表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮白書  作者: 深海 蒼
30/36

30話


 いつもの『小鳥の羽音亭』で目を覚まし、日課として心がけている早朝の空手の形稽古と剣の素振り、そして『活性化』のスイッチの切り替え練習を行う。『活性化』の方は日々慣れてきているのが肉体に感じられており、最初よりも随分とスイッチの切り替えが早くなったと実感していた。

 そんな稽古を終えてから一旦宿の浴場で汗を流してからいつも通り食堂に向かうと、既にまばらに客が座っており、レテスとマリエル、ニアも同じテーブルに着席していた。拳児もその四人がけの席に近づいて、挨拶をする。


「おはよう、今日は早いな」

「おはよう。ニアが弓の発注をするのが楽しみで早起きしてたから、釣られて起きちゃったのよ」

「やっぱり本来の得意武器を使えるのって、楽しみじゃん」

「それは確かにね」


 少し呆れながら言うマリエルにニアが楽しそうに告げると、最終的にマリエルは苦笑で同意を返した。そんな彼らの所にトレーにサラダボウル等の載せて持ってきた『小鳥の羽音亭』の看板娘、レイチェルが声をかける。


「はいみんなおはよう。今朝のスープは干しキタキノコのクリームポタージュよ」

「今日のスープも美味しそうですね」

「お父さんの料理は最高だからね!」


 テーブルの上に並べられた料理にレテスが感想を言うとレイチェルが嬉しそうに答える。彼女が全ての朝食をテーブルに並び終えてから、拳児達は食事を開始した。バスケットに入れられたブレッドをちぎりスープに軽く浸してから食べると、キノコの旨味を含んだクリーミーな味が口の中に広がる。


「んー、濃厚すぎないキノコの味が美味しい」

「朝食には良いわよね」


 拳児の心からの感想にマリエルも笑顔で同意し、スープとパンを楽しむ。レテスとニアもサラダボウルからサラダを人数分取り分けて食べて、酸味のあるドレッシングでさっぱりとしたサラダを楽しんでいた。本当にこの宿屋は食事が当たりだなぁと拳児は感じながら用意された朝食を全て食べ終えた。食後にレイチェルの母、ライツさんが持ってきてくれた紅茶をお辞儀してから頂いて、拳児がみんなに話していく。


「じゃあ俺はこの後シャルミス先生との待ち合わせだから、ガティの店にはレテスさんに案内をお願いします」

「分かりました。場所は分かりますし、後からお店にいらっしゃいますか?」

「どれだけ時間がかかるか分からないけれど、とりあえず終わったらガティの店に向かうよ」

「分かりました。


 今日のこの後の予定を連絡して、一旦自分達の部屋に戻ってから宿を出る。今日はダンジョンへ潜る予定は無い為、みんな私服に念の為の荷物袋を肩掛けして街へと繰り出した。拳児は昨日約束した冒険者の聖堂の入口横の柱に近づくと、既にそこにはシャルミスとグレスの夫婦が居た。


「お疲れ様です、お待たせしましたか?」

「いや、俺達も変わらん時間に来たから問題無い」


 拳児の言葉にグレスが首を振ると、シャルミスが笑顔を向ける。


「とりあえず昨日の内に神殿には今日訪問する事を伝えておいてあるから、すぐに行きましょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 合流して早速神殿へと向かう。とはいえ昨日の話通り冒険者の聖堂のすぐ横にある神殿だ、そう通り場所でも無いので10分程度歩けば到着した。神殿の外観は近くにある冒険者の聖堂と似た西洋風の外観で、周囲の建物との調和も取れているしっかりした雰囲気のある神殿だ。初めて訪れた神殿に拳児は少し緊張しながらも、シャルミスとグレスに続いて神殿内へと入った。巨大な柱の間を通過してすぐ、礼拝堂と思しき空間で一人の白を基調とした緑のラインが入った法衣と呼んで差し支えないであろう女性が迎えてくれた。


