第六話 巫女
ザザザザザザザザザーーーーーーーーーー
雨雲に覆われる山脈、それらに囲まれた広大な平原、その大地にまたもや雨が降り注いでいた。雨は草木や花、蛙や山椒魚などの小さな生き物に恵みを与え、生き物たちは、その天からの恵みに潤い、喜び、生き生きと堪能する。
その平原の真ん中で一人の少年、飛若がいた。
彼は体中刺し傷だらけで出血し、その身を毒に侵され、意識が朦朧としている最中、彼はフラフラとよろけながらも、ただ歩き続けていた。
「ハァ、ハァ……」
あの町から出て、一体どれくらい経ったのかも忘れ、また、自分は何故こうやって旅を続けているのかも分からなってしまう。
やがて、傷を負いながらも歩き続けた彼は遂に力尽き、その場に倒れて込んでしまう。
もう立つことも出来ず、呼吸も薄くなり、意識が段々と遠くなる。
「小夜……お前に会いたいよ……」
彼は最も恋しかった少女の笑顔を思い出す。小さい頃から愛おしく想い、いつも無邪気に接してくれて、辛い時があってもずっと側にいてくれたあの小夜の顔を。
彼は村に帰りたかった。村に帰って小夜にまた会いたかった。
会ってその華奢な体を強く抱きしめたい。誰かに止められても、彼女を抱きしめるその手を絶対に離さない。彼はそんな妄想を抱く。
しかし、今となっては、それはもはや叶わぬ夢である。もう彼の隣には小夜はいない。
もう彼女には会えない。もはや今の彼はただの孤独な少年であった。
やがて、飛若の視界が薄くなってきたその時、水溜りをピチャピチャと踏む人の足音が近づき、倒れている飛若の前に現れるが、彼はそれを見る前に気を失ってしまう。
「ひどい……すぐに手当をしなくては」
少女の声を出すその者は笠を被り、蓑(藁で作られた雨衣)を羽織った姿をしており、目の前で傷だらけの飛若を見て、すぐさまぐったりとした彼の体をゆっくりと起こす。
「……」
その時、その者は飛若の素顔をじーっと見ると、トクン!と心臓の鼓動を高鳴らした。
眠るように気を失い、雨に打たれて濡れた艶やかな前髪から雫が滴り、頬を伝うその凜々しい素顔が少年を美しく見せる。
しかし、彼に見惚れて頬を染めていたその者はすぐさま、両頬をペチペチと手で軽く叩いて正気に戻ると、気を失っている飛若を背負い、そのまま何処かへと連れて行った。
――――――――――――――
「……ん?」
飛若が目覚めたその時、その視界に映ったのは、どこかの洞窟の中であった。水が滴る音が洞窟の奥から微かに聞こえ、その先には古びた祠があった。
更に彼は周りを見渡すと、その横には身に覚えのない誰かの風呂敷が置かれ、入り口付近には焚き火でくべた土瓶の湯が沸かされており、自分の体をよく見てみると、上半身は包帯で巻かれていた。
「気がつかれましたか?」
飛若のその横には少女がいた。綺麗な少女であった。歳は飛若と同じくらいで、その瞳はどこか輝き、肌は白く、清楚に整った容姿を持ち、髪型は肩にかかる可愛らしい下げ鬟(日本古来のおさげ)をし、雪色のように白い装束を着た少女が隣で正座していた。
「俺は……生きてるのか……?」
「まだ毒が残っておりまするが、このお薬を飲めば、すぐに良くなられます」
少女はそう言うと焚き火に近づき、土瓶を手に持ち、お椀に薬草を煎じた湯を注ぐ。
「お前が助けてくれたのか? すまない……」
飛若は少女に感謝するが、同時に自分の姿を見て、少女に質問する。
「な、なあ……? 一つ聞いていいか? 俺の体に包帯が巻かれてあるという事は……?」
彼はそれが疑問に思った。気を失っている間、気づいたら体に包帯が巻かれていた事を。
「ま、まさか……俺の体を……!」
飛若は額に汗を浮かべながら聞くと、少女は少し照れた表情で答える。
「はい。一度お脱がせいたしました」
「う、うわああああ! ……っ痛……!」
飛若は自分の裸を女性に見られ、色々なところを触られた事に恥ずかしさを感じ、体を起こして強張らせると、すぐにその傷が響いて激痛を感じる。
「どうかご無理はせずに、横になられて下され」
そう言うと、少女は飛若の体に触れて再びゆっくりと寝かせ、薬を注いだお椀を手に持つと、ここでまたも事件が起きた。
