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迷宮白書  作者: 深海 蒼
13/37

13話

「そいじゃ、お兄さん。ありがとなっ!」


 10階層の転送台から、無事地上に戻ることが出来た。戻ったらすぐ、カルが転送台から降り、まるで逃げるように礼を言って支柱の塔から駆け出していった。


 最後まで慌しい奴だったなぁ、と思いながら、拳児は横でのんびり転送台から降りるマリエルとニアを見る。


「……あれ? 二人は一緒に行かなくていいの?」


「え? なんで?」


 質問の意図が把握できないマリエルの言葉に拳児は首を傾ける。傍らのニアも拳児の言葉に不思議そうな顔だ。


 拳児の中ではカル、マリエル、ニアの三人はセットで、そろぞれホビット族で、だから一緒に行動しているんだろうと思っていた。


 その考えを理解したのか、マリエルが「あー」と言いながら言葉を続けた。


「私とニアは同じ村出身で一緒に出てきたけど、アイツは迷宮入る前に声かけられて一緒にいただけよ。

 10階層の攻略が終わった以上、一緒に居る理由なんてないわよ。たまたま同じホビットだったけれどね」


「入り口前で10階層を一緒に攻略してくれって言われたんだよね。

 私達も同じ目的だったから、一緒に行動してただけです。仲間は多いほうがラクだからって」


 なるほど、と一人ごちる。


 そういう理由ならば確かにカルを追いかけていく理由はない。


「じゃあいいか。ともかく、今日はありがとう。助かったよ」


「お互い様よ。というより私達が助けられたわ」


「は、はいっ。拳児さんが居なかったら出て来れなかったかもしれません。

 本当に、ありがとうございました」


 マリエルは柔らかく、ニアは深々と頭を下げてお礼を言う。


 そんな二人の言葉に面映い気持ちになりながら、拳児も笑顔で頭を下げた。




迷宮白書




 支柱の塔から出ると、正面にヘビ顔が立っていた。


「おぉっ! おめぇ無事に出てきやがったなコイツ!」


「きゃあぁっ!」


 突然の大声とその顔に、ニアが吃驚して叫ぶ。


 その声量に、人で賑わう聖堂内は一瞬静かになるが、こちらの様子を見て何事もない事を確認すると、再びガヤガヤと騒がしくなる。


 そして、面と向かって叫ばれたヘビ顔は、叫んだニア達を見て不思議そうな顔だ。


「なんだなんだ、この嬢ちゃん達は。おめぇパーティ組んで入ってたのか?」


「……だれ? 知り合い?」


「あぁ、俺の世話になってる、鍛冶師のガティ」


「おうっ。俺さまが鍛冶師ガティってんだ、よろしくな嬢ちゃん」


 がっはっはっと大きく口を開け高笑い。これが髭に覆われた壮年の男性だったら中々様になっていたかもしれないが、相手はヘビ顔。大きく口を開けるものだからギザギザの歯と人間の頭一つ丸呑みできそうな口が強調される。


