第三十九話 化狸
五日後
どこかで血が流れたかを思わせるような赤い夕日、丘から広大な海が見える人里、もうすぐ収穫間近の田畑、水路の流れで動く水車小屋、荷運び用の牛が飼育されてある牛小屋、一見どこにでもあるこの田舎里では、子供達が何やら集まっていた。
「見つけたか?」
「いや、全然」
夕日の中、彼らは総出で何かを探していた。
「ちくしょ〜あのタヌキ娘、どこいった?」
「近頃、あまり見なくなったな」
「特に村を出たような感じはしないが」
子供達はどうやら福族の少女ミカヤを探しているようである。
「まあいい。見つけ次第、痛めつけてやろうぜ!」
「え~またやるのか?」
「当たり前だろ? この前の仕返しをしなければ、オラの気が治まらねえ!」
顔の火傷を子分達に見せるガキ大将。しかし、それを見ても、乗り気のない者もいた。
「大将、別にこっちから手を出さなければ、あいつ何もしてこないと思うけど?」
「何言ってんだ? 得体のしれない余所者の好き勝手にさせない為にも、こうやって日頃から分からせてやらなきゃいけないんだろ!?」
「毎日やるのか? なんかだるいよ」
気怠そうに頭を掻きながら呟く子分。
「というか、最近お前ノリが悪いな」
「そうかな?」
ガキ大将はやる気のなさそうな子分を見て問い詰めた。
「お前、俺と兄弟の契りを結んだろ?」
「もちろん」
「じゃあ、どこで誓いを立てたか覚えてるよな?」
「大将のじいちゃんの小舟の上でだ」
「そうだ。ちゃんと覚えてるじゃねえか」
ガキ大将はやる気のなさそうな子分のその言葉を聞いて安心感を覚える。よほど仲の良い間柄なのであろう。
「あ、そろそろオラ帰らないと。編み仕事もあるし」
「そういえばお前ん家、親いなかったな。大変だよな。今日はもう帰って良いぞ」
ガキ大将はそんなやる気のなさそうな子分の気を利かせて帰させる。
「ひひひ、じゃあな!」
子分はニヤけながらその場を去った。
一面、麦畑と田畑が囲う道のり、甲高い声を空に鳴り響かせる鳶、里の西端に位置する川の橋を渡った先に一軒の小さな茅葺きの家があった。
そこはそのやる気のなさそうな子分の自宅であり、彼は何事もなく家に入る。
「ふぅ〜」
丁度、夜が更けて暗くなった頃に帰宅した子分は、溜息を吐いて止まると、突如体からボン!と煙が上がった。
そこに現れたのは、福族の少女ミカヤであった。
「危なかった……! この術なしでは、誤魔化せなかったであろう……!
冷や汗をかいたミカヤは大分焦っていた様子であり、一旦深呼吸をして平静を取り戻す。
「チノシリ様の申していた事は本当だったのですね」
ミカヤは福族の里がまだ朝廷に侵略されなかった頃にある話を聞いた事があった。それは彼女の父と母と叔父の三人が内緒で密談を開いているところをこっそり聞いた時の過去の話である。
――兄上、変化の術はご存じですね?
――無論じゃ。
ミカヤは姫である自分を差し置いて、密談をしてることに腹が立ち、岩陰に隠れながら彼らの会話に耳を傾けていた。
――我ら福族は変化の術を使う時、木の葉を頭に乗せて化けます。これは福族の誰もが存じておる事。されど、この術には、実は裏がございました。
――裏じゃと?
ミカヤはこの時のチノシリの深刻な表情を初めて見た。強いだけでなく、頭も良い福族最強の大戦士がここまで思い詰めている様子を見ると、ますます話を聞き逃すわけにはいかなかった。
――我はある時、旅の途中で稻族の里を見つけ、そこの長と親交を結んだ事があります。
――あの稻族と?
