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第八話 宿命

 




 あれから何刻経ったのかも忘れ、外はすでに夜が更け、先ほどまで降っていた雨は止み、草木には雨の水滴が付き、曇り空が天を覆い、月や星空の光を隠す。


 そんな中、二人は雨が止んでも未だに洞窟にいたままである。


「……」


「……」


 二人の沈黙であまりにも静かな空気が漂う中、先に口を開いたのは飛若である。


「そういえばお前、その目はどうした?」


 飛若は小鳥子の白く濁った瞳が気になり、焚き火の前にちょこんと座っている彼女に問い始める。



「大したことはありませぬ。我ら巫女は神楽を使うと、このように眼が白くなり、しばらくの間、何も見えなくなるのです」


「大丈夫なのか?」


「二、三日でよくなりますので、ご安心下され」


 このように、巫女の使う巫術は視力を代償にするものもあり、中には盲目になってしまった巫女も各地にいる。


 だが、この何処中つ国では巫術以外にも、妖しげな力を持つ術の大半が代償を伴うものが多い。むしろ、それらはこの世界ではごく当たり前にあることである。


「小鳥子」


 その時、飛若は彼女の名を呼んで話しかけ始めた。


「あの化け物は言ったんだ。この呪いを解く術など全くないってよ……」


 飛若のその言葉に小鳥子は強い責任を感じた。彼の呪いを解く方法を見つけるために、危険を承知で神楽を使ったその結果が、呪いを解く術が見つからないどころか、彼の大切なものまで奪われてしまった事に小鳥子は胸を痛めた。



「ただ、あいつが最後に言った言葉が、三つの毒を探せと言ったんだ」


「三つの毒?」


 小鳥子は飛若のその言葉に疑問な表情を浮かべると、彼はその様子を見て彼女に問う。


「何か分かるか?」


「残念ながら、小鳥子にも分かりませぬ。ただ、毒を使って人を呪うものはこの世に存在します。『蠱毒』です」


「蠱毒?」


「毒虫を集めて殺し合わせ、最後に生き残った一匹の虫を祀り、その毒で人を呪うという古より伝わる呪術にありまする」


 蠱毒、虫を殺し合わせる呪い、彼はその呪いが自分の呪いと、どこか似ているようにも感じた。



「じゃあ、俺の呪いもその蠱毒なのかな?」


「さて、それはいかがなものか……」


 三つの毒という謎の言葉が、果たして蠱毒と何か関係しているのかは、小鳥子にも分からなかった。


 飛若はふと、洞窟の天井を虚ろな表情で眺めながら呟いた。


「なんで俺は呪われてしまったんだろ……?」


 自らのあまりにも残酷な呪いを背負った彼はもはや何に怒り、何を恨めばいいのかも分からなかった。


「あいつは言ったんだ。呪うなら誰でも良かったって……」


 村で化け物に遭遇したあの時、もしかしたら、自分じゃなく別の誰かが呪われていたのかもしれない。そしたら、今頃自分は村で小夜に暴力を振られながらも平和に過ごしていたのかもしれない。


 春始めに稲を植えて、夏は小夜と共に水遊びをしたり、年一回の祭りを楽しんだりして、秋は稲を収穫して米と藁を蓄え、冬はたまに猟の手伝いをして、それ以外は何も無く一年を過ごしていたのかもしれない。


 そして、いつかは元服して大人になったら、ずっと想っていた小夜と、もしかしたら夫婦になっていたのかもしれない。彼はそんな妄想を抱いていた。


 だが、それももはや決して叶わぬ夢である。



「全て偶然だったわけだ……」


 飛若は自らの不運を恨むと、



「それは違います。呪いに偶然なんてものはありませぬ」



 小鳥子がキッパリと言った。



「確かに、呪いというものは人に対しての強い恨みにより生まれまするが、それは呪われた者にも原因がありまする。本来、呪いというものは人が決して関わってはいけない禁忌でありまするが、尚も人はその恨みを捨てきれず、業に振り回され、その禁忌に触れたがるのでありまする」


