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迷宮白書  作者: 深海 蒼
29/66

29話


 ダンジョン12階層で初めて宝物を手にした拳児達は、そこからすぐに探索を再開し、レテスの魔力の流れを感じる力とニアの狩人としての勘で分かれ道を選んで、すぐに転移装置を発見した。4人でそのまま出口に転移し、ギルドの聖堂に出た所でレテスが声をかける。


「まずはギルドカウンターで報告をしましょう。鑑定室はそれからで」

「そうね、今の時間ならそこまで混んでないでしょうし」


 時刻はこれから夕方に差し掛かる時間帯で、一般的な冒険者はもう少し夜に差し掛かってからダンジョンから出てくるので、この時間は比較的空いているはずだ。なのでマリエルも心配無く言いながらギルドカウンターで帰還の報告をした。


「はい、マリエル・ベル・エライのグループ、全員無事帰還したわ」

「かしこまりました、ギルド章を預かります」


 ギルドカウンターで受け付けの女性がマリエルが差し出したギルド章を受け取り、用紙を捲ってからサラサラと書いていく。数分その作業が終わってから、女性はマリエルにギルド章を返却した。


「ありがとうございました。同グループにケンジ・コバヤシ様がいらっしゃるかと思いますが、今同行しているでしょうか?」

「あ、俺です。何かありました?」

「グレス教官より帰還したら連絡が欲しいと言われましたので、グレス教官へお伝えしてきます。この後どちらへ向かわれますでしょうか」


 カウンターの女性にグレスから用事があると言われ一体なんだろうと思いながら、拳児は応じる。


「この後鑑定室で鑑定をお願いするつもりなので、鑑定室で待ってます」

「かしこまりました、その旨グレス教官へお伝えします。本日もお疲れ様でした」

「はい」


 カウンターの女性とのやり取りを終え、拳児達4人はレテスを先頭に聖堂内の鑑定室へと向かう。鑑定室は多くもなく少なくもない、10人前後の人数が並べられた椅子に座り話をしたりしていた。どうやら鑑定待ちのようで、やはり丁度良い時間だったなと思いながらレテスとマリエルは鑑定室に並べられた5つのカウンターの内、窓口の上のランプが点灯していないカウンターへ向かい荷物袋から獲得した緑と黄色の球をギルド章と一緒に並べた。


「はいこれ、鑑定お願いします」

「はいはい、受け取りま、おやレテスじゃないか!元気そうだねぇ!」


 カウンターに並べられたアイテムとギルド章を見てから受け付けの中年のおばさんがカウンター前の人影を見ると、レテスの知人だった為遠慮なくレテスに笑顔で話しかけてきた。そんな彼女にレテスは苦笑しながら返す。


「お久しぶりです、リコッタさん。この通り、元気でやっています」

「そうかいそうかい、いよいよサポーターとして雇用されたからどうなったのか気になってたけど、そうかい。このお嬢ちゃんと一緒なら大丈夫そうだねぇ」

「いえ、まぁ、はい……」


 リコッタと呼ばれるおばさんはレテスと一緒に居るマリエルを見て目を細めて笑顔を浮かべながら言うので、レテスは微妙に苦笑する。本来の主は拳児ではあるが、正直マリエルとエマが一緒に居る現状で、拳児が主だからと暴挙に出る可能性は完全に無いと確信している為、おばさんの言う通り無体な扱いはされないし、大丈夫といえば大丈夫なのだ。そんなレテスの内心も気にせず、おばちゃんはカウンターからアイテムを受け取った後でマリエルに木札を差し出した。


「はい、鑑定の交換札ね。このカウンターから返却するから無くさないでおくれ」

「分かったわ、ありがとう」


 礼を言いながらマリエルが木札を受け取り、拳児とニアが待っている待合室の長椅子へと二人は座る。そこに横から拳児が木のカップを2つ差し出してきた。


「はいこれ、待合室にあった水。水袋のより冷たいよ」

「ありがとうケンジ、はいレテス」

「ありがとうございます」


 拳児から差し出されたカップを両手で持ち、片方をレテスに渡してからマリエルが口をつける。拳児が言った通り確かに水袋に入れて保管している水よりもひんやり涼しい水だった。レテスもその冷たさに喜んでカップの水を半分程飲んでから、ふと思った事が口に出る。


