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第四十一話 狸汁

 


 ――――――――――





 その昔、ある里に三ッ山翁と三ッ山媼と呼ばれた山主の長老夫婦がいた。


 彼ら二人はとても仲の良い夫婦で、貧乏には困らない生活を送っていた。


 だが、この夫婦には一つ、悩み事があった。


 それは里の裏山に福族というタヌキの種族である親子が住み着いていたことである。


 昔から山を取り仕切るこの老夫婦にとって、余所者のタヌキ親子は邪魔者でしかなく、いつも困り果てていた。




 そんなある日、翁が畑に向かった時のことであった。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 そこには、収穫間近の芋やカブ、大根までもが全部掘り返されていた。しかも、荒らされた野菜は無惨にかじられ、細かく食い散らかされている。


「だ、誰だ! 儂の畑を荒らしたのは!?」


 折角、一生懸命育てていた作物を台無しにされた翁が怒り狂うと、そこへ名乗りを上げる者がいた。


「私だ! 私が荒らしてやったのだ!!」


 柵の上で腰掛けながら声を上げていた者は、福族の娘、ミカヤとその飼い狸、カマジであった。口の周りには土がこびりつき、飼い狸のカマジもまた無我夢中でカリカリと大根をかじっている。


三月前みつきまえ、そなたは助言と申して、我らを危険な泥沼に誘い込み、あまつさえ我が母が干潟にハマってしまったのを見捨てるばかりか、卑劣にも我らが一生懸命獲った貝を取り上げて去ったのだ! 挙句の果てには我が母までも泣かせた! これはその報いだ!!」


 彼女は老夫婦に復讐する為に、わざわざ収穫間近になる時期を待って、その畑を台無しにさせる為にやって来たのであった。


 自分達と同じような目に遭わせようと。




 更にミカヤは、今度は柵の上で歌いだした。








 じ じ じじの 爺様の庭は


 む、む、無惨に みんな出て こいこいこい


 我が名は福族 ぽんぽこぽんのミカヤ


 今年も 翌年も 一つも芽が出ぬ


 こい こい こい こいこいこい


 みんな出て こいこいこい


 じ じ じじの 爺様のはた


 あ あ 雨なし 枯れ盛り


 我が名は姫君 ぽんぽこぽんのミカヤ♪






「おのれ……不作を願う狸囃子たぬきばやしまで歌いおって……! 成敗してくれる!」


 頭に血が上った翁は遂に怒り狂い、鋤を上に構えてタヌキ娘に襲いかかるが、


「ぐっ……こ、こんな時に……!」


 翁は歳の影響でギックリ腰になってしまい、その場で腰を下ろす。


「あはははは! 無様だのう!」


 ミカヤは狂うように嘲笑った。


「和族とは、何とも哀れな種族なことか! 短命にして老いも早い! そのクセ我ら長寿の種族を妬む! このような弱き種族がこの世を牛耳っておったとはのう!」


 翁を囲うように走リ回る少女とその相棒のタヌキ。


「そなたが手塩にかけて育てた野菜、なんとも美味であった! 残念だったのう! もう根こそぎ獲り尽くされてしまってのう!? もう口にすらも出来ないのう!?」


 彼女はもっと悔しい思いをさせる為に翁を煽り続ける。彼女はそれほど老夫婦を恨んでいた。


「捕まえられるものなら、捕まえてみるがよい! あはははは!」


 ミカヤは最後にそう言うと、嘲笑いながら相棒のタヌキと共に逃げるように去ってしまう。


「お、おのれ……今に見ておれ……!」


 翁はヨボヨボの年寄りである身でありながら、その内から怒りが燃え上がった。





 翌日



 畑を荒らされた翁は山の麓へとやって来ると、そこにはもう少しで収穫できそうな野菜が実る田畑があった。


 渓流の清水が流れ落ちる滝と小さな川がある谷底の地形であり、その水で畑にうるおいと糧を与えていた。


 ここは役人に内緒でこっそり耕しておいた秘密の隠し田であり、翁はもしかしたら、ここもまた荒らされるかもしれないと悟り、その畑の近くにある巨大な岩場にとりもちを塗り、その上に笹で包んだきび餅を置いておいて罠を仕掛けておいた。