「つまり、呪われた俺は奴に恨まれる事が確実にあったという事か?」



「それも違いまする。しかし、飛若様がたまたま呪われたのは決して偶然ではありませぬ。もしや、呪いとは別に何か飛若様にしか出来ぬ大事な役目があるのかもしれませぬ」


「俺にしか出来ない役目だと?」



 飛若は小鳥子の言ったその言葉が胸に突き刺さった。それはおそらく人殺しの定めとはまた違う観点であった。


「呪いというものの根源は何かに対して訴える思念でもあるのです。本来、呪われた者もその訴えに応え、向き合わなくてはならぬ定めにありまする」


 呪いのことを語り続ける小鳥子を見て、彼は今一度考え直した。何故この呪いはこれほど人の死を求めるのかを。


 何が原因でこんなことになってしまったのかを。そして、この先自分が一体何をするべきなのかを。


 二人が沈黙している間、しばらくその静かな空気が漂う雰囲気が続く。





 ところが、その時!


「今だかかれい!」


 突如、どこからか謎の男の叫び声が、洞窟の入り口から聞こえ始めた瞬間、三人組の男達が飛若と小鳥子を襲い始めた。



「だ、誰だ!」


「きゃあ!」


 二人は男達に力づくで取り押さえられてしまう。


 男達のその姿は腹巻という名の鎧を着て、頭に折烏帽子を被り、腰に太刀を拵えた姿であった。おそらく戦に出た落武者であろう。


「へへへへへ!」


 異臭を放つ男達は下品に笑いながら、取り押さえている小鳥子を見る。



「なんだ、まだガキじゃのう」


「馬鹿が、ガキでも女子(おなご)は女子じゃ」


「おい! こやつ目が見えぬようじゃ!」


 男達は小鳥子の容姿を見て舌舐めずりをする。



「いや、お助けを飛若様!」


「小鳥子!」


 飛若は小鳥子を助けようと必死に暴れるが、ガタイの良い体つきの男の力に為す術も無く、うつ伏せに頭を押さえつけられる。


 無理もない。相手は体を鍛え、戦に出た落武者である。


「そのガキを押さえてろ!」


 すると、頭目の男が飛若を押さえていた男にそう命じると、そのまま鎧を脱ぎ捨てた。



「小僧はそこで女子が犯されてゆくのをじっくりと眺めておれ! 目を背けても無理矢理見せるからのう!」


「何度も『やめろ~やめろ~!』という声を聞くたびに儂等は興奮するのじゃ! ひゃはははははははははは!」


「い、いやぁ!」


 小鳥子は頭目の男のその言葉を聞いた途端に恐怖に歪み、その一瞬で男の手からすぐさま逃れたが、目が見えない彼女は洞窟を彷徨いながら外に出てしまう。



「飛若様! どこです!? どこにおられますか!?」


「ほれほれ~ここじゃ~!」


「儂等は鬼じゃぞ~?」


「ははは、こりゃ良い! 逆目隠し鬼(、、、、、)と来たか!」


「鬼っさんはこっちら、手の鳴る方じゃ♪」


「ひゃははははははははははははははは!」


 小鳥子を襲おうとする二人組の男は目の見えない彼女を囲い、まるで芸者遊びをするかのように遊び始める。


「ほ~れ捕まえた~!」


 すると、頭目の男が小鳥子の体に抱きついて捕まえてしまう。男からは異臭と口臭い歯根の臭いが漂い、彼女はそれに吐き気がした。



「さ~て、お待ちかねの交わりといこうかのう!」


「やっべぇ! チョーーーーたっのっしいーーーーーーーーーーーー!!」



「いやぁああああああああああああああああああ!」


 二人組の男が小鳥子に群がる中、身動きの取れない飛若がその光景を眺めた。






 ――なぜこの世はこんなにも残酷なんだ……?


 ――なぜ俺は呪われなきゃいけないんだ……?


 ――なぜこんな事になってしまったんだ……?