 初対面となるマリエルとニアは、流石に引いていた。


「そ、そう。じゃあケンジ、私達はこれで……」


「あ、あの、あ、ありがとうございましたっ」


 マリエルは柔らかく、ニアはペコリと頭を下げるとピューっと走って行ってしまった。


 彼女達はホビットで、人間より頭は小さい。きっとふつーに怖かったんだろうなぁと思う。


「おうおう、元気のいい嬢ちゃん達だな。んで、何で一緒だったんだ?」


 彼女達のようなリアクションは慣れっこなのか、純粋に気付いていないだけなのか。


 ガティは全く気にしない態度で拳児へと問いかける。


「あぁ、彼女達とは10階層で会って。一本道にゴブリンが徒党組んでるからって」


「10階層っ! おめぇ本当に10階層まで攻略しやがったのかっ!?」


「えぇっ! 昨日攻略してこいって言ったじゃないかっ!?」


 10階層での出来事を説明した途端大声を上げたガティに拳児も大声で返す。


 そもそも拳児の中では、10階層攻略はガティからの話で、その為に徹夜してくれたものだと思っていた。


「いや、まぁ言うには言ったがよ……。そのなんだ、まさか本当に今日中に攻略できると思って無くてな……」


「ちょ、それヒドくないっ!? 俺頑張ったよ!」


「お、おぉっ! おめぇーは頑張った! すげぇぜ! いや、本当にすげぇよ!」


 拳児の切ない訴えにガティは慌ててフォローを入れ、かつ持ち上げる。商売人の職人芸が今発揮された。


 バンバンと強めに肩を叩かれる拳児だが、それでも嬉しそうに頷きを返す。


「しっかし10階層を初日でなぁ。こりゃ本当に才能あるんじゃねぇのか」


「いや、そんな煽てても」


「いや、本気で、だ。普通の冒険者は1日で3から4階層程度までしか攻略しねぇんだと。

 それをおめぇ、初心者が一日で10階層まで攻略したってんだ、凄くねぇ訳ねぇだろ」


 ガティの言葉に、朗らかな笑顔をヒクリと引きつらせ、凍りつかせる。


 そういえば訓練前にグレスからも『無茶、無謀』などと言われた事を思い出し、アレは脅しでもなんでもなく、本気で言っていた事なんだと改めて理解した。


 思い返すと、確かに無謀な事だったと思う。


「……なんか、今更なんだけどよく無事だったな俺」


「はっ! ほんと今更だなそりゃ。がははははっ!」


 いや笑い事じゃないんですけど。


 拳児は相変わらずヒクヒクと顔を引きつらせながら小さく呟いた。


 とりあえず支柱の塔前での談笑を一旦切り上げた拳児達は、連れ立ってホールを歩いていく。


「よし、じゃあ受付行って申請するぞ」


「えっ? なにを?」


 ガティの突然の言葉に、拳児はキョトンと返す。


 その言葉にまた何の冗談かと思ったガティだが、拳児の表情は本気で判らないと訴えている。


 知らず、はぁーと深い溜息をつく。


「おめぇなぁ、なんで10階層攻略って話になったのか忘れたのか?」


「え? いやそれは、ガティが……」


 あれ? そうだっけ?