 すると、


「来たぞ……!」


 翁の予想通り、滝の上からミカヤの姿が現われた。山育ちで慣れているのか、飼い狸を肩に抱えながらゴツゴツとした岩場を猿みたいにゆっくりと降りる。


「あの畑だけで観念すると思っておったら、大間違いであるぞ……!」 


 ミカヤのその表情は未だに怒りに満ちており、昨日荒らした畑だけでは飽き足らず、翁の隠している畑ごと根こそぎ掘り尽くす気でいた。


 その時、


「あれ? あんなところにきび餅が……」


 ミカヤは近くにあった巨大な岩場の上にきび餅が置いてあるのに気がつく。


「もしかしたら、近くにおるのか?」


 ミカヤの予想は的中していた。藪の中で身を隠し、遠くから少女の姿を見る翁がいたのである。だが、しかし、


「だと、すると……今の内だのう!」


 彼女はきっと持ち場を離れて、何処かで仕事に行っているのだと勘違いして、岩場に近づいた。


「母様にあれを贈ろう」


 ミカヤは母親にあげる為にきび餅を盗もうとし、岩場の上に乗ったその時、


「あ、あれ……?」


 ミカヤは見事に罠にかかってしまった。


「とりもちか!? となると……!」


 ミカヤは罠だと気づいたときにはもう遅かった。


「かかったのう!」


 そこへ翁がやって来た。


「この小娘め! 観念するが良い!」


 翁は獣のように罠にかかったミカヤを見て、怒りを露わにした。


「キィー!」


 しかし、そこへ、相棒であるカマジが翁に噛みつこうと襲いかかる。


「こ、このケダモノめ!」


 翁はカマジを乱暴に押さえつけ、その足を縄で縛り付けた。


「カマジ!」


 ミカヤは唯一の友の名を呼ぶが、その友までもあっさりと捕まってしまう。


「さて、儂の家に来てもらおうかのう?」


 翁はそう言うと、ミカヤも縛り上げて彼らを家に連れて行く。




 そして、家に着くと、翁は台所の梁に彼らをつるし上げた。



「婆さん。どう料理しようかのう?」


「そうじゃのう。儂等の畑を根こそぎ荒らしたのじゃから、それ相応の報いを受けなくてはのう。タヌキ汁とかはどうじゃ?」


 大事な畑を荒らされた老夫婦は彼らをとことん懲らしめようと考えた。


「プッ!」


 ところが、ミカヤはそんな老夫婦に屈せず、翁の顔に唾を飛ばした。


「ぬっ! おのれ……この小娘め!」


 翁はミカヤの頬をバチンと叩く。


 すると、その勢いで彼女の胸元がはだけると、媼はそれに目が行く。


「ん? 小娘、以前見たときよりも胸が膨らんできてはないか?」


 確かにミカヤの胸はかなり大きくなっていた。それはまるで饅頭のように大きく、とても柔らかく、子を育める大人の女性らしい膨らみであった。


 媼はミカヤのその発育を見て、気がかりになった。


「お主らの家はかなりの極貧であろう。何せ、儂等がそういう風に仕向けたのだからのう。わざわざ里の者達に安く買いたたかせるよう頼んでまでして」


 その時、ミカヤは驚くように目を大きく見開せた。今までひもじい貧乏生活に明け暮れ、ごく僅かな麦で生活をせざるを得なかったのも、全てこの長老夫婦のせいなのであった。


「ここまで早く大きくなるのは、きっとそれ相応の栄養を取っておったに違いないのであろう。一体、お主は何を食らって、そのように大きくなったのじゃ?」


 迫るように問い詰めてくる媼の言葉に、ミカヤは心当たりがあった。


 誰にも知られずに、里の子供を殺し、人肉を食らっていた事を。



 だが、ミカヤは、


「食らえるものは、何でも食らってきたのだ!」


 ただ、それだけしか答えなかった。その態度を見て、媼は不敵に笑う。


「まあよい。お主らがどこで何を食らっても知ったことではないからのう」


 媼はそれだけを言うと、今度は相棒のタヌキ、カマジが吊られている梁に近づく。


「なにをする?」


「小娘をいたぶる趣味はないのでのう。このまま帰してやってもよい。ただし、タダでは帰させぬがのう」


 そう言うと、媼は梁に吊していたカマジの縄を解いた。キィーキィーと鳴きながら暴れるタヌキを乱暴に扱いながら、うすの中にそれを入れる。


「爺さんよ。押さえてくれんかのう」


「無論」


 翁はそう答えると、臼に入った暴れるタヌキを力尽くで押さえつけた。


「やめよ! カマジになにをする!」


