第四十八話 凶僧
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その日の夜、清泉の南には、ある大橋が河原を跨いであった。
「皆の者、もう少しの辛抱じゃ!」
新月が照らされる真夜中の大橋には、三百人余りの兵が清泉へと戻ってきた。
皆、我ノ国との戦の睨み合いで、出兵から帰ってきた者達である。
遙か遠くまで行軍し、疲労困憊の彼らは早く家族の元へ帰ることを求めて、足を進めていた。
この大橋を渡れば清泉に入れる。ようやく家族に会える。誰もがそう思っていたその時、
「ん?」
先頭を進む屈強の大将が、馬上から橋の先に人影のようなものが見え、目を細めると、天蓋(虚無僧の深編み笠)を被って顔を隠した二人組の虚無僧が待ち構えていた。
「止まれい!」
大将が叫ぶように全軍に命じる。
「何奴! 名を名乗れい!」
大将が相手に名を求めると、二人は答える。
『中禅宗僧徒……』
『刺客四人衆ナリ……』
すると、反対の橋からも二人組の虚無僧が現れ、橋に閉じ込めるように兵達を挟み囲う。
『貴様ラニハ、見セシメトシテ……』
『ココデ無惨ニ死ンデモラウ……』
真夜中に新月の光が照らされる中、人間のものとは思えない不気味な声を出す四人のその袖には、『四』という赤い字が禍々しく現れる。
「中禅宗だと? 皆の者、向かえ討てい!」
近頃、清泉で暴れ回る過激派僧兵衆を名乗る四人に、大将はすぐに兵達に討って出させる。
兵達は命令に従い、一斉に槍と刀を構えて、彼ら四人に向かった。
しかし、虚無僧は三百人余りの兵を前にしても何も恐れず、途端に左手で片合掌して経を唱え始める。
――種種諸惡趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅
天蓋から不気味な声と共に漏れるお経が、禍々しく異様な風貌を思わせる。
「槍兵、前へ!」
大将の命に従い、槍を持った一人が虚無僧の一人に構えて突撃する。
その瞬間、
「おわっ!」
兵の一人が虚無僧に襲いかかった途端に転んでしまう。一瞬、何が何だか分からなくなったその者は、再び立ち上がるとした時に、その転んだ原因を知ることになる。
「う、うわぁあああ!! ああああああああああああ!!」
その者は、それを見て絶句する。そこには、自らの右足が切断され、血溜まりを作っていたのだ。
虚無僧の手には、いつ抜いたのか分からぬ刀が月夜の光で煌めいていた。
常人の目には止まらぬ、神速の居合抜きであった。
「お、俺の足がぁああ!! 返せ! 返してくれ!!」
右足を切断されたその者はただ絶望する。
彼は走るのが大好きだった。故郷に帰ったら、村の者達とまた駆け足の競争をするのを待ち望んでいたのだ。だが、その夢ももう叶わない。彼の希望そのものをこの虚無僧に奪われたのだ。
「か……ぐっ!」
その時、もう一人後ろにいた虚無僧がその首筋に止めを刺す。
彼の命を夢と共に奪ったのだ。
「お、おのれい!」
続いてもう一人が虚無僧に刺突するが、その途端に槍を落とす。
「えっ?」
一瞬何が起こったか分からなかったが段々と手に違和感を覚え、よく見てみると両手の指が何本か切断されていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!」
自らの欠損した両手から血が流れだし、絶叫する男。
彼は蕎麦打ち職人であった。多くの客に美味しい蕎麦を食べてもらい、喜ぶその顔を見るのが何よりの生きがいだった。しかし、もはやこの手では蕎麦は作れない。彼の生きがいをこの虚無僧に奪われたのだ。
「うっ……!」
その刹那、虚無僧は目にも止まらぬ速さで、両手を欠損したその者の後頭部を斬った。即死である。
「がっ!」
更に今度は反対側の橋で、虚無僧が上段から刀を振り下ろし、大柄の男の脳天から胴体までを真っ二つに一刀両断した。
彼には家族がいた。故郷に戻ったら、妻とまだ五歳児の娘と再開して、その体を抱きしめてあげたかった。
しかし、真っ二つに分かれたこの体では、もう抱けない。手を繋いで引っ張ってあげる事も出来ない。大量の血が派手にぶちまかれ、橋から川へと流れ落ち、綺麗な川の水を血で赤く染める。
『うわぁああああああああああああああああああああ!!』
やがて、橋の上は乱戦となるが、多くの兵達が次々と虚無僧に斬り捨てられ、大量の指や耳、鼻、手、足、その他の体の一部が、血と共に橋の上で飛び舞い、下にある川を血の川へと変えていく。
たった四人で三百人余りの兵を劣勢に追い詰める刺客四人衆は、常人ではないほどの剣の達人であった。
「おのれい!」
その時、大将が一人の虚無僧の左腕をなんとか太刀で斬りつけた。
「手応えあり!」
虚無僧の左腕から血が流れ出し、ぶらんと手が下がる。おそらく筋までは届いたであろう。深傷を負ったのは間違いない。
ところが、
『クク……』
虚無僧は小さく不敵な笑い声を出すと、腕を斬り落とされて苦悶し、膝を落としていた隣の若者の後頭部に止めを刺して、刀を手を放した。
すると、虚無僧は斬り落とされていた若者の右腕を取ると、それを喰らい始めた。
「うっ……!」
天蓋の下から、肉を食いちぎる音が響き、大将は吐き気がした。
すると、その途端に異変が起こる。
「なっ……!」
大将は目を疑った。先ほど深傷を受けた虚無僧のその左腕が、人の肉を喰らうことにより、徐々に傷が再生し、塞がっていったのだ。
常人の体ではなかった。人智を超えた体質である。
「ば、化け物め……!」
『化ケ物……? 違ウ……』
大将はその虚無僧に恐れを抱くと、虚無僧は喰いつくした腕の骨を捨て、ゆっくりと歩み寄ったその刹那!
