18話
拳児の元の世界、「地球」の「日本」への帰還方法を過去の文献から探す方法は失敗に終わった。結局、何もわからなかったからだ。
昔話、御伽噺にどこから現れたか判らない人間は度々出てくるが、そのどれもが帰ったとは思えない所で物語は終わっている。
もうどうしようか、なんて考えてみるが、何も分かっていないのに行動を起こしようがない。
しかたない、図書館でのこれ以上の検索は諦めよう。知識というものは本だけではなく、人伝でも手に入るものだ。
実りの得られない樹に縋ったって無いものは無いんだからしょうがない。
沈んでいた頭を割り切る事ですっきりさせると、机につけていた額を起こす。
「よし、頑張ろう! ……え?」
「……いえ、何でもありません」
僅かに疲弊したレテスがそこにはいた。
迷宮白書
何だか疲れたようなレテスが気になったが、拳児はすぐに思いつく。レテスは本を司書の人と共に探し、ワゴンで運んで来てくれたのである。横を見ると結構な量の本がそこには置いてあった。
これだけの量である、やはり疲れたのであろう。既に斜め読みし終わってしまったものばかりであり、これを今度返却しに行かなければいけない。
レテスのみに任せるのは酷であろうと思い、拳児は椅子から立ち上がった。
「じゃあ、読み終わった本片付けに行くよ」
「あ、本は籠の中に入れて置けば司書の方々が片付けてくれます」
「あ、そ、そう」
ちょっとした優しさを見せようとしたがすぐに頓挫。うむむ、じゃあどうしようかと立ちながらちょっと悩み、10秒で考えを纏める。
「じゃあ申し訳ないけれど、図書館の中を案内してくれないかな?
今後も使うかもしれないから、どこにどんな本があるのか覚えておきたいんだ」
「そう、ですね。
確かに冒険者として優位に立つのであれば、今後も利用しますよね。
では、ご案内いたします」
そういう事ではないんだけど、と思いはするが否定の言葉は出さず、華やかなレテスの笑顔を黙って見つめたまま、拳児は一つ頷いた。
やはり、美人には勝てない。
歴史書、地理関係、国法など頭の痛くなりそうな知識は全て一階に並ぶ。二階から上はその他商いや魔法、武具などに関する知識が集められている。
拳児はその中で二階の一角、魔法に関する書籍が並ぶ列へと足を踏み入れた。
先日の迷宮初挑戦でも分かったが、この世界には魔法があり、その魔法を利用できると迷宮ではモンスターより単騎で優位に立つ事が可能である。
身体能力を強化するというホビットの少女が用いた魔法は、大きな効果を表してくれた。しかも彼女は冒険者として駆け出しである。
これが上級者の魔法であれば、どれだけ凄い効果を発揮する事になるのか。その魔法が自身でも使えれば、きっと多くの危険から回避が可能である。
可能であれば魔法を覚えたい。この世界にあるのであれば、生きていく手段としてきっと必要であると拳児は思い、足を踏み入れた。
そこで拳児が目撃したのは、かなり上段にある本を取ろうと脚立の上で背伸びを繰り返す、見覚えのあるホビットの少女だった。
昨日と同じ、麻の地味なワンピースに身を包んだ金髪の少女は、顔を真っ赤にしながら腕を伸ばしている。
目当ての棚は拳児が腕を伸ばして届く程度の高さではあるが、ホビットの彼女では脚立を用いたとしても取るのが難しいのだろう。
必死に頑張っている彼女には申し訳ないとは思うが、結局読めないというのも可哀相である。
拳児はすぐに彼女の横に立つと、腕を伸ばして目当てと思われる本を取り、彼女に差し出した。
「はい、これ」
「えっ?」
ホビットの少女は突然現れ、目当ての本を取り出した男に視線を向け、驚きの声をあげる。しかし彼女は男の顔を確認した後、納得したように頷いた。
「昨日は世話になったね、マリエル」
「ありがと、ケンジ」
魔法を覚えようと思った切欠の少女、マリエルはにこやかに礼を言った。
彼女は拳児の手から本を受け取ると、脚立から跳んで降りる。