 彼は複数の悪漢に襲われている小鳥子を目の当たりにしながら、無意識にそのことを思ってしまう。


 ――小鳥子……すまねえ……。


 彼は男達の毛深い手で服を無理やり脱がされて泣いてる小鳥子の姿を見て、自分の無力さを思い知る。


 自分には彼女を助けられる力はない。飛若は全てを諦めてしまう。



「お頭! この小僧、儂等に抗わないどころか、叫び声すら上げぬぞ?」 


「なんぞ、つまらぬのう」


 頭目は飛若の脱力した表情を見て、興が冷めたかのように呟いた。


「もう良い、適当に殺しておけ」


 その時、防人のその冷酷な言葉を聞いた瞬間、飛若の目が見開く。


「承知した」


 飛若を押さえつけていた男はニヤリと頭の命令に承諾すると、飛若はすぐにその状況を察した。今彼はこの場で殺されようとする事に。


 そして、今まさに彼は殺されて化け物になってしまう事を悟り、飛若は底根国であの目に焼きついた水面に映る光景を思い出す。


 あの世にもおぞましい化け物へと変わり果ててしまう自分の醜い姿を。


(俺はここで朽ちるのか……!)


 やがて飛若はそのあまりにも理不尽な目に遭わされる境遇に、自らの惨めさを心の底から痛感する。


(ふざけるな……!)


 そして、彼は自らのその思いから、やがて全ての境遇に対する怒りへと変わり始め、目の前にいる男達を睨みつける。


 小鳥子が男達に手足を押さえつけられ、乙女の白い柔肌がさらけ出し、発育したての胸を毛深い手で掴まれ、股を開かせようとするその光景と、男達のその下品な笑みを見て、彼はこの世の残酷さと理不尽さを全て受け入れて覚悟を決める。



(俺は……戦う……!)


「ぎゃ!」


 その瞬間、飛若は後ろで押さえていた男の目玉に後頭部を思いっきりぶつけて怯ませた隙に、懐に隠していた小刀を取り出して、男の首筋に刺した。


 男は首から血を噴き出して倒れてしまい、痙攣しながら絶命していく。


 小鳥子を襲っていた二人組の男は、その仲間の呻き声を聞いた途端に、飛若の方に目を向け、その殺された仲間の死体を見ると、すぐに小鳥子を襲う手を止めて立ち上がり、返り血を浴びた飛若を睨みつける。




「例えどれほど人の道から外れようとも……人であり続けてやる……」


 血まみれ姿の飛若は倒れている男の太刀を鞘から引き抜き、手に取って構えた。



「人を殺すのが、定めだというのなら、受け入れてやる……」



 曇り空は晴れだし、月明かりが照らされる中、その光が彼の持つ太刀の刀身と、その周辺の草木の葉に付いた水滴を輝かした。



「俺は……人間だ!」


「貴様!」


 その瞬間、二人の男は太刀を抜いて飛若に襲いかかる。周囲の草木に付いた輝く水滴が宙を舞い、刀同士の斬り合いが始まった。相手は鍛えられて戦い慣れした落武者、彼はただの少年、勝負は戦う前から既に決まっていたと誰もが思った。



 しかし、



「ぎゃっ!」


「ぐぶっ!」


 想像していたのとは全く違い、飛若はその一瞬の太刀合いで男二人をあっさりと斬り捨ててしまった。宙を舞う水滴と共に、二人の男の首筋から血の雨が噴き出して飛び散り、絶命する。勝負は決まった。


「小鳥子、もう大丈夫だ」


 飛若は淫らな姿になっている小鳥子に手を差し伸べると、彼女は返り血の付いた彼に抱きつき、その胸に顔を埋める。グスグスと泣きじゃくり、胸元を濡らす彼女を見て、彼はその頭を優しく撫でた。


