14話
今回地の文の書き方を変えてみてます。
携帯、PCどちらでも読み難い読み易い等ありましたらご意見下さい。
そろそろ書き方を固定したいと思いますので。
小部屋にグレスの笑い声が響いて数刻、初めての迷宮に対する感想と共に各階層での出来事を語る内、いつしか反省会が始まっていた。
「6階層での対応は間違ってはいない。
四方に遮蔽物も何も無い階層は一気に駆け抜けるのが正解ではある。
これが複数人での探索であったなら話は別だがな」
「複数で潜っていた場合は、やはり固まって警戒しつつ慎重に移動ですか?」
「時間はかかるがそれが最も安全だ。
常に壁際を移動し、周辺を警戒しながら転送台を探す。
命あっての物種だからな、命よりも時間を優先する事などないだろ」
「確かに」
迷宮のみに限らず、森林や洞窟などモンスターが生息している場所であるなら、そこは既に危険地帯である。
気持ちが急くのは判るが、慎重さを持って行動に当たるほうが何倍も生存率を増やす事に繋がる。
またしても先人の有り難いお言葉であった。
「だが今回のように単騎であるならば話は別だ。
慎重に進んだ所で、味方が居ない以上四方を完全に抑える事など出来る訳もなく、悪戯に体力を神経をすり減らすばかり。
ならば、一気に駆け抜けるが正解だろう。
状況を把握し、最善の行動を直感的に取れる者が、生き残る事が出来る」
「なるほど……」
有り難い言葉を次々と頭のメモ帳に記録していく。
これで次も大丈夫だろう、と思いたい。
暫し教官の訓練兵の問答が続いた頃、小部屋の扉が静かに開かれた。
「どうも、お待たせいたしました」
扉から入ってきたのは、憎らしいほどのイケメン事務員と、手荷物を持った小柄なエルフ、レテスディアだった。
迷宮白書
彼女が小部屋へ入るのを確認すると、エルフの青年がパタリと扉を閉める。
彼はそのまま拳児の向かいにある机へ行くと、傍らにレテスディアを立たせたまま着席した。
拳児は小部屋へ入ってきたレテスディアへ一瞬視線を向け、彼女が俯いたまま何も言わない事に眉を潜める。
壁に背を預け立っているグレスも若干眉間に皺が寄っていた。
「それでは、サポーター人員の贈与ですが、こちらのレテスディアさんでよろしいですか?」
青年が拳児へ告げると、傍らに立つレテスが小さく頭を下げる。
相変わらず顔を上げず、何も言おうとしないが、拳児は昨日会った彼女と同一人物である事を確認する。
「はい、よろしいです」
「プッ」
少々緊張しているようだ。
壁に背を預けたグレスが小さく笑ったのに気付き思い切り振り返るが、彼はそっぽを向き拳児へ視線を向けようとしない。
噴出さなくてもいいだろうと思いながら、拳児は青年へと振り返った。
「すいません」
「いえ、いえ。では契約の為に、先程と同じように腕輪の差し出していただけますか?」
青年の苦笑とも見える笑みを浮かべながらの言葉に、黙って右腕を差し出す。
先程と同じように青年は右腕を取ると、懐から一つの真新しい腕輪を取り出した。
右腕についた腕輪の中心、小さな水晶の欠片のような部分に新しい腕輪を接触させると、両方の腕輪が一瞬光を放つ。
「はい、ありがとうございました。
それでは、こちらの腕輪はレテスディアさんに嵌めていただきます」
「は、い」
青年は新しい腕輪をそのまま、レテスディアへと手渡す。
腕輪を差し出されたレテスディアは一瞬腕を伸ばすのを躊躇するが、擦り切れるような声と共に、その腕輪を受け取った。
見ると、受け取った腕は細かく震えているように見える。
気付いた拳児は「あ」と納得した。
自分が今行っていた事はサポーター、つまり奴隷の契約であり、契約対象はまぁ自分である。
ギルド側の呼称は「サポーター」と聞こえの良い体裁を整えてはいるが、奴隷は奴隷である。
で、その奴隷となっている彼女の現在の心境はどれほどのものか。
自分だったらまあ、怖いというか何させられんだろ、みたいなので一杯だわなぁ。
と考えたら、なんだか自分が凄く酷い人間みたいに思えてきてしまった。
そんなちょっとした自己嫌悪に陥っている間に、レテスは震えた手で腕輪を右腕に通し、腕輪の魔法で外れない事を確認する。
一部始終を確認した青年は、腕輪が外れない事を確認すると一つ頷いた。
「はい、契約を確認いたしました。
これにより、レテスディアさんはケンジ・コバヤシ様のサポーターとして活動していただけます。
おめでとうございます」
「は、はぁ……」
目の前で行なわれた奴隷契約におめでとうと言い放つイケメン。
やはり異様な世界だなと呆気に取られ拳児は惚けた返事しか返す事は出来なかった。
「それでは、以上で10階層攻略に関する褒章の授与は終了です。
本日は既に遅い時間となっておりますので、次回ギルドへ訪問された後、
改めて10階層攻略を達成した冒険者さんへの講習を行なわせていただきます」
「それでは」と青年は告げると、拳児が返事を返す間も無く、小部屋を出て行く。
