12話
説明された状況は宜しくない。ゴブリン、道具を使う知恵を持つ怪物が11体一本道の通路を塞ぎ、更に3体は弓矢を用いているという。これでこちらは遠距離からの狙撃を考慮した戦いが必要となる。
全く厄介な状況だ、と考える。
考えるが、目の前のホビット達はどうも状況を好転させる為の手段を考えようとしている風には見えない。
「だからっ、お兄さんが弓使いを引き受けてる間に俺が軽装のゴブリンを叩けば問題ねぇだろっ!」
「アンタ一人で八体のゴブリンが相手出来る訳ないでしょ! 二体相手でもヒィヒィ悲鳴あげてたのはどこの誰よっ!」
「そっ、それは言うんじゃねぇよっ!」
作戦を立てようとした途端、ホビット男―――カルが先程のような意見を提案し、マリエルがすぐさま却下する。その繰り返しに両者が熱くなり、今のような状態な訳だ。
全く頭が痛くなると思いながらちらりと脇を見ると、ニアと言ったボウガンを背負ったホビットの少女が、諌めようと声をかけたいが怖くてできない。みたいな顔をしてきょろきょろと両者へ視線を向けているのが判る。
やれやれ、拳児は両の掌を一度擦り合わせてから、思い切り拍手をした。パァンッと洞窟のような様相の迷宮内部に、破裂音が響く。
「ちゃんと、作戦立てようか」
吃驚して振り返った三人は拳児の言葉に、無言で肯定を示した。
迷宮白書
床にどっしりと胡坐を掻き、拳児は唸る。道はただの一本道、どうしても正面突破にしかならない。聞いた所、カルは俊敏さを利用した戦い方をするらしいが、正面から多数に攻められればマリエルの言うように対応が出来るとは思えない。素早い動きで多数を翻弄する、という事が可能かどうかすら拳児には理解できない事なのだ。
ならば少なくともカルより、というより三人より身体が大きい自分が壁として動く。という事も考えたが、何より拳児は軽装で、確りした鎧や盾を持っている訳ではない為、流石にそれは危ない。
じゃあどうしよう、まで考えた所で、拳児はある事に気付いた。
「あのさ、マリエルって、何が出来るの?」
カルは腰に小さなナイフサイズの短剣を二本提げており、ニアは背中に確りとボウガンと矢がある。だがマリエルは何も持っていない様にしか見えないので、彼女が何を出来るのか拳児には分かっていなかった。
彼女の服装は色気に欠ける麻の茶色いワンピースで、肩からマントをつけている。見た目のイメージでは、魔法使いのようには見える、かも知れない。
彼女は拳児の視線に気付くと、ツイと顔を背けた。
「……私は一応、魔法使いよ」
「回復魔法と初歩の補助魔法しか使えないけどな」
答えたマリエルは、言葉を続けたカルをギリッ、と歯軋りして睨むが何も言わない。恐らくそれは真実なのだろう。
攻撃できる類の魔法があれば何とかなるだろうと拳児は思ったが、その攻撃できる魔法が使えない魔法使いという事で気持ちが一瞬萎える。
しかし自分は魔法の事を全く知らないので、実は何か良い魔法があるのではないかと思う事にして、質問を続けた。
「あの、マリエルの使える魔法で、どんな効果の魔法があるのか教えてくれないかな?」
拳児の言葉に、マリエルは苦い顔をしたが、俯きながらもぼそぼそと説明する。
「……回復魔法は風の癒しと水の癒しとキュア。
補助魔法はアシスト、風を纏わせて身を軽くする魔法と、体内の水分を活性化させて一時的に身体能力と自然治癒力をあげるブーストの魔法。
でもアシストとブーストは反発しあうから、どちらか片方しかかける事は出来ないの」
そこまで説明すると、マリエルは俯いたまま顔をあげずに床を見つめる。そんな彼女の頭にニアが手を伸ばし、優しく撫でた。
出身の村が同じだからそうだとは思っていたが、二人はどうやら友人同士らしい。そこへカルが入り、10階層をクリアしようとした所でこのような状況に遭遇してしまったのだろう。
攻撃手段が無い事に内心で落ち込んでいる彼女に、知らない事ながら自分で説明をさせるという行為が止めとなり、現在どうもどん底まで落ちてしまっているようだ。
元々小さいホビットが更に身を小さくしている姿に居た堪れなくなった拳児は、腹を決めた。
座り込んでいた床を跳ね、立ち上がる。
「よし、じゃあこの作戦でいこう」
拳児は三人を見つめ、人差し指を立てる。
「結局、一本道である以上正面突破しかない。
だったら少しでも勝率を上げる為、マリエルの補助魔法で地力の底上げをして突破しよう。
カルとマリエルはアシストの魔法で素早さを上げる。俺とニアはブーストで身体能力自体をあげる。
カルは素早い動きで戦うタイプだから、素早く弓を持つゴブリンの懐に潜り込んで倒す。
俺は底上げされた身体能力で鈍器や刃物を持ったゴブリンを相手する。
ニアはボウガンでなるべく多くのゴブリンに矢を撃つ。一撃で仕留めなくていいから、なるべく多く当てる。
誰かが怪我をしたら、その人の場所に急いで集まって、マリエルが回復する。それでどう?」
「それじゃ、ケンジさんが危ないです」
