25話
長らく放置となり申し訳ありません。
色々な問題が片付くまで間隔が大きく空く投稿が続きそうですが、完結まで頑張ります。
物置のように雑多な部屋を抜けた先、円状をした運動場のような造りをした空間に、拳児は再び立っている。つい先日この場で初めて迷宮内の化け物、ゴブリン二匹と殺し合いをし、吐瀉物を撒き散らしたばかりである。
嫌な思い出のある場所ではあるが、迷宮内であぁならなかっただけマシではあるので、自分にとっては必要な儀式みたいなものだったんだろうな、と前向きに考えるようにしていた。嫌なものは嫌というのは変わらない訳だが。
ともかく、拳児が再度この場所に立っているのには、当然理由がある。その理由は、拳児の正面に既に立っていた。
「それではこれより講習を行う。今回は初回という事で、体内の生体エネルギーを感じる訓練からだ」
「よろしくお願いします!」
修行の第一回が、始まった。
迷宮白書
「とは言ったが、正直こんなものは今日一日程度で終わってしまう。
一度私の生体エネルギーを流し込み感覚を感じ取らせ、その感覚を掴み肉体の『活性化』を試すだけだ」
挨拶こそ気合の入ったものであったが、グレスの物言いに気が抜けてしまった。
どうも感覚を掴み、覚えるという事だが、こう言うからには本当に簡単なものなのだろうと思う。
「ではまず手を出せ。そこから私が生体エネルギーを流し込むので、感覚を覚えるように」
「はい」
言われるがまま、拳児は右手を差し出しグレスに掌を掴ませる。途端、掌から熱気の無い『熱』が身体へ駆け上がってくるのを感じた。
「うおぉっ!」
「む、通しやすい。中々素養は高そうだな」
グレスがパッと手を離すと腕を駆け上がっていた『熱』はパッと霧散した。不思議な感覚とその『熱』の感触に、思わず握られていた腕を回したりして感覚を確かめる。
「別に何ともないか……」
「初めて感じる『違和感』だっただろう。それが生体エネルギーを利用するという事だ。
生体エネルギーは肉体を持つどんな生命にも宿っている。
通常はただ体内を巡回しているだけだが、意識して活用する事により、様々な利用が可能となる。
量の大小はあれ、どの生命でもそのエネルギーを活用する事は可能なのだ、持ちうるエネルギーの範囲内であればな」
「で、元々の生体エネルギーの量が多ければ、その利用可能量も多くなる?」
「また元の所有エネルギーが多い生命はエネルギー量に影響され強靭な肉体を得ている。
つまり強靭な肉体を持ちうる生命は、比例してエネルギー量が多いという事だ」
強靭な肉体を持っている生き物はエネルギー量が多い。つまり強ければ強いほどエネルギーが多いという事であれば、モンスターを倒す事でその生体エネルギーを取得する事が可能となる冒険者などは、より強いモンスターを倒せはより強くなるという理屈になる。なんとも単純明快な理屈の罷り通る世界であった。
「理解したなら、実際に利用してみる番だ。
先ほど感じた『違和感』を思い出して『違和感』を腕に留めるようにしてみろ」
言われ、先ほど『熱』を感じた腕を見やる。その『熱』の感覚を思い出し、その場へ留める事がまず第一のステップという事なのだと理解する。
先ほどの感覚は当然覚えている。拳児は思い出しながら集中すると、先ほど『熱』を感じた違和感とは別の『違和感』を右腕で感じ取った。右腕のそれに意識を集め、その感覚を広げつつ、固定させるようなイメージを浮かべる。
その『違和感』は、すんなりと拳児の右腕に留まった。
「出来ました」
「よろしい。次はその『違和感』が全身を循環するようにしてみろ」
一つ終わったばかりだというのにもう次のステップが開始される。しかしこの世界で生きていくには必要な事であると理解している為、すぐに新しい事が覚えられるのであれば文句など出るはずもない。
それに言われた事を実行するのは、割と簡単だった。
要は右腕の『違和感』をそのまま全身へ拡大、それが循環するイメージをすれば良いのである。拳児はそのイメージを浮かべ右腕から肩を通過し胴体、左腕を通して折り返し、などまるで血が循環するようなイメージで全身へ『違和感』を拡大、そのまままさしく循環をさせていた。
「出来ました」