「よっと。助かったわ、私一人じゃ取れなかったかもしれないから」
確かに彼女一人では取れなかっただろうと思う。脚立を合わせた高さでも、拳児の頭ぐらいまでしか高さが無かったのだ。腕を伸ばした所で届きそうも無い。
「それ、魔法に関する本?」
拳児は自身が取り、マリエルに渡した本の中身が気になっていた。
自分も魔法を覚えようとした矢先に、魔法使いである彼女に再度遭遇したのは行幸だと思ったのだ。
マリエルは拳児の言葉に頷くと、本の表紙を確認して頷く。
「えぇ。これは初歩の魔法と、生粋の魔法使い向け初級者訓練の方法が書かれてる本よ」
「へぇ、後で読ませてくれる?」
「別に構わないわよ、ここで会ったのも何かの縁だし。ところで……」
軽快に会話を交わしていたマリエルは、ふと拳児の背後に立つ人影に視線を向ける。彼女の視線の先には、居心地悪そうなエルフの少女が居た。
「あなた、10階層の報酬、奴隷にしたの?」
ギクリ、と一瞬拳児の心臓が音を立てる。だがそれも一瞬の事、拳児はレテスを振り返りながらマリエルへ告げた。
「奴隷、というかサポーターだよ。俺は彼女を奴隷として扱おうとか思ってないし」
「でも奴隷は奴隷でしょ、元ギルド職員のサポーター。まぁ、私は別に"そういうの"気にしないけどね」
なるほど、確かに他人からすれば奴隷は奴隷である。それ以上でも以下でもありはしない。
自分が奴隷として扱っていないからと言って、他人にもそれを強要する事はできるはずもなく。
拳児はそれでも、他人がレテスを奴隷扱いする言葉は余り聞きたくなかった。
それに、一部気になる所もあるし。
「あの、マリエルさん。"そういうの"ってなに?」
「何って、それは、彼女はほら、その、アレでしょ? その……」
そういうと、妙に顔を赤くしてもごもごと呟くマリエルの仕草に可愛いなと思いながらも顔が青くなっていくのが分かった。
何となく彼女の雰囲気から、言いたい事は理解できた。理解したくなかったが。
自分はそういうものが欲しい人間だと思われているのかと思いながら、両手を慌てて振りかざし否定する。
「ち、違う違う! 俺は別に、そういう性的なものを意識して選んだ訳じゃなくって!」
「え、でも彼女可愛いじゃない。てっきりそういうものかと」
「違うよ! そういう事じゃない……」
「マリーちゃん」
慌てて弁明をしていた拳児だが、その声に一旦止まり振り返る。
レテスより後ろに、両手で胸に本を抱いたホビットの少女が立っていた。
俯きがちに胸の本を抱く緑の髪をした少女は、昨日出会った弓使いの少女、ニアだ。
「に、ニア? 本見つかったの?」
「うん。本見つかったから、私、机で本読んでるね」
「う、うん。私も後で行くわ」
何かがおかしい。拳児は二人の会話に微妙な違和感を抱く。
昨日の二人はとても仲良しで、互いの笑顔を見ながら会話をしていたはずである。
だが今は、片方は俯いたままで、片方は引きつった笑顔を浮かべている。
そもそも、昨日のニアは非常に礼儀正しく、他人への気遣いがよく見える少女であった。そんな少女が、見えているはずの拳児に挨拶をしないのはおかしいのではないか。
と思っていたら、当のニアから声をかけられた。
「ケンジさん。昨日はありがとうございました」
「あ、あぁ、うん。こちらこそ世話になりました」
ぺこりと頭を下げてくるが、顔を見て話さない。そこに非常に違和感を抱く。そう考えた次には、ニアは顔をあげ拳児を見つめていた。
その顔には、昨日のような笑顔は無く、ただ無機質な表情のみ貼り付いている。
何だろう、何かいやな予感がする。拳児は彼女の表情に、凄まじく嫌な予感を覚えた。彼女は拳児に無機質な表情を向けた後、ふと傍らの少女、レテスへ視線を向ける。
レテスを見つめるニアの表情に、一瞬、哀れみの色が差し込んだ。
「ケンジさん」
視線を拳児へと戻したニアの顔には、明らかな侮蔑が。
「最低です」
その言葉は、拳児に痛恨の一撃を与えた。