33話
ガティの鍛冶屋に戻ってきたマリエルとちょっとした問題が起こった後、マリエルが改めて自己紹介をする。
「私はエライ村のマリエルよ、よろしく」
「メグミ=コダテです、先程は失礼しました」
「フランチェスカ=ヒメミヤ、フランでいいわ」
「じゃあよろしくメグミ、フラン。他二人もすぐに店に戻ってくるわ」
マリエルが恵とフランと握手をしたのを拳児が眺めていると、再び店の扉が開いて予定通りニアとレテスが入ってきた。二人はマリエルと拳児に視線を向け、他に恵とフランが居るのを不思議そうに見ながらマリエルに近づいてきた。
「えっと、戻ったんだけど、どういう状況?」
「ケンジと同郷の二人らしいわ、こちらのフランチェスカはケンジの親戚だって」
「あ、じゃあ故郷に戻る方法は分かったんですか?」
「それは見つかってないんだよね」
ニアの問いかけにマリエルが簡単な説明を行い、拳児の故郷に関してレテスが思った事を言うと、拳児は苦笑しながら否定した。その様子を見てから恵が口を開く。
「メグミ=コダテです。今後拳児君と同行させて貰う事になったんで、冒険者仲間です。よろしくお願いします」
「フランチェスカ=ヒメミヤ、拳児の親戚よ、よろしく」
恵に続いてフランも自己紹介をすると、ニアとレテスも返事をする。
「エライ村のニアです、マリーちゃんの幼馴染です」
「レテスディアと申します。ケンジさんのサポーター人員です」
「サポーター人員?」
ニアに続いて対応したレテスの言葉にフランが疑問を覚えて首を傾げると、レテスが拳児の方へ視線を向けて、拳児が頷くのを見てから正直に話した。
「はい、冒険者ギルドからケンジさんに譲渡されたサポーター人員、奴隷です」
レテスの正直な告白に恵がギョッと目を見開いた所で、フランがはぁ~、とまたでかいため息を吐いた。
「ま~た放っておけないだの手が届くからだのでやらかした訳か。ほんっと、成長しないわねアンタ」
「別に、悪い事をしている訳ではないのだから」
「それで勘違いっていうか依存された事あるの、もう忘れたの?」
「忘れてないけど、それとこれとは別だから」
いつもの事、のようにフランがため息を吐きながら拳児に口撃をしつつ呆れた目で見ている姿を見て、マリエルが少し驚いた表情でフランへ視線を向けた。
「なんか、予想以上にすんなり受け入れたわね」
「いやもうこいつのこういう巻き込まれに行った末に誰かが急に生えてくるなんていつもの事だから、一々驚いてる時間の無駄だわ」
「わー、嬉しくない信頼感」
マリエルの言葉にさらっとフランが答えると、棒読みで拳児が呟く。そんな様子に面食らったレテスだが、お構いなしにフランがレテスに告げた。
「分かってると思うけど拳児は自分の上は認めるけど自分より下は居ないと基本思ってる奴だから、奴隷だなんだと卑屈になると嫌われるからやめておきなさい」
「それは、もう十分理解してますけど……」
「分かってるならいいけどね」
フランの言葉に初日に奴隷禁止と言われた事を思い出したレテスは苦笑を浮かべながら頷き、フランはその様子を見て鼻をフンと鳴らしてから拳児の鼻っ柱にデコピンを打った。
「もう何度も言ってるけど、自分で拾ったからには自分で何とかしなさいよ。普段通りあたしも手伝うけど、頼り切らないで」
「分かってるよ、フラン任せになんてする訳ないだろ」
鼻っ柱を押さえたまま頷く拳児を見て、フランはふぅと軽くため息を吐いた。そんな二人のやり取りを唖然と見て、恵が呟く。
「なんか普通に受け入れてるけど、いつもの事なのね」
「いつもの事なのよね」
「大体発端はいつもフランなんだけどなぁ」
「発端はね」
そうしてフランと拳児が軽口を叩いていると、大きな樽を持ったガティが全員の前に姿を表した。
「っと、言われた槍と刺剣だ、いくつかあるから手に馴染むものを選んでくれ」
「ありがとうございます」
「助かるよガティ」
大樽の中にはガティの言った通り槍と鞘に入った刺剣が複数入っており、早速恵とフランが持ち上げてみて鞘に入れながら軽く振ってみたりしている。それを横目にガティは拳児から預かった剣を拳児に渡しながら告げた。
「剣を見て分かったが、おめぇに剣は向いてねぇな。太刀筋が悪いとかじゃなく、身体の動かし方を知っているだけに剣に向かない体捌きをしていやがるから剣にガタが来てやがった。多分おめぇにお似合いなのはこいつだよ」
拳児に剣を返しながらも、ガティは背中に背負っていた長い棒を拳児に差し出した。それを右手で掴んだ拳児はズッシリとした重さを右手に感じながら、上から下に視線を向ける。
「六尺棒、いや棍か、金属の」
「ロクシャクってのが何かは知らねぇが正しく棒だ。遠慮無くブンブン振り回せて叩きつけ、相手を潰す。魔法も使えるようになったら魔法を纏わせて攻撃なんて事も出来るだろうさ」
「うん、確かに剣よりもこっちの方が向いてるかも、というか何度か稽古で使った事があるから」