「もう良いだろう? 離れてくれないか?」


「もうしばらく、このままでいさせてくだされ」


 正直、飛若は恥ずかしさのあまりに離れたかったが、目が見えず、怖い思いをした小鳥子を気遣って、その願いに応える。







 それからしばらくして、何刻経ったのかは分からぬが、彼ら二人は洞窟の中で寄り添っていた。小鳥子はいつまでも彼の胸から離れようとしない。





「お前はなんで一人なんだ?」


 飛若はふと、小鳥子の素性が気になって、聞き始めると静かに答え始める。


「小鳥子は代々、朝廷に仕える神官の家柄で生まれました」


 飛若の思っていた通り、彼女は高貴な身分で生まれた者であった。


「されど赤子の頃、都の戦火にて両親は討たれ、小鳥子は乳母と共に都を逃れ、各地を転々として来ました」


 すると、小鳥子は突如体を震わし始める。


「その乳母も、最期は先ほどのあのような殿方に襲われ、殺されてしまいました……」


 よほど過去に辛い思いをしたのか、小鳥子はまたも飛若の胸の中で泣き始めた。


「俺と似てるな」


 飛若は呟く。


「俺も両親の顔をよく知らないんだ。体の弱い母親が俺を生んだ後すぐに死に、そのまま乳母に育てられたんだ。その乳母も流行病で死んでしまったがな」


 飛若のその言葉を聞いた小鳥子は彼の境遇に共感した。



「もう少し、側にいてくだされ」


「ああ、分かってる」


 小鳥子は彼の心臓の鼓動を聞きながら、胸の中で安らかに眠りこけようとしたその時、飛若の目つきが変わり始める。


 彼は右手で小刀を逆手で持ち、ゆっくりと上げて小鳥子の頭上に向けた。ギロリと彼女を見下ろすその鋭い眼光はまさに蛇を思わせていた。



 その時、



「小鳥子を殺すのですね……」


「なっ……!」


 飛若は目の見えない筈の小鳥子に気づかれて驚愕する。



「何故気づいた!」


「飛若様から、殺気を感じました」


 飛若は小鳥子のその勘の良さに驚いても尚、彼女の頭上に向けた小刀を納めなかった。


「ちっ! ああそうだよ。俺なりによく考えたんだ! 俺はこの先、人であり続ける為に人を殺し続ける! それがあのイカれた神に与えられた使命であり、定めであるのなら、俺はそれを全て受け入れ、どんなことだってしてやる! 例え命の恩人であり、女のお前を殺してでもな!」


 彼は手に持った小刀を強く握りしめ、手を震わしながら小鳥子に強く言い放つ。



「構いませぬ。小鳥子は飛若様に殺されるのなら本望でございまする」


「おい、どういうことだ? 何故逃げない!? 今から殺されると分かっているのに!!」


 飛若は抵抗をしようとする素振りも見せず、自らの胸に頬を当てている小鳥子に対して、怒鳴るように言い放つと、彼女は優しく囁いた。





「小鳥子は飛若様の事を好いております」


「……!」






「一目惚れでありました」






 その途端、飛若は驚きのあまりに手に持っていた小刀をつい下げてしまった。




(何なんだこの女は? 一体何を言ってんだこの女は?)


 飛若は小鳥子のその告白に激しく動揺する。


 まだ会って間もないどころか、今から自分が殺されてしまうかもしれないというのに、この期に及んでも彼女は飛若に恋していたのだ。


「くっ……!」


 そんな小鳥子を見た飛若は、どこか悔しそうな表情をしながら、持っていた小刀を鞘に戻してしまう。



「殺さないのですか?」


「ああ、なんか殺る気が失せたよ……」


 どういう訳か彼は小鳥子を殺すのをやめてしまい、虚ろな表情を浮かべながら、洞窟の天井を眺めた。




 やがて、彼ら二人はそのまま寄り添いながら、徐々に眠りに落ちていこうとする。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 しかしその時、突如洞窟の中から大きな地響きが起こり、その揺れによって天井から砂や石が降り始めて二人を襲う。