少女は手に持ったお椀をそのまま飛若に渡さず、なんと自分の口に入れて頬を膨らませ、そのまま飛若に唇を近づけた。
「って、おわぁあ! 何すんだおめぇ!?」
飛若は驚愕しながら顔を赤くしてそれを遮るが、それでも少女は顔を近づけて口移しで薬を飲ませようとする。
「病人は中々お薬を飲めませぬので、かわりにお飲ませいたします」
口をもごもごとしゃべりながら近づく美少女に対し、飛若は慌てながらもそれを遮る。
「いや、俺病人じゃなく怪我人だし! もう普通に自分で飲めるし! というか、まさか俺が気絶している間に、ほかにも変な事してないだろうな!?」
「いえ、そなた様のお体に触れました事以外、何もしておりませぬ。どうか傷に響きますので、力を抜いてくだされ」
少女は尚も飛若に優しく近づき、そっと目を閉じて唇を近づけてくる。
「いや、いいからやめてくれ! 俺には想い人がいるし、本当に自分で飲めるから、その唇を近づけるのやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「……そうですか……」
「なに残念そうに呟いてんだおめぇ!」
がっかりとした表情をする少女に対し、飛若は思いっきり突っ込みを入れた後、少女にまた新しい薬を用意させた。
「ところでそなた様の名は?」
「飛若だ」
彼は自分の名を名乗ると、そのまま手に持ったお椀を煽る。
薬草特有の苦みと渋みが効いた味わいが口いっぱいに広がり、彼はそれを無理やり喉に流し込んで飲み終える。
「飛若様……」
少女はどこかぼーっとした表情をすると、今度は自ら頭を下げて名乗り始めた。
「小鳥子と申します」
少女のその礼儀正しさは、まるでどこか高貴な振る舞いに見え、村育ちの飛若にとっては、自身とは対照的にどこか育ちの違いを感じた。
「お前、怪我や毒を治せるって事は薬師かなんかか?」
「いえ、小鳥子は巫女にございます」
「巫女だと?」
この何処中つ国に存在する巫女というものは、女性が生まれながらにして万神(自然界の精霊)と付喪神(道具の精霊)、及び人の思念と対話できる力、即ち『巫術』という力に目覚め、荒ぶる神々や怨念を巫術で鎮めたり、大自然の精から力を借りたりする者の事である。
「小鳥子は万神の悟りにより、飛若様の身を蝕んでいた毒が幸いにも命に別状がないことを知り、薬もまた万神から聞き出し、薬草を集めてお作りいたしました」
「すまない。わざわざ俺を助けてくれて」
飛若は怪我の処置と薬を用意してくれた事に礼を言うと、小鳥子は静かに答えた。
「しかしながら、飛若様が本当に助かりましたのは、体中の傷の出血で大概の毒が外に出されたおかげでもありまする……」
その言葉を聞いた瞬間、飛若は凍り付く。
皮肉な事に自分が助かったのは、いま目の前にいる小鳥子のおかげではなく、復讐心を露わにして、自分を包丁でメッタ刺しにし、毒に侵された血を流させた衣与のおかげであった事に飛若は言葉を失った。
「今の飛若様は血を失い過ぎておりまする。ですから、お次はたくさん血を作る為に、この薬をお飲みくだされ」
小鳥子は無言のままの飛若にそう言うと、今度は何かの葉を用意し、それを口に入れてよく噛んで唾液をたっぷり含ませ、唇を飛若に近づけた瞬間、彼はまたも赤面する。
「だから、口移しはやめろって、言ってんだろうが!」
「よかった! 元気そうで何よりです!」
彼女は飛若を元気づけさせる為だったのか、それとも半分冗談のつもりだったのか、彼のその恥ずかしそうな仕草を見てクスクスと笑った。
しかし、小鳥子はすぐに笑いを終えると、目の色を変えて何やら真剣な表情になる。
「それよりも問題なのは別の事にございまする」
すると、小鳥子は飛若の後ろに近づくと、彼の背中を優しく擦り始めた。
「先ほどこの目で見ましたが、不気味なほどに恐ろしい呪いですね……」
「俺の呪いが分かるのか?」
飛若は自らの呪いに気がついた小鳥子を見ると、彼女は体を震わして怯えていた。
「ただの人や物の怪の怨念だけではこれほどの呪いは生まれませぬ」
「この呪いは、解けるのか……?」
しかし、小鳥子は首を横に振り、彼は言葉を失う。
