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迷宮白書  作者: 深海 蒼
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2話

 とつとつと話し出す。今日起こった出来事。何でもない普通の一日の事を。

そこから何故こんな世界に来たのか。ここはどこなのか。何故自分なのか。

口を開く度に熱が篭り、でも噴火する前に鎮火する。

わからない事をわからないまま言葉にし、結局わからないまま終わってしまう拳児の言葉に、ガティは唸った。


「どこかも知らねぇ、何もわからねぇ。そういう訳なんだな」


「はい……。もう、なにがなんだか」


 無理もない、とガティは思う。

片田舎から夢を見て出てきた田舎者ですら、大都市と呼ばれる場所の常識には混乱を起こすと聞く。

それを別世界から来た、なんていう荒事とは無縁そうなお坊ちゃんじゃもうどうしようもない。

ともかく、ガティは話に一区切り打とうと思った。


「でよ、ケンジ。おめぇ、その別の世界から来たっつぅ証拠はあんのか?」


「証拠……ですか?」


 キョトンとした拳児に、ガティは一息つくと答えた。


「おうよ。俺だっておめぇが嘘言ってるとは思いたくねぇ。だが、何もないのにその話を鵜呑みにする訳にゃあいかねぇだろ?」


「あ、そ、そうですね。えっと……、これが、俺の国のお金なんですけど」


 納得言ったように頷いた拳児は、ゴソゴソと履いているズボンのポケットから財布を取り出す。

その財布の見た目――皮の上にエナメルを塗った黒光りする財布――に目を奪われ、その財布から出てきた硬貨と紙幣に、再び目を奪われる。


「えっと、この一番小さいのが一円、一番安い硬貨です。その次にこれが10円、本当は5円ていうのもあるんですけれど。

 で、これが50円で、こっちが100円。一番でかいのが500円です。それでこっちの紙幣が」


「ちょ、ちょと待て待てっ! ……なんだこれは」


「え、いや、だから俺の国の貨幣で」


「これが、貨幣なのかよ……」


 ガティは一つ、100円硬貨を手に取り、天井の明かりに照らすように翳す。

この世界で流通している硬貨は、銅貨、銀貨、金貨と呼ばれるものが一般的となっている。

その多くの硬貨にも、手に取っている100円と同じように文字や模様が刻まれているが、明らかに質が違う。

その硬貨の形も綺麗な円を描き、中心から模様がズレているような事もない。

また、材質は恐らく銅なのだろうが、何と合わせて造られたものなのか、鍛冶屋として日々金属を触っていたガティにもわからなかった。


「こいつぁスゲェな……。まるで彫刻みてぇな精巧さだ」


 そういうものなのかな、と思いながら拳児はガティを眺める。

当のガティは、100円を下ろした後、気になっているようだった1円玉を手に取った。

その軽さにまず驚き、続けて100円玉と同じくほぼ新円を描くその形にほう、と息を漏らし、指でぐにぐにと弄る。


「おおっ、なんでぇこりゃ。柔らけぇ」


手の上で転がされている一円玉を見て、今少し時間がかかりそうだな、と諦めの溜息をついた。




迷宮白書




 ガティはその後も、拳児が追加で出した紙幣――1000円札と1万円札――をじっくり眺め、透かしに驚きの声をあげ、一頻り満足すると息をついた。


「いや、すげぇな。なるほどこりゃ、別世界って言うのもわからんでもないな」


「はぁ、納得してもらえたなら」


 ポリポリと頬を掻きながら納得して貰えた事に満足する。

ガティは拳児が自分の持つ貨幣を仕舞うと、ちょっと待ってなと言い、懐から小袋を取り出した。


「こいつが俺達の扱う貨幣だ。右から銅貨、銀貨、金貨。ま、どれもそれぞれの材質が含まれてるってだけで、全部がそうな訳じゃねぇけどな」


「へぇ、これが……」


 カウンターの上に並べられたそれぞれの硬貨を手に取り眺める。

確かにそれらの硬貨は丸くはなっているがどこかいびつで、刻まれている模様も中心からズレていたり、模様自体が潰れていたりと、バラバラに見える。


「ここじゃソレが普通なんだ。おめぇの持ってるキレーに揃った硬貨なんてねぇんだよ」


「なるほど、それで」


「あぁ。あんな精巧なもんを貨幣に使うなんざ、ここじゃありえねぇからな」


 ガティはそこまで言うと、一段声のトーンを低くして続けた。


「それでよ、おめぇ。この世界の金、持ってねぇんだろ?」


「へ? あ、いや、まぁそうですけど」


 どこか内緒話めいたその声色に、拳児も合わせて声のトーンを下げ、返事を返す。

そこでニッ、と細かい歯を見せ付ける笑顔で、ガティはトーンを戻した。


「そこで、だ。おめぇの持ってるその貨幣と、この俺の持つこの貨幣をいくつか交換しようじゃねぇか」


「えぇっ? いや、でもこれは……」


 カタッ、と一歩下がるような勢いで体勢を後ろへ下げる拳児。

突然の言葉に、拳児の中の常識がそのような行動を取らせた。

だがガティは拳児の動揺を見越したようにまぁまぁと宥めてから言葉を続ける。


「だっておめぇ、言いたかないが、帰れるかわかんねぇんだろ……? だったら、当面のここで生活する金は必要だろうが」