「な、なんだ!」


 二人はその現象に驚き、お互い体を密着させてその場で身を固めると、


「入口が!」


 飛若は洞窟の入口が土砂によって閉ざされてしまう瞬間を目の当たりにしてしまう。


「一体どうなされました?」


 目の見えない小鳥子は首を傾げながら、心配そうな表情を浮かべながら飛若に問う。


「悪い話だが俺たちはこの洞窟に閉じ込められてしまったようだ」


 外の月の光も一切通らない土砂に埋もれた入口を見て、飛若は凍り付く。


 おそらく、先ほど飛若の呪いが暴走してヒビ割れた壁岩が、長い雨の影響で脆くなって崩れた自然現象である。



「何かここから出る方法でも?」


「ない。少なくともこの洞窟の奥には祠しかねえ」


 飛若はこの最悪な状況下に絶望するが、小鳥子はそんな彼を慰めた。


「落ち着いて下され。諦めずにここから出る方法をお探りいたしましょう」


 すると、その言葉を聞いた彼は一度深い呼吸をして冷静になり、すぐ側に置いてあった落武者の太刀を持って拵えると、次に焚き火から、一本の燃えた枝を持ち、体に巻かれていた包帯を少し解いて枝に巻きつけ、松明を作り出した。


 その包帯を解いている音を聞いた小鳥子は飛若に問いかける。



「もしかして、包帯を解いたのでありまするか?」


「ああ」


 彼のその答えに小鳥子は慌て始める。



「いけませぬ! まだ傷が塞がっておられませぬ!」


「大丈夫だ。とりあえず血は止まったよ。しばらくは何とかなるさ」


 確かに飛若の全身の刺し傷は、血が固まっていて流血も止まっていたが、小鳥子はそれでも納得はしなかった。



「しかし、飛若様の傷は本来、縫わなくてはいけぬ傷であられます! 無理に動くと傷が開いてしまいまする!」


「じゃあ、お前はこのまま一切外に出られずに、ここで俺と一生を共に過ごすのか?」


「そ、それは……」


 小鳥子はしばらくその場で考えると、飛若の予想もつかない一言を呟いてしまった。



「それも悪くはありませぬ」


「って、おい! この期に及んで、なに変なこと考えてんだお前は!?」


 小鳥子のその予想外の一言に飛若は勢いよく突っ込みを入れる。


「このまま、飛若様と一生を共に……」


 小鳥子は両頬を手に当てながら、ポッと顔を赤く染め始めると、


「あ、もういいわ。俺、先に奥の祠調べてくるわ」


 飛若はそんな彼女の様子を見ると、何事もなかったかのように松明を掲げながら祠の奥へと進み始めた。


「ちょ、お待ちを!」


 彼女は飛若が先に行ってしまうのに焦り始めると、彼の足音が聞こえる方へとよろけながらついて行く。


「やけに古い祠だな」


 ボロボロでカビの生えた小さな祠、その中に石で作られた丸坊主の石像が立ちながら合掌していた。


 石像はヒビだらけな上に、コケが生えて緑色に染まっており、おそらく何百年も前の祠で長年、人が訪れず、手入れもされずに忘れ去られた祠であることを飛若は察した。



「妙な石像だな」


「石像?」


 小鳥子は石像と言った彼の言葉を聞いた途端にすぐにハッと察して、徐々にその表情は歪んで青ざめてゆく。


「見たところ菩薩のようだが」


 飛若はその石像に手を近づけて触れようとしたその時、



「それを軽はずみに触れてはなりませぬ!」 


「あ?」


 だが、時はすでに遅く、飛若は不用意に石像の頭に手を置くと、石像の体が一回転した。


「な、なんだ!」


 その時、突如異変が起こり、洞窟全体から地鳴りがし、祠の後ろにある壁岩が開き始めたのだ。



「これは一体?」


「どうやらここはただの洞窟ではありませぬ!」


 小鳥子は厳しい視線で、飛若に伝えた。



「ここは涅槃(ねはん)です!」


「涅槃?」



