幸田露伴「いさなとり」現代語勝手訳(9)
第九 思い出し、語り出す今昔の感
磯貝もお染も何がどうしたのか分からないので、彦右衛門の傍で手持ち無沙汰に佇むばかりであった。老水夫と老爺とが親しく話をするだけでも不思議に思ったのに、また今一人、士官の顔を眺めたまま立ち竦む怪しさ。疑惑が胸に湧いて余計な考えも出てきそうなその時、彦右衛門は水夫の筒袖を引き、眼に止めた士官の方を指さして、
「彼は何と言うお人? 役は何? 位は何?」と問えば、水夫は早くも歩きながら、これも不思議そうな顔をして、
「親父、それを聞いてどうするつもりか知らんが、彼は荒磯段九郎という大尉で、この艦の分隊長を務められるお方だ」と言いながら端艇に移る。それに続いて皆も乗り込んだが、彦右衛門は今の返事を聞いて嬉しそうな顔付きであった。
通船(*端艇)の艪が力強く水を切って、それほど時も経ずに埠頭に漕ぎ付き、一同は呑海楼に帰った。
渋茶を一、二杯、煙草を一、二服して、
「さてと……」と、あの水夫が何か話し出そうとするのを、
「まあ待て」と彦右衛門は制して女房に向かい、
「我は昔の友達のこの人に会って、積もる話が山ほどあるので、ここでは具合の悪いこともあるから、ちょっと戸外へ出てくる」と、昔の友達なら、なおのこと遠慮なく妻や子にも親しくさせてしかるべきなのに、逆のことを言って、その水夫を引き連れて外に出た。
この辺りではどの店が好いのかと聞き、そのままそこにあった沈山亭という店に上がり込んだ。
酒肴をふんだんに注文し、互いに胡座三昧の無礼講。
「ああ、今日の再会は実に不思議。友達の縁はまず尽きないというものだ。とにもかくにも久し振りだな。オオ、数えてみれば何十年ぶりだ。先ずは一杯やろうか。別れてからは月日の経つのが滅法早くて、我はもう六十五だわい。ハハハ、察してくれ、歯も抜けて、こんな梅干し爺に成り果ておった。鮑のような固い物は昔みたいに甘くは味わえんわ。それに引き替え、お前は頑丈そうだな。筋骨も昔見たより太くなりこそすれ、衰えたようには見えん。身分は変わったかも知れんが、流石船の上の職業だ、もちろん我より若いのは若いが、いかにも元気で羨ましい」と、彦右衛門は普段とはガラリと変わった調子で言葉の切れも勢いよく話しながら一献すれば、老水夫はそれを受け取って、
「そう言われればそんなものかも知れんが、いい歳をして我は未だにこの態だ。大方陸にいる奴なら紫檀の数珠でも耳にかけて後生願い(*来世の安楽を願うこと)でもしようかという年格好なのに、地獄の上を板子一枚で跳ね廻っている大人気なさ。我は劫って親父の身の上の方が羨ましいぞ。今は何をしているのか知らんが、昔の荒っぽい気性は打って変わって温和しくなったような。顔付きも大分角が取れて、気のせいか徳があるようにも見える。さっき連れていた可愛らしいのは大方娘、もう一人の男はその婿だと思うが、殺伐なことをさらりと止めて、あんなしおらしいものを作え、ご隠居殿になりすました揚げ句、親子揃って艦見物を楽しみにするなんぞ、贅沢ではないか」
「ハハハ、これでは他人を羨む馬鹿が二人いるというもの。今は今よ。互いにどうでも好いではないか。天から授かった今のこの果報、銛を持つのも剣を持つのもそれぞれ前の世で決まったことなのだろうが、で、お前は今はどうして暮らしている? 別れてから一向に音沙汰知らずだ」
「それよそれ、別れだと言って、酒一つ飲み合って別れた訳ではなかったぞ。普段可愛がってくれた我にまで黙って、生月(*「いきつき」と読むのが正しいとのこと)を出られたのにはきっと深い理由があってのことだろうが、人の噂では壱岐へ行ったとか、郷の浦にいるとか、釜山の近くで見かけたとか、まちまちの話で当てにはならず、よしんば、居所が分かったとしても、その頃は、いろはの『い』の字を牛の角の形とも分からなかったくらい読み書きが出来なかったので、どうすることも出来なかったがな。気がかりなだけで何とも分からず巡り会うことは出来なかったが、今日の再会だ。本当に我は夢のような気がする。別れてからは世の様も変わり、御一新(*明治維新)とかいうことになって、水夫になれと勧めてくれた人の意見に従って、あの職業を捨てて、今はまあ、幸せに水兵上長。生命から二番目に大事にしていた太い髷髻、もし身を逆さまに水に落ちた時にはそれを持って引きずり上げられる筈のものまで刈り込んで、どんざ(*襤褸の着物)を洋服に替え、難破船のような船の上で穿いた草鞋を今は靴に、昔あおった琉球泡盛は、外国の港へ着けばそれに替わってジン、ウヰスキーだ。別に大した違いはないが、やはり子ども心に覚えた時分が懐かしいわ。身が焼けるほど暑苦しい赤道近辺を通る時、船を掠めてさっと降る雨に涼しくうたた寝をする僅かの間のその夢の中に、親父を初め、一番銛、二番銛、三番銛の経験があるくらいの男が何十艘の船に勇ましく乗り組んで出る春の末、前途を祝う囃子やら歌やら賑わしい景色をまざまざと見たこともある。ああッ、羽指躍り(*羽指とは鯨の銛打ちのこと。豊漁を願う踊り)のその中へ、親父の顔で入れてもらって、大盃を我が仰いで冠って躍ったこともあったが、思えばそれも夢のようになった」と、徐に思い出し、語り出す今昔の感、ぐっと一盃飲み乾したその手で、彦右衛門に注ぐ。
つづく