 拳児は自分で言ってて何かを忘れている事に気付く。


 10階層攻略の為にガティは徹夜で剣と鎧を用意してくれて、ガティの母親であるマルタさんは薬や包帯を用意してくれた。


 だがそこに行き着くまでの流れはどうだったっけ? と、昨日会った桃髪のエルフを思い出した。


「あぁっ! レテスさんっ!」


「思い出しやがったかこのアホッ!」


 ゴチン、と拳骨を打たれた拳児はくぅ〜と呻き声をあげる。職人の拳は硬く、痛かった。


「じゃあ今から受付行ってやる事も思い出したな?」


「う、うん……。レテスさんの、身元を引き受けるんだよね」


「だよねって、おめぇがウジウジ言ってるから引き受けたらどうだっていう話だろうが」


「そ、そうだったそうだった。うん、それで10階層まで攻略したんだよな」


「俺ぁほんと、おめぇのそういうとこ心配だわ……。ま、判ったんならさっさと行って来い」


 ポンと背中を叩かれ、拳児は一歩前へ出る。


 目の前は既に冒険者ギルドの受付カウンターとなっていた。


 カウンターの中は未だに業務を行なっているであろう事務員らしき人が多くおり、その中には昨日拳児がイケメン死ねの呪いを飛ばした青年エルフも居る。


 くそっ、神々しいまでのイケメンめっ。


 彼の姿を見ていると何故か理不尽な怒りが湧いてくる事を自覚しながら、拳児は目を逸らす事なく彼へと一直線へ向かっていく。


 すると彼も気づいたのであろう、自分へ真っ直ぐ向かってくる拳児に、やはり爽やかな笑顔を向けてきた。


「いらっしゃいませ。窓口へはどのような御用でしょうか?」


「10階層を攻略したのでサポーターをくださいっ!」


 ドン、と無駄に迫力を押し出して告げる拳児に青年が笑顔を引きつらせ一歩引く。


 なぜ堂々と『奴隷をくれ』と言っているんだコイツは、といった目である。


「わ、わかりました。とりあえず、簡単な審査をしますのでそちらの小部屋へ……」


 彼が指指したのは、昨日も使用した検査用の個室であった。


 拳児はそこを確認すると、ノッシノッシと音を立てそうな勢いで歩いていく。


 それと共に、何故か彼から放たれていた威圧感が消えた事で、美形なだけで威圧感を向けられた青年は、ホッと息をついた。




 失礼しま〜す、と青年から離れ自然と冷静になった拳児は個室への扉を潜る。


 室内には誰もおらず、小さな机と椅子が二つぽつんと置いてあるだけだった。


 案内されて来たというのに誰もいない。何となく気勢の削がれた拳児は、静かに室内へ入ると自分に近いほうの椅子へと腰掛けた。


 すると、向かい側の扉がガチャリと音を立てて開く。


 顔を上げて見ると、先程の青年エルフとグレスが室内へ入ってきた。


「どうも、お待たせいたしました」


「はい、えっと、あの」


「まさか、本当に10階層を攻略してくるとは思わなかった」


 拳児が何かを言い淀む間に、着席するイケメンの脇に立つグレスが呆れを含んで言い放った。


「無謀な真似だと言ったはずだが、しかし攻略してしまうとはな。俺の勘も鈍ったかもしれん」


「グレス様、まだ検査は終了しておりませんので」


「まぁそれはそうだがな」


 呆れた声で話すグレスの言葉も気になるが、拳児としてはイケメンエルフの発言のほうが気になっていた。


 彼は今、グレスを『様』と呼んでいた。


 もしかしてこの人、偉い人だったりするのか? などと、昨日レテスより教わったグレスの話を全く理解していない事が顕著に出た思考をしていた。


「それでは、確認をさせていただきますので腕輪を前に出していただけますか?」


「あ、はいっ」


 イケメンからの呼びかけに拳児は思考を中断し、慌てて右手を前に差し出す。


 イケメンは傍らに置いていた水晶に拳児を腕輪を翳すように誘導し、何事か呟く。


 すると、水晶は淡い光を発して、何かを映し出した。


「……はい、結構です。10階層からの転送記録を確認しました。おめでとうございます」


「え、あ、ありがとうございます」


 やっぱり魔法すげぇ。どういう原理か理解できないが10階層攻略の確認が簡単に取れた事に、ただただ感心した。


 イケメンエルフが手を離した事で拳児は腕を引っ込め、傍らに立つグレスを見る。


 その顔は、やはり呆れ顔だった。


「いや、貴様は何も知らんのだろうが、初日に10階層まで攻略する奴は余程腕に無駄な自信がある奴か、余程の馬鹿のどちらかなんだ」


「なんかすっごい酷い事言ってますよね」


「余程の馬鹿だったんだな貴様は」


「はっきり言わないでくれませんかっ! 俺だって今更無謀な事したとか思ってますよっ!」


「自身を省みる事は冒険者に一番大事な事だ。その気持ちを忘れるなよ阿呆」


「なんか良い事言ってる風ですけど結局阿呆とか馬鹿になるんですね」


「はい、お話も良いですが、今後の事を話させていただいてもよろしいですか?」


 いざ口論まで発展するかと思われた二人のやり取りは、青年エルフの一言に断ち切られる。


