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迷宮白書  作者: 深海 蒼
3/36

3話

 この世界には数多の種族がいる、らしい。

確かに周囲を見渡してみれば明らかに犬か狼だろう顔をしたものが服を着、二本足で歩いている。

かと思えば金色の髪が輝かしい、耳の長く尖った優男もいる。

肌が黒い、といっても拳児の知る黒色人種ではなく、灰色がかった黒さをもつ人間も見受けられる。

獣人、エルフ、ドワーフ、レプトリアン。

多種多様な生命により、この世界は成り立っているという事だった。


「レプトリアン、つうのは俺みてぇな奴らだ。爬虫類から進化したって言われてるが、実際の所はどうだかね。

 考えても見ろ、元が爬虫類だってんなら俺ぁ殻のかてぇ卵から生まれた事になるが、実際はかぁちゃんの腹で育って生まれてきたんだ」


「じゃあ、元は人間と似たようなものだったけど、生存環境による影響で爬虫類みたいに進化したって事?」


「まぁ、一概にそうとは言い切れねぇがな。まぁ『神の戯れ』って奴だろ。獣人やホビットなんかもそうだろ」


「へぇ、ホビット……」


 ヘビ顔のガティが顎をしゃくる方を見ると、小人と思わしき背丈の奴が三人、横に並んで待っていた。


「小さい事で利点のある環境、まぁドワーフみてぇな洞窟を基本の住居にしてる種族はそうなんだろうが、

 あいつらが元々住んでるのは普通の森に囲まれた村だ。それなのにあいつらはあんなちっこいナリで生まれてくる。

 これが神の悪戯でもなきゃ、あいつらは環境に応じて森の果実取ったりや農作業をしやすいよう、大きく進化するはずだろ?」


 ガティの言う事も一理あると拳児は納得を示し頷く。

彼の眺めていたホビット三人は、扉から出てきた警備兵と思わしき人物に声をかけられると、三人連れ立って離れた部屋へ入っていった。

空いた三人分の席には、入れ替わりで金髪の輝かしいエルフの優男と、浅黒い肌をした男が二人座る。


「ありゃエルフとダークエルフだ。

 恐らく仕官志望の精霊術師サマだろうな。見ろよ、マントの下に杖を持ってやがる」


 肘で突付かれ見ると、なるほど確かに、優男のマントの下には1メートル程の長さの棒が見えた。

恐らくあれが杖なのだろう。木の枝が捩れ絡まったようにまっすぐ伸びている。

しかし、やはり魔法というものが存在しているのか、と拳児は溜息をつく。

多種多様な人種に、魔法使い。

今更ながら、本当の意味で別世界に来てしまったのだな、と実感した。





迷宮白書





「鍛冶師ガティ、それとお付のケンジ。こちらへ来い」


 ふと、自分達の呼ばれる声に顔をあげると、やはり鈍い光を発する甲冑を着込んだ警備兵が横に立っていた。

カタ、と木で出来た椅子を立ち上がり、警備兵に案内されるままに足を進める。

ガティと二人で通された部屋には、ズラリと並んだカウンターの上に、水晶球が乗っているという奇妙な光景があった。

水晶球の向かいには、小奇麗な服装をした男がずらりと並んでいる。


「それぞれ椅子にかけ、水晶球に手を翳せ」


「へぇ」


 ガティは言われるままに水晶球の前にある椅子にかけ、水晶球に手を翳す。

その光景をぼーっと見ていた拳児は、コツンとこめかみを小突かれた。


「何をやっている。お前もだよ」


「はっ、はい」


 慌てて椅子へかけ、水晶の上に手を翳す。

それを見た向かいの男は苦笑いをすると、なにやらぶつぶつと唱え始めた。

なにを、と思った所で突然、掲げた掌に鋭い痛みを感じる。

続けてやってきたのは、謎の熱さだった。


「うわっっちぃ!」


 翳していた手を引っ込め、熱を逃がそうと掌を振りながらフーッフーッと息を吹きかける。

その姿に再び向かいの男は苦笑した。


「今のは魔法の刻印でね。最低限の住民である事を証明するものだ。

 田舎じゃそうやりはしないが、ここみたいな大都市では必要な事なんだよ」


 あまりに恨めしそうに拳児が見ていたからだろうか?