タヌキの特徴を持つ福族にとって、キツネの特徴を持つ稻族は険悪の対象であり、時に縄張り争いで戦う事もあった種族である。そんな彼らと親睦を深めた事に父と、母は驚きの表情を浮かべるが、チノシリはそれよりも大切な話をした。
――我はそこの長から、変化の術の古き真実をお聞きしました。
――古き真実との?
――如何にも、それは凶悪にして邪悪なあまりに、我らの祖先が自らその方法を途絶えさせた決して触れてはならぬ禁術の存在です。
父は目の前にいる最強の福族が、額に冷や汗を垂らしてまで伝えようとする姿を見て固唾を呑んだ。また、本能が察した。これは必ず聞かなくてはならぬ事だと。
――聞かせよ。
父はチノシリの深刻な話に耳を傾けた。
――アマカヤ様、変化の術を使う時、何をどう使いますか?
チノシリは母に問う。
――無論、先ほどその方が申した通り、頭に葉を乗せて念じれば出来ること。福族なら子供でも出来る簡単な術じゃ。
――では、それで他人に化け、その者の家族や親しい間柄の者に近づき、欺ける自信はございますか?
――それは無理な事よ。外見はいくらでも似せる事が出来ても、性格や仕草までは似る事は出来ぬ。多少欺けたとしても所詮はその場限りで、いずれは中身を見破られるであろう。もっとも、その者の記憶さえ分かることが出来れば、話は別であるがのう。
――では、その記憶を頭の中に入れられる変化の術があるとしたら、どう思います?
母はその時、息を呑んだ。
――それはもはや完璧な術じゃ。まさかそのような方法があるのか……!?
チノシリは無言で頷いた。
――聞かせよ。どのようにすれば、他人の記憶を受け継ぎ、化ける事が出来る?
母の問いに、チノシリは真剣な表情で真実を答えた。
――方法はとても簡単です。これもまた子供でも出来るもので、やり方も通常の変化の術とは何も変わりませぬ。ただ、頭に当てる物は木の葉ではなく、ある物を代わりに被せるだけです。
――そのある物とは……?
――それは…………人間の骸骨、即ち髑髏です。
その時、父と母は驚愕した。
――人間の髑髏を頭に被せて同じように念じれば、その者の生前の記憶と共に化ける事が出来ます。
父はその言葉に肩を震わしながらすぐに察した。
――そ、それは即ち……!
――如何にも、人殺し、または死体の頭を取り除くことが条件の術、それが『変化の禁術』です。
父と母はその余りにも衝撃的な言葉に圧倒された。自分達が唯一使える変化の術のその先に禁断の領域があることに二人は絶句する。
――何故、儂等にその真実を申した。
――我ら福族もまた人間。いくらその禁術の方法を途絶えさせても、いつかはその真実に辿り着き、悪行に利用する者が現われてもおかしくはありませぬ。子供でも出来るほどの簡単な方法な為。また、我が訪れた稻族の里長から聞くところによると、ここ数年前にも、この福族の里とは別の遙か東にある福族の里で、その真実に辿り着き、悪行に利用した者も現われたと聞きます。
チノシリのその言葉に二人はまたも絶句した。数年前とは、つい最近の事である。また、五百年もの間を生きる長寿の福族にとって、数年とは和族の感覚以上にあっという間の年月である。つまり、変化の禁術を知り、それを扱う者がいつ現われてもおかしくはなかった。
――変化の禁術を扱う者は見分けが全くつかぬ厄介な術です。また行う者も悪しき企みを持つ者が大半です。いずれはこの里にもその者が現われるかも知れませぬ。兄上にはその者を死罪として裁き、真実を公に知られずに隠し通し続けて頂きたいが為にお伝えしました。
――チノシリよ、その方が申すこと承知した。その役目、引き受けよう。
父はチノシリのその提案にすぐに承諾した。そんな父を見て、チノシリは一安心をすると、最後にこの場にいる二人に忠告した。
――兄上、アマカヤ様、くれぐれもこの事は決して……
――そのようなこと、無論であろう……!