 すると、媼は杵を持ち出し、タヌキの入った臼に近づき、上に構えた。


「爺さんいくよ!」


「良いぞ婆さん!」


 二人は準備万端の態勢を取る。


「やめよぉ!」


 しかし、ミカヤのその声は届かず、媼は一気に振り下ろすと、翁はすぐに手を離し、杵はタヌキの頭に直撃し、ギェ!という鳴き声が臼から響く。


「よっ!」


「ほいっさ!」


「よっ!」


「ほいっさ!」


 彼らはまるで餅を突くかのように息を合わせて、何度も何度も突き続けた。


「お願いもうやめて! 私が悪かったから! もう悪さしませんから! 反省してますから!」


 だが、彼らは手を止めず、容赦なくタヌキを突き続けた。


 やがて、臼の周りは獣の血が飛び散る。


「ほれ、タヌキ餅(、、、、)の出来上がりじゃ」


 そして、彼らは見るも無惨な姿となっているタヌキを見せつける。


「カマジ……」


 ミカヤはそれを見て呆然とするが、やがて、それは絶望へと染まる。


「いやぁああああああああああああああああああああ!!」


 老夫婦の家からミカヤの悲鳴が鳴り響く。





 その後、老夫婦は約束通りにミカヤの縄を解き、カマジの死骸を与えて家に帰させた。



 辺りはまるで血が流れたかのような夕焼けに染まる山と化し、彼女はようやく自分の家にたどり着く。


「ミカヤ! どこへ行っておった!」


 いつまで経っても帰って来ない娘を心配していた母親は、彼女の元に駆けつける。


「母様ぁ……!」


 ミカヤは目から涙を溢れさせながら、手に抱える我が友を見せた。


「カマジが死にましたぁ! カマジが殺されましたぁ!」


 泣きじゃくる娘が手に持つタヌキの死骸を見た母親はあまりの衝撃に息を呑む。


「これは酷い……!」


 とてもタヌキとは思えぬ惨い姿をしていた。しかし、母親はそんなタヌキを手に持ち、声をかける。


「痛かったのであろうな」


 母親はタヌキの死骸を撫でながら、ミカヤに呟く。


「ミカヤ。話しは後にして、まずは中へ入りなさい。私はこの子を丁重に埋葬してくる」


 母親はそう言うと、タヌキを抱えながら何処かへ行く。




 やがて、辺りは日が沈んで真っ暗な夜になると、彼らは囲炉裏に火をつけて灯りをつけ、母親に長老夫婦の畑を荒らした事を全て話した。



 その後、ミカヤは隅っこで包まりながら、横になっていた。その目は虚ろとなり、まるで死んだ魚のように曇っている。


「ミカヤよ。辛いのは分かっておる。だが、いつまでもそうしてないで、こちらへ来なさい」


 母親は囲炉裏の前で座りながら、彼女の為に貴重な味噌を使い、汁を作っていた。


 ぐつぐつと煮える味噌の香りが家中に漂うと、ミカヤの鼻にも刺激し、嫌でも腹の音がぐぅ〜と鳴った。



 すると、ミカヤはようやく起き上がり、囲炉裏の前にやってくる。



「母様、これは?」


 目の前にある鍋に入った汁を見て、母親は答える。


「今宵は通夜じゃ。そなたの為に僅かな味噌で作ったものである」


 母親はそう言うと、お椀に味噌汁をよそい、ミカヤに差し上げた。


 彼女は無言でそれを受け取ると、箸を手に取って、手を合わせる。



「「頂きます」」


 二人はそう言うと、味噌汁を啜り始める。



「ん!?」


 その途端、先ほどまで虚ろになっていたミカヤの目が見開き、ものすごい勢いで汁を啜った。


「おかわり、お願い出来ませぬか?」


「もちろん。沢山お食べ」


 母親からもう一杯もらったお椀をまた啜る。


 濃厚な味噌の香り、程よく取れた出汁、溶け出す油、そして小さな()のかけらが浮かんでいた。


「肉……?」



 その時、ミカヤは眉をひそめ、箸を止める。


「母様……肉など、どこで手に入りましたか?」


 ミカヤは母親に問うと、本人は平然な素振りで答える。


「丁度、この辺りの山で弱っていた仔鹿が、たまたま通りがかっておったのを見つけてのう。隙を突いてなんとか仕留めたのじゃ」


「となると、近くで鹿の群れが来たのかもしれませぬね。では、なぜ里の皆は騒がないのですか?」


 鹿は害獣であった。それこそ群れを成して人里にやってくると、田畑を荒らす厄介な獣であった。だから、村人達が騒がない筈はない。


「母様、お聞かせください。これは一体なんの肉ですか?」


 ミカヤは強い口調で母親に問い詰めるが、


