20話
遅れました20話です。
中々話が進まず申し訳ありません。
図書館の一角、拳児が本を読み漁っていた読書スペースに、ニアは腰かけ本を黙々と読んでいた。その背中から、若干の威圧的な風が発せられていると錯覚する。
結局あの後、レテスがニアとありのままを話すのが良いという事で、レテスをニアへ派遣し色々話をしてもらおうという事になった。
レテスとしては今日が初対面であり、一緒に迷宮へ入ったりとかした訳でもないので打ち解けるかどうか拳児は不安なのだが、優しい子であるニア相手であればなんとかいけるだろうと自身に言い聞かせる。
トコトコと、軽い足取りで本棚から読書スペースへ移動していくレテスの背中を、本棚の影から拳児とマリエルは見つめていた。
「頑張れ、レテスさん……」
「どうでもいいけど、気付かれてるわよ私達」
ニアは元々狩人であり、小動物などを狩猟していたホビットである。そんな者が、気配を隠すつもりもないように全開で背後からレテスを応援していれば当然気付かれる。
ニアから漏れ出る風で、その周辺だけ重苦しい空間が形成されていた。
「怒ってるっていうより、イラついてるわねあれ。
結構発散したらすぐに解決しそうな気はするわね、お人好しのニアだし」
「君、意外と物言いが率直だよね」
金髪のウェーブがかった髪をした、ともすれば小さなお嬢様のように見えるマリエルから飛び出す忌憚ない意見に若干腰が引ける。
同郷の親友だろうニアをお人好しよバッサリ言い切るあたり、相当竹を割ったような性格が強そうである。
「何でもかんでも考えずに言う訳じゃないわよ。
ちゃんと状況を読んで言っても大丈夫だったら言ってるだけだから」
「結局言いたい事は言うって事だよねそれ」
「言いたい事言えないような小心者なら村から出てないわよ」
なるほどご尤も、と拳児が納得している間にレテスはニアの背中へ、声をかけていた。
「じゃ、ちょっと離れましょうか」
「え? なんで」
「見られてるって判っていて、話はできないでしょ?」
マリエルの物言いになるほど、と理解を示し、「いくわよ」と奥へ進んでいくマリエルの後へ、拳児は続く。
背後では、レテスがニアの隣へ腰掛けた所だった。
迷宮白書
気まずい、非常に気まずい空気がニアとレテスを包んでいる。よくよく考えてみれば、レテスはニアの事は全く知らないのである。そんな人間が揉め事の原因の一つであるとは言え、見ず知らずの人間の機嫌を宥める事は出来るのであろうかと考え、無理なんじゃないかとあっさりと結論が出る。
理由としては、奴隷としてレテスを得た拳児に対しニアが怒っているという事なのだが、買われたほうが何もされていないと言ってもこう、信用されるのかどうかがまず一つ。
されたされないの問題ではなく、奴隷を得たという行為自体にニアが怒っている場合、それはもうどうしようもないのではないのかという事が一つ。
また最後の一つとして、拳児の交友関係や事情を知らないレテスとしては、「レテスを奴隷にした」という事にニアが怒っている可能性もあるのではないか、と思っている。
拳児とニアは男と女である訳であり、女性としてニアは好きな男に尽くすタイプなのかもしれない。そして拳児は男であり、ニアに好かれているのかもしれない。
そんな人が奴隷を得る、無条件で自分に尽くしてくれる女を手に入れる。その事にニアは怒りを覚え、自分が好意を寄せていた相手に無条件に『尽くせる』権利を獲得した女に、こう思っているのかもしれない。
『こ の 泥 棒 猫 め』
「……流石に最後のは言い過ぎですね」
つらつらと続いた自分の想像に自分で突っ込みを入れてみたが、やはり最後の台詞は非常にやりすぎだと思った。
だが、最後の台詞へ行き着く前、ニアが拳児へ好意を寄せ尽くしたいと思っているとかそこらへんに関しては、完全に有り得ない話ではないので可能性としては捨てきれないものである。
まぁその場合、自分が傍に居る事でニアを余計不機嫌にさせる事にしかならないとは思うのだが、ニアは特に何も言ってこないどころか、先程より和らいだ空気を出しているのでその心配は無さそうではある。
と、ニアが手に持つ本を閉じ、隣のレテスへ視線を向ける。
「あの、ごめんなさい。どうせマリーちゃんが言ったんだと思いますけど」
「マリーちゃ……、あぁ、マリエル様ですね。
私はケンジ様のサポーターですので、私が原因という事であれば、お話するべきであると思っております。
ですので、マリエル様に言われたのみ、ではなく、私の意志としても、お話をする事には越した事はないと思っております」
拳児がパーティーへ入れるかどうかという話なので、自分が一肌脱ぐ事で拳児の迷宮探索の安全性が上がるのであれば脱ぎましょう、というのも本心ではある。
前述の理由により、一肌脱ぐ前に無理なんじゃないかと結論を出してはいたが、本心は本心である。
何だか最後のほうは良い訳じみていたが気にしないでおく。
「……私も、判ってはいるんです。この街には沢山の奴隷の人が居て、別にケンジさんだけが奴隷を持っている訳じゃない。
それでもやっぱり、なんていうか、その……。不潔な感じがして……。ごめんなさい」
そう言って、ぺこりと頭を下げてくるニアに慌てて手を振るう。
「いえ、とんでもございません!