「小鳥子も人の呪いを解いた事がありまするが、まだまだ修行が足りませぬ。それに、本来の呪いがそこにある焚き火だと例えるなら、この呪いはもはや炎を噴き出す山のようなもの、残念ながらとても小鳥子の手には負えませぬ」
飛若は小鳥子のその言葉に落胆する。
巫女の力を以てしても手に負えないという事を聞かされた飛若は、自らの背中の刺青がそれだけ強すぎる呪いだと言う真実を痛感する。
「しかし、小鳥子は気になりまする。なぜこれほどの呪いがこの世に存在しておるのかを」
小鳥子は不思議そうな表情を浮かべながら、飛若に呪いの事を聞き始める。
「実は……」
彼は知ってる事を全てを語った。村で化け物に襲われた事、ここまで旅をしてきた事、そして今まで人を殺してきた事全てを。
それを聞いた小鳥子は飛若のそのあまりにも残酷な境遇に言葉を失った。
今まで望んでもいないのに人を殺し続け、人でありたいが為に人であり続けてきた飛若のその壮絶な苦しみに、彼女は胸が締め付けられるかのような痛みを感じた。
「……」
「……」
二人は沈黙し、しばらくの間、何も言えない静かな空気が続く中、小鳥子の口が開く。
「飛若様。まだ傷も癒えておりませぬので、今宵はもう、お眠りになられた方がよろしいかと」
「ああ、そうするよ……」
彼はそう言うとそのまま横になり、目をを閉じて深い眠りに落ち、小鳥子もまた洞窟の隅に身を移して眠り始める。
――――――――――――――
その日の真夜中は大嵐であった。大自然の猛威である豪雨が大地に降り注ぎ、森全体を揺らすほどの暴風が襲い、その荒天から身を守るために洞窟に籠もっていた飛若にある出来事が起きた。
「ううぅ……うう……!」
飛若は全身汗だくになり、唸り声をあげていた。彼を今苦しませているもの、それは悪夢である。
彼の夢の中は、一体何処だか分からない真っ暗な渦の世界にただ一人で立っており、その周りからはこれまで殺してきた人達が突如現れ、彼を囲みながら群がってくる光景を目の当たりにする。
――オニイヂャン……! グルジイヨ……! ユルザナイ……! ダズゲデ……! ゼッタイニガザナイ……! ダズゲデ……!
更に今度は喉を斬られて口から血を溢れ出す衣与が自らの足下に現れ、恨めしそうに泣きながら飛若の脚にしがみつき、助けを求めてくるのと同時に自らの苦しみを訴えてくる。
まさに地獄そのものであった。
その光景を見た彼の表情は徐々に青ざめていき、やがて恐怖へと歪んでいく。
「衣与!!」
その時、飛若は天地を震わすほどの雷鳴と共に、大声で叫んだ途端に目を覚ます。辺りは寝ていた小鳥子以外に誰もいない。
しかし、飛若は悪夢から解放されても、自ら犯した罪が彼の心を容赦なく襲う。
「うぐっ……ぁぐっ…………!」
殺したくなかった。かと、言って死にたくもなかった。
「どうして!? 何故こうなったあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
衣与の父親を殺してしまい、さらにまだ年端もいかない幼女の衣与までも殺してしまい、自分の都合の為だけに生きるという罪悪感にただ苦しむ。
「うああああああああああああああああああああ!」
飛若のその絶叫は、少し離れたところで寝ていた小鳥子の耳にも当然聞こえ、すぐさま彼の下に駆けつけた。
「飛若様! どうなされました!」
小鳥子は飛若の体に触れながら話しかけるが、当の本人はその声も耳には届かず、頭を押さえながら、まるで奈落の底に落とされたかのように発狂する。
「飛若様!」
その時、小鳥子は発狂している飛若に抱きつき、その胸を彼の顔に押しつけた。
育ち始めの小さな柔らかい膨らみが彼を優しく包み込む。
「落ち着いてくだされ。小鳥子が側におりまする……」
「ごめん……ごめんなさい……!」
飛若は小鳥子の胸の中で泣きながら何度も謝り続けたが、彼女は飛若が一体何に怯え、何に苦しみ、誰に対して謝っているのかを理解することは出来なかった。
結局、罪悪感というものの苦しみは、その犯した人物本人にしか分からず、決して他人が共有することなど出来ない。
「大丈夫です。例えどれほど多くの人々が飛若様の事を許さなくても、小鳥子だけはそなた様を許します……」