――うぬ、他言無用じゃ。
そのような会話をミカヤは過去に聞いてしまった。
「チノシリ様、仰る通り簡単なのですね」
ミカヤは虚ろな表情で数日前に殺した悪童の髑髏を手に持ちながら呟いた。
ぐぅ〜〜〜〜〜。
その時、ミカヤの腹から音が鳴る。
「一安心したら、またお腹が空いたのう」
成長期なのか?ここのところ何故かやたらと空腹になる事に彼女は悩んでいた。
「かなり早いが食事を取るかのう!」
そういうと、ミカヤは囲炉裏の間に上がると、その周りには凄惨な光景が写っていた。
壁と障子には血が派手にぶちまかれ、玄関は解体された跡の血だまりと、抜き取られた髪の毛が散乱し、囲炉裏には鍋が火にくべられ、中には人間の手と骨がぐつぐつと煮え、その天井の物干しには海水で浸した人肉が干されていた。
「もう少し、片付けとうかったが、めんどくさいし、このままでも良かろう」
五日前、ミカヤは悪童を殺して、髑髏を取り除いた後、その悪童の記憶を探って、この家の場所を知り、やって来た。
最初は悪童になりすまし、この者の身内を欺こうと思っていたが、記憶を調べたところ両親のいない家だと知り、ならば、麦を盗もうとも思ったが、麦もなかった。
記憶だけでなく、家中いくら探しても、金目のものも食べられるものはなく、ミカヤが最後に取った行動は『食べること』であった。
このまま死体を放置してはいつかはバレる。ならば、見つからないように食料に変えてしまえば良い。彼女はそう考えた。
気が狂ってる行いだが、ミカヤはそれほどお腹が空いていた。飢えという名の化け物が彼女の心を蝕み、狂わせた。
「さてさて、よう煮えたかのう?」
そんな凄惨な家にいたミカヤは何事もなく、囲炉裏の前に座り、お椀に肉汁をよそう。
人間の手首と共に注がれた肉汁を手にし、彼女はその手首を摘み、指をかじる。
「うむ、なんとも美味! 人間とは、意外とイケるのう!」
彼女は美味しそうに肉汁の味を堪能した。
まだまだおかわりは沢山ある。天井の物干しには干し肉だって大量にある。食べ放題であった。
しかし、その台所には頭骨を剥ぎ取られ、顔の皮が捲れて脳みそと眼球が丸出しになってる頭部と共に、一部食べられない箇所と腸含む臓物が床に捨てられてる無惨なバラバラ死体が転がっていた。
死後、五日は経ち、蝿と蛆虫が集る。
「はぁー! もう満腹だー!」
やがて、肉汁をたらふく食べた終えたミカヤは一息つくと、自らの膨れたお腹に手を当てながら、満足に悦ぶ。
「お腹ポンポンだ! タヌキがポンポン! なんてのう!」
自らの満たされた腹を叩きながら笑うミカヤ。
「あれ?」
ところがその時、ミカヤは自分の体のある異変に気づく。
「なんか妙に胸が張っておるような……」
腹とは別にほんのちょっとだけ膨れた胸に手を当てながら見下ろすミカヤ。
前はこんなんじゃなかった。もっと、まな板のように真っ平らで、少年と同じような胸をしていた筈であった。
「ちゃんと食べたおかげで筋肉が付いたのかのう? もしかして、私も戦士みたいな屈強な体に近づいてきたのかも!」
ミカヤは里にいた戦士達の体を思い出して喜びだす。満腹で心も満たされたのか、彼女はご機嫌な表情で浮かれる。
「化けて、欺いて、食べれて、大きくなる! なんとも一石二鳥な事か! あはははは!」
無邪気な声でミカヤは笑うが、それは何処か狂ってるかのような声にも聞こえた。
「さて、もう一仕事するかのう。ここまま放置するわけにもいかぬし」
彼女はそういうとその場から立ち上がり、台所の方へと向かった。
まるで地獄から降臨された化け物が、憑依されたかのようにユラリと歩き、暗い夜に包まれた娘は闇の中で紅き眼をギラリと光らせた。その姿はまさに常闇の世界に蠢く化け物のような姿であった。




