第一章 図書委員の眞壁 4
眞壁にとって読書は現実からの逃避先であり、アイデンティティであった。何より、本を読むことをやめろと怒る人は真壁の周りにはいない。
そのため、眞壁にとっては図書室は学校の中で唯一の安寧の場所であった。
セックスを模したじゃれあいをする男子を横目に、眞壁は図書室に向かう。今日は図書当番の日だった。
昼休みの廊下にはいろんな人々がいる。給食のワゴンを片付ける生徒たち。廊下を走り回る男子、互いを貶しあって甲高い笑い声で話す女子、部活の昼練に向かう生徒。
図書室に入るとすでに何人かの生徒がいた。眞壁の学校は朝読書の時間があるからか存外図書室の利用者が多い。
「かべちゃん。」
声を抑えながら友田が真壁を呼んだ。
友田は読書好きなバレーボール部員であり、眞壁の数少ない友人の一人だった。同じクラスになったことはなかったが、読書好きな友田と話すことが眞壁は好きだった。
「この前勧めてくれた森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』すごい良かった。ありがとう。」
友田の言葉に眞壁は微笑んだ。事前にラインで感想はもらっていたが直接言われるとやはり嬉しい。
近いうちに、同じ作家の別の作品を勧めようと密かに思った。ただ、友田も読むペースが早いから自分からどんどん読んでいくかもしれない。
そんなことを考えながら当番の仕事があるために定位置のカウンターに行く。
もし、友田と同じクラスだったら。もう少し楽しい日常になったのだろうか。
ときどきそんなことも考える。眞壁はしかし、首を振った。運動部の友田とはきっと別のグループになるだろう。
チャイムがなるまで、眞壁は黙々と図書委員の仕事に従事した。