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迷宮白書  作者: 深海 蒼
31/37

31話


『元の世界に帰れない』


 いつかこの結論に辿り着く可能性もあるとは思っていた。だが思いのほか早く、あっさりと、何の苦労も無く突きつけられた結論に、拳児は一瞬身体の力を抜いてから芯に力を込める。グッと下腹に力を込めれば全身に力が流れて迸らせる。そうして迸った力をすぐに霧散するように解して消滅させる。一瞬の『活性化』を行い、暴れそうになった感情を無理やり倦怠感で抑え込んだのだ。そんな拳児の様子を見て、鴉が口を開く。


『まだ日が浅いのによく落ち着いたな、中々肝の座ったやつだ』

「まぁ、感情のままに喚いても仕方ないんで。それで、そうなった原因は分かるんですか?」

『おう、勿論その理由についてもある程度は共有するぜ』


 テレシウムを名乗る鴉に拳児が話を振ると、鴉はやはり周囲を見渡しながら口を開いた。


『実際の細かい所は違うんだが、分かりやすい概念で言うと多元宇宙論、マルチバースと言われる世界概念が理由でこの現象は起こった。そちらで言うアースでもガイアでも構わないが、そちらの世界とこちらの世界の100光年先の宇宙で、超新星爆発が同じタイミングで起きた』

「そういやぁ、そんな事が起こるとニュースがあったような……」

「7月10日、私達がここに移動した日です」

「え?私も7月10日だったはずだけど」


 テレシウムの言葉に菅原が顎を擦りながら考えると、小館がすぐに答えを出すが、フランチェスカが疑問を呈す。フランチェスカがこの世界へ転移してきた日も7月10日であるならば、10日程の時間差は一体なんなのかという疑問が湧く。だがその思考を遮るようにテレシウムが続ける。


『そっちの世界じゃただの超新星爆発で、爆発を起こした星の成分の分析も完了していたから世界に何かしらの被害が出る事は無いと結論付けられ、宇宙で珍しい現象に立ち会えた、程度の話題でしか無かったはずだ。だがこの世界では違った、その超新星爆発はこの星の凶星、【マガツボシ】で起こったんだ』

「煌々の凶つ星、天に揺蕩う混沌の紅星」

『そう、その詩の凶星だ』


 テレシウムの言葉にマリーナが自身の持つ知識の詩を謳うと、テレシウムが頷く。


『凶星の爆発によりその詩の通りこの世界には混沌が広がり暗黒期、混沌の時代を迎える事となる。そしてその混沌はこの世界に存在する壁、安直に言えば次元の壁とも呼ぶべきモノも盛大に破壊しそうになった、大ピンチだ。その盛大な混沌をこの世界は何とか消費を行い、それでもどうにもならない力の奔流を、全く同時に超新星爆発を起こしたそちらの世界に逃したんだ』

「そんな事が可能なの?」

『星一つの生涯最後の大爆発、莫大な力だ。そちらの世界でも爆発の威力により次元の壁が揺らいだ所に少しだけ穴を開けて力を逃させて貰ったのよ』


 テレシウムの説明に橘が疑問を呈するが、それにテレシウムが何とも微妙な返答を返す。それが事実かどうかの検証が出来る訳ではないが、そうである、と言われればそうなのかと納得するしかないのが今の状況だ。質問に答えながら、テレシウムは言葉を続ける。


『で、何とか余計な力を逃がしたと同時にこちらでも力を消費する為に、この世界自体や神々が色々と手を回して混沌のリソースをコントロールしようとし、やっぱりどうにもならない部分が残り、穴を開けて力を逃した世界から流れてきた情報を読み込んで、混沌が形となりなすい情報として顕現したのが、今のお前達だ』

「ど、どういう事だ?俺達は人間ではないという事か?」

『いやお前達は間違いなく人間であり、転移してくる前の人間と同一人物だ。ただこちらに転移するきっかけとなった扉を開いた力として混沌の一部が消費され、移動してこちらの世界に顕現した肉体にも混沌が巡らされた事で混沌は消費された。こちらの世界に存在する人間の中でも、大分上質な力を持つようにはなったがそれは恩恵のようなもんだと思って受け取っておけ』