 隠れ里育ちの彼は、その涅槃という言葉を初めて聞いて首を傾げるが、すぐにそれどころではなくなる状況に陥る。


 壁岩の中は真っ暗だが、その奥からは何やら六つの光りがギラギラと見え、やがて、その光は徐々にこちらに近づき、飛若の松明の灯りでその正体が現れる。


「な、何だこいつらは!?」


 それは巨大な蛙であった。人の背丈ほどの高さであり、力士並の大柄な体でヌルヌルとした体液を纏い、人間である二人を美味しそうな表情で見つめる蛙が三匹現れた。



「妖怪です! 飛若様、逃げましょう!」


「逃げるってどこにだよ!」


 彼らの後ろにあった入口はすでに土砂で塞がれ、目の前には巨大な蛙が二人を襲おうと近づいてくる。


 どこにも逃げられない状況であった。



「戦うしかねえだろ!」


 飛若は咄嗟に松明をその辺に投げ捨て、先ほど殺した落武者から奪った太刀を引き抜いて両手で構えた。銀色の刀身に湾れ刃の刃文が浮き出て、松明の火の灯りが傷だらけの刀身を妖しげに光らせる。


「ゲコ……」


 一匹目の蛙がその声を鳴らした次の瞬間、長い舌が飛若に向かって飛び放たれる。


「でえい!」


 その刹那、飛若はその長い舌を反射的に見切り、斜めに袈裟斬りをして蛙の舌を斬り落とした。


(今だ……!)


 その瞬間、舌を斬られた蛙が怯むと、彼はその隙を逃さず、正面から突っ込んでその蛙の脳天を斬り下ろす。


「この! このぉ!」


 切れ味の悪い太刀で何度も蛙の頭部を叩き斬ると、やがて真っ二つになり、赤い鮮血が噴き出して飛若の体を染める、まず一匹目の蛙を殺した。


「きゃあ!」


 すると、今度は小鳥子の悲鳴が聞こえた途端、飛若が振り向くとそこには二匹目の蛙の舌が小鳥子の足に絡まり、地面に這う彼女を引きずり込もうとしてる光景が見えた。


「小鳥子!」


 彼はすぐさま彼女を助けようと向かおうとしたその瞬間、


「ぐっ!」


 今度は三匹目の蛙の舌が飛若の体に絡みつく。強い粘着力のある舌が飛若を捕らえ、虫のように勢いよく体ごと引き込まれる。


「蛙が気安く俺を食らうな!」


 その刹那、飛若は物凄い速さで蛙に飲み込まれると、彼は咄嗟に腹の中を太刀で斬り裂き、蛙の腹から出てきた。


 体内から腹を斬られた蛙は臓物と血を流しながら倒れて絶命すると、彼はすぐさま目にも止まらぬ速さで、小鳥子を襲っていた最後の一匹の蛙に向かって走り出し、小鳥子の足に絡みついていたその長い舌を下から斬り上げて切断した後、蛙の腹を横に斬り捨てた。


「ゲッ……ゲ、ゲ……!」


 蛙の腹から大量の内臓が流れ落ち、最後の一匹もその場に倒れるが、まだ微かに息があった。


「ゲコ!」


 飛若は倒れているその蛙の後頭部に目掛けて、太刀の先端で止めを刺すと、最後の一匹は即死する。



「無事か?」


「とりあえずは」


「たくっ! 一番上等そうなのを選んだのにもう刃こぼれしてる」


 手に持っている太刀は覗くと、刃がカスのように欠けていた。全く斬れない訳ではないが、明らかにその鋭さが衰えているのは言うまでもない。


「この分だと、あと何体斬れるか……」


 質の悪い太刀に不安を抱える飛若は、すぐさま彼女に事の状況を質問した。



「おい、ここは一体何だ? 涅槃って一体何なんだ?」


「それよりもまずここを離れましょう! 大抵の妖怪は共食いをするので、死体の臭いに釣られて寄ってきまする!」


 小鳥子は真剣な目で助言すると、飛若はその目を見て今自分達が置かれている状況が深刻な事態だとすぐに察した。


「あ、ああ!」


 飛若は小鳥子の助言に承諾すると、地面に捨てた松明を拾い、彼らはその場から逃げた。


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