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迷宮白書  作者: 深海 蒼
17/39

17話

 本当に変わった人だ、とレテスは思う。

 ガティに連れられ戻ってきてから数刻、拳児は未だに申し訳なさそうな顔でレテスに話を振ってくる。

 『あの果物はなんていうの?』『あそこの魚はなに?』なんてまるで子供のような質問をしながらも、その端々に自分を置いていった事への申し訳無さからか、気遣いが見える。

 そこまで気を使う必要はないのではないか、奴隷相手に。

 などと思ってみても、昨夜からの彼の態度を省みると、そういう人なんだろうな、と妙に納得してしまう。

 とかく、お人好しなのだろう。


 今もグーリウという鹿を塩に漬け込んだ肉の串焼きを指して何の食べ物なのか聞いてくる。


「……あの、本当にご存知ないんですか?」


 グーリウは山岳部では多くの人間が食すものであり、それを知らないのは海岸部で生活をしていた人間位のものである。だが彼は店に並んでいる魚のほとんどを知らなかったので、それはない。

 一体どこの出身なんだろうと、思わずそんな事を尋ねてしまったのも致し方のない事である。


「うん、まぁ……。本当に、知らない事ばっかりなんだよ」


 その彼の言い様に、どこか真実の一端を感じた気がした。




迷宮白書




 人間関係は、まず円滑なコミュニケーションから。

 どこかの企業の営業理念にでもありそうな、至極当たり前のキャッチコピーを思い浮かべながら、拳児はレテスと会話を重ねる。

 昨日は拳児もテンパっていたが、どうやらレテスも同じだったようで、現在は話を振るとある程度普通に返してくれる。

 所々出る敬語がちょっと物悲しい気もするが、そこらへんはおいおい、時間が解決してくれるものだろうと割り切った。

 性急に結果を求めず、今はただ円滑なコミュニケーションを取れるようになろうと頑張るのみである。


 とは言うものの、拳児は隣、一歩後ろを静かに歩くレテスという美少女の存在に心拍数が上昇している事を感じている。

 正確には自身よりも年上であり、少女という言葉は本来であれば似つかわしくない年齢なのだが、見た目にはそれはもう10代半ばぐらいにしか見えない、れっきとした少女である。しかもエルフ。長耳。

 レテスの顔を見て話をしながら、チラチラとその長耳に視線を送ってしまうのも致し方の無い事である。

 世界ってすげーなーっ! と、この出会いにある種の感動すら覚えている。

 円滑なコミュニケーションを取りつつ、美少女であるレテスの顔を真正面から見る事ができる。役得である。

 そんな美少女観賞という至福の時間を過ごしながら、拳児はガティの鍛冶屋から真っ直ぐ聖堂へ向かう路地を歩く。

 この街『フィーリアス』ではある程度区画により役割がはっきりと分かれているが、食物のやり取りを行なう店は区画を無視して軒を連ねている。

 食物は生活の必需品であり、日に三食は取るものである。それを一区画に纏めるには些か街が小さい。

 それに、遠くの区画に住む人間が食材に不自由してしまう事にも繋がるのは容易に想像できる。こういう所は良く考えられているな、と思う。


 この街の区画分けは、『管理のしやすさ』に比重を置いたものだと思われる。

 鍛冶屋や道具屋はともかく、酒場や宿屋は本来であれば各区画に点在してしかるべきものではあるが、この街では一区画に纏められている。

 その理由として一番判りやすいのは、揉め事の多さだろう。

 酒が入れば気も大きくなり、気性も荒くなる。しかも飲む人間の大半は職人気質の鍛冶屋だったり、冒険者だ。

 人間血を見るとほとんどが興奮するか萎縮するかのどちらかである。血を見る迷宮から帰ってきて、酒場で酒を煽る人間が、萎縮するような者だとはとても思えない。その興奮を残したまま酒を煽り、更にその気性を煽る結果になるのだろう。

