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迷宮白書  作者: 深海 蒼
32/36

32話


 神殿から市井へ出ていく準備、という事で小館恵と姫宮フランチェスカが一旦荷物を取りに行き待っている今、グレスが拳児に問いかけた。


「先程のフランチェスカ、という女性が親戚だと言っていたが、長い付き合いなのか?」

「えぇまぁ、俺が幼少の頃からの知り合いですし、家も近所ではありましたから交流はありました。フランが先に大学に上がった時に大学近くに一人暮らしを始めて、その後は俺も大学に受かってから一人暮らしを始めたので、顔を合わせたのは俺の感覚では3、4ヶ月ぶりって感じですね」

「そうか、まぁ長い付き合いなのであれば問題は無いだろうとは思うが、レテスの事をどう説明するつもりだ?」


 グレスから声をかけられた時から少し考えていた事が当たったか、と思わず苦笑しながら拳児は言う。


「まぁ大丈夫じゃないですかね、今までも色々あったんで」

「そうか、ならば余計な事は言うまい。しかし彼女達もダンジョンへか、シャルミス、彼女達は冒険者登録はしてあるのか?」

「えぇ、本当に登録だけはしてあるわ、身分証として。実際にダンジョンに潜った事は無いと思うわよ」

「魔法の腕は?」

「初心者としてそれなり、レテス位という認識で良いと思うわ」

「そうか」


 グレスとシャルミス、夫婦二人の会話を静かに聞いていた拳児に、グレスは視線を向けて言った。


「彼女達がダンジョンに初めて潜る際、念の為俺も同行する。ギルドカウンターで声をかけろ」

「分かりました、そうします。この後ガティの店に行く予定ですし、その時に武具を揃えましょう」

「そうだな、精々良い物を見繕おう」


 拳児のこの後の予定を確認してグレスが微笑みながら言うと、丁度二人が戻ってきた。


「お待たせしました」

「そんなに待ってませんから大丈夫ですよ。『小さな大袋』は二人共持ってるんですね」

「神殿の人から貰ったわ。あとこれ、支度金って言われて渡されたから持っておいて」


 恵とフランが手に自分も背負っている荷物袋を持っているのを確認してから、フランが別の手で持っていた布袋をヒョイと投げてきたので咄嗟に受け取る。受け取った際にジャラ、と音がした為これはアレか、と当たりをつけて袋を覗くと、やはり金銀銅の色をした硬貨がジャラジャラと詰まっていた。その袋の中身を覗き込んで、思わすシャルミスがまぁ、と言いながら呟く。


「神殿も割と深刻に捉えている、いえ深刻にならざるを得ないという事ね。御使いを用いてまで神が直々に声をかけたという事実だけで、神殿が本腰を入れてあなた達をサポートしないといけないという事でしょうね」

「蔑ろにすれば神罰が下る、か。可能性として十分あり得るから空恐ろしくはあるな」


 シャルミスとグレスが苦笑を浮かべながら呟いた言葉に、確かに神が実在する世界ではそういう事もあり得るのか、と拳児は納得した。その受け取った資金をとりあえず自身の荷物袋に入れてから、拳児は背負い直して道を指し示した。


「この後は俺がこの世界に来た初日からお世話になってる友人のガティって奴がやってる鍛冶屋に行くよ。そこで俺の仲間も武器の作成を依頼しているはずだから、フランと小館さんの武具も見繕おう」

「分かったわ」

「道案内はよろしくね、小林君」


 承った道案内を拳児が始めると同時に、軽く振り向いて拳児が恵に告げる。


「拳児でいいですよ、こっちの世界じゃ名前で呼ばれる方が一般的なので」

「じゃあ私の事も恵でいいわよ」

「了解です」


 お互いに名前で呼び合う事に納得しながら冒険者の聖堂近くの神殿から出て、中央路地に出た時に恵とフランが呟く。


「凄い人、賑わってるのね」

「実際に来るとこう、久々の人混みって感じで良いわね」

「あら、あなた達神殿に閉じこもっていたの?」


 恵とフランの感想にシャルミスが引っかかりを覚えて問いかけると、二人とも顔を見合わせながら苦笑して頷いた。


「外出したのは冒険者の聖堂へ入った時だけで、そこまでの道も馬車で移動でしたから。護衛の方もいましたし、こうして街の中を歩くのはこの世界に来て初めてです」

「マリーナさん達も色々警戒していたから、万が一が起こらないように厳重に守られていたんですよ。拳児が合流してなかったら、もしかしたらずっと神殿の中で一生を終えてたかも」