「グレス様、シャルミス様、お待ちしておりました」

「お待たせ、セシリアちゃん」


 やはりシャルミス達と知り合いだった女性、セシリアは深く二人に頭を下げてから拳児へと笑顔で挨拶をした。


「初めまして、私はこの神殿で神官をしております、セシリアと申します」

「初めまして、小林拳児です」

「よろしくお願いいたします、ケンジ様」


 初対面の人に様付けで呼ばれるのも少々この世界では慣れてきたなと軽く拳児が考えていると、セシリアはすぐに身体を翻し手を横に伸ばして誘導を始めた。


「それでは、司祭様もお待ちですのでどうぞ。神殿の歓談室で皆様お待ちです」


 早速移動を開始するセシリアの後を着いていきながら神殿内を見回していると、柱の細かい装飾や採光窓の配置、並べられた調度品の派手すぎない綺麗さに拳児は感心しながら歩いていた。やはり神殿と言うだけあって神聖な雰囲気があるなぁと思いながら案内に従い廊下を歩き、一つの木のドアに辿り着いた所でセシリアがドアをノックする。


「セシリアです、お客様をお連れしました」

「どうぞ、お入り下さい」

「失礼します」


 セシリアが礼と共に入室し拳児達も共に入室すると、中は円卓となっており円の対角線上に、セシリアのものより少し装飾が綺麗な法衣を纏った初老に差し掛かったであろう女性がすぐに目に入った。それから円卓を見回すと確かに見た目はグレス程度、でも実年齢は中年を過ぎたであろう少しぽっちゃり系のおじさんと、神経質そうな切れ長の目をした、メガネをかけている細身の男性が居た。そして残る三人の内の一人を見て、拳児は思いっきり苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、拳児に視線を向けられた一人の女性も、同様に苦虫を噛み潰した。そんな彼女の顔を見ながら、拳児が口を開く。


「ここ2年、大学に通いだしてから大人しくなったと思ったのに、結局これかよ。しかも今度は世界規模だ、お前は本当にどうなってんだ、トラブルメーカー・フランチェスカさんよ」

「いや、私のせいだけじゃない、と思うわよ。私以外にも4人居る訳だし、あんたは何かと巻き込まれ体質だし」

「そりゃそうだけどなぁ、今までも色んなトラブルに巻き込まれたからなぁフラン中心に」


 円卓に座っていた一人、金髪碧眼の美女の顔を見ながら拳児が大きなため息を吐いた時、状況の分からないグレスが問いかける。


「おいケンジ、知り合いなのか?」

姫宮(ひめみや)フランチェスカ、俺より2つ上で母方の従姉、親戚です」

「あら、親戚だったのねぇ」


 苦虫を噛み潰したまま答えた拳児の言葉に、シャルミスが心底驚いた表情を浮かべる。そんなやり取りの中で、司祭と呼ばれていた女性が声をかけた。


「まずは、席へお座り下さい。一旦落ち着かれた方が良いでしょう」

「そうですね、お言葉に甘えて」


 司祭からの言葉にシャルミスが拳児の背を軽く押しながら席に座らせ、その横にシャルミスとグレスも一緒に着席した。その様子を見てセシリアがサイドテーブルに置かれたティーポットに近づき紅茶の準備を始めた所で、司祭が声をかける。


「まずは、初めまして。わたくしはこの星と豊穣女神の神殿で司祭をさせて頂いております、マリーナと申します」

「初めまして、小林拳児です」


 まずは挨拶からという事で司祭マリーナに釣られるように拳児も挨拶をする。それに合わせたようにセシリアが紅茶を拳児とグレス、シャルミスの前に置いたのを見てから、司祭は横へ視線を向けた。


「それではどうか、各々で自己紹介をお願いいたします」

「では私から。見ての通りの中年オヤジだが、菅原鷹彦(すがわらたかひこ)、警察庁の警視正と言って分かるかな?」

「キャリア組の警察官ですね、俺も将来の展望に警察庁が入っていたので知っています」

「おや、将来の後輩予定になる子だったか。ともかく、よろしく」


 中年オヤジの鷹彦が憎めない笑顔を浮かべていた所で、続いて鋭い声で細身の男性が声をかけてくる。


高木憲之(たかぎのりゆき)、警部だ」

「どうも、小林です。えっと、警部さんも居るんですね」


 二人連続で警察庁の人間という事で若干不思議な気分になっていたが、次の人物の自己紹介で更に変な事になっている事に気付いた。柔和そうな笑みを浮かべた、少しウェーブのかかった長髪の女性が柔らかな声で答える。


小館恵(こだてめぐみ)、警部補です」

「え、警部補?」


 簡単な挨拶だが重要な内容に拳児が思わず目を見開くと、その横に座っている背の低い女性も拳児に自己紹介をした。


橘綾子(たちばなりょうこ)、警部補で小館さんの同僚です」

「えっと……警察庁丸ごとこの世界に来たんですか?」

「いや我々だけだよ、今の所は」


 思わず突っ込んでしまった拳児の言葉に鷹彦が苦笑を浮かべて否定する。そりゃそうだろうなとは思いつつもどうしても突っ込まずには居られなかったのである。そんな形で全員の挨拶が終わった所で、司祭マリーナが口を開く。