 その結果、周囲の者を巻き込んだ喧嘩が発生、街の警備が出動するという一連の流れは容易に想像できる。

 そんな火薬庫のような場所を街の至る所に点在させるのは問題であるし、点在した火薬庫を見張る為の人員を割くのは非効率的だ。そりゃ一纏めにしたくもなる。

 拳児の世界で言えば、自然に集まった訳ではなく、誘致によって作られた歓楽街と言うべきものである。だが色町は別に設けられている所から、この世界での『酒』と『色』の間には通じるものが少ないのかもしれない。

 どこの世の中も良く出来てるんだなぁ、と拳児は感じ入っていた。


 歩いて大体1時間、拳児達は聖堂の中央広場に立っていた。

 レテスは相変わらずの賑わいに目を細め、ここへ自分が『ギルド』として居る事はもう無いのだと思うと少し寂しく思う。

 拳児は、迷っていた。


「……図書館って、どこだ?」


「ご案内しますよ」


 昨日までギルド職員だったレテスの言葉に、拳児は本当の意味で救われた。


 


 図書館とは言うが、聖堂と別に建てられたものではない。だが『部屋』と表すには、些か大きすぎる場所であった。

 聖堂の二階にある二枚扉の出入り口から入ると、そこはズラリと本棚が積み上げられ、並べられたまさに『別世界』だった。

 一階と三階をぶち抜き、天井スレスレまで積みあがっている本棚の行列は、見るものを圧巻させる。


「これは……凄いな」


「恐らく、この街の中で一番知識が集められている場所です。個人で所有できる量ではありませんから」


 それはそうだ。

 聖堂の概観もばかでかいのに、その一区画を目一杯使っているとしか思えないこの図書館も、敷地だけで言えばばかでかいものだ。


「それで、こちらで何を探せば良いのでしょうか?」


 呆っとスケールのでかい図書館を眺めていた拳児は、その言葉に気付く。そういえば、どういう風に探せば良いのか全く考えていなかった。

 『異世界から戻る方法』をそのまま探したとしても、恐らくは見つからない。この世界に異世界からの訪問者が存在するのが『当たり前』なのであれば、ガティやマルタさんも話を聞いた時点である程度の方法を示唆出来たはずである。あの人の良いガティであれば知っていればそうするはずである。

 だがガティが何を言わず、人の国の貨幣を珍しそうに眺めていた事から、恐らくこの世界ではそのような事態は起こった前例が無いか、あったとしても遠い過去の話か、人知れず訪れ、そのまま朽ち果てた可能性がある。

 人知れず訪れてきたケースを想定して調べるのは無理がある、ならば遠い過去にそういった事例がないかをまず検索してみよう。


「えっと、この世界の歴史とか、そういったものを調べたいんだけど……。

 あ、後は御伽噺とか、童話、神話の類とかも調べようと思うんだけど、わかるかな?」


「歴史と、御伽噺、神話ですか?

 とりあえず、司書の方と探してきますので、あちらでお待ち下さい」


 レテスが指した場所には、簡素な机と椅子が置かれた読書スペースが存在していた。だが100人程度なら一列に並んで読めるほどの大きな机が5つ並んでいる。

 日本の図書館のようなソファーに座りながらという環境ではないのが残念ではあるが、座れないより余程マシではある。

 拳児は自分が探しに行くと言ったレテスの好意に甘え、さっさと読書スペースへと移動した。


「……ちゃんと見つかればいいんだけどなぁ」


 そんな呟きが、今後の展開を予測したように漏れていた。




 それから二時間、拳児は多くの歴史書に囲まれながら、項垂れていた。

 ここまで多くの文字を読んだのが久し振りである事に加え、拳児の常識がその数多の歴史書を『歴史書』と認めていない事で、余計な頭の回転を必要としていた所為である。

 拳児の周囲にずらりと並ぶ歴史書は、全て同じ文句の書き出しから始まっていた。


 曰く、『世界は、三柱の神により創造された』と。


 これでは歴史書ではなく、聖書か神話である。

 書き手も多く存在し、近年の歴史を重点的に纏めたものから、本当に古の時代まで遡った歴史書があるが、どれも全てこの書き出しである。

 しかも歴史の内容も『どことどこが戦争していたが、ドラゴンが襲いに来てそれどころじゃなくなった』やら『神が降臨して諌めた』なんていう拳児からすれば眉唾なものが当たり前のように記載されている。