「フランの場合あんまフラフラしない方が世の中の為かもしれんけどな」

「それはお互い様でしょうが」


 恵とフランの言葉に拳児が軽口を吐くと、フランが釣られてジト目をして拳児を見るが、ふっと柔らかい笑顔を浮かべた。


「まぁあんたが居てくれて良かったわ、本当に。あんたが居なかったら本当に神殿に籠もって一生を終えてたと思う。外を出歩くなんて無理だったわ」

「地雷原でタップダンスをする癖に?」

「あんたが居るから地雷原だろうがタップダンスが出来るのよ」

「さいですか」


 お互い言いたい事の本質を、具体的に言葉にしなくとも通じた会話をした所で、恵が盛大にフランに抱きついた。フランより恵の方が少しだけ身長が低い為横から抱きつく形になったが、恵は目をキラキラさせながらフランに抱きつきながら言った。


「うっはー!フランちゃんめっちゃ可愛いー!!拳児君と顔を合わせるまでほとんど無表情だったのに、顔を合わせた瞬間から百面相始めたの、めちゃくちゃお姉さんの乙女心に刺さるー!!」

「あー!!そういう事言うのやめてくださーい!!」


 自分より少しだけ小さい身長の恵がおでこを擦り付けながら言ってくるので、フランは思い切り引き剥がそうとしながら大声で叫ぶ。拳児とは長い付き合いではあるが、それでもお互いに羞恥心が無い訳では無いので、言われた側としては小っ恥ずかしいのだ。そんな二人の様子をシャルミスはクスクスと笑いながら道を歩き、グレスと拳児は何とも言えない表情のまま道を進む。男二人、こういう時どう反応すれば良いのか分からないのだ。

 冒険者の聖堂から歩いて鍛冶屋街の中に並ぶ建物の内、軒先に吊り下げられた盾の上に二本の剣が交差する紋章の建物、トンカンと鎚の音が鳴る店内に入ると聞いた事の無い声が響いた。


「いらっしゃいませー!!」

「えっだれ!?!?」


 掛けられた挨拶に振り返りながら思わず拳児が叫ぶ。女物の服を着たレプトリアン、爬虫人類的な存在なのは分かるが、ツヤのある白い鱗とつぶらな瞳、そして愛らしい声色で確実にガティの母親であるマルタさんでは無かった。初めて見る人物に思わずびっくりしていると、横からヒョイと見覚えのある顔が出てきた。


「おやケンジ来たかい!ガティー!!ケンジ来たわよーっ!!」

「友達のかあちゃんかよ、いやかあちゃんだったわ」


 首だけ伸ばして顔を出したガティの母、マルタの叫びに思わずツッコミを入れたが、確かにマルタはガティの母親だから友達のかあちゃんと何も変わらないので改めて自分で自分に突っ込む。その様子を見て初めて見るレプトリアンの女性は、そのつぶらな瞳をパチクリさせた後で嬉しそうに言ってきた。


「あなたがケンジさんなんですね!!私ノリシラと申します!ガティが随分お世話になったそうで」

「あぁあなたがノリシラさん!!ガティとマルタさんにはこちらこそお世話になってます!!」


 ガティとの会話に聞いていた一緒にこの街、フィーリアスに来る予定だった人員のノリシラである事に気付いて拳児も丁寧に挨拶をする。それからすぐに、拳児は横に立っているグレスに手を当てて告げる。


