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迷宮白書  作者: 深海 蒼
46/65

46話


 このダンジョンに来て初めて死を覚悟した両手槍のゴーレム。それと同じ個体と思われる金属馬に跨ったゴーレム兵士が2体と、その2体に挟まれるように同じく金属馬に跨った、一回り大きなゴーレム。中央のゴーレムは拳児達の姿を明らかに一瞥した後、片手で持っていた槍を天に掲げるように上に伸ばしてから、両手でぐるりと一回転させた。それと同時に拳児達も含めた砦の屋上とも呼べる場所に居る全員が黄金の光に包まれる。身体に漲る力と魔力、そして活力と呼べる物を全員が感じた所で、フランがぐっと奥歯を噛み締めてレイピアの先をゴーレムに向ける。


「思う存分暴れろって事ね」

「舞台を整えて演者も揃って、こっからがフィナーレと」

「配役は砦の守護者と盗人集団かしら」


 フランの言葉に同意するように拳児が呟くと恵も槍を構えて言葉を続ける。同じ日本人として今の状況が酷く舞台染みた物になってしまっている事に気付き、毒を交えて吐き捨てたくなってしまったのだ。3人のその感情に呼応するようにマリエル達も魔力を漲らせいつでも魔法を撃てるように準備を行う。その様子を見て取った3体のゴーレムの内、左右のゴーレム2体が槍を思い切り引き付け、激しい旋風を纏わせてその衝撃波を撃ち出してきた。それに対応する為に拳児とフラン、マリエルとレテスで巨大な魔法陣を目の前に発生させて壁にする。


「マジックシールド!」


 4人で作り上げた湾曲のマジックシールドにより飛ばされてきた衝撃波は左右に受け流され、風だけが4人の後ろに流れた。それを見て取った左右のゴーレムは馬の手綱を引いて身を屈め、腰の位置に槍を構えて突進を開始した。現代馬術でもその名が残るチャージという槍と馬による突進技だ。マジックシールドを張っていた4人はすぐさま魔法陣を消して左右に分散する。シールドで止められる程金属馬と兵士のタッグが軽い訳が無かったのだ。


「下がるな!広く取れ!」


 拳児の言葉に合わせて全員で左右に移動した所でゴーレムは右に左に本物の馬のように駆け回り、そうしていつの間にか拳児とそれ以外のメンバーで引き離されてしまった。チャージの体勢を止めたゴーレム達は、今度は右手で槍を操り左手で大盾を使い攻撃を防ぐ状態を取り始めた。その状況を確認し、1人諦めた拳児は目の前のボスであろう砦の守護者と向き合う。


「手のひらで転がされるのも堪らないからな、少しは抵抗させて貰うぞ!!」


 拳児が檄を飛ばしながら棍を操りゴーレムに躍りかかると、砦の守護者も呼応するように両手で槍を構え、馬ごと拳児と衝突するのだった。


 拳児と引き離された形となったフラン達は、一旦落ち着いて2体のゴーレムを確認する。左手に盾、右手に槍。オーソドックスな騎士の装備である両者とその馬を見て、フランはふと思った事を呟く。


「この馬もゴーレムなのかしら?それとも装備?」

「……あぁ、そういう事。装備扱いだったらゴーレムを落としたら動かなくなるんじゃないかって?」

「可能性はありそうよね」


 フランの端的な疑問にマリエルが意図を察して疑問の続きを口にすると恵がなるほどと頷く。上の兵士ゴーレムが離れれば馬は動かない可能性も考えて恵は瞬時に作戦を立てて口にする。


「マリエルとレテス、ニアで牽制射撃。マリエルとレテスはでかい岩で。その間に私とフランが回り込んで上のゴーレムの腰辺りを攻撃する」

「当たるかどうかは考えずにとりあえずやってみましょう」


 恵の作戦にフランも勢い良く乗っかった所でマリエルとレテスが同時にロックハンマーの魔法を発動させゴーレム達に射出する。


「今日この魔法ばっかじゃない!?」

「ゴーレム相手じゃしょうがないです!」


 マリエルのちょっとした愚痴に応じながらレテスもロックハンマーを撃ち出し、それに続くようにニアも風を纏わせた矢をゴーレム2体に射出する。ゴーレムはそれぞれ馬を操り左右に分かれたが、そこに恵とフランが先回りをして槍とレイピアで右側から腰を狙って攻撃を仕掛けた。それを既の所で再び馬がジャンプして避けたが、その際にゴーレムの馬同士がぶつかり合いガチンと音を立ててから接触の反動で弾かれてから地面に着地した。その様子を見たマリエルが深く頷く。