「何も申さず、食べよ」


 母親はただ、それだけしか答えない。


「カマジは何処ですか……? どのように埋葬したのですか……?」



 ミカヤは遂に立ち上がり、母親の目を覗くかのように迫る。


「母様……私に狸汁を食べさせましたね!!」


 その瞬間、ミカヤは持っていたお椀を投げ捨てた。床には小さな肉のかけらと汁がぶちまける。


「母様のバカ!!」


 ミカヤは涙を浮かべながら母親に怒りをぶつける。


「私に友であるカマジを食べさせるとは!! この人でなし!! 鬼!!」


 しかし、肝心の母は無言であった。


「タヌキは我ら福族にとって、同族も同然! そう私に教えたのは、紛れもなく母様ではありませぬか!?」


「ミカヤ! そなたには今の内にちゃんと食べさせたいのだ! そなたが長老様の畑を荒らし、敵に回してしまっては、もはや里の者達から麦は貰うことは出来ぬ!」


「だからと申しまして、私に唯一の友を食べさせるなどとは……!」


 母親は自らの過ちを全く後悔してなかった。その素振りを見たミカヤは涙を浮かべながら、今までの比ではないほどの嫌悪感を抱く。



「母様なんて大っ嫌い!! こんなことになるならば……父様とチノシリ様の代わりに母様が死ねばよかったんだ!!」



 その言葉が胸に突き刺さった母親の表情は、底知れないほどの絶望へと歪む。



 そして、ミカヤはそれっきり、何も言わずに家を飛び出していった。




 思いをぶつけるかのように、裏山の森林を涙ながらに駆け回るタヌキ娘は、やがて、身の内に潜む憎悪の化け物が呼び覚ます。



「今に見ておれ!!」











 翌朝



 この日も長老夫婦の家では、いつもと変わらぬ平和な日常を過ごしていた。


「では、行って参る」


「行ってらっしゃい。今日はご馳走を作りますからね!」


 翁は昨日荒らされた畑を直しに向かい、媼は翁の大好物であるきび餅を作ろうと、杵を取ろうとしたら。


「あれ? ここに杵があった筈なのだが、どこへ行ったのかのう?」


 媼は近頃の歳の影響による物忘れに悩みながら、家中、杵を探し回る。



 そこへ、


「よう。婆さん」


 翁が家に戻ってきた。


「あれ? 爺さん。畑に行ったのでは?」


「ちょいと、忘れ物をしてのう。それより婆さん。どうしたのじゃ?」


「ここにあった杵がどこかへ行ってしまってのう」


 媼が台所を探して背を向けると、その後ろに立つ翁の目の色が、獲物を前にする猛獣の如くギラリと変わる。


「それはこれの事かのう!」


 その瞬間、翁は後ろに隠し持っていた杵を思いっきり振り下ろした。


「がっ!」


 杵は媼の脳天に直撃し、流血する。


「じ、爺さん……一体、何を……!?」


 媼はまだ意識があったが、翁は杵を上に構えて、殺意のこもった目で見下ろす。


「死ね!!」


 翁は何度も何度も、杵で媼の頭部を叩き続けた。


「ぎゃあああああああああ! 誰か助けておくれえええええええええ!!」


 媼の悲鳴が家中に響き渡り、頭を守ろうとするその手は潰れ、指が折れ曲がり、頭部から飛び散る血と叩き続ける杵が、まるで餅つきのように表現する。


 やがて、媼の悲鳴は止み、鼻は潰れ、眼球が飛び出し、脳みその一部が飛び出ている死体と化す。



「ハァ、ハァ……は……ははは……!」


 翁は狂ったように笑いながら、持っていた杵を下ろすと、遂にその正体を現わす。


 突如、翁の周りからボン!と煙が出ると、そこに現われたのは福族の娘、ミカヤであった。


「ざまあみるがよい! カマジの仇だ!」


 彼女のその表情は憎悪に満ちていた。


「大切な人に殺されるのは、一体どのような気持ちだ!? えぇ!? 婆様よ!!」


 すると、今度は台所のまな板に置いてあった包丁を手に取った。


「まだ、これだけで終わるとは思うな!!」


 ミカヤはそう言うと、まず包丁で媼の頭部を削いで、髑髏を取り除いた。


 更に、彼女は媼の脚を切って肉を削ぎ取り、細かく刻んで鍋に入れ、何かを作り始めた。


「出来たぁ! 婆汁ばばあじるの完成だぁ!」


 ミカヤは狂気の笑みで、出来たてホヤホヤの料理を見下ろす。



 やがて、夕暮れになると、畑仕事を終えた翁が帰ってくる様子を見て、ミカヤはすぐさま血まみれの媼の髑髏を被り、変化の禁術を使って媼に化けた。