「こちらの方が『剛腕のグレス』さんです!冒険者ギルドの教官で武具の大量発注をしてくれた人!!」

「まぁグレス様!!お目にかかれて光栄です!ノリシラと申します!武具のお手入れと新品の納品の依頼、本当にありがとうございます!!」

「あ、あぁ、まあ仕事なんでな、ハハハ」


 拳児が無理やり話をグレスに持っていった所でノリシラがグレスの右腕を両手で掴み握手をし、グレスがその対応に苦笑した後で、拳児の耳元で小さく呟く。


「貴様殴り倒すぞ」

「ヒエッ」


 割とマジな勢いの低い声に思わず拳児が悲鳴を上げると、丁度カウンターの裏から皮エプロンのレプトリアンが首に下げたタオルで顔を拭きながらやってきた。


「おうケンジ、用事は済んだか!?グレス様もようこそいらっしゃいました!!」

「お疲れ様、ガティ。用事が済んだから来たよ」

「元気そうで何よりだ。これは私の妻、シャルミスだ」

「どうもシャルミスです、夫が仕事でお世話になっているそうで」

「勿体ねぇお言葉ですぜ!あっしは鍛冶師なんで武具を整え作るのが仕事ですから!」


 相変わらず威勢の良い喋り方をするガティに拳児もニコニコしながら頷き、グレスもこの機会に自身の妻を紹介する。それをガティは謙遜しつつも笑顔で応じた。一先ずの挨拶が済んだ所で、ガティは拳児の後ろに並ぶ二人の女性を見て、不思議そうな表情を浮かべる。


「それで、その後ろの人達は誰だ?金髪のねーちゃんは別として黒髪のねーちゃんはケンジと雰囲気が少し似てるな」

「小館恵さんと姫宮フランチェスカ。恵さんもフランも俺と同郷で、フランは俺の親戚だ」

「同郷!?じゃあおめぇ帰る方法見つけたんか!?」


 拳児の紹介に思わずガティが声を張り上げて問いかけたが、拳児はそれに苦笑しながら首を横に振った。


「この世界に来た理由は分かったんだけど、帰る手段は無いって神殿で言われたんだ。まぁそこで大人しく諦める訳にもいかないから、今後は一緒に冒険者として色々探索しながら帰る手段が本当に無いのか探すっていうのを目的として動く事になったんだ」

「あー、そうか。レテスの嬢ちゃんがもしかしたら、なんて言ってたけどそう上手くいかなかったか。いずれは世界回って探すって事になるんなら、そら冒険者として行動するのが一番だわな」

「えっと、小館恵、こちらではメグミ=コダテです」

「フランチェスカ=ヒメミヤ、フランでいいわ」

「おう、よろしくなねーちゃん達」


 拳児の後ろから頭を下げる恵とフランにガティが気前良く挨拶をしてから、ガティが拳児に告げる。


「レテスの嬢ちゃん達なら今は茶を飲みに行ってるぜ、お前が来たら呼んでくれって事だったんで、今から人を行かせるわ」

「分かった、ありがとう」


 ガティがそう言うと、ガティの後ろの工房に繋がる通路から、また別のレプトリアンが顔を出してガティが耳打ちをして、そのレプトリアンは走って行く。本当に呼びに行ってくれるんだなぁとか、ガティの人を使う事に慣れている様子に本当に村長の息子なんだなぁと感心していた。そんな拳児にお構いなしに、ガティが口を開く。