「なんだか、いいんでしょうかこれで」

「え?なにが?」


 なんとなく出てきたレテスの呟きにニアが普通に問い返すと、レテスは苦笑を浮かべながら話を続けた。


「いえなんというか、サポーターとして雇用された後の生活がこんなに穏やかになるとは思っていなかったので」

「冒険者として活動しているのは穏やかなのかなぁ」

「私が想定していたよりはずっと。奴隷なのだからと囮役だったり一人で戦わさせられたりとか当たり前ですし、逆に全く冒険に同行せず色々な処理をさせられるだけという話も聞きますし。それに比べたらずっと穏やかですし、健全ですね」


 拳児の言葉にレテスが笑顔でそう言うが、この世界の闇の部分がやはり垣間見える話だったのでレテス以外の三人は黙ってしまった。奴隷だからそう扱われる、というのは凄く分かるし実際契約をした拳児が閲覧した契約書にも故意に犯罪に加担させたり殺さなければ良い的な文章が多く含まれていたので、この世界の奴隷の立ち位置というのが可哀想に思える。そんな思いを拳児が抱いた所で、ニアが笑顔でレテスに告げる。


「じゃあケンジさんに会えたのは本当に幸運だったんですね」

「そう、ですね。ケンジさん以外のサポーターになっていたら現状のようにはなっていなかったと思いますし」

「じゃ、お手柄ねケンジ。魔法も使えてギルドやダンジョンの知識も普通の人より豊富な人材はそう多くは無いわよ」

「それは確かにそうだ。元々ギルド職員だからダンジョンにもギルドにも詳しいもんな、金貨2枚よりお得だ」


 レテスの言葉にマリエルと拳児が揃って頷きながら言うと、レテスもその様子に苦笑を浮かべる。まず奴隷の知識を活用する、という発想自体が普通のプライドを持つ人間からは中々出てこない訳だが、余計な事を口にする必要も無いと思い、レテスはそのまま頷いていた。そんな少し温かなやり取りの最中に、横から声がかけられる。


「ケンジ、皆も居たか」

「ダンジョン攻略お疲れ様です、四人とも」

「グレスさん、シャルミス先生」


 鑑定室の待合席にグレスとシャルミスが夫婦でやってきたので、拳児達は揃って席を横にズレると同じ並びにグレスとシャルミスが座る。シャルミスは完全に拳児達にとって魔導の先生であり、グレスは拳児の冒険者としての先達だ。両者に敬意を持って接する四人に向け、シャルミスが微笑みを浮かべていると、グレスが口を開く。


「早速だが、ケンジ。お前に聞きたい事がある」

「はい、なんでしょうか」

「えっと、ニッポン、もしくはジャパンという土地に聞き覚えはあるかしら?」


 グレスの言葉に快く拳児が応じると間髪入れずにシャルミスが唐突な言葉を告げ、拳児は思い切り目を丸くして飛び上がりそうになった。しかしここで我慢して慌てずに対応しようと拳児が振る舞っていた所に、シャルミスが目を細める。


「どうやら心当たりがあるみたいね、良かったわ」

「えと、その、一体どこでその土地の話を」

「3ヶ月程前に、君のように魔法の授業をして欲しい人材が居ると神殿に依頼されて授業をしに行った事があるのよ。冒険者の聖堂のすぐ横にある、星と豊穣の女神の神殿ね」

「神殿、ですか」


 シャルミスの言葉にまだ要点が掴めないなと思った拳児はそのまま話を黙って聴く姿勢となり、シャルミスは言葉を続ける。


「で、そこで会ったのが1人はグレスくらいの見た目年齢の男性だったけど、残りは君くらいの年齢の男女4名。君と同じように魔法を使った事が無く、君みたいに姓を持つ名前だったわ」

