45話
両手槍を扱うゴーレムとの戦闘を何とか潜り抜けた拳児だったが状況としては良くは無く、身体のあちこちが痛みを訴えている状態だった。生命の危機が去った事で痛みが身体に走り、レテスの治癒魔法を受けて地面に座り込み回復している所であった。
「痛みとか、どうですか?」
「だいぶマシになりました。ちょっと左腕を上げると引きつりますけど、まぁアバラが軽く痛む位で動けます」
心配そうなレテスの表情に笑顔を向けてから拳児は両手を振り上げたり下げたりしてからその場に立ち上がり、全身の状態を見る。
「砂埃だらけになっちまったな」
「それぐらいで済んで儲けものでしょ」
全身を眺めながら言う拳児の言葉にフランが呆れと同時に言いながら拳児の全身を確認して、口を開く。
「で、どうする?このまま進むか、撤退するか」
「撤退ねぇ……どこに逃げられるかな。ていうか砦と逆方向に進んでも転移装置があるか分からんからなぁ」
「それは確かにね」
フランの質問に拳児が答えるとマリエルも渋い顔をしながらも拳児の言葉に同意する。過去には与太話とされていた幻の砦に到達した状況で、果たして砦の攻略以外の道はどの程度時間がかかるのだろうか。グレスは砦から撤退したグループの話をしてくれたが、それがどの程度時間のかかるものかは聞いていないので、帰るのが1日2日で済まずに一週間など長期化したら余計状況は悪くなるだけである。マリエルもレテスも現実的に考えていたが、拳児は「それに」と付け加えた。
「多分ここ攻略しないと帰れないと思うんだよな、今までの経験上。問題はどんな形であれ解決しないと終わらないのがいつもの事だし」
「そうね、いつも通りならちゃんと解決してからじゃないと帰れないわね」
拳児の言葉にフランがウムウムと深く頷くのを見て恵は顔を渋くしながらフランに問いかける。
「あなた達、過去にどんな事してきたのよ」
「まぁ、色々と」
「色々ね」
問いかけに拳児とフランは曖昧な笑顔を浮かべて言葉を濁し、そのまま拳児の身体の調子を確かめてから拳児は棍を手に再び確認する。
「じゃ、砦の正面玄関は開いているから、お邪魔しましょうか」
「そうだなぁ、いくかぁ」
よっと言いながら身体を捻る拳児の言葉にガティも頷きながら砦の内部へと潜入を開始する。扉などは全く無い石造りの砦内部の光景は殺風景であり、真ん中の通路の左右には武器や防具が置いてある棚やマネキン等が飾られていた。なんだかごちゃごちゃしているなと思っていると、ガティが近くの壁に掛かっていた剣を1本手にして眺めながら首を傾げる。
「なんつぅか、すげぇ歪な光景だなこりゃ」
「どういう事ですか?」
剣をポイと放り投げながら呟くガティにニアが問いかけると、ガティが他の槍を手に取って説明を始めた。
「どれもこれも、形だけで獲物として使うようには出来てねぇ、こんなもんで戦えば怪我しちまうぜ。そんなもんしか置かれてねぇから、形だけ人間の砦の内部を真似したニセモノって感じだ」
「砦の真似、偽物かぁ。なんで真似するんだ?」
「人間を模倣したいだけなのか、或いはメッセージか」
ガティの言葉に拳児が疑問を覚えて口にするが、それに対し恵が返事をした事で、全員の視線が恵に集まる。
「模倣犯、劇場型殺人。つまり人間の砦に似せたこの場所自体が「この戦場で殺す」というメッセージが込められている、とか」
「あながち間違って無さそうね」
恵の説明にフランも感心を覚えながらその意見を肯定し、透けて見える思惑に背筋に冷たいものが走る。先程のゴーレム兵士達は殺意がふんだんに練り込まれたモンスターだった為、その殺意は本物だろう。そしてその殺意から逃れ、無事に打倒出来た者に対しては何が用意されているのか、という部分も気になる。
「じゃ、ここを攻略したら余程の報酬があるんでしょうね」
「そういうものじゃないかな、報酬は労働の対価だから」
マリエルの言葉に拳児も笑顔で頷きながら同意して、周囲を見回してから上に昇る階段を確認する。
「それじゃあこの先に進むか」
「行くかぁ」
拳児の言葉にガティも同意して前へと進み、石造りの砦の階段を昇ると、途中で2回左に曲がった事でコの字の階段だった事が分かり、階段を抜けた先には木造の長テーブルと椅子が適当に並べられた空間に出た。そしてそのテーブルの奥には扉は無いが人が通る用だと思われる穴と、その穴の両側に立つ金属鎧のゴーレムが2体。
「やっぱ、人間の真似事って感じがするな」
「模倣する事で敬意を払っているとも言えるかも?」
「それはそれであり得るかも」
ガティの言葉にフランが応じると拳児もフランの意見に同意した所で、目の前のゴーレム2体は両腰に手を当てて腰から剣を2本取り出して構えてきた。相手は二刀流という形になるのかと拳児が軽く考えるのと同時にニアが風を纏った光の矢を連続で撃ち出し、ゴーレム2体はそれを剣をクロスさせる事で防御してその場に踏みと留まった。そこにすかさずマリエルとレテスが魔法を放つ。