向かいの男が苦笑をそのままに、今の現象の説明を行なう。

刻印と聞き、一瞬ギョっとした拳児だったが、その熱くなった掌を見て首を傾げる。


「何もついてませんけど?」


「普段は隠れているのさ。必要な時に、魔道具で翳した時だけ見えるようになっているんだよ」


「へぇー」


 遊園地にあるような無色の蛍光インクのようなものだろうか。

赤外線のライトの下でだけはっきりと見えるが、普段は何も見えないというあれだ。

魔法って便利なんだなぁと思いながら、拳児は椅子から立ち上がった。


「ども、ありがとうございました」


「ははっ、礼を言われたのは初めてだよ」


 礼儀正しく頭を下げた拳児に、愉快そうに男は笑う。

同じように措置が終わったガティに小突かれながら、再び二人は警備兵に案内され、入った時とは別の扉を潜った。

そこからは一方通行に歩き、門の前に出る。

こちらの世界へ来た最初に潜った門より、その門は一回り小さかった。

門の前にはやはり人がズラリと並び、門の脇にある検問で掌を翳し、次々に門を潜っていく。


「さ、あそこに並んで刻印が確認できれば、君達は晴れてこの街の住人になる」


 ガティと連れ立ち、言われるままに列に並ぶ。

言われるままに水晶――恐らく刻印を見る魔道具――に手を翳すと、係員は頷き、にこやかに告げる。


「ようこそ、要塞都市フィーリアスへ」


 門の先には、人の活気に溢れた都市そのものが広がっていた。





 要塞都市フィーリアス。

その歴史は古いものではなく、ここ200年のものである、と係員から受け取ったパンフレットに書かれていた。

都市の中心に聳えるのは、『フィーリアス大迷宮』への入り口と、迷宮へ入る人間を管理する為の施設を内包した建物。

その役割故に、そこは『冒険者の聖堂』と呼ばれている。

冒険者の聖堂から東へ行くと、道具屋や鍛冶屋と行った、冒険者の為の店が数多く並んでいる。

聖堂から南、拳児達が居る場所には宿屋や酒場といった、生活の拠点を置くための店が軒を連ねている。

聖堂から西、昼間は閑散としたその地域は、娼婦館などの色町となっている。

聖堂の北には一般的な信仰を集めている教会と、貴族達の居住区が。

そこから更に北へ行くと、要塞都市フィーリアス建国を行なった一族、つまり王族の住む王城が存在していた。


 手渡されたパンフレットを見ながら、拳児は呆れた声を出す。

別に都市の大きさや説明の長さに呆れた訳でもなく、何故か訳のわからない文字を読めてしまっている自分に呆れていた。

見た目にはてんで何が書いているのか理解できない。

だが頭の中では、その文字が正確な意味を持って理解出来ていた。

なんだこの不可解な現象はと思ったが、不可解なのは自分がこの場にいる事自体がそうだ。

今更ながら訳がわからんと思いながら、それでも生きていかなきゃいけない事は理解している。

とりあえず今は便利だからいいか、と思っておく事にした。


「よしっ、まずはギルドに行って登録しねぇとな」


 えっ?と拳児は首を傾げる。

住民登録なら今終わったんじゃなかったのか?


「何呆けてんだよ、さっきのは言ってみれば街の中に入れる、ってだけの登録だ。

 中入ってからしっかりとギルドで登録しねぇとおめぇ、宿も借りれねぇし家も持てねぇんだよ」


「えぇっ? さっきのはそんだけの登録だったの?」


「おうよ、だから登録は刻印入れただけで終わっただろ?

 こっからきちんと申し出て、ギルドに登録して、晴れて本当の住人の仲間入りって奴だ」


 はぁ、と溜息。

なるほど通りで登録と言うには簡素なものだと拳児は思っていた。

ガティは、ずっとこの調子でコイツやっていけんのかな、と少し心配になっていた。

商売人とは言え職人気質な鍛冶屋のガティだ、情に厚い所がある。

と、ガティは大事な事を思い出し、拳児に告げた。


「おいケンジ。こっから先の登録にゃ、俺のお付ってのは通じねえからな」


「ええっ! なんで?」


「そりゃおめぇ、鍛冶屋で一生食っていく訳じゃねぇんだろ?」


 それもそうだと思った。

拳児としては目下の目標はとりあえず「生きる事」であるが、最終目標としては「元の世界へ帰る」というのがある。

それが鍛冶屋で一生働ける訳が無い。


「それに、だ。お前の目的には荒事が付き纏う。この国に居ても、この国から出るにしても、な。

 お前はまだ見てねぇだろうが、この世界にゃ人を食らう怪物なんざゴマンといる。

 怪物だけじゃねぇ、人間の盗賊やなんかだって旅人に襲うのは常識だ。だからおめぇは、鍛冶屋になるより荒事を覚えたほうがいい」


 ガティの言葉にゾッとする。

今まで考えてなかった訳ではないが、怪物、モンスターという存在はこのファンタジーな世界にいても全く不思議ではなかった。

それに盗賊や夜盗の類にしても、拳児の生きる世界でも実在していた過去があり、現在でも海賊というものが闊歩しているのを知っている。

ガティは、そういった奴らに対する備えの為に、荒事を覚えろと言っていたのだ。

理解は出来たが、じゃあどうすればいいのか悩む。

そこへ、ガティが声をかけた。


「そこで、だ。おめぇは登録の時にゃ冒険者として登録しな」


「ボウケン、シャ?」


「おうよ。この世界にゃそんな奴もゴマンといる。そういう奴らが傭兵になったり、国に召し上げられて騎士になったりと、行き着く先は様々だ。

 それに、この国にゃ多くの冒険者が集まってる。『大迷宮』っつう底の見えねぇダンジョンがあるからな」


「大迷宮……」


「だからおめぇは、冒険者として登録して、その仕事で荒事を覚えろ。

 何もおめぇ一人ぼっちにする訳じゃねぇ、お前がその荒事で使う道具、俺が造ってやらぁ」


「本当にっ!」


 ガバッと横を歩くガティへ向き、キラキラとしたアノ瞳で見つめる拳児。

またあの薄ら寒いものを感じながら、ガティは指を指した。


「あぁ、造ってやるよ。とりあえずは、だ。あの建物で登録、しちまうしかねぇだろ」


 ガティの指す先には、ドーム場の大きな建物が聳え立っていた。

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