「……そ、そうですね」


 改めて告げられた現実に、ずしりと身体が重くなる。

やっちまった、とガティは思ったが、それでも現実問題として、拳児が生きていく為にはこちらの世界でのお金は必要不可欠なものだった。

それに、街に入ればその貨幣の珍しさに買い付けようとする輩は出てくるだろうが、どう考えたって騙されて叩き売られるのは確実だ。

そんなに甘い世の中じゃない。だったらこうして会ったのも何かの縁。

自分がその貨幣を、妥当だと思える金額で買ってやろうと思ったのだ。


 そこまでを沈み込んだ拳児に捲くし立てるように言うと、その顔があがった。


「ガティさん……」


 キラキラと輝く瞳に変わった拳児の視線に、どこか気色悪いものを感じながら、ガティは告げる。


「ま、まぁほら。全部とは言ってねぇからよ。半分くらい交換といこうじゃねぇか」


「そうですね、確かに必要だと思います……。それで、その。銅貨とか銀貨とかの価値って、どんなもんなんでしょうか?」


 一瞬何のことかと考えたが、なるほど確かに、ガティはその硬貨の相対的な価値を教えていなかった。


「おうおう忘れてたな。例えば、だ。俺達の前に並んでるコルスイ、まぁ魚の焼き物。こいつは銅貨5枚だ。で、飲んでるエールが銅貨3枚、割高だな。

 ここの二階の宿がまぁ部屋によるが二人相部屋で一部屋銅貨50枚。一日銀貨1枚いくような宿は小金持ちみてぇな人間が泊まる場所だ。綺麗だがな。

 銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨は1000枚で金板1枚って寸法だ、わかったか?」


「はい、漠然とですが」


 硬貨の扱いとしては日本と同じようなものだったので、理解も可能だった。

後はその硬貨が実際にどのような物品と取引されているのか詳細が分かれば良かったが、そこまでを今求めるのは酷だろうと思った。

ガティは具体的に食い物や飲み物である程度の価値を、分かり易く教えてくれたのだから。


「でだ、どうだ? 交換するか?」


「はい、お願いします」


「よしきたっ!」


 拳児の快い返事にガティは一回パンッ、と手を叩くとそそくさと懐から小袋を取り出した。

その様子を見ながら、拳児もポケットから自身の財布を取り出し、中身を眺める。

自身の持つ貨幣がこの世界でどのような価値があるのかは、拳児はおろかガティでも判断が出来かねるものだろう。

だがガティはそれを交換、こちらの貨幣で買うと言ってくれたのだ。

拳児は半分より少し多めに貨幣を取り出すと、カウンターの上に並べた。

さようなら、諭吉さん。ありがとう、夏目さん。

そう心の中で念じながら。


「むむっ、結構多く出してきたじゃねぇか……」


「何分先行きも不安ですから」


 尤もな理由を告げてきた拳児に、ガティはむむっと唸る。

別に値段を吊り上げようと思っている訳ではない事は理解出来ていた。

嗜好品として拳児の出してきた貨幣はそりゃ確かに値打ちのあるものだが、正直商売人としてのガティには必要ないものではある。

だがここで二束三文で買ったとしても、コイツは何も知らずに金を受け取り喜びそうな奴だ。

自身の中で色々と葛藤した挙句、ガティは小袋の中身を確り確かめながら、渡すに相応しいと思える分だけを小袋に残し、

余分な分は自身のもう一つの小袋に仕舞って、残った小袋を拳児の前へと差し出した。


「中に金貨7枚と銀貨で50枚入ってる。確認してくれ」


「はっ、はい」


 ガティの言葉に一瞬動揺を示しながら、拳児は袋の中の硬貨を数える。

先ほどの説明では、金貨1枚で銀貨100枚、魚の焼き物一つが銅貨5枚だから、結構な金額だ。

それが7枚と50枚、確り袋の中には入っていた。


「あっ、あの、これ本当に……?」


 本当にこんなに貰ってしまっていいのだろうか?

拳児の中の不安が口から出て、思わずガティに聞いてしまった。

だがガティはその拳児の言葉が耳に入らず、拳児から受け取った1万円札を天井から吊るされたランタンに透かして眺めていた。


「こいつぁ本当にすげぇや。まるで生きてるみてぇな顔が浮かんできやがる……」


 どこか呆けたように呟きながら諭吉さんを眺めるガティに、拳児は苦笑を浮かべて息をついた。




 窓から差込む日差しに目が覚める。

拳児の視界に映ったのは、見た事のない、どこか煤けた天井だった。

次に受けた刺激は、背中の痛み。

身を起こして自身の寝ていた場所を見ると、木の板にそのままシーツを載せたようなベッドと、脇にちょこんと置いてある棚があった。

スルリの自分の身体から落ちたシーツを見て、昨日の事が夢や幻ではない事を否が応にも理解できた。

ココン、と小刻みな音を立てたドアのほうを見ると、昨日一緒に飲んでいたヘビ顔の男、ガティが立っていた。


「起きたんなら、顔洗って来い。ひでぇ顔しやがって」


 どこか心配そうなその嗄れ声に、拳児は苦笑を浮かべる。


「ヘビ顔の男に言われたらおしまいだな、これは」


「なにおう、俺ぁ村じゃ美形のレプトリアンで通ってんだよっ!」


 異世界での一日が、再び始まった。

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