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迷宮白書  作者: 深海 蒼
35/77

35話


 フランと恵の使用した魔法にこの世界の住人であるグレス達が驚愕を示した場所から再び歩き道を進んでいる途中、拳児がフランに話しかける。


「ていうか、科学を魔法に応用するって思いついたなら、もっと他に色々出来るんじゃないのか?」

「色々って例えば?」

「もういっそ、元の世界に戻る魔法を開発、とか」

「あんた、科学技術で瞬間移動出来るの?」

「出来ませんね、ハイ」


 フランからのもっともな指摘にぐうの音も出ず撃沈する。そんな拳児を置いておいて、フランは人差し指を上に向け指先に魔法陣を浮かべ、小さな火の魔法を顕現させた。


「あたしのこの魔法は『可燃性ガスによる発火』をイメージして魔法を起動しているわ。この可燃性ガスの部分を『水素』、化学式H2で顕現しようとすると」


 フランがそう言いながら少し指先に力を込めると、途端魔法の炎と魔法陣はパッと消えてしまった。


「ご覧の通り、魔法どころか魔法陣すら起動できない。これは多分サーキットブレーカーのようなものが発動しているんだと思う、一種の安全装置ね」

「安全装置、サーキットブレーカーかぁ、なるほどな。マリエルの使える補助魔法のアシストとブーストは、身体機能の一部制限解除魔法か肉体の活性化魔法って所か」

「多分ね」


 フランの説明に納得が行った拳児の言葉に恵が続ける。


「暇だったから色々試したんだけどね、石を生成する事は出来ても鉄分子、化学式Feを生成しようとするとうんともすんとも言わなくなるの。これはもう、魔法で具体的なナニカが作れないようにされているとしか思えないんだよね」

「具体的な何か、か。確かに作れたら色々マズいだろうなぁ」

「本物の錬金術が可能になっちゃうからね」


 拳児の相槌に少し微笑んでから、恵は真剣な表情で呟く。


「それに、本当に魔力という得体の知れないエネルギーが物質に変化するという事は、核分裂反応が起こるから、発動した瞬間に死ぬのと同じだし」

「うわっこわっ。それは確かにそうだ、試して無くて良かった」


 現実の具体的な恐怖が恵から語られた事で拳児が魔法の危うさ、薄ら寒さを実感する。そんな拳児に続けてフランが言う。


「そもそも魔力って何って話じゃない?消費しているエネルギーはカロリー?酸素?ビタミン?尿素や窒素も可能性としては十分にあるけれど、どれを消費しているのか具体的にわかる?」

「わかんないなぁ」

「分からない『なんかあるもの』として扱っているエネルギーだから特定の物質形成を行う事は無理なんじゃないかって、恵さん達と話し合ってふわっとしか感じで使っていこうって決めたのよ。核分裂どころか核融合が発生したら責任取れないし」

「それは確かにそうだ」


 フランが考えうる限り最悪の状況を語った事で、拳児は魔法の行使について深く考えて行使するのは止めようと思った。手元で三重水素を核融合させる、が実行出来たらその瞬間自分どころか世界が消し飛びかねないので、具体的な物質を狙って魔法を演算する魔術式を構築するのは止めるべきである。洒落にならない現実的な科学と魔法の融合に関して少し考えていると、道の先から再びギャイギャイとゴブリンが4匹駆け寄ってくる。それを見た拳児はグレスに視線を向けるが、グレスは何も言わずに頷いたので、各自好きなように、と意味を理解してそれぞれ動こうとしたそこに、光がシュンと勢い良く飛んで行き1匹のゴブリンの額を貫いた。


「1匹」


 呟きながら再び弓から放たれた光がゴブリンの額を貫き、そのままトントントンと調子良い音を立ててゴブリン4匹は全滅した。その姿を見て構えを解いたニアが、ふぅと軽く息を吐いてから呟く。


「もうちょっと太い矢の造形の方が良いかな、重量感が物足りない」

「魔力の消費は大丈夫なの?」

「うん、今くらいのサイズだったら気にしないで問題無い程度の魔力消費だから」


 マリエルの言葉にニアは笑顔で頷いてから、再び弓に視線を向ける。


「光の矢でも十分な威力が出るんだけど、これに風を纏わせたらどうなるのかなぁ」

「余程のモンスターでないと試せないのでは?」

「一度位は試しておきたいんだけどなぁ」


 ニアの言葉にレテスが苦笑しながら告げるが、確かに十分な威力を持つ光の矢が風を纏うとどうなるのか、現状では想像が出来ない威力となっている。大型の獣でも出ればあるいは、とニアが少し考えているとグレスが苦笑を浮かべる。


「それは20階で試せば良いだろう、中堅冒険者の関門があるのだから」

「はっ、はい!そうですね!!」


 グレスの言葉に少し緊張しながらニアがブンブンと首を振って頷く。その様子を見てフランが拳児に近寄って小声で訪ねた。


「なんかあの子、あのおじさんにやたら緊張してない?」

「グレスさんのファンらしい。あの人『剛腕のグレス』って呼ばれる有名人らしいから」

「へーそうなのね」


 グレスの片腕と片足をちらりと見ながらも頷いたフランはそのまま恵の横に移動して小声でやり取りを行う。なんか女子っぽい情報交換だなぁと思ってその光景を眺めていると、背後のレテスから声が上がった。