小鳥子はその罪悪感に苦しむ飛若を少しでも落ち着かせようと、その抱えている頭を優しく撫でながら慰め続けた。
「小鳥子……俺はどうすればいいんだ……?」
子供のように嗚咽し、彼女の胸の中で声を漏らす飛若。
「俺はどうする事も出来ない呪いを受けた……村を追い出された……小さい頃から好きだった女とも別れた……人を殺してしまった……ある親子との絆を奪ってしまった……その挙句、まだ小さな子供まで殺してしまった……!」
泣きじゃくる飛若の目を優しく指で拭う小鳥子。
「おまけに弱い……とても怖い……世間知らずかつ世渡りも下手だ……!」
飛若はこれまでの過酷な境遇に耐えきれず、情けないのを承知で自らの弱さを小鳥子にさらけ出す。
それほど彼の精神はボロボロであった。
「教えてくれ……俺はこれからどう生きるべきなんだ……?」
まだ会って間もなく、同じぐらいの歳の少女相手に飛若は情けない声で呟く。
「申し訳ございませぬ」
小鳥子は虚ろな表情で答えた。
「飛若様をお救いしたいのは山々ですが、小鳥子の力ではどうする事も出来ませぬ……」
彼女のその答えに飛若は絶望する。
「小鳥子、この世はこんなにも残酷なのか? 人の殺意や恨みがそこら中で溢れてるほどにか?」
飛若のその問いに小鳥子は静かに答えた。
「はい」
おさげの少女は胸の中で泣き出す飛若に、残酷な真実を告げる。
「これまで飛若様が見てきた通り、祟りが溢れる時代でありまする」
自らの過酷な呪いを背負う飛若は、小鳥子のその言葉を聞いて、全てに失望する。
「もう、俺は何して良いか分かんねえよ……」
涙ぐむ飛若の頭を撫でる少女は、彼の耳元にゆっくりと口を近づけ、優しく語りかけた。
「今は悩まないで下され」
聖女のように小さく囁く彼女の声は、やがて飛若の乱れた心を鎮め、深い眠気を誘う。
「飛若様は今相当お疲れになられておりまする。どうか、しばらくは難しい事は忘れて小鳥子の胸の中でお眠り下され」
「小鳥子……」
彼女の柔らかい胸の膨らみに包まれた飛若は、その温もりが顔に伝わり、ほのかに香る女の甘い匂いが鼻に漂う。
すると、飛若は徐々に泣き止み、心もやがて落ち着いて静かになると、少女の胸の中で眠り始める。
小鳥子はそんな彼を決して離さず、二人はお互い寄り添い、一夜を共にした。
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翌日の朝、暴風は止んだが、外は未だに雨が降り続けており、全てを吹き飛ばすかのような大嵐は治まっても、強い豪雨が大地を叩きつける。
その荒天の最中、洞窟で雨宿りをしている彼ら二人はその外の景色を眺めていた。
「ここ最近、雨がよく降られますね」
小鳥子の言うとおり、近頃雨期でもないのに、これまで飛若が旅をして訪れた土地はどこも雨がよく降っていた。
「雨は嫌いじゃない。血も罪も辛いことも、何もかも洗い流してくれる気がするから……」
彼は自分の人殺しで汚れた手を眺めながら呟く。人殺しという名の罪、それは人が決して人として犯してはならぬ罪。
しかし、飛若はそれでも人としてあり続ける為に、人を殺し続ける。あまりにも矛盾している倫理観であった。
だが、それが飛若の受けた呪いである。決して人殺しを正当化する訳ではないが、そのあまりにも過酷な定めを彼は背中の刺青と共に背負っていた。
しかし、小鳥子はそんな彼の呪いに対し、ある気がかりな事があった。
「飛若様、少し気になることがございまする」
小鳥子は飛若の背中を優しく触りながら言った。
「その呪いは一体何を望んでおられるのかを」
「俺の呪いの望みだと?」
飛若は怪訝な表情で小鳥子を見る。
「本来、呪いというものは怨念の塊でありまするが、同時に未練の塊でもありまする。生きとし生けるものは皆死に、心も体も御魂も全て無に帰しますが、思念だけはこの世に残せます。この世に残した思念の形は様々でありまするが、大半は未練を抱えており、その中でも、私怨を抱えながら未練を残す思念も存在します。それが怨念です。その怨念こそが呪いを作り、人に災いを与えまする。即ち、呪いもまた何か目的があり、何かを望んでおられる筈です」
「この呪いが何かを望んでいるだって? だが、それがどうした?」