「ただいま帰ったぞ」


「爺さん。おかえり」


 彼らはいつもと変わらない普通の会話する。


「おお、今宵は良い匂いがするのう」


「爺さんの為にご馳走を用意したからねえ」


 そう言うと、媼は早速、夕食の用意をしに台所に向かった。


「これは?」


 囲炉裏の前に座って火に暖まる翁は、目の前にぐつぐつと煮えたぎる鍋を見た。


「ついさっき、家の周りにタヌキがいましてのう。捕まえて、狸汁を作ったのじゃ」


「そうか。近頃、タヌキ共には心を悩ますのう」


 おそらく、福族の親子を含めて呟いたのであろうが、媼に化けたミカヤは怒りを抑えながら、無言でお椀に肉たっぷり(、、、、、)の汁をよそい、翁に渡した。


 翁は何も知らずに、その汁に口をつける。


「うむ、タヌキにしては妙な味じゃのう」


 翁は気のせいなのか、一瞬変わったような味に眉をひそめるが、一生懸命、血抜きして解体した媼の為に、お椀に入った狸汁を残さず食べた。



 肉も残さずに。



「さあ、さあ、どんどん食べなされ。おかわりは沢山あるよ」


「う、うむ……!」


 媼はまた更に翁のお椀を手に取り、肉いっぱいの汁をよそって渡した。



 翁は渋々と汁を口にするが、ここでようやく不信に思い始めた。


「やはり、何か変じゃ……婆さん、これは一体何じゃ?」


 その時、媼は笑みを浮かべると、遂にここでボンと!変化を解き、種明かしをする。


「あはははははは!」


 煙から現われたミカヤは腹を抱え、涙を浮かべながら狂うように翁を嘲笑う。


「お、お主は、あのタヌキの小娘!?」


 翁は驚愕すると、ミカヤに問い詰めた。


「婆さんはどこへいった!?」


 慌てふためく翁に、ミカヤは笑いながら答えた。


「ここにおるではないか!」


 すると、彼女は手に持ってた血まみれの髑髏をチラチラと見せつける。


「そ、それは……!」


 その瞬間、翁はあまりの衝撃を受けると、嫌でも全てを察してしまう。


「じゃ、じゃあ儂が食ったこの汁は……!」


 翁は目の前にあるぐつぐつと煮える鍋の汁を恐る恐ると見下ろし、わなわなと体を震わしながら、手に持っていた汁のお椀を床に落としてしまう。


 その様子を見たミカヤは笑いながら、血も涙もない残酷な真実を殴りつけるようにぶちまける。


「決まっておろう。爺様の大事な、だ~~~いじっなっっっ、婆様の肉で作った婆汁だぁ!!」


 その瞬間、翁の表情はまるで地獄に落ちるかのような絶望と、化け物の爪で胸を抉られるかのような痛みに歪んでいく。


「う、うわあああああああああああああああああ!!!」



 翁の絶叫が、風呂場にある解体された血まみれの媼の死体と、囲炉裏鍋にある婆汁と共に家中に響き渡る。





 すると、ミカヤは手に持ってた媼の髑髏を落として蹴り飛ばし、すぐさま台所に置いてあった媼の肉の塊を手に取り、そのまま家を飛び出して山へ逃げて行った。


 翁は涙を流しながら、その狂女の後を追った。


「間抜けな間抜けな爺様ぁ! あははははははははは!」


 辺りはすっかり真っ暗な夜の山と化し、暗闇の森でミカヤの笑い声が響き渡る。


「殺してやった! 貴様の大切な婆様を無様に殺してやったぁ!」


「おのれぃ!」


 翁はミカヤに底知れぬ恨みを抱えながら、とっ捕まえようと走るが、歳の体では彼女の足には追いつけなかった。



「追いかけれるものなら追いかけてみろ! 貴様の大切なお人である婆様を殺し、その婆汁を食わせてやったぁ!」


 ミカヤは更に悔しい思いをさせるために、森の中で翁を煽る。彼女はそれほど憎んでいた。


「爺様が婆汁を食ったぁ!! 爺様が婆汁を食ったぁ!! 私と同じ目に合わせてやったぁ!!」


 やがて、翁の体はもう限界となり、息を乱しながらその場で腰を落としてしまう。


「あははははははははははははははははははははは!!」


 とうとう、ミカヤの声は暗い夜の森へと消えてしまう。


「畜生めぇええええええええええええええええええ!!」


 タヌキ娘、いや、もはや同じ人とは思えぬ化け狸を捕まえられなかった翁は、山中響き渡るほどの悔しい叫び声を上げる。









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