第一章 図書委員の眞壁 1
永井荷風は小説『濹東綺譚』において自らも住む麻布を上位の土地に位置づけ、娼婦であるヒロインが住む江東区向島を川向こうの地として下位に位置付けたという。
時は流れて令和。これは、現代の川向こうから脱出すべく奮闘する一人の少女の話である。
第1章 図書委員の眞壁
寒風吹き荒ぶ12月、モンチッチのごとく短く切られた黒髪をなびかせ、帽子を被った小学生の群れから離れて一人の少女が歩いている。紺色の膝下スカートから真っ白の靴下に真っ白のスニーカーに包まれた野暮ったい足が向かう先は徒歩10分圏内にある公立中学だ。
少女は鞄を背負い直す。少女の通う中学は置き勉を固く禁じている。中身を含めたら総重量15キロ近くになる大きな鞄は中学2年生の肩には大きすぎるし、重すぎる。
少女たちも少女たちの親もその姿に不満がないわけではなかった。しかし、いろんな校則が不適切だとツイッターで噴出する近年においても、学校指定の真っ白なスニーカー、長いスカート、重すぎる鞄は実害があるかと言われればパンチが弱く、一理あるかと言われれば頭の硬い大人にとっては都合が良く、長年改変されずに今日にいたっている。
信号無視で突っ込んでくる車がいないか確認しつつ横断歩道を渡り、ジャージを着た教師と一見真面目に見える生徒会員に挨拶をして少女は校門をくぐった。
特に理由はないが少女が学校に来る時間は少し早めである。教室に入り、やっと鞄を机に置くと底冷えする廊下で友人を待つ。教室の中は走り回る男子や大声で話す女子がいて話し辛く、少女とその友人たちはもっぱら廊下で話すことが多かった。底冷えする廊下にはいつも学年でも有名なカップルが戯れていた。
少女は別にその世界には干渉せず、一人で壁にもたれて待っている。
カップルと同じ空間にいても不思議と気まずさはなかった。少女は彼らと話すことはほとんどなかったし、彼らはお互いのことしか見ておらず、少女のことは眼中になかったからだ。一人でいることにこの社会は優しくなく、一人でいるだけでにやにやチラチラと蔑むような目線をよこす者も多かった。
今日も今日とてぼんやりと先日男子が開けた天井の穴を見つめていると珍しくカップルの女子の方がこちらを見た。手に本を持って近づいてくる。
「眞壁さん図書委員だよね?」
同じクラスじゃないのによく名前わかったな、と少女は驚きつつうなずいた。
にこにこしながらカップルの女子の方は本を少女に差し出した。
「そしたら、これ返しておいてくれない?」
なぜ?
「図書館開いてる時にカウンターに持ってきてくれるかな?」
カップルの女子の方は一瞬表情を強張らせが、すぐににこにことして、そうだよね、ごめんね。と言って彼氏の元に戻っていった。遠くの方から怒られちゃったーという甘えた声が聞こえた。
これインスタのストーリーとかで書かれないといいな。少女は心の中で思う。
廊下には再び静寂が訪れた。