「その合計5人に、神殿でシャルミス先生に魔法を教えた、と」

「えぇ。名前の響きも君に似ていたし同郷かなと思って。神殿からも、もし彼らと同郷の可能性がありそうな人物が居たら神殿へ連れてきて欲しいと言われていたの」

「そう、なんですね」


 シャルミスから告げた言葉に少し混乱しながらも、拳児は息を整え告げる。


「そうですね、きっと同郷です。俺は日本、ニッポンという国から来たので」

「分かったわ。じゃあ、明日予定はどうかしら?早速神殿へ連れていきたいと思っているのだけれど」

「ぜひお願いします」


 願ってもないシャルミスの言葉に拳児は勢い良く同意した。そうして拳児とシャルミスが約束している間に、カウンターから声がかけられる。


「4番の札をお持ちの方ー、カウンターまでお願いしまーす」

「あっ、行ってくるわ」

「私も一緒に行くよ、マリーちゃん」


 札を持っているマリエルとニアが一緒にカウンターへそそくさと向かっていったのを見届けてから、グレスが拳児に問いかける。


「どうも異質な雰囲気を持っているかと思えば、この国の出身では無かったのか。道理でな」

「まぁ、はい、なんか色々あってここに居るので」

「私も詳しくは聴けなかったのだけれど、何か神殿の秘事に関わる問題があるらしくてね。なるべく早く顔合わせした方が良さそうなのよ」

「神殿の秘事ですか、良く分からないですけど重要そうなのは分かるので、明日の朝から神殿へ行きましょう」

「そうしてくれると助かるわ。待ち合わせは聖堂の正面入口で」

「分かりました」


 待ち合わせ場所も決まったタイミングで、マリエルとニアがトコトコと軽快な足音を鳴らしながら近づいてきて、満面の笑みを浮かべて両手に緑と黄色の球を持って近づいてきた。


「鑑定結果出たわ!便利なアイテムよ!」

「はいこれ、鑑定書です!!」


 マリエルとニアの嬉しそうな言葉に差し出された鑑定書を読むと、次のように書いてあった。


 【鑑定の結果、緑色の球は『風元素付与の球』と確定、黄色の球は『光の矢作成の球』と確定】

 

 続いて使用方法が記載されており、両方の球とも魔力を通せばその通りの効果が発揮されるらしく、同時に弓に装着する事で魔力で光の矢が作成され、弓矢全体に風の属性を付与できるという弓矢を使用する冒険者としてはかなりの優れモノのアイテムとなっていた。


「おおー、凄いじゃんこれ。それで、売るの?それとも使う?」

「ニアの戦力アップに使いたいわ!ニアは元々弓を使ってたんだけど、10階層攻略までの途中で使っていた弓が壊れて、今装備しているボウガンは一時的な物なのよ」

「その、弓は身体のサイズとか張力とか割と繊細な武器なので、自分に合う出来合いの弓が見つからなかったので」


 マリエルとニアの言葉になるほど、と拳児は頷く。拳児はボウガンを使うニアしか知らなかったが元々狩人だとは聞いていたので、今ボウガンを使っている事情にそういう事があったのか、と納得した。なら戦力増強という事でいいか、と拳児は頷く。


「じゃあ使っちゃおうか。両方売ると金貨30枚って書いてあるけど、売るより戦力増強に使おう、別にお金に困ってないし」

「わーい!ありがとうございます!」

「助かるわ!」


 拳児の決定にニアとマリエルが両手を上げて喜び、その様子を見ながらレテスが提案する。


「ではガティさんの所へ弓の発注を行いましょうか?オーダーメイドの弓であればアイテムを装着させる事もできるでしょうし、ニアさんの身体に合った物を作ってもらえると思います」

「そうだね、じゃあ明日ガティの所にレテスさんが連れて行って貰っていい?俺はシャルミス先生と神殿へ行くから」

「分かりました、そうしますね」

「お金の方は預けている資金の方でお願いします。あと今日の成果物も納品しないとね」

「分かりました」


 レテスの提案に拳児がそのまま乗っかり、明日は各々別行動で処理するという事になった。無事にアイテムの鑑定も終了した為、拳児達は椅子から立ち上がると、グレス達も立ち上がる。


「ではまた明日会おう」

「はい、グレスさん、シャルミス先生。明日はよろしくお願いします」

「えぇ、また明日ねケンジさん、皆さん」


 ギルドでの用事はこれできちんと終わらせた為、全員で聖堂を出て帰路に着き、明日何が起こるな本当に分からないな、と少し不安になりながらも拳児は最終的に「何とかなる」の精神で突き進もうと思うのだった。

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