「馬と上の兵士は一体になってるわ、ケンタウロスみたいに」

「文字通りの人馬一体ね、じゃあ馬の方に攻撃を仕掛けても効果はあるって事よね!!」


 マリエルの言葉にフランが納得しながらレイピアで鋭い一撃を馬目掛けて行うと、少し慌てたようにゴーレムが槍を振りレイピアを避ける。その様子を見て取ったフランと恵は上の兵士では無く馬の方に刺突を連続で行い、恵の一撃が馬に当たるとやはり慌てたように馬は後ろに下がった。


「見た目に騙される所だったけど、馬に当てても同じなら的がでかくなっただけよね!」

「蓋を開けたら幼稚園児の演劇みたいに木の役が居るようなお粗末な物だったわ」


 恵とフランの言葉に続けてレテスとマリエル、ニアも次々と上の兵士では無く馬の方に攻撃を行っていく。その様子を伺いながら、ひっそりと1人ゴーレムの横に辿り着いたガティが手にしたつるはしに粒子を纏わせて横薙ぎに振るった。


「削れろぉ!」


 怒声と同時につるはしが馬の左足にぶち当たり、ギャインと金属同士の擦れる激しい音を出してから左の前足が胴体から切り離されて地面に落下した。攻撃を受けたゴーレムはまたジャンプをして後ろに下がり、けれど左の前足が無い事でバランスを崩して左に傾いて倒れた。そこにガティが追撃を入れようとした所にもう1体のゴーレムが割って入り槍を激しく振るい、まるでガティを追い払うようにブンブンと勢い良く振るう様子を見てガティは小狡い笑みを浮かべた。


「なんでぇ、随分人間臭い行動するじゃねぇか。ゴーレムも焦ったりするもんなんだなぁ?」

「ただの手品だったから、種が割れればそりゃ焦りもするんでしょうね、ゴーレムでも」

「馬の事に気付いたフランちゃんエライ!」

「自分で言うな」


 ガティに釣られてマリエルもにやけながら言うとフランが自画自賛を始めたので恵がそこに突っ込む。そこからは更に魔法と弓矢による遠距離攻撃の猛攻が開始された。最初こそ体勢を崩したゴーレムも揃って槍によって攻撃を防いでいたが、激しくなる一方のロックハンマーと矢の攻撃に、盾を構えて身を防ぐ事しか出来なくなっていた。そこにまた1人黙ってゴーレムの後ろに回り込んだガティがつるはしに粒子を纏わせ横薙ぎに振るう。


「喰らえやぁ!」


 再びの攻撃に前足を飛ばされていたゴーレムは相方のゴーレムを突き飛ばして自身から離れさせ、自身の身を盾にしてガティの一撃を胴体で受け止めた。土手っ腹に風穴が空いたゴーレム兵士の1体は、そうして活動を停止した。残ったもう1体は懸命にフランと恵の接近戦と、その援護の魔法攻撃を避けたり盾を使いで防いだりと1体になったからこその行動を行い、恵達へと激しい攻撃を開始した。その状況に今度は恵達が焦りだす。


「まずいまずい、速く倒さないと!」

「拳児さんの救援に行かないと!!」


 ニアとレテスが焦りながら魔法と矢を連射しながら横目で周囲の状況を確認し、視界の端に映る嫌な光景に焦りを募らせる。拳児は1人、ボスと呼ぶべきゴーレムを相手に防戦を一方的に強いられているのが見えているからだった。


 拳児は攻撃に撃って出る事が出来なかった。理由は簡単で、相手が自分より強いからだ。槍捌きもとんでもないが力も強く、また今までのゴーレムとは違った特殊な技を身に着けていたのだ。ボスが槍を横薙ぎに払うと拳児はその攻撃に合わせて身体に立てるようにして棍を盾にして攻撃を受け止め、槍と棍が接触した衝撃を受け流してから再度棍を立てて受けの体勢を取り、再び襲ってきた衝撃を同じように受け流すのであった。


(攻撃の後に遅れてくる衝撃、ゲームのオプション攻撃かよっ!)


