全然居ないな男尊女卑の俺達の回りの人」
ニアの言葉にフランと拳児がフィーリアスに居る身内の中で男尊女卑のモデルケースが全然居ない事を嘆いていると、カボスが軽く額に汗を滲ませながら問いかけてくる。
「で、では。マリエルちゃんのパーティーとして一緒に頑張っていただいている、という事で良いかなぁ?」
「あ、はい、その認識で全然間違ってないんでいいっすよ」
最後ちょっとだけ言葉が崩れたカボスの問いに、拳児は爽やかな笑みを浮かべながらマリエルパーティーの一員として頑張っているという事を目一杯アピールするのであった。