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迷宮白書  作者: 深海 蒼
24/37

24話

繋ぎです

すいません

 一振り、振り上げながら一拍置き、また一振り。重心は真っ直ぐ、身体の芯に鉄棒が入っていると思い込み、振る度に足捌きだけで前後に移動する。

 剣道三倍段という言葉を教わった時、一緒に教わった剣道の素振りを思い起こし、真似ながら木の棒を振り続ける。

 百を数えてふぅと、一休み。

 タオルなんてものはあるはずもなく、綺麗なボロ切れというどっちなんだと突っ込みたくなるもので額、顔、首筋を拭ってから、木の棒を持たず構えを取る。

 道場から足が遠のいて二年間。その時間を埋める為、過去を思い出しながら拳を作り、脚を開く。

 順突き、逆突き、足刀、回し蹴り。身に染み付いているはずの型を身体から引き出す為に、ゆっくり、思い出すように一つ一つ丁寧に。染み付いたものが自覚出来た所で、動作の速度を上げていく。

 ふわりと柔らかだった足刀は文字通り刀の鋭さを帯び、逆突きからの手刀、斬り返してからの唐竹割りは、空気を割る音を立てていた。

 型を終え身体から立ち上る湯気に気付いて動きを止める。肩幅程度に足を開き鼻から酸素を取り込み丹田に溜め、両腕を腰溜めに構えてから、丹田に溜めた酸素を一斉に放出する。


「コ~、フッ」


 腹に力を入れ吐く。歯を見せず、舌を出さず。“息吹”と呼ばれるその呼吸法は、実戦の最中でも瞬時に呼吸を整え一撃に力を込められるよう生み出された先人の技。

 達人などではない拳児が用いるそれは技と呼ぶのは憚られる程度のものではあるが、それでも呼吸を短時間で整える効果はあった。

 改めて見た目綺麗なボロ切れで身体を拭い、もう綺麗とは言えない程度まで汗を吸収した布を木の枝にかけ、脱いでいた上着を頭から被る。


「まさか、朝練がこんな風に復活するとはなぁ」


 大学へ入る前、受験勉強開始と共に終了した早朝鍛錬が異世界にて復活した事に、拳児は苦笑するしかなかった。




迷宮白書





 汗を拭うだけでは流石に気になるので、一旦家屋に戻ってからお風呂で身体を流す。

 これも魔法がある世界の賜物なのか、温泉という訳でも無いのに湯温は丁度良い塩梅に保たれている。

 ボディソープなどない世界だが、傍らに詰まれた葉っぱで身体を擦ると薄く森の香りがして、清潔になった気がする不思議があった。

 擦った後湯船のお湯を身体にかけ、恐らく薬草であろるものを洗い流して終わりである。

 ガティの家のように明らかに刻んだ薬草やヘチマっぽいものが存在しないが、商売として風呂も付随している以上、一般より若干高級なお風呂になっているのだろうと思った。

 新しく部屋から持ってきたボロ切れで身体を拭い、上着を着て風呂場より出る。

 その足でそのまま食堂へと入った。


「おはようございます。朝早いのね」


 食堂へ入ると、各テーブルの上の一輪挿しに、一輪ずつ花を添えていた中年の女性から挨拶がくる。

 彼女はこの宿屋『小鳥の羽音亭』看板娘レイチェルの母親であるライツさん。

 そして近くのカウンター裏では、一人黙々と皿を磨いている壮年の狼の耳を持つ男性。レイチェルの父親であるゲイルさんである。

 

「どうも、おはようございます。あ、朝からお風呂いただきました」

「あら、いいのよ遠慮しないで。その分の御代は宿泊料に含まれているから」


 ライツさんは笑顔で答えると全てのテーブルに花が添えられたのを確認し、カウンターへと向かう。


「そろそろあの子も準備終わるし、朝食の営業開始にしましょうか」

「わかったよ」


 低く響くバリトンボイスにダンディズムを激しく感じる拳児だが、そのイメージに似合わぬ綺麗なナイフ捌きにより次々剥かれていくリンゴの皮の薄さに惚れ惚れする。

 ゲイルさんはリンゴの皮むきに一区切りをつけると腕を水で洗い流し、背後の棚に並んでいる腸詰、ベーコンの燻製、取れたての卵を取り出し調理場へと並べていく。

 そして自家製と思われるバケットを一本取り出し、包丁でサクサクと切り始めた。

 バケットをそれぞれ一口サイズに切り分けた後、土でできていると思われる器の中に並べ、そこへ腸詰一本、ベーコンの小間切れを並べバターを一欠け入れた後、別の鍋からスープを救いいれ、卵を二個割り入れ火にかける。