「あ、そろそろ転送装置です」

「魔力の流れか」

「はい」


 レテスの言葉にグレスが確認し少しすると、本当に転送装置が道の先に現れた。転送装置から転送装置まで魔力が流れていて、魔力に敏感な者であればその流れで道が分かるという、ダンジョンの攻略法としてはスタンダードな方法が取れるこのチームは中々良いチームではないか、とグレスは心の中で呟いた。そんな事を思いつつグレスは拳児達に視線を向け、1人転送装置に乗る。


「では俺はここまでだ。残りの時間、どれだけ探索するか分からんが無理はするなよ」

「分かってます、お疲れ様でしたグレスさん」

「あぁ、ではまたな」


 グレスのアドバイスに拳児が大きく頷いて返事をすると、グレスはそのまま軽く微笑んで光と共に姿を消した。その去り際を見て恵が呟く。


「あの人かなり余裕ある大人って感じだったなぁ、手足負傷しているのに苦にしてないのが凄いわ」

「若い頃の功績を考えれば、むしろ良く片手片足の負傷で済んだな、という感じになりますね」


 恵のグレス評に対してレテスが苦笑を浮かべる。文字通り手足を失っているのに言動に余裕がある大人として割と理想的なグレスの態度は、正しく大人の余裕としか言いようがなかった。そんな彼を見送ってから拳児達も続いて転送装置へと乗り込んだ。


「じゃ、13階層へ」


 全員が乗り込んだ所でマリエルが言うと、全員が光に包まれて転送が始まった。


 その後13階層、14階層と移動を行ったが特に問題は無く、出てくるモンスターは棍棒や弓、槍に獣の牙を研いだ剣のようなものを扱ってくるゴブリンばかりだったので、特に問題無く処理を行っていった。小賢しい程度の知能を持つゴブリンであるが、まず遠距離攻撃を行える数が圧倒的に違う為、拳児達の障害としては全く機能していなかった。そのような感じなので自然と雰囲気も緩くなり、マリエルが待ち切れない様子でフランに近づいて問いかけた。


「それで、カガクってなに?」

「何って言われると割と困るけれど、例えば弓で矢を放つと矢が飛んでいくのは何故かというのを具体的に理解できるようになる学問よ」

「……弓で矢が飛んでいくのをカガクで言うとどうなるの?」


 マリエルの問いかけにフランは少し考えてから答えを出す。


「弓本体と弦の弾性エネルギーが矢に伝わり、矢が飛んでいく。弓の素材自体の弾性と弦の弾性、そして矢の形状や撃ち方によっても飛距離は変わるけれど、概ね弓本体と弦の弾性エネルギーによって矢は飛ぶようになっているわ」

「……弾性は弾く力ね、そのエネルギーが矢に伝わって飛ぶ。確かにそうなんだけれど、改めて言われると不思議な気分になるわ」

「あたし達からすると魔法の方がよっぽど不思議なんだけどね」


 マリエルの言葉にフランが苦笑を浮かべながら話を続ける。


「さっき拳児が炎を出した原理は、可燃性の高いガス状の物体を用いてそれを点火し、炎上させた。炎に燃料を注げば継続的に炎上するし炎を大きくする事も出来る、その燃料を魔力にして高温度の炎を再現したんだわ」

「炎が青かったのはどうしてかしら?」

「炎には温度によって色を変える性質があって、一番低い炎の温度が赤、次に黄色、白と変わって最終的に青が一番高い色温度になるの。高濃度の可燃性ガスを用いれば一番色温度の高い青色をずっと維持できるという訳」

「青が一番高い……なるほど……」


 フランの説明を自分の中で反芻しながらマリエルがうんうんと唸っていると、隣を歩くレテスもフランに質問を開始した。


「あの、強烈な風によって敵を切り刻む魔法の場合はどのような事になるのでしょうか?」

「あーその問題か。色々要因はあるけれど、風によって巻き上げられた目に見えない程度の粒子が超高速で物体を傷つけるから切れる、という理屈が一般的ね。昔は強風によって真空状態を作ってその真空が傷を作ると思われていたけど、風同士の接触だけで切断可能な程の真空を作るのは無理があるというのが現実的ね」

「……こう、何と言うか、身も蓋もない話ですね」

「科学ってそういうものなのよ」


 フランの説明にレテスが微妙な表情を浮かべるが、その表情を見てフランが軽く笑う。極論、何らかの事象を科学で解析するという事はそういう身も蓋もない話にしかならないのが現実だ。そこにロマンはあまり感じられず、身も蓋もない現実を見せるのが科学という学問の側面であるのは間違いのない事実だった。フランからすればよっぽど魔法という存在の方がファンタジーで素敵な物だと感じていた。

 フランがそんな事を考えていると、戦闘を進む拳児が声を上げる。


「転移装置あったけど、この先どうするか」

「戻りましょう。科学について興味津々な様子だし」


 フランが解説していた科学知識に関して興味を抑えられていなかったマリエルとニアが恵の言葉に軽く笑みを浮かべるのを見て、拳児はすぐに帰還する選択を行った。この後の質問攻めを考えれば早めに安全な場所に移動するというのが一番賢い考えなのだから。


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