「ロックハンマー!」
「ロックストライク!」
マリエルは直線的に巨大な岩石を射出し、レテスは上に巨石を生成して上から下に勢い良く落とす事でゴーレム2体にダメージを与える。そのまま矢継ぎ早にフランと恵が集団から飛び出して巨石にもんどり打って倒れたゴーレムに向けて武器の先に魔法陣を作成し、魔法を放つ。
「サンダーレイジ!!」
金属ゆえに通りが良い雷魔法を打ち込みゴーレム達が停止した所で拳児とガティがゴーレムの頭に棍とつるはしを叩き込んだ。
「死ね!!」
「砕けろ!」
お互いに勢い良く振り回した棍とつるはしでゴーレムの頭がべっこりとへこみ、そのままゴーレムが仰向けに倒れたのを見て拳児がホッと息を吐く。
「いやこのゴーレム、さっきの槍のゴーレムと同じ位強いヤツだったと思うよ」
「全員で掛かれば手を出させずに始末出来るって事か」
「この砦のボスもこうだったら良いんだけどねぇ」
拳児の言葉にガティが感心したように言うが、マリエルが若干不穏な言葉を呟いてからゴーレムが立ち塞がっていた通路の先を見て目を輝かせる。
「宝箱だわ!?」
「うっわ、古典的な宝箱」
奥にある見て分かる通りの宝箱の存在と、その周辺にある大量の木箱を確認してマリエルは宝箱へと駆け寄り恵達も訝しみながら室内へと入っていく。マリエルがそのまま勢い良く宝箱を開けようとそのまま手を縁に掛けた所で、フランが肩を掴んで引っ張った。
「いやいや!警戒せずに宝箱開けちゃダメでしょ!!トラップかもしれないんだから!!」
「そ、そうだったわね!慎重に開けましょう慎重に!」
「ゆっくり開ければ良い訳じゃないわよ!?」
慌ててフランが言うがマリエルは目を輝かせたままに蓋をゆっくりと開いた。すると中には5つの布袋が箱にぴったり収まるサイズでしまってあった。マリエルはその中の一つの布袋を取り出し、袋の中身を見てから目を見開いて中身を袋から右手で引っ張り出した。
「魔力増幅結晶体だわ!!こんなに大きいの初めて見た!!」
「うわぁ、それだけで数年は生活できるお金になりそうだねぇ」
マリエルの取り出した魔力結晶体を見てニアが苦笑しながら眺める。魔力を通せば何倍にも増幅してくれる触媒として人気のアイテムであり、一流の魔法使いは必ず持っているという必需品でもある。マリエルの使っているグローブにも小さい物が入っているが、大きさと純度に比例して魔力の増幅量も変わる為、マリエルが今持っている物であれば本当に数年は生きていけるだけのシロモノであった。それを確認してからマリエルは宝箱から布袋を一旦全部出して、荷物袋にしまう。
「一旦、一旦しまっておきましょう。後で生きて帰ったら全部の中身を見ましょう、その方が後の楽しみ生きる希望になるわ!!」
「単純にワクワクを後回しにしたいだけでしょ」
「そうとも言うわ」
興奮気味のマリエルの言葉にフランが突っ込みを入れるがマリエルはそれを肯定して全ての布袋をしまってから立ち上がる。その間に拳児達は周辺の木箱を開けて中身を確認していた。
「矢と弦、あと小石、いや鉱石かな?」
「こっちは紙だ、ポーションの製法書や金属の加工方法なんかが書いてある。ここまで来た事に対する報酬って事か?」
「苦労の分だけ恩賞を与えるっていうのは人間臭い仕組みよね」
木箱の中身を確認しながら拳児とガティが言うと、恵が恩賞という言葉に皮肉を交えて口にする。人間の砦を模倣するという事自体は非人間的な行為だったが、このような報酬と言って良い物を与えてくる仕組みというのは酷く人間的な物を感じる。もしかしてこの砦というかダンジョン自体に何者かの意志が反映されているのではないか、という考えも恵の頭を過ぎり、今は考えすぎないようにして木箱を手当たり次第荷物袋に詰め始めた。
「必要でしょ?全部。貰える物は貰っておきましょ」
「だな、全部回収するぞ」
恵の言葉にガティも続いて中身を確認せずに木箱を次々と荷物袋に入れて綺麗さっぱり空間にある荷物は全て全員の袋の中に収納された。そうして残ったのが上へと誘導する階段、という所で全員で顔を見合わせて頷く。
「じゃ、多分ここが最後だ」
「そうね、行きましょう」
拳児の言葉にフランも頷きながら、全員で階段をゆっくりと登っていく。やがて光が見えたと同時に拳児達が到達したのは、砦の屋上と呼べる広い空間であった。そしてそんな拳児達を待ち受けていた存在が姿を表す。
「……マジかよ」
それは金属で出来た馬に跨る金属鎧のゴーレムが3体。どれも槍と盾を構えた重武装であり、拳児が追い詰められた両手槍のゴーレムと同一に見える個体が2体居る。そして、その2体よりも明らかに鎧と盾の装いも豪華な、上位個体と認識して良いだろう、一回り大きいゴーレム。そんな3体が重厚な姿を表した事で、拳児は生唾を飲み込んで気を張り詰めるしか無かった。