飛若のその問いに小鳥子は答える。
「もし、よろしければ、我が神楽の舞いで呪いと対話をするという方法がございまする」
「神楽の舞いだと?」
飛若は怪訝な表情を浮かべながら、小鳥子を見た。
「我ら巫女は万神、付喪神、そして人の思念と対話をする巫術を持ち、神楽はそれらを静める事が出来まするが、希に神楽の影響で周囲の人々にそれらの思念の声を聞かせてしまう事もございまする」
「それをやってどうするんだ?」
「呪いと言葉を交わすのです。そして聞き出すのです。呪いが一体何をなされたいのか、何をすれば呪いを解いていただけるのかを聞き出すのです」
「俺が呪いと?」
自らの呪いと直接会話して呪いを解く方法を聞き出すという、その大胆なやり方に彼は戸惑ってしまう。
「ただし、決して恐れてはなりませぬ。少しでも恐れを見せれば、呪いはその心の隙を狙い、その者自身に何かよからぬ災いを与えるのかもしれませぬ。それでもよろしゅうございまする?」
小鳥子のその問いに、飛若はしばらくの間、沈黙して考えた。神楽を使えば唯一、呪いを解く方法が見つけられるかもしれない。
だが、同時に失敗したら飛若自身に害を与えるかもしれないという代償もあった。いずれも危険を伴う方法である。
「分かった。やってくれ」
しかし、小鳥子が思ったよりも早く、飛若はあっさりと決断した。
「もう、こんなものの為に人を殺し続けるのは嫌だ! やってくれ!」
飛若はよほど呪いから解放されたかったのか、危険と分かっていても小鳥子のその提案に乗った。
「決まりですね」
彼女はそう言うと、早速、風呂敷にしまってある神楽鈴を取り出す。巫女が使う物の一つである神具である。
「では、始めます」
すると、小鳥子は無言で鈴を鳴らしながら踊り始めた。大自然の雨の音が鳴る最中、薄暗い洞窟に焚き火の明かりが灯され、そこに一人の白装束を着たおさげの少女がただ一人、静かに舞いを披露する。
巫女の起源は古く、その歴史を遡ると、文明の祖である古代神朝時代よりも更に古い原始縄文時代の世から存在していた。
それはまだ農耕が行われていない時代であり、主に狩猟が盛んに行われていた原始の世である。
人間は大自然の恵みによって生活をし、水辺の魚を獲り、森の獣を狩り、木々の果実や野草などを摘んで生活していた。
そして、それら全ての自然や万物の根源、またはそれらを超越するものには全て万神という名の精霊がおり、太古の人々はそれらを崇め、その精霊と対話し祈祷をするのが呪い師であり、それが巫女の起源だと言われている。
小鳥子が洞窟内で舞うその神楽の舞いは、どこか原始の時代を思わせるような光景であり、その神秘的な美しさを持つ容姿と舞いは、飛若も思わず見惚れてしまいそうなものであった。
本来、神楽は社や祭壇で神楽歌を歌いながら舞うものであるが、この何処中つ国では各地の風習によってその形はそれぞれ違い、彼女の神楽はそれらを省略した舞いである。
小鳥子が神楽を舞い続けている間に、飛若に異変が起こる。
「う、うう……!」
背中の刺青がやたらと熱い、まるで熱に侵されているかのような感覚である。そんな具合の悪そうな彼の姿を見た小鳥子は、少なくとも神楽の影響で飛若の呪いが反応し始めたことをすぐに察した。
「もう少しご辛抱を」
彼女は気分が悪くなっている飛若を見ても尚、冷静になりながらそのまま無我無心で神楽を踊り続ける。
しかし、その時、
「ぐ、ぐわあああああああああああああああああ!」
突然、飛若が叫び始めたその瞬間、その体から衝撃波のようなものが放たれた。
「きゃあ!」
小鳥子はその一瞬の衝撃波で体ごと吹き飛ばされ、そのまま壁岩にぶつかるが、更に信じられないことが起きる。
「こ、これほどの呪詛とは……!」
小鳥子は何か強い念力のようなものに体の自由を奪われ、壁岩に張り付いたまま動けなくなってしまう。指一本も動かせられず、周囲の壁岩がヒビ割れ、彼女は飛若の呪いに秘められたその強大な力に圧倒される。
「飛若様!」
小鳥子は彼の名を呼ぶが、当の本人はその場にぐったりと倒れて気を失ってしまう。
「飛若様! 飛若様!!」
飛若の耳には彼女の声は届かず、やがてその視界は真っ暗となってしまう。