 グツグツと軽い音が立ち、やがて良い香りが立ち上ってくる。

 その隣ではライツさんが皮を剥かれたリンゴを数個目も細かい布に入れ、石で出来た石臼のようなものの中へ入れ、ゴロゴロとハンドルを回す。そこから大量の果汁があふれ出した事で、ゲイルさんの剥いていたリンゴはジュースの為であると理解できた。

 流れ出た果汁はもう一つ、恐らく冷たい氷が入っているであろう壷の中に入れられ、更に上からレモンの絞り汁、ハチミツを少量入れられ混ぜ合わせる。

 果汁は氷で冷やされ、また氷は自然に溶け出し果汁と混ざり合い丁度良い濃さにし、ハチミツが甘さを醸し出してレモンが味を引き締める。

 壷の中から完成したジュースの注がれたカップを受け取るのと同時に、先ほどから煮込んでいた器も一緒に出された。


「朝は中々ボリュームあるものを食べたがらないからね。ウチ特製のバケット入りスープよ」

「食欲が湧くように若干ハーブを強めに効かせている」

「いただきます!」


 説明が終わるかどうかの段階で、拳児は出されたスープに手をつける。

 言うだけありスープの香りが先ほどから食欲をそそり、腹の虫が空腹で鳴き出す寸前となっていたのだ。

 スープなのに具材はボリュームがあり、中のふやけたバケットもスープの味をしっかり吸収し中々美味い。

 一緒に並べられたジュースも酸味がありつつ爽やかな甘味を舌に残す絶品で、拳児は全てを食べ終わるまで休みなく口と腕を動かし続ける事となった。




 部屋へ起こしに行った所、荷物はあるが無人となっている部屋を見て、もう朝食を食べに行ったのかと思ったレテスが食堂へ降りると、案の定拳児はそこにいた。

 しかも既に朝食は済んだように見え、至福の笑顔を讃えながらお腹を摩っている。


「あら、早い。おはようございます」


 なにやってるんだろうあの人はと思って見ていた所で、背後から声をかけられ振り向く。

 そこにはなるほど確かに大きい胸を湛えたレイチェルがいた。

 その彼女はレテスを見た後、食堂に居る拳児にも視線を送る。


「あら、彼も早いわねぇ。私一応店番だから早いつもりなんだけど」

「私が起きてお部屋へお伺いしたら既に居なくて」

「ほへ~」


 なんだか関心した、というような視線で拳児を見るレイチェル。

 恐らく彼女のような小綺麗な宿屋で働く子には、中々珍しい初心者冒険者なのかもしれない。

 今時冒険者になろうとする人間は一攫千金を狙った腕自慢か事情があり大金、もしくは力が必要となった人間ぐらいのもので、後者の割合よりも前者の割合のほうが圧倒的に多い。

 そして前者の中の多くは粗暴な人間が多く、後者はお金、力自体が目的となる為、『小鳥の羽音亭』のような宿屋に来ることは珍しい。

 『小鳥の羽音亭』自体は、他の宿屋よりも若干価格設定が高めの為である。

 その分サービスが良いというのは実際に一泊してみて理解している所だが、それでもそこに価値を見出せない者にとっては「他より高い宿屋」程度の認識になってしまうので、中々初心者冒険者は寄り付かない場所となっているのだろう。

 そこへ来た拳児は、本当に珍しい部類の人間なのだと思う。


「……ほんと、おかしな方ですよね」

「そうだねぇ。変わってるよね、彼。なんか据えた臭いとかしないし」

「に、臭い?」


 一瞬その物言いにギョっとするが、すぐに納得する。

 彼女は犬の獣人である。犬であるかが問題ではなく、獣人である彼らは、須らく臭いや気配に敏感である。

 彼女が表現する「据えた臭い」というのがどういうものかわからないが、確かに彼は通常とどこか違うように感じるのである。

 そして、臭いと聞いて思い出すことがある。


「ま、そんな事よりお客様。当店の朝食サービスはいかがですか?」

「えぇ、お願いします」


 先ほどから漂うスープの香りは女性殺しである。卑怯なほどに香り高く、朝だというのに食欲が出てくる。

 レテスはレイチェルの促すままに、食堂へと足を踏み入れた。

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