 本命の槍の攻撃が振るわれた後で再度襲ってくる不可視の衝撃。それの対応を行う為に拳児の攻撃する隙は無く、ボスは事実上拳児の2倍の手数で拳児を圧倒しているのだった。原理としては槍に魔力を通している為に槍の攻撃に続いて魔力自体が衝撃として襲ってくるという理屈だろう。しかし実際にゲームで見るような一振りで2回攻撃をされる側としては溜まったものでは無かった。


 拳児は防戦一方となりながらも何とかこれ以上の悪い状況にならないよう懸命に励み、細い糸であろうと必死にしがみついて仲間達が救援に来てくれる事を信じていた。右から襲いかかる槍の攻撃を二度受け止め、左からの振りも二度受け止める。上からの振り下ろしにも棍を構えて二度受け止めて、亀のように防御を行っていた。


 仲間達を信じて待つ、その方針に何も間違いは無いが、予測可能な事ばかり現実では起こる訳では無い。ボスは拳児に向けて振り下ろした槍を今度は思い切り振り上げた。その衝撃は相当な物で拳児の腕は見事に振り上げられてしまい、身体が垂直に伸びる。その状況に何が起きたのかすぐ理解した拳児は焦りと共に口を開く。


「しまっ!?」


 思わず言ったと同時に顎に下から上への激しい衝撃。思い切り顎と棍を衝撃に撃ち抜かれた拳児は宙に浮いてしまった。その様子が視界の端に見えたフランが思わず叫ぶ。


「拳児っ!!」


 自分を呼ぶ声が聴こえてからまるで世界が遅くなったように拳児は感じていた。視界の隅で叫ぶフランの様子とその表情は、何度か見覚えのある物と似て非なるものであった。そこに見て取れるのは本気の悲壮、恐らく自分の所為だとか考えているんだろうな、と拳児は見て取って、初めてその顔を見た時の事を思い出していた。


 古い風習の残る田舎に嫁いだ外国人の嫁が、優遇される訳も無く、さりとて忌み嫌われている訳でも無く、普段は透明人間のように視界から消し、自分の都合の良い時にだけ見える人形のように夫と娘以外からは扱われていた。そんな母親から生まれた娘は父がイギリス人のクォーターであり、母親が純イタリア人だった為、金髪碧眼の美しい少女となった。そこで学校に通うようになり悪目立ちする外見の所為で様々なトラブルに巻き込まれいくつかは事件となり、ついたあだ名が「疫病神」である。


 同級生の誰かの親が言ったであろうその言葉は意味を持ち、実の両親以外の血縁者にすら忌み嫌われたフランチェスカは、やがて1人で過ごすようになり物語とゲームなどの単独で遊べる事しか出来ないようになっていた。その頃に親戚の1人の子の問いかけにフランチェスカはこう答える。


「私の周りに居ると、不幸になるんだって。だから私と遊んじゃダメなんだ」


 その時に覚えた感情が何だったのかははっきりと覚えている。たった1人の人間が居るだけで他人が不幸になる訳が無い。存在しているだけで嫌われるなんて事はあり得ない、何か原因がありそれによって嫌いになる、嫌われるようになるしか無い。一緒に居るだけで不幸になる存在なんて、あり得ない。


 それは激情であった。怒りでも悲しみでも無い、そんな事俺は認めないという、激しい拒絶の感情だった。たった1人に不幸が纏わりつく事なんてあり得ない、そんな世界に俺達は生きていない。本当に不幸なら、生まれてすらいなかったのだから。だからそんな事は俺は認めないという、我儘な激情と使命感だけで今まで拳児は生きてきた。フランが呼び込むのは不幸ではなく、ただのトラブル。ただのトラブルなんだから、問題を解決さえすれば誰も不幸になんかならない。だから今、この時も、不幸じゃない。