「んで、このねーちゃん達の武具も必要って事か」

「そうなんだよ。支度金を神殿で貰ったからお金の事は気にしなくていいから良い奴を頼むよ」

「あいよ。つー訳でねーちゃん達、どんな武器が良いってのはあるか?」


 早速ガティが汗を拭いながら問いかけると、すぐにフランが手を上げる。


「えっと、レイピア、刺剣は分かるかしら。100センチ位の刀身でなるべく頑丈なのを頼むわ。あと左手用に短剣を」

「ほう!女傭兵レダみてーな装備だな、よし分かった!」

「ようへ……そういう人がいるの?」

「童話に出てくる義賊だな、表では傭兵として商人を護衛し、悪徳商人だった場合には夜に悪事を全て暴く義賊となる」


 フランの問いかけにグレスが解説を入れてくれる。この世界の童話も元の世界とやっぱり似たような話多いんだなぁと拳児が思っていると、続けて恵が手を上げる。


「私は槍を、長めで頑丈なのを」

「あいよ。それじゃあ早速丁度良さそうなもんを見繕ってくるから待っててくれ。あ、それとケンジ、お前の使ってる剣も寄越せ、具合を確かめるから」

「あ、分かった、頼むよ」


 ガティの言葉に拳児は自分の荷物袋から鞘に収まった剣を取り出してガティにそのまま渡す。それを受け取ったガティは早々にカウンターから裏の工房へと引っ込んでいった。その様子を見送ってからカウンター前を占拠している訳にもいかない為、拳児達は店内の奥へと進んでいく。少しずつではあるが展示用の剣や槍が壁に掛けられており、きちんと鍛冶屋として営業していく準備が進んでいる事が感じられた。


「あら、虫よけの刻印ね、丁寧な仕事だわ」

「うむ、あのガティという鍛冶師は腕が良いからな、刻印術も一流だ」


 刻印が文様として施された小さなブローチを見てシャルミスが感心していると、グレスが同意して頷く。既にギルドの備品として置いてある各種武具を一定数納品して貰っている為、グレスはガティの腕をきちんと認めているのだ。その話を横で聞いて、拳児もガティの仕事が好評な事に嬉しくなる。そんな事を思っていると、店のドアが開き先ほどのレプトリアンの若者と、馴染みの小さな人影が店内に入ってきた。


「あっ、用事は終わったのねケンジ」

「あぁ終わった。マリエル達はお茶に行ってたんだって?」

「三軒隣の喫茶店でね、紅茶が美味しかったわ。二人はもう少しゆっくりしてから戻って来るわ」


 普段通りの姿勢で金髪の長髪を靡かせながら店内に入り拳児に声をかけてきた少女の姿に、思わず横で聞いていた恵が声を挙げた。


「えっ、ちっちゃ!可愛い!」

「はぁ?」


 可愛い物好きの本性が思わず出てしまった恵の呟きに思わずマリエルが表情をピシリと固め、次いで鋭い視線を恵に向ける。


「は?なにアンタ、喧嘩売ってんの?」

「えっ、あっいやそうじゃなくて!!ごめんなさい!思わず思ってた事が口から出ちゃいました!」


 突然豹変したマリエルの視線に恵は思わず声に出てしまった事を慌てて謝罪しながら頭を下げる。その様子を見てマリエルははぁ、と盛大に息を吐いてから恵に再び視線を向ける。


「次からは気をつけなさい、色んな種族が居るんだから種族差別なんて許されないわよ」

「種族差別なんてあるんだ……」

「色んな人種が居るんだから当たり前でしょ?」


 マリエルの注意を促す言葉に拳児が思わず呟くと、マリエルが呆れたような視線を拳児に向けながら教えてくれる。そうして視線を拳児に向けたまま、マリエルが問いかけた。


「で?この人達はなに?」

「あー、俺と同郷の人で、こっちの金髪は俺の親戚。今後一緒に冒険者として活動させて貰いたいんだけど、いいかな?」


 とりあえず、といった感じで拳児がマリエルに言葉を紡ぐと、再びマリエルははぁ~、とため息を吐いてから言った。


「あなたが決めたならいいんだけど、人が好すぎるってよく言われない?」

「こっちの世界でも言われてるわよアンタ」

「元の世界で言われてた原因のほとんどはお前だろがい」


 マリエルが思わず言った言葉にフランが面白そうな表情で乗っかると、拳児はフランのおでこをピンと指で弾く。ペチッという音と共におでこを押さえたフランだったが、そんな二人の様子を見てマリエルはこの男は自分が所有する奴隷の女性の事をこの女にどう説明するのだろうか、と不安を覚えるのだった。

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