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第四十二話 堕姫

 


 ――――――――――




 その日の夜、里の村人達は松明と農具、竹槍を用いて、総出で集まっていた。



「はよ走らんか! 逃げちまうぞ!」 


「分かっておる!」


 彼らは険しい表情をしながら、暗闇の裏山を登っていくと、その丘に一件の小さな家が建っていた。



「ここにおるのか!?」


「ああ、間違いねえ!」


 彼らは農具と竹槍を構えながら、家に近づく。



「出てこい! 化け狸の親子共!!」


「小娘を引き渡せい!」


「三ッ山婆さんの仇だ!!」


「婆さんを殺しただけじゃ飽き足らず、その肉を爺さんに食わして、タダで済むと思うな!!」


 彼らは長老夫婦の惨劇を聞いて、福族親子に制裁を受けてもらう為にやってきたのであった。



「皆、かかれい!」


 村人達は一斉に真っ暗な家の中に入ろうとしたその時、玄関からドスッと何かが刺さる音がした。


「ぎゃああああああ!」


 悲鳴を上げたのは、玄関先に仕掛けられた罠にはまり、ツルハシ形の竹バネが脚に刺さって貫通していた村人の一人であった。


「助けてえ!!」


「待ってろ! 今抜いてやる!」


 一人、勇敢な男が助けに行くと、ここで何かの紐を脚にひっかけてしまう。


 その瞬間、天井から(まさかり)(斧)のついた竹バネが弾け、助けにきた男の脳天を叩き割る。


 鉞が刺さった脳天から血しぶきを上げるこちらの男は、悲鳴を上げずに即死であった。


「罠が仕掛けられてあるぞ!」


「畜生、きっとあの小娘だ!」


 村人達はそう察すると、数名が家の裏口へと回る。



 脚を竹槍に刺された者は、残りの者で彼を助けてそれを抜くが、時既に遅く、その者の脚は真っ黒に壊死していた。


「毒が塗られてる!」


「それも、かなり強く早いぞ!」


「こりゃもうダメだ! 早いとこ、脚を切り落とすしかない!」


「誰か火とノコギリを持ってこい!」


 その瞬間、脚を負傷したその者は絶望に歪む。



 一方、裏口から入った数名の者達は、親子が寝ている布団へやってくる。


「見つけたぞ!」


「死ね!」


「この化け狸め!」


「婆さんの仇だ!」


 彼らは一斉に布団で包まる親子に竹槍を刺すと、手応えはあったが、何か違和感を覚えた。


 布団をめくってみると、うつ伏せになってる親子の体はボン!と煙が立ち上げ、かかしが現れた。



「おのれ、あのタヌキ娘め……!」


 村人達はその変わり身で化けたかかしを見て、怒りに燃え上がり、かかしを思いっきり蹴った途端、紐が繋がれてあった事に気づく。


 その瞬間、一体どういうカラクリなのか、入口と裏口の地面から太い竹槍が飛び出し、檻のように数名を閉じ込めた。


 そして、どこからか火が点き始め、家の中は火事と化す。


「火、火だぁ!」


「う、うわああああ! 誰かぁ!」


「助けてぇ!」


「ここから出しておくれ!」


 燃え上がる家に閉じ込められた数名は外の者達に助けを求めると、彼らは鉞を使って竹の檻を切ろうとした。


「はよ叩っ切れい!」


「ダメだ! かなり丈夫な竹だぞ!」


 何度も何度も叩いても、太い竹は切れず、更に火の手が竹に燃え移り、バチッ!バチッ!と攻撃するように強く弾け、彼らはつい怯んで、後ずさってしまう。



『うぎゃああああああああああああああああああ!!』


 やがて、モタモタしている内に炎の勢いが増し、檻に閉じ込められた数名はその豪炎に焼かれて全身火だるまとなり、黒焦げの炭人間と化していく。


「ダメだ! もう手遅れだ!」


「皆、下がれい!」


 燃えさかる家を前にする村人達は呆然と立ちつくし、閉じ込められた者達が、悲鳴を上げながら焼け死んでいくのを見て、その友や家族は泣き崩れる。


「おのれ~! 山中探せい! きっとどこかにおる筈だ!」


「ここまでされて、逃がすわけにはいくな!」


 村人達はそう言うと、総出で裏山中を探し回った。









 一方、家を離れて逃げていった福族親子は、海と隣接している岩山の洞窟に身を隠していた。


 黒くゴツゴツとした岩場、その間に穏やかな海の水が流れて魚が泳ぐ水路、巨大な怪物の鱗を思わす固い壁岩、それらが一体となる海の洞窟がここにあった。



 バチン!