拳児の提案にすぐさま声を挙げたのはニアだった。
確かに拳児の策では、一番ゴブリンの矢面に立つのは拳児であり、一番危険である。
だがしかし。
「じゃあ、他に良い案はあるかな?」
そういわれると、ニアを含めた誰もが、何も言えなかった。
結局、大まかな作戦は拳児の案で行くこととなり、曖昧だった部分に関して少しだけ修正をかける事となった。
ゴブリンへの先制攻撃は目が良く、攻撃範囲の一番長いニアが担当し、拳児達が接敵距離まで行く間に、なるべく多くのゴブリンを削るようにする。
作戦が決まれば、後は動くだけ。
マリエルが補助魔法を全員にかけ、なるべく早くゴブリンのいる場所へと移動を開始した。
先頭をニアが走り、その速度に合わせてカルと拳児が並んで走る。マリエルは最後尾について、みんなの背中を見守る形となった。
小柄も小柄、まるで子供のような身長のホビット達に囲まれながら走る拳児は、その歩幅に合わせる速度調整に少し窮屈な思いをしながら走る。
やがて、ニアが砂煙を靴底からあげて停止したのを確認して、拳児は腰から剣を抜刀した。
横を見るとカルも両手に短剣を持ち、身体の前に構えている。
いよいよ、ゴブリンと遭遇する。
粟立つ心を抑えるように、強く剣を握り、ニアの脇を通り過ぎた。
直後、拳児の視界にも緑色の肌をしたゴブリンが確認できたと同時に、脇をシュッと音を立て矢が拳児を追い越す。
ゴブリン達は集団ではあったが、それぞれが思い思いに拳児達を待ち受けていた。
その内、運良く背中を向けていたゴブリンに矢が刺さる。
「グエッ」
背中に矢が深々と刺さったのを見て、拳児はスピードを最高速にあげた。
他のゴブリンは悲鳴をあげたゴブリンを確認し、未だ拳児に視線を向けてはいない。
ブーストの効果であろう、今までより軽く感じる身体に力を入れ、既に目前となったゴブリンに対して大きく踏み込む!
「おおおっ!」
横薙ぎに払った一撃は、見事に一匹の胴体を切り離した。
「クケエェェッ!」
拳児の叫び声か、仲間が死んだ事に気付いたのか、ゴブリンは叫びながらそれぞれの獲物を手に拳児へと飛びかかる。
飛びかかってきたゴブリンを避け、後ろへ大きく跳ぶと、拳児は再び踏み込んだ。
「おらぁぁっ!」
ザン、と音を立てて放たれた剣は見事にゴブリンをまた一匹、両断した。
「うおぉおっ!」
振り返りざまに剣を振るい、また一匹。
身体能力向上により、より素早く強く剣を振るう事が可能となった拳児は、次々とゴブリンを葬っていく。
この時点で既に三匹、拳児の剣でゴブリンが葬られた事になる。
問題となっていた数がこうしてあっさりと削れた事が拳児を勢い付かせ、剣筋をより鋭くする。
だがゴブリンは、怯む事を知らない。
残った者達で集まり、一斉に拳児へと襲い掛かった。
「ケエェェッ!」
「うおぉっ!」
刃物や鈍器を手に、一斉に前へ出たゴブリンの勢いに一瞬拳児が押され、鈍器の一撃が剣に当たり腕を痺れされる。
そこへ、絶妙なタイミングで矢が一匹のゴブリンを射抜いた。
「よっしゃあ!」
ニアのアシストにより若干の時間が稼げ、腕の痺れを回復した拳児が再度前に出て剣を振るう。
拳児に隙が出来ればニアの矢が飛んできて、そのアシストで拳児がゴブリンを斬り捨てる。
即席のポジションにしては上出来のコンビネーションで、二人は次々とゴブリンを闇へ葬っていった。
気付けば周囲は、ゴブリンの死体で囲まれていた。
途中、引いて来たカルを追いかけるように来たゴブリンも併せて蹴散らし、拳児の周辺には、緑色の液体が溢れていた。
「いやぁ、お兄さん、ホント強いね」
「ブーストのお陰だよ。俺の地力じゃこんなに相手できない」
剣を払い鞘に収めながら拳児は言うと、後方から駆け寄ってきたニアとマリエルに声をかけた。
「ニア、ありがとう。あそこで矢が来なかったらどうなってたか」
「い、いえっ! た、たまたま、タイミングが良かっただけで」
「それでも、あれで助かったのは本当だよ。マリエルも、ブーストのお陰で途中で疲れて動けないなんて事もなくて助かった」
「ううん、元々ケンジの力が強かったのよ。だからこうして、私達はゴブリンを倒せた」
ニアは恥ずかしそうに、マリエルは真剣な表情で拳児の礼に答える。
何にしても、生き残る事が出来て本当に良かった。
拳児はやっと胸を撫で下ろす事ができた。
「問題はカルよ。アンタ弓持ってる奴一匹しか倒してなかったわね。後のは追いかけられてケンジに助けられてたじゃない」
「てめぇなんで見てるんだよっ! しょ、しょうがねぇじゃねぇか。あいつら短剣も持っててヤバかったんだよ!」
「ふ、二人ともっ! もう終わったんだし、ねっ?」
ホビットの三人もホッとしたように、先程のような言い争いを始める。
拳児は苦笑すると、三人に声をかけた。
「まぁ、続きは地上に上がってからでも、な?」
指し示す先にある転送台を見て、三人は頷く。
こうして、拳児の長い迷宮攻略の一度目は、幕を閉じた。