拳児は受け取った棍を両手で握り、素早くくるりと回して左右に回転させてからピシッと自身の脇に垂直に立てて止める。その振る舞いにグレスがほう、と口を開いた。
「確かに、そちらの方が良さそうだな。槍のように前を定めるのでは無くどちらも使えるように扱うのが良さそうだ」
「はい、重さも丁度良いし、使わせて貰うよ」
「おう、代金は貰うが持っていけ。定期的にメンテナンスに来いよな」
「分かってるよ、ありがとう」
グレスの言葉に拳児も同意しながらメインウェポンを棍に定め、ガティが嬉しそうに頷く。その様子を見てからガティは再びカウンターに行ってから今度は両手で湾曲した金属の棒を持ってきた。その棒を見てニアが笑みを浮かべる。
「あっ、出来ましたか!?」
「注文通り、ちょっとやそっとじゃ壊れねぇ合金の弓だ。持ち手の部分に緑と黄の宝玉を埋め込んであるぜ」
「ありがとうございます!!」
ニアはガティから喜んでその湾曲した棒を受け取ると、楽しそうに眺め始めた。それを見て拳児が言う。
「コンポジットボウになるのか」
「緑の宝玉に魔力を流せば弓矢は風を帯びる、黄色の宝玉に魔力を流せば光の矢が出る、随分運の良いアイテムを手に入れたな」
「ダンジョンってこういう事よくあるの?特定の武具用にアイテム出てくるとか」
ガティの褒め言葉に拳児が疑問を含めて問い返すと、横で聞いていたグレスが答えを教えてくれた。
「剣、槍、盾、杖など特定の武具が手に入る事もある。他には鉱石等でも手に入る事もあるし、ダンジョンの20階層を抜けた先は、異空間と呼べるフィールドが6つに分かれて存在している為、その異空間独自の生態系の素材等も手に入るぞ」
「なるほど、異空間。確かに本に書いてあったけれど、生態系が育まれる位広大なフィールドなんですね」
「あぁ広大だ、そして難所が数多く存在する。20階層以前と以後では全く要領が変わってくるから予習は十分にしておく事だ」
「分かりました」
先輩冒険者であるグレスからの有り難いアドバイスに拳児が頷いていると、弓を受け取ったニアが早速自分の荷物袋から弦と金具、厚皮を取り出して弓に弦を張り持ち手に厚皮を巻いて固定し、何度か弦の張りを確認してから嬉しそうに頷いて弓を荷物袋の中に閉まった。
「ガティ、弓って普通そんな簡単に調整できるもんなの?」
「鍛冶屋か慣れた狩人なら調整は容易いな。あの嬢ちゃんは元々自前で弓持ってたらしいし、弓ってのは弦の張り方や反発力、持ち手の扱いやすさなんかで調子が変わるデリケートな武器だからな、自分で調整できねぇと話にならんぜ」
「へぇ~、ニア凄いなぁ」
いそいそと自分の武器の用意を完了させたニアに感心の眼差しを向けていると、獲物の選定をしていた恵とフランがガティに声をかけてきた。
「あたしはこれにするわ、持ち手も丁度良いし重量も十分だわ」
「私もこれで、お金は拳児君の持ってる支度金からお願い」
「分かってます、ガティ、いくら?」
「刺剣と短剣、両手槍で金貨5枚だな」
「あいよ」
フランと恵の武器価格をすぐに荷物袋から取り出してガティに渡す。ガティはそれを受け取ってから、重ねて拳児に問いかけた。
「それで、他の道具は必要ねぇのか?水ポーションに包帯と湿布、筋肉痛用の塗り薬もあるぞ」
「あーそうだね、それらも頂戴、金貨5枚分」
「そんだけ金あるんなら上中下と全部の体力水ポーションが揃えられるな、あと塗り薬も数種類入れておくぞ」
「オッケー頼むわ」
拳児は自分の荷物袋をガティに手渡すとそれをガティが受け取り一旦カウンターへ引っ込み、すぐに荷物袋を持って拳児に返してきた。
「ポーション各30本、包帯と湿布10個ずつ、筋肉痛の塗り薬も壺2つ分入れておいたぞ」
「ありがとう、助かるよ」
「ま、お得意様候補だしダチだからな、多少サービスしたぜ。ダンジョンで新しいアイテムや素材を手に入れたら、ぜってぇにウチにまずは卸せよな」
「そんなの当たり前だろ」
拳児としては他の鍛冶屋や道具屋を利用するつもりは今の所は無いので、今後も素材を手に入れたらガティの店にすぐ来る予定だ。ガティとの関係も末永く続けていこうと拳児が思っていると、ガティがグレスに問いかける。
「近い内にウチの村の若いのが4人くらい冒険者として来る予定なんですが、グレス様に研修をお願いする事は出来ますかい?」
「本来は指名は別料金だが、この店には世話になったからな、無料で承ろう。君の店の関係者だと受け付けに伝えれば俺が指導をすると話を通しておく」
「ありがとうございやす!これでウチの若いのが冒険者として活動できるようになると、更に素材の供給が増えるからありがてぇ限りだ」
「冒険者ギルドがガティの店の太客になっていくなぁ」
何とも景気の良さそうな関係が冒険者ギルドと結べているなと、ガティのしたたかさに拳児は苦笑すら浮かべて思うのだった。
次回からダンジョンに入れると思います