 自分達が人間ではないかもしれない、という高木の懸念をすぐに払拭するようにテレシウムが答える。その言葉に高木以外の他の人員もほっと胸を撫で下ろしたが、テレシウムはその様子を見て更に言葉を続けた。


『ただまぁ、リソースを効率良く消費する為にある程度の特殊な因子を持つ存在がこちらの世界に顕現する事になってしまった。その特殊な因子がどういったものかを定義するのは難しいが、特別な存在、特別な力とでも言えば良いのか、そういったモノを持っているのが、ここに居る人間だ。そっちの坊主とお嬢ちゃんは心当たりがあるとは思うがな』

「あートラブルメーカー女」

「いや巻き込まれ体質のそっちでしょ」

『存在の質としてはどっちも変わらんし、どっちも捉え方が間違えているが、それはおいおい自分達で理解していってくれや』


 自分達に心当たりがある特殊な因子と言われ、真っ先にお互いの体質について話出す拳児とフランチェスカだったが、そこに冷静なテレシウムの言葉が突き刺さる。そんな彼らに対して、菅原が口を開いた。


「つまり、なんだね。要約すると超新星爆発によって生じた強烈な力が次元の壁を吹き飛ばしそうだった為に応急処置的に小さな風穴を開けて別次元の我々の世界に接続し、余っている力を消費する為に我々の世界から情報を読み取り、この世界へ我々だけを転移させた、と」

『そういう事になる。年長者は物事を理解してくれるのが早くて助かるぜ』

「本来ならば恨み言の一つや二つ言わせて貰いたい所だが、現実として今この場に私が居る事実が事の証左、と理解しなくてはいけないからねぇ。しかし何故我々日本人だけなのだね?」

『それについては本当に角度の問題、としか言えない。穴に対して直線上にあった地域がお前達の暮らす地域だっただけだ』

「なるほどねぇ……」


 菅原の言葉にテレシウムが好意的な言葉を返すと、そんな皮肉交じりの言葉が菅原から出てくる。その事にテレシウムが軽く笑うと、テレシウムは室内の全員を見渡し、口を開いた。


『今後の人生、生き方については各々で決めればいい。この神殿のように世界各国に神々を祀る神殿は存在するから、保護を求めれば何もせずとも寿命までは平穏無事に生きていけるだろう。だが何者かになりたい、何かを成し遂げたいと言うのであれば、力をつけて生きていけ。その果てにこそ人生の結末は訪れる』


 全員を見回して言ってから、テレシウムは拳児とフランチェスカに視線を向ける。


『特にフランチェスカ、お前はこれから訪れる暗黒期、混沌の時代をひっかき回せ。それが一番、お前の為にも良い生き方だ』

「結局ひっかき回す側に指名されるのね、私は」

『そして拳児はいつだってそうしてきたように、理不尽や不条理に全霊を賭して抗い、克服しろ。待つ必要は無い、自らの力で希望を掴み取れ、例え地獄に落ちようともな』

「それやめましょうよ、パオロ役を俺に押し付けないで下さいよ」

『なに、今までと何も変わらんさ、この世界でもな』

「あぁ~、ダンテの『神曲』ね。パオロとフランチェスカ」


 拳児の抵抗する言葉にテレシウムはハハハッと軽く笑い、小館が戯曲の事に触れたのを確認してから、視線をマリーナへと移した。


『では俺は他にもやるべき事があるんで、この辺で使いとの接続を切らせて貰う。この鴉はマリーナの傍へ置いておくから、また俺か他の神が使いと接続し話をする事もあると思うので可愛がってくれ。日に1度は干した無花果を1つ食わせてやってくれ』