部屋へ残ったのは、呆気に取られた拳児と、俯いたまま動かないレテスディア、壁に背を預けたグレスだけであった。
「ええっと……」なんて、相変わらず呆けたままの拳児だが、グレスの言葉にはっとさせられる。
「レテス。契約は完了した、君の最初にする事は何だ?」
「はい……。
契約により、貴方様のサポーターとして生死を共にさせていただきます、レテスディアと申します。
ご主人様の意に沿いますよう頑張らせて」
「ちょ、ちょっと待ってっ! ちょっと待とうかっ!」
グレスに促され、相変わらず俯き加減のレテスの口から口上が始まると、拳児は慌てて立ち上がる。
その口上の中に含まれる『貴方様』やら『ご主人様』といった甘美なものを含みつつもどこか悪寒の走る言葉を止めていた。
「そのさ、ご主人様とか、貴方様とか、そういうのやめて欲しいんだけど」
「ですが、私は現在貴方様のサポーター、奴隷として……」
「いやぁあっ! だからさっ! 奴隷とかそういうのをさっ!」
「はい?」
大声で喚き立てる拳児に、心底不思議そうな顔でレテスが顔をあげる。
これが本日やっとレテスの顔をまともに見た時であった。
レテスの心底不思議そうな表情と、エルフという種族の透明感ある造形の美しさに一瞬言葉が奪われる。
「いや、あの……。あぁっ、そうだ。今一緒に俺の友達も来てるからさ、ちょっと一緒に話をしようっ!」
「そうだ、うん、そうしよう!」と言うや否や、拳児は慌てて周辺を見て、真後ろの扉を開けて外へ出る。
今度はレテスとグレスがぽかんと呆ける番だった。
「ガティ! ガティ助けて! なんかよくわかんない事になってる!」
「俺ぁおめぇが何言ってんのかわかんねぇよバカタレ!」
支柱を囲うように備えられたベンチで、ガティは拳児に拳を振り下ろす。
小部屋から出て見つけたと思った途端、慌てて駆け寄ってきたと思ったらこれだ。
その言葉通り、ガティには何がどうして拳児が慌ててるのか全く理解できなかった。
「いいからおめぇちょっと落ち着けよ。何があったんだ? 嬢ちゃんの身請けは出来たのかよ?」
「いや、まぁできたんだけど。なんというか、予想してなかった状況で」
「あん? 何が」
「ご主人様っ!」
どうした、と言葉を続けようとしたガティだが、聞こえてきたその単語に度肝を抜かれる。
慌てて振り返ると、以前少しだけ見た、桃色の髪をしたエルフがこちらへと駆け寄ってきていた。
ガティには彼女のようなエルフにご主人様と呼ばれる謂れは無いので、すぐにその「ご主人様」が誰なのか思い当たる。
「……よう、ケンジ。どういうこったこりゃ」
「だからっ! 俺にもよくわからないんだよっ!?」
半泣きの顔をして判らんと言う拳児だが、身請けした本人が判らないものを本人でもないガティがわかる訳も無い。
なんだかややこしい事になりそうだな、と一人思っていた。
駆け寄ってきたレテスは息を軽く弾ませて言葉を続けた。
「し、失礼いたしますっ! ご主人様、何か私に至らない部分がありましたでしょうか!?」
「いや、そういう事じゃねぇと思うんだけどな……」
真剣な表情で言うレテスに、ついガティが横から口を挟む。
彼女の表情は、何か切迫したものが感じられた。
どうにも、意固地になって「自分は拳児の奴隷である」という事を頑なに護ろうとしている風に見える。
事実、彼女は奴隷であるのだが、現在の行動はどうにも痛々しい。
拳児の奴隷であると思い込むが故に、それを望まない拳児と途方もなくすれ違っている。
奴隷を持たないガティではあるが、この様を見てこれだけの事が理解できた。
ふと、彼女の背後から歩いてくる、隻腕の男を確認した。
「指導官さんよ、ある程度は理解したが未だよくわかんねぇ。どうなってんだこりゃ?」
「君がケンジの友人か。まぁ少し、お互いに落ち着いたほうが良いとは思うな」
ガティが問いかけると、グレスが苦笑いで返事を返す。
腕には何か、荷物の入った鞄が入っていた。
「レテス、君も落ち着け。荷物を忘れていたぞ、ほら」
「あっ、も、申し訳ありません……」
どうやら荷物を忘れていたようだ。
レテスは恥じ入るようにグレスの差し出した鞄を受け取ると、胸に抱きかかえる。
「どうだ、ここは一つどこか腰を据えて話をしたほうが良いと思うのだが」
「だな。よっしじゃあ、俺ん家に来いよ。今頃母ちゃんがケンジの帰り待ってメシ作ってる所だ」
「君は鍛冶師をやっていると聞いたが、ついでにモノを見せて貰ってもいいかね?」
「お、おぉっ。ギルドの指導官様に見て貰えるとはまたラッキーだな! 是非見てってくだせぇや!」
ガティとグレス、二人の間でガティの家へ行く事に決まった。
拳児としては願ったり叶ったりな状況ではあるが、それでも、今も頑なな表情で見つけてくるレテスを見ると、若干の不安を感じるのだった。
何か勘違いして、あの肝っ玉母ちゃんが怒らなければいいけど。