 目の前で動いているのは先端の尖った物体。それが槍で、何度も打ち合った事は理解している。それが目の前に迫り自分の顔面に吸い込まれれば、拳児はフランの所為で1人モンスターと戦い死ぬ事になり、フランの()()()()の材料になってしまう。そんな事、許せるはずが。


「――ねぇだろがぁあっ!!」


 背筋により無理やり頭を後ろに反らして既の所で顔面への直撃を避け、胴体に縦に槍の先端が走った事を感じながらも無理やり背中から地面に着地し、後ろにゴロゴロと転がってから立ち上がる。上半身に着ていたシャツにぱっくり縦の切れ込みが入り、そこから薄く血が滲んでいるのを感じながら左手で服を毟って引きちぎる。ビリビリと破け裸となった右半身の軽い切り傷から落ちる少しの血を見ながら拳児は1人呟く。


「違うよな、俺。なんでこんなに慎重になってんだ、いつもと違いすぎるだろ、俺」


 ブツブツと言いながら段々ムカムカしてきた拳児は棍を両手で握って地面を思い切り叩いてから叫ぶ。


「ああああああうるっせーんだよこのくそったれがぁああ!!」


 全力で、大声で拳児が叫ぶと同時、周囲の動きがピタリと止まる。それを無視して拳児は棍を右手で水平に持ち、腰を落として左手を棍の先に添えて呟く。


「何が不可視の衝撃だ、二重の攻撃だ馬鹿野郎。相手が攻撃するより先に攻撃すりゃいいだけじゃねぇか、くだらねぇ」


 そう呟きながら拳児は目一杯の魔力を込めて魔法陣を全身に纏い、今までで最大級の魔法をその身に発動させる。


「テンペスト・ソニックドライブ」


 それは理想の攻撃手段、激しい嵐と稲妻に身を包み、音よりも速く駆け回り動き続ける。音を超える高速移動と強烈な打撃の連打だけを考えて、拳児は身体エネルギーの活性化も織り込んで全力で動き始めた。バン、という音と共にボスの持つ槍が上に弾け、次に馬の胴体に衝撃が走る。衝撃の先に視線を向けた瞬間逆方向から再び強い衝撃。その繰り返しが3回行われてから、ボスは手にした槍を大きく横に振るうがその声はボスのすぐ横から聴こえた。


「おせぇよ」


 同時に頭に強い衝撃が走り馬の胴体や足、ボス本体の腕と頭、胴体にも連続で打撃が入り、ボスは槍で防ぐ事も出来ずに撃たれ続ける事になってしまっていた。拳児がやっている事は単純明快、全力で素早く動いて攻撃しているだけである。自分の理想とする風雷のイメージを具現化させ、身体エネルギーの活性化すら使い全力で攻撃するだけだ。


 仲間を信じるとかそういうのも良い事だけれど、それより前に随分保守的な行動しかしていなかったと拳児は攻撃を繰り出しながら反省していた。砦で初めて味わった本気の死に際を目の当たりにして防衛本能が働いたのだと気付けたのは、また死の淵を彷徨ったからだろうと結論付ける。走馬灯という物は本当に見えるのだなと思いつつ棍による打撃の連打を続け、手にしている棍から異音が発生した事に気付き、バックステップで後ろに下がってから大きく左足を前に出し、棍をやり投げの姿勢で構えながら拳児は大きく叫ぶ。


「悪いガティ!!棍壊れるわ!!」

「帰ったら何本でも作ってやるから、思いっきりブチかませ!!」

「おうっ!!」


 拳児の叫びにガティが応じるのを見て、笑みを浮かべてから根に自身の風雷を纏わせて投擲する。


「ソニックランサァアアアッ!!!」


 その一撃は正しく音速を超えた一撃。激しい風と稲妻を纏った紫電の如き投擲により棍は一瞬でボスの胴体に突き刺さり、背中から棍の先端が見える程度に貫いてから、その風と雷の攻撃を全身に受ける事となった。衝撃波と内部からの電流が最後のトドメとなり、ボスは金属馬の背中から転がり落ちる。その様子を見てから拳児は投擲の体勢から前のめりに倒れこみながら思いっきり叫んだ。


「ざまぁぁあみろばぁあああか野郎があああああ!!!!」


 それは魂からの絶叫と、1人で上げた勝ち鬨の声であった。

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