本来であれば、奴隷とはそう求められるものではあると思いますし、そう見られるのも判ります。
ニア様の考え方は特におかしなものではないと思いますし、ようは我慢できるか否かだけの問題かと」
「そうなんですよね。
マリーちゃんにもよく潔癖症は冒険者になるには辛いわよって言われて」
「そう、でしょうね。荒事に進んで向かうのみではなく、巻き込まれる事も多々あるでしょう。
人の醜い所を見る事も少なくはない職業であると思いますし、過度に潔癖であるのは逆にトラブルを招く事にも」
「ですよねぇ。今日の事だって、別に私にそこまで怒る権利なんてないのに……。
はぁ、ケンジさんにも、マリーちゃんにも何て言えばいいんだろうなぁ」
結局、彼女の潔癖が招いた一時的なものであった。この結論が見えた時、レテスは心の底からほっとした。泥棒猫扱いされていなくて良かった、と。
次いで、この少女の優しい人柄に不安を覚える反面、無意識に人を支える事ができるだろう性格に羨望も覚える。
この子が傍に居る事で、冒険者という荒事にも余程でもない限り耐えられそうな気がする。そう思える人柄というのは、凄いものだと思った。
自分にもこういった要素があれば、自身のご主人様はちゃんと奴隷として扱ってくれるのだろうか、とも考える。
「……奴隷を奴隷扱いしないって、どういう事なんでしょうね」
「え……? 奴隷扱いされていないって、どういう事なんですか?」
ちょっとしたレテスの呟きに、聞こえたニアが反応する。その言葉のまま、物凄い疑問系で。
その言葉に、レテスの肩はプルリと震え、拳がギュッ、と握られた。
「それがぁ、よくわからないんですよっ!」
まるで振り絞るように声を挙げたレテスに、ニアはポカンと口をあけたままだった。
「それでさ、あなたどうして彼女を奴隷にしたわけ?」
初心者向け魔法解説書を探しながら、マリエルが拳児へ問いかける。
ニアとレテスの会話を邪魔してはいけないとその場を離れた二人だが、結局それほど離れてはいない解説書コーナーの一角で本を探していたのだった。
『よくわかる魔法の原理』という解説書を眺めていた拳児へマリエルは先程の言葉を問いかけたのだ。
「どうして、って言われてもね。
実を言うと、別に奴隷が欲しかった訳じゃないんだよね」
「なに、惚れてるの?」
重ねての問いかけに思わず噴出しかけるが、このやり取りは以前どこかの親子で通った道である。
一瞬上りかけた血を意識的に下げ、少し取り乱した風な口元を袖で拭い、姿勢を正す。
「そういう惚れた腫れたの話じゃないよ。
初心者講習で彼女と知り合って、彼女が奴隷って聞いて、なんとかしようと思ったら彼女を引き取ってたって話」
は? と口を開けポカンと呆けるマリエルだが、拳児の様子から、その言葉が嘘偽りない事を理解した。
どういう思考を経て得た結論から理解できないが、拳児は彼女を自分が見受けする事で奴隷という地位から開放しようとしたのだ、と。
それを理解した上で思った、こいつは余程のお人好しだ、と。
「……あなたね、そんな考え方してると近い内にすぐ騙されるわよ」
「何も常にそんな考え方な訳じゃないさ、まず自分の利益を最優先に考えて行動してるよ。
レテスさんの事だって、自己満足だよ。あのまま放っておいたら気になって仕方ないからね」
「……まぁそういうならいいけど、ね」
お人好しって事は自分である程度認めてはいるのだとマリエルは理解した。
それでも、自己を優先し、その上で他者を気にかける考え方が出来るのであれば問題ないだろうと思う。
自分にもニアというお人好しな幼馴染がいるのだ、良く判る。
と、ここで一つ気付く。
「ねぇ。結局あなた私達とパーティー組んでくれるの?」
「え? そういう話じゃなかったの?」
「あ、じゃあ組んでくれるって事でいいのよね」
「うん、よろしくね」
なんだかトントン拍子に話が進んでいた。