「では、事の経緯を。まずはこちらのスガワラ様達4名が、この神殿内に突然現れました。どうやら皆様同じタイミングでいらしたようです」

「普通に用を足して便所から出たらこの神殿の中だった、という事になるね」

「俺とほとんど変わらないなぁ」


 マリーナの説明に続けて鷹彦が言うと、自分と同じような状況だったのだなと理解した。そんな拳児にマリーナが言葉を続ける。


「4名の皆さんが来てから10日後に、そちらのヒメミヤ様が、またしてもこの神殿に唐突に現れました」

「フランも便所ワープ?」

「便所ワープってなによ!まぁ確かにトイレのドア開けたらこの神殿だったんだけど」

「じゃあ俺もそうだったし、みんな便所ワープでこの世界に来たって感じかぁ」

「だから便所ワープって言うのやめなさいよ……」


 変な造語を作った拳児に突っ込みながらも、フランも同意してこの世界に転移した事を認める。そんな彼らのやり取りを見てから、マリーナが言葉を続けた。


「この神殿に5名の皆様が現れてから、私に神より啓示が授けられました。『6つの星が瞬く後、光が闇を切り裂く』と。そこで5名の皆様の他にもう一人いらっしゃる可能性が高いと思い、こうして待っていた所にコバヤシ様がいらっしゃった、という事です」

「何で俺だけ神殿じゃなかったのかとか、色々気になりますけどそれは後にします」

「はい、私もそこが気がかりな部分ではありますし、告げられた啓示も不吉な様相がありますので今他の神殿等にも協力を願い不吉な予兆は何か無いか、調べている所です」

「なるほど……」


 啓示として降りたという文言に関しては、確かに気になる部分がある。「光が闇を切り裂く」というのは闇がある前提の話としての言葉だし、6つの星が自分達を指している可能性は高いのだろうな、と拳児は軽く思っていた。拳児がそうして考えていた所に、マリーナが声をかける。


「啓示の6つの星が無事に揃ったという事かと思います。今、いらっしゃるようです」

「いらっしゃるとは、何がだ?」

「御使いです」

「……胡散臭いな」


 マリーナの言葉に高木がその神経質そうな表情を向けながら呟くと、どこから現れたのか真っ白な羽毛とした鴉が円卓の中心に舞い降りた。


『ま、胡散臭いと思われてもしゃーねーわな!だがこの世界じゃあ神だの何だのは実在する、という事だけは覚えておいてくれ!』


 突然鴉から出てきた若々しく、若干暑苦しさを感じる男の声に室内に居る全員がギョッと視線を向ける。そんな様子に構う事無く、鴉から聴こえるはつらつとした声で挨拶をしてきた。


『こんなナリで申し訳ねぇがその場に顕現する訳にはいかねぇけど説明しねぇ訳にもいかなくてな!俺は狩人の神、テレシウムってモノだ、よろしくな!』

「テレシウム様、御使い越しとはいえお目にかかれて光栄です」

『おうマリーナ!敬虔な神への祈りを毎日あんがとな!!』

「勿体無きお言葉」


 神の御使い、神を名乗る白い鴉に頭を下げるマリーナと共に、マリーナの傍らに立っていたセシリアも同様に頭を下げる。そんな二人の行動を見てから、鴉は拳児達を見回すように頭を回した。


『うん、無事6人揃ってるな。じゃあ色々質問してぇ事とかあるだろうけど、まずは一つの結論から言わせて貰う』

「一つの結論?」


 狩人の神、テレシウムの言葉に小館が若干訝しげな表情を浮かべて問いかけると、鴉は一つ頷いてから口を開く。


『この世界に来たお前らは、残念ながらもう元の世界に帰る事は出来ない。ギリギリ可能なのは電波を使って元の世界と連絡を取る程度なら可能だが、それも年に一度か二度、時間と空間の女神達の尽力がある状況でのみ可能だという事を、今のうちに伝えておく。これはそういうもんだとして、諦めてくれや』


 鴉から発せられるテレシウムの言葉に、この場に居る全員が息を呑み、空気が軋むような錯覚を覚えていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こういう迷宮モノはトレンドが大きく変わる昨今、失われて久しいので本当に助かります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