「畏まりました、御使い様の御身、預からせて頂きます」

『何もせずとも死にはしないが、可愛がれば愛嬌も見せよう。それでは、またな』


 マリーナが鴉へ礼をすると、鴉はそう口にした後で、急に鳥類独特に首振りをキョロキョロと行ってから、勝手にマリーナの肩へと飛び上がり、そこに腰を落ち着けた。その様子を見て神との対話は終わったと、この場の全員が理解した。少しの沈黙の後、菅原が声を上げる。


「さて、という訳だそうだが……どうしようかねぇ」


 眉を下げ非常に困ったという表情を浮かべた菅原の言葉に、高木がドンッと机を拳で叩く。


「余りにも理不尽だ、納得できるか!何故俺が国どころか異世界なんて馬鹿馬鹿しい話に巻き込まれなきゃならないんだ!」

「それは確かにそうなんですけど……」

「そうだろう!素直に戻れない事を認めてどうする!本当に何か方法が無いのか!?」


 高木の叫びに橘が小声で同意を示したが、更に高木が大きな声と共に血走った目をマリーナに向けたのを見て橘は少し怯えてしまった。そんな激昂した高木の言葉に、マリーナは目を伏せ首を振る。


「こちらでも調べは行っておりますし、皆様にもこちらに残る伝記や昔話等、資料になりそうな物は全て提供しております。残念ながら唐突にこの世界に現れた何者かが、無事に戻ったという記録は発見出来ておりません」

「クソが!俺のキャリアプランをどうしてくれるんだ!!」


 マリーナの言葉に再びドン、と机を叩いた高木の言葉に、官僚のキャリア組ってこういう人が多いのだろうか、などと拳児は変な心配をしてしまっていた。変わらず騒ぐ高木へ向け、菅原が物腰柔らかに告げる。


「高木君、とりあえず騒ぐのはやめたまえ。騒いでどうにかなる問題であればとうの昔に帰れているのだから、一旦落ち着きなさい」

「それはっ、そう、ですが……」

「だろう?だから一旦冷静になり、今後の事を考えようじゃないか」

「……はい、申し訳、ありません」


 かなり荒れて騒いでいた高木だが、上司というか先輩である菅原の言葉に落ち着きを取り戻し頭を下げる。そんな様子を見ていた小館が、そのまま拳児へと視線を向けてきた。


「そういえば小林君は私達とは全く別個に来たのだけれど、今までどうやって生活していたの?」

「えっと、初日にこの世界の人にお世話になって、それからは冒険者としてダンジョンに潜って金を稼いでました」

「えっ、ダンジョンに潜ったの?一人で?」

「はい、最初は一人でしたけど今は仲間も居るので、4人ですね」


 少し驚いた様子で聞き返してきた小館の言葉に正直に返事をすると、フランチェスカがはぁ~、とため息を吐いた。


「あんた、帰る気あったの?なんでこっちの世界で生活基盤整えようとしてんのよ」

「宛ても無く彷徨って生きていける訳無いんだから、生活基盤を整えてから調査しようと思ってたんだよ。こうして神殿に俺と同じように人が来ていたなんて、シャルミス先生に聞かれるまで知らなかったんだから」

「それはそうよね、私もケンジ君が魔法を教えてもらいたいと思っていなかったら会えていなかった訳だし。ケンジ君に神殿の情報を教える事も出来なかったわよね」

「そもそもさ、俺ってこっちの世界に来てからまで2週間も経ってないんだわ。だからガチで何も知らずに今まで生きてきたんだわ」

「あいっかわらず、生存能力だけはやたら高いわねアンタ」


 拳児から出てきた言葉にフランチェスカは呆れ返るしか無い。昔から色々巻き込まれてきていたが、その度にこうして無事に難を逃れる事ばかりしてきたのが拳児である。フランチェスカがトラブルメーカーであれば、拳児は異能生存体か運が良いラッキーマンだ。だがそれも生き残るまでに色々な苦労をしているのを分かっている為、フランチェスカも軽く文句をを言うくらいしか出来ないのであった。そんな風に拳児の事を考えていたフランチェスカだが、ふと気付いて口を開く。