 なんで娘が洞窟からドラゴンを携えて帰ってきたら親子喧嘩で戦争になるんだとか、神の降臨する頻度が異様に高すぎるだろこれ、とか色々突っ込み所が満載である。

 しかも国同士の戦争の記載はいくつか存在するが、その戦争の起こった年が本によってバラバラである。

 例えば『A共和国』と『B帝国』間の戦争が、甲の歴史書では今から500年前とすると、乙の歴史書では今から700年前、丙の歴史書では1200年前と、とかくバラバラなのである。

 何故このような事が起こるのか理解出来ないが、普通王が変わるたび先代の歴史を纏めたものは国によって破棄しており、歴史を纏めるのは近年始まった文化である、と隣に座ったレテスは言っていた。

 過去の人はどれだけ今を生きていたんだと思いもするが、そんな事言っても仕方の無い事。

 拳児は燻った頭を振るいながら、机の上の歴史書を全て脇のワゴンへと降ろした。


「……あの、何かわかりましたか?」


「いや、全く。というか俺はこれを歴史書とは認めない、絶対に」


 つい口調が厳しくなったのに気付いたのは、レテスが若干怯えの入った目で拳児を見つめていたからだ。

 彼女の中には奴隷意識が強い。それは昨日から思い知った事実である。そんな彼女に今のような厳しい物言いをすれば、それが彼女の所為でなくても彼女の所為のように思ってしまいそうな所がある。

 『歴史書に不満がある→歴史書を探したのは彼女である→彼女の所為である』という論法が彼女の中では成り立っている事だろう。

 そんな論法と奴隷意識が一緒になれば、お叱りを受けるとか、なんか酷い事されるとか、辱めが……とか考える可能性は十分にある。

 その考えに行き着くと、拳児はやっちゃったと思いながら机の上に置かれた一冊の本を取る。


「よ、よし! 次は昔話を調べようかな!」


 表題には、『ベリエンヌ湖の護り神』と書かれていた。




 それから一時間、拳児は今度こそ机の上で轟沈していた。

 昔話や御伽噺には、過去の文化やら印象深い出来事が多く記載されていると思い持ってくるようお願いしたが、何故頼んでしまったのか、今更後悔していた。

 初めに読んだ『ベリエンヌ湖の護り神』では、湖の畔の村に突如現れた金髪の見目麗しい女性が描かれていた。彼女は何も判らず、自分がどこから来たのかも理解していなかった。

 初め読んだ時は拳児の中で『これはビンゴかっ!』と思い読み進めていくと、時系列を同じにして村に襲い来る干害やモンスターに、娘は助けられた村人から『疫病神』として疎まれてしまう。最終的には、娘は自らを湖の護り神へ捧げる事で、村を苦境から救おうとその身を湖へ沈めたのだった。

 湖の神はその願いを聞き届け溢れんばかりの水を村へ降らし、彼女の身は今もあるベリエンヌ湖の奥底で眠りに就いているという。


「帰れてねぇよこれ……」


 続いて読んだものも似たようなもので、素性の知らぬ青年が辿り着いた村でモンスターの脅威から村を護ったにも関らず村長から疎まれ謀殺される、山岳部に現れた少女は噴火した山の神を鎮める為人身御供となるなど、どれもこれも結末は湖の彼女と似たようなものであった。

 なんて荒んだ昔話なんだと思わないでもないが、日本昔話も大概荒んだ結末ではあった事を思い出す。仕返しに臼に押しつぶされたり鮫に皮を剥がされたりと、悲惨である。

 結局わかったのは、自分と同じ境遇の者が昔いたかもしれないが、結局帰れていないようである、という事だけ。

 結果的に何もわかっていないのと同じであり、昔話の結末が全て切ない結果に終わっていた為、拳児の心はもうズタボロであった。


「あぁ、もうダメかもしんないなぁ」


「け、拳児さん! 何があったんですか拳児さん!」


突如悲壮感丸出しの発言をした拳児に、レテスが焦ったのは言うまでもない。

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