「早いな……。よろしい、ではそのまま剣を取れ」
「は?」
唐突な物言いに驚きはするが、元々そういう用途に使われるものであるのは明白。なにしろ向かいに立っている人間は既に訓練用の剣を構えていた。
拳児はすぐに腰につけていた訓練用の刃を引いた剣を正眼に構え、グレスと対峙する。
「よろしい。遠慮はいらん、全力で打ち込んで来い」
「は、はいっ!」
片腕とは言え元は百戦錬磨の戦士であるグレスだ、全力で打ち込みに行ったって何の問題もないだろう、と拳児は腹を括り力を込める。
剣を振り上げたまま、グレスの一歩手前へ踏み込むよう地面を蹴った、と思ったらいつの間にかグレスが目の前に居た。
「のあぁっ!」
目前に突然現れたグレスに驚き、拳児は思わず叫び声をあげながら尻餅をつく。
その様に少し笑みを浮かべながら、グレスは丁寧に説明してくれた。
「何が起こったのか理解していないようだから説明しておくと、今貴様は俺の前へ踏み込んできた。
だが自分の身体を動かした結果の想定、感覚が違いすぎてタイミングを合わせられず、
また意識の上でも誤差が発生しすぎていた為、急に目の前に俺が現れたように感じたのだろう」
「確かに、突然グレスさんが目の前に現れたように見えました……」
「自身の後ろを振り返ってみろ、踏み込んだ力で地面が抉れているだろう」
言われ振り返ると、確かに見て取れるほどに地面が抉れ、まるで軽く掘り起こしたような跡がついていた。通常の状態であればこのような事にはならないはずなので、これが明らかに先ほどの『違和感』を利用した結果である事が明らかであった。
「すげぇなぁ……」
「生体エネルギーの循環は順調、拡散も問題なし。
効果としての『活性化』もかなりエネルギーの損失無く行えている。
素養としては十分以上のものを持っているようなので、後は自身の感覚を『活性化』に合わせられる様になれば問題ないな」
うむうむ、と頷くグレスの言葉に自身の素養を認識した拳児は、今後より一層自信を持ってこの訓練へ励む事となる。
だが、現状はとにかく。
「ではさっさと感覚を調整する為、実戦形式での調整を行おう。
私も『活性化』を行いながら打ち込んで行くので巧く避けるか受けるように。
そして隙あらば打ち込んで来るように。いくぞ」
「ちょ、まっ、速いはやいはやいっ!!」
この修行を、一刻も早く終わらせる事が先決だった。
そう気合を入れた生体エネルギーの『活性化』訓練だが、2分ほど経つと、拳児は地面に転がっていた。
「…………っ……」
「呼吸はゆっくりと整えろ、急に正常へ戻そうとすると余計苦しくなるからな。
今の状態が利用可能な生命エネルギーをほぼ使い果たした状態だ。
自身の内包するエネルギーを全て使い果たすような事が無いよう本能により停止された状態とも言える。
この状態に陥ると指一本動かす事すら相当の気力を持って行う必要があるので、このような状態にはならぬよう『制御』を覚える必要がある」
やる前に言え。と言いたかったが今は意識を手放さぬよう、呼吸を整えるのに精一杯だった。
グレスの言う通り拳児はまるで自分の身体全てに重石を載せられているかのような、とてつもない重量感と戦っていた。
呼吸の際に胸が膨らむ事すらも、重苦しく感じている。
「この『活性化』は意識的に本来以上のエネルギーを利用する方法となるので、通常とは桁違いに疲弊する。
だがこれが一つの『手段』として実戦で利用可能な場合、緊急時の対応などに大きく差が出る事となる。
現状では維持する事しかできないが、『制御』できるようになれば自在に『活性化』の利用が可能となるだろう。
ちなみに、『制御』というのは『活性化』のオンとオフを自在に『制御』する事で、エネルギーの利用率を制御するという事ではない。
体力や持久力が向上したとしても、現状と変わらず3分から5分程度で利用可能なエネルギーを使い果たすだろう」
強くなった所で持続率は変わらず、使い続ければすぐバテる。
使い時を見極め、使い時にすぐ利用可能なよう『制御』を覚える事が必要だという事だ。
頭の中で理解をしつつ、霞んでいく視界の端で眺めながら説明するグレスの顔を睨み付けてやろうとして、あえなく拳児の視界は暗転した。