シュピン!
「え……?」
大将の頭頂部と両腕が切断され、頭からは中身が丸見えになる。
虚無僧の手には、先ほど若者に止めを刺したままだった刀が、いつの間にか握られている。
いつ抜いたのか分からない。全く見えなかった。
もはや、何が何だか分からなくなった大将は思考が混乱するあまりに、その場から動けなくなり、虚無僧はその大将の頭を両手で掴む。
「我ラハ……人間ナリ……」
その瞬間、虚無僧は大将の丸出しになっていた頭の中身を喰らい始めた。
「ぎ、ぎゃああああああああああああああああああ!!!」
大将は悲鳴を上げ、血と脳髄がその場にぶちまけられ、虚無僧に頭を食い散らかされる。
将にふさわしくない死に様であった。
やがて、将を失い、三百人余りいた兵の数は、僅か三人ほどになってしまった。
「ヒ、ヒィ!」
「た、頼む! 命だけは助けてくれ!」
「せ、拙者には妻と子がおるのだ……! 家族の為にも、まだ死にたくない……!」
生き残った三人の兵は、四人の虚無僧に必死で命乞いをする。
「頼みます! どうか、この通り!」
「決してそなたらの事は誰にも漏らしません!」
「だ、だから……どうか命だけは……命だけは……!!」
だが、当の本人は、
『安心セイ。オ主ノ妻子モ……直ニ逝カセテヤル……」
「や、やめ……!」
その瞬間、三人の兵の首は一瞬で飛んでしまう。だが、四人の虚無僧はそれだけでは飽き足らず、その五体を不満そうに斬り刻み始めた。
「よくやった」
そこへ、輪西が現れる。
『霊恕』
『胤空』
『戒淵』
『祟厳』
輪西は四人の名前を呼ぶ。
「お主らは真に心強い」
輪西は腕を組みながら、彼らの仕事ぶりに感心した。
ところが、
『マダ斬リ足ラヌ……』
『マダ殺シ足ラヌ……』
『マダ血ガ足ラヌ……』
『マダ肉ガ足ラヌ……』
人間のものとは思えない不気味な声で、彼らは輪西に顔を向けた。
『コノ程度カ……』
『大勢……人ヲ斬レルト……』
『申スカラ……引キ受ケタ……』
『話ガ……違ウ……』
彼らは物足りなかった。まだまだ人を斬りたかったのである。
『許サヌ……輪西……』
『詫ビトシテ……』
『オ主ノ首モ……』
『貰イ受ケル……』
血のついた刀を下げながら、動く屍のようにユラリと輪西に迫り、その首を刎ねようと斬りかかろうとしたその時、
「慌てるな」
輪西が一言発した途端に、四人は静止する。
「お主らの仕事はまだ残っておる」
すると、彼は何やら懐から巻物を取り出した。
「ここに倒れてる者共の家族の居場所は既に特定しておる。ここにの」
輪西がチラチラと見せるその巻物を、虚無僧の一人、崇厳が奪うように手に取り、中に書かれているものに目をつける。
彼らは字が読めなかったが、少なくとも書かれてるものは誰かの名前とその住処が記されている事は分かった。
「後で字の読める数名の目付を使わすので、詳しい居場所を案内させよう。そして、そこに書かれておる者共を一人残らず斬るのだ」
『一人残ラズカ……?』
「無論、一人残らずだ。決して取り逃がしたり、生かしたりはするな」
『女、子供モカ……?』
輪西は何も躊躇うことなく頷く。
「大人に育って、仇討ちに来られては困る。赤子も一切生かさず、確実に息の根を止め、見せしめに体を切り刻み、家諸共火で焼くのだ」
輪西のその言葉に、先ほどまで狂犬のように仲間に襲い掛かろうとした刺客四人衆は、あっさりと大人しくなる。
『承知シタ……』
『皆殺シ……引キ受ケタ……』
『子供モ……決シテ楽ニハサセヌ……』
『血ノ雨……降ラソウ……』
四人の虚無僧の天蓋から聞こえる不気味な声は、どこか喜んでるようなニヤけ声にも聞こえた。
「ククク、実に素晴らしいぞ」
輪西はそんな喜ぶ彼らを見て、大いに感心した。
「それでこそ人としての所業だ。それでこそ人として正しい行いだ」
笑いを堪えきれず、狂った笑みを浮かべる輪西は、心の底で彼らを賞賛した。
――此奴らこそ、この腐りきった清泉に天誅を下し、血に染める最凶の剣客なり!
――雲原、吉ノ国の時代は、此奴らの刀で変わるであろう! 真の新時代が斬り開かれる!
――今に見てろ! 黎教の聖地、清泉に巣食う生きる価値のない害虫共よ! ククククク!