 拳児は相変わらず呆れ顔のグレスを一旦見ると、浅く溜息を吐いて青年へと向き直る。


 初見ではただ怖い人だと思っていたが、どうも違うみたいだとグレスへの心象を若干修正した。


 青年は拳児が自身に向き直った事を確認するとコホンと一つ咳払いし、傍らに置いてあったバインダーを取り出す。


「それではケンジ・コバヤシ様は10階層攻略を達成したという事で、初心冒険者から通常の冒険者へと登録が移項されます。

 またそれに伴い、ギルドより金銭による褒章か、ギルド側の用意しておりますサポーター人員を贈与する事となります。

 ケンジ様はサポーター人員に関してご理解されておられる様ですが、今一度ご説明させていただきます」


 青年の紙を読み上げる事務的な言葉に若干面倒そうだなと思いながら、拳児は黙って聞く。


「金銭による褒章の場合、金貨5枚となります。

 サポーター人員の贈与の場合、ギルドにて保護育成いたしております人員の所有権を得る事となります。

 この場合、国により規定しております奴隷制度に則った契約が必要となります。

 国の定める奴隷制度に関しては、こちらをご確認下さるようお願いいたします」


 そう言うと、青年はバインダーに挟んだ紙から一枚を取り出し、拳児へと差し出す。


 差し出された紙を受け取ると、そこには大きく『奴隷制度概要』と書かれた文章が書いてあった。


 内容としては奴隷の扱いに対する取り決めがほとんど、大雑把に言えば『殺すな・犯罪行為に利用するな・免許がない者は他人に売るな』という事である。


 なんじゃそりゃ、免許があったら売ってもいいのか、いんだろうなぁ。


 暗澹たるものを感じて紙を返すと、青年は改めて拳児へと問う。


「それでは改めまして、ケンジ様はどちらの褒章がご希望でしょうか?」


「サポーターでお願いします」


 書かれてあった禁止事項を破るつもりなど毛頭無い。


 拳児は苦い感情を覚えながら、青年に対しはっきりと告げた。


 対する青年はまたもや事務的にバインダーから紙を数枚取り出すと拳児へと差し出す。


「こちらが現在ギルドで育成しておりますサポーターのリストになります。

 ご確認の上、どのサポーターが良いか教えてください」


 言われて受け取ると、表・裏共に6名程の顔写真と思われるどのように作成されたのか判らない絵と名前、年齢に保有技能が書かれていた。


 拳児はそのリストを隈なく見つめる。


 リストは男女入り乱れたものとなっており、特に性別で分けられたものではなかった。


 拳児はそのリストの中から一人、目当ての名前を見つめると改めて確認する。


 名前と顔以外知らない彼女は実は年上で、水と大地の魔法がほんの少し得意だそうだ。


 奴隷リストの中には彼女より優れた能力を持った者や、性的に魅力を感じる者もいたが、拳児は昨日の彼女を頭に思い浮かべ青年へ告げる。


「レテスディアさんを、サポーターにお願いします」


 その瞬間、傍らから「ほぅ」と声があがる。


 青年は「わかりました」と言うと、拳児からリストを受け取り、さっさと部屋から出て行った。


 また何かの準備があるのだろう、拳児は青年の出た扉を見つめた後、グレスへと視線を向ける。


 そこには腕組みをし、真剣にこちらを見つめる指導官がいた。


「何故レテスを選んだ。顔見知りだからか? 情に絆されたか? お前の性的嗜好に合致していたのか?」


 まるで昨日の繰り返しのように、厳しい口調で拳児へ問う。


 だが拳児は、厳しく自分を見つめるグレスの眼を見てはっきりと返す。


「多分、全部です」


「ほう。はっきりと言うな」


「誤魔化してもしょうがない事だし、結局奴隷を受け取るという事実は変わりませんから」


 一旦意外そうに、細めていた目を見開くが、拳児の言葉に再度目を細める。


「だが奴隷は他にもいただろう。他に見た目の良い奴隷はいなかったのか?

 昨日会ったばかりの女の情に絆されただけで、お前は10階層まで攻略した訳じゃないだろう?」


「彼女がサポーター、奴隷じゃなかったら、多分金貨を受け取っていたと思います。

 でも彼女は奴隷だった。だから俺は彼女を受け取ろうと思ったんです。

 確かに彼女より見た目の良い、俺の好みな子もいましたけど、俺の目的は彼女でしたから」


 拳児の言葉は、明確に情に絆されただけで10階層を攻略した事を認めていた。


 その言葉には流石にグレスも呆れた顔をする。


「……貴様は本当に、余程の馬鹿だな」


「言わないで下さい。わかってますから」


 グレスの呆れを多分に含んだ言葉に、拳児は真っ赤になってそっぽを向く。


 そんな彼の姿に堪えきれず、グレスは呵々大笑するのだった。

投稿間隔が開きまして申し訳ありません。

今回よりまた等間隔での更新が行なえるかと思いますので宜しくお願いします。

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