「あんた仲間が居て4人でダンジョン探索してるって言ってたわよね?」

「ん?そうだけど」

「じゃあそれ、私も混ぜてよ」

「……いやまぁ正直、そう来るかな、とは思ってた」


 生活基盤の話をした事で、拳児はそういう流れになるかと思っていたので別段フランチェスカの言葉に違和感を持つ事は無かった。それに正直言えば、フランチェスカが居ると分かっている時点で放し飼いにしておくのはマズいというのが拳児の考えだ。過去意識的に彼女を避けていた時に巻き込まれた数々の災難に比べれば、同行しておいて彼女の手綱を握れるポジションに居た時の方が、拳児の被害は比較的マシなのが経験則として身に染み付いている。拳児なそんな事を思っていると、フランチェスカの隣に座っていた小館も小さく手を挙げた。


「あ、それ私も混ぜて貰っていい?とりあえず本当に帰る手段が無いのか確認する必要があるし、そういう荒事なら実戦訓練を学校で受けてた私みたいなのも役に立つと思うし」

「そっか、キャリア組でも警察学校は卒業しているから実戦練習はしてるのか」

「うん、運動は得意だし護身術も使えるから」


 拳児の言葉に答えるように小館がムン、と二の腕に力を込めるポースをすると、フランチェスカは苦笑を浮かべながら小館に告げる。


「協力者が多いのは助かるわよね?拳児。1人で帰還方法を探しても効率悪いし、手伝って貰いましょう」

「そうだな、戦力的な事を考えても人は程々に居た方がいいし、協力出来るなら協力しましょう」

「任せて!国家試験に受かった知識と見解を披露してあげる!」

「強い!国家公務員試験合格という肩書が強すぎる!!」


 小館がちょっとふざけて自身の経歴の事を言うと、フランチェスカがその肩書の強さに普通に震えを覚えていた。そんな風に拳児とフランチェスカ達が会話を交わしていると、横から菅原が声をかけてきた。


「どうやらそちらでも色々決めたようだが、情報共有をしないかね」

「あ、はい、それは勿論」


 落ち着いた菅原の言葉に拳児が返事を返して姿勢を正した事で、菅原が落ち着いた声色で一つ咳払いをしてから拳児達に告げる。


「我々、というか私と高木君、そして橘君はとりあえずこの神殿に世話になりながら情報を集め調査をしていく。主に帰還する方法が無いかと、新たにこの世界に我々のような存在が来ていないかの両方を調べる」

「私達と同じように異世界に突然来た人が居たら、こちらで保護した方が良いという判断です。この世界における神殿という場所は世界中の色んな神殿の情報も集まってくるので、ここを抑えておくのが良いかと思います」


 菅原の言葉を引き継いで橘が話すのを静かに聞き、拳児は頷く。


「俺もこの世界に来て日は浅いですけれど、情報収集が重要なのは分かりますからそちらはお任せします。俺達もとりあえず冒険者として活動しながら市井からの情報を集めようと思ってます。今の俺には一緒にダンジョンに潜るこちらの世界の仲間も居るので、あの人達を放って置く訳にもいきませんし」

「なるほど、そうか。実働部隊が居てくれるのは正直に言って助かる。都度何かあったら連絡をするので、その時はよろしく頼むよ」

「分かりました、ギルドに連絡してくれれば問題無いと思います」


 菅原の言葉に拳児が返事を返しながらグレスに視線を向けると、彼は黙って頷く。冒険者と民間の依頼や連絡の橋渡しも冒険者ギルドの業務の一つなので、そこには何の問題も無かった。そうして諸々が決まった所でパン、と菅原が手を叩く。


「それでは!皆負担はあるだろうが、何事も諦めずに調査を開始しよう」

「よろしくお願い致します」


 菅原の言葉に続けて、マリーナが深々と頭を下げる。拳児は今後の方針を変えずに、生活基盤を整えながら冒険者として情報を収集していく事に心血を注ぐ事を誓うのだった。

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