 その洞窟の中で、最初に音が鳴ったのは平手打ちであった。


 母親は涙を浮かべながら厳しくミカヤを睨みつけ、思いっきり頬を叩いたのである。



「ミカヤ! なんて事をしてくれたのだ!!」


 これまで母親はやんちゃな娘を何度も叱ってきたが、今回はその今までの比ではないほどに娘を怒鳴り散らした。


「長老である婆様を殺し、その肉を爺様に食わして、あまつさえ共に逃げる私の目を盗んで、家にチノシリ流の罠を仕掛けるなど! 気は確かか!?」


「気は確かではないから、こうしたまでです」


 頬を叩かれたミカヤは立ち上がり、自分の怒りをぶちまけるように訴えた。


「爺様、婆様は決して許せないのはもちろん! 今まで我らを迫害してきたあの里の者共も同罪です! もっと悔しい目に遭わせなくは、私の気が治まりませぬ!」


「ミカヤ、そなたというやつは……!」


 母親はその娘の振る舞いを見て狼狽える。ミカヤは自分のした過ちをこれっぽっちも後悔していなかったのだ。



「そなたが人を殺め、長老様方に惨劇を招いた事は決して許されぬ事であるが、私だけは千歩譲ってそれをまだ許そう! されど……」


 我が娘を前にする母親は体を震わしながら叫んだ。



「されど、私が何よりも許せぬのは、そなたが変化の禁術に触れ、更に人の肉を食らったことじゃ!!!」



 その怒鳴り声が洞窟中に響き渡り、水路を泳ぐ魚もその声に驚いて逃げるように海へ去ってしまう。



「チノシリが申した通り、我が里にもいつの日か禁術の存在を知り、悪事を働くものが現れるとは思っておった! されど、その罪を最初に犯す者が、我が娘などとは、未だに信じとうない!!!」



 母親のその声は段々と泣きそうに震えていく。


「私の言うことも聞かず、やんちゃで、手に負えぬ、我が可愛い娘が……こんなのひどい……ひどすぎる……!」


 そして、遂に言葉に出来ず、まるで娘に裏切られたかのようにその場で泣き崩れる。だが、ミカヤはそんな母親を見て、最初は動揺したものの、やがて、すぐに吹っ切れてしまう。


「我らを迫害しただけでは飽き足らず、カマジに手を出したあの者共が悪いのです。それに私はお腹がとても空いていました。だから、殺した次いでに丁度よく、肉を食ろうたのです。このように……」


 すると、ミカヤは大事に持っていた媼の肉の塊に噛みつき、それを食いちぎる。


「やめよ……!」


 母親はそんな娘を見て止めようとするが、ミカヤはこれまでの迫害と空腹による苛立ちから生まれた怨念を込めながら、見せつけるように豪快に人肉を喰らう。


「頼む、やめておくれ……!」


 だが、ミカヤの耳には全く届かず、まるでケダモノが獲物を喰らうかのようにグチャグチャ!という咀嚼音を出しながら、派手に媼の肉を食い散らかす。


「やめよぉ!!」


 遂に母親は見るに堪えきれず、ミカヤの頬をもう一回叩くと、その肉を奪って海に投げ捨てる。


「あぁ! 私の肉が!」


 ミカヤは捨てられた媼の肉を取りに行こうとすると、母親がその後ろから抱きついて止めようとする。


「行くな! もうやめておくれ!」


「いやぁ! 私の肉! 私の肉がぁ!」


「そなたを叩いたことは謝るから! そなたを飢えさせた私が悪かったから! だから、諦めておくれ!」


 暴れる娘を抑えつけながら、必死に思いを伝える母親。


「ウガァ!」


 だが、ミカヤの耳にはそんな母親の声は一切届かず、その首に回していた腕に噛みつき、肉を食いちぎろうと、乱暴に首を振り回すと、血が流れ出る。


「くっ!」


 母親はその痛みに苦悶し、娘をつい離してしまい、出血する腕を押さえる。


「私の肉!」


 口周りを血だらけにしたミカヤは、そう言いながら海へ飛び込み、沈んでいく肉を取りに潜っていく。


「なぜ、こうなってしまった……?」


 今まで見たこともない娘の凶行を見て、母親は膝を落とす。


「プハァ!」


 やがて、水面からミカヤの顔が現れると、自力で岸に這い上がり、拾うことが出来た媼の肉を誰にも取られないように抱きつく。


「私の肉……私の肉……」


 まるで赤ん坊を抱きかかえるかのように、大事に媼の肉にしがみついて呟くと、やがて、ミカヤはキッ!と母親を睨みつける。


「ミカヤ……そなたは……!」


 嫌悪感を込めた娘のその目に母親は引いてしまう。




「母様なんて大嫌いです……!」




 まるで反吐が出ると言わんばかりに蔑む声で呟く娘のその言葉に、母親は胸が張り裂ける思いを抱えた。



 だが、母親はそれでも本気で娘に立ち向かった。



「ミカヤ! どうか目を覚ましておくれ! もうこれ以上、罪を重ねようとしないでおくれ!」


「嫌です! カマジが殺されたのですよ!? 私の気が治まるまでは、まだ復讐はやめませぬ!」


「復讐は復讐しか生まれぬ! そなたが行っておる事はいずれ、自らの身にも災いが降りかかるのだぞ!」


「構いませぬ! それで降りかかるのでしたら、この身を滅ぼした方がまだマシです!! ましてや、女子として生まれたこの身と命など、もはや未練はありませぬ!!」


 憎悪に心を染め、歪んでしまった娘の耳には、もはや母親の声は一切届かなかった。



「あの里に永遠に心に残る惨劇を爪痕のように刻みつけてやる! あはははははははははははははははははは!!」



 もはや、墜ちた狸姫と呼ぶにふさわしい狂い様であった。


(私が、この娘をこんな風にさせたのか……? 私がちゃんと食べさせなかったから……?)


 母親は変わり果てた我が娘の狂気にもはや為す術はないと悟ってしまう。



「勘当じゃ……」



 母親は力のない声でそう呟いた。



「勘当じゃ! そなたはもう私の手には負えぬ!」


「それは何よりもかたじけないお言葉です。せいせいいたしました」


 娘との縁を切る決断をしてしまった母親に、ミカヤは何も後悔してなかった。


「今までお世話になりました」


 ミカヤは最後に母親にそう言い残し、そのまま洞窟へと出て行ってしまう。



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