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第三十八話 迫害

 


 今から百五十年前、ミカヤの故郷である福族の里が、和族朝廷との戦に負け、朝廷は福族の長とその側近である勇者を斬首し、福之塚でさらし首にした。


 その後、部族達は和族朝廷に従い、朝廷は福族の森と里、そして宝石資源を取り上げ、早くも荘園として開拓を始める事にした。


 森に多くの開拓民が集まり、木々は伐採され、川は治水で固められ、それまで多くいた獣や魚も皆逃げてしまい、福族はそれまで狩猟や漁獲などで生計を立てていた自給自足による生活も出来なくなり、彼らはやむを得ず、和族と同じように田畑で作物を育て、飢えを凌ぐしか他に生きる術はなかった。


 しかし、原始の暮らしをしていた部族達にとって、荘園の租税制度は厳しく、米の年貢、都への労働、布の献上などの租庸調に苦しめられていた。


 宝石採掘も和族が牛耳り、朝廷の命により、掘ることも許されない。


 また、更に朝廷は一揆を起こさせない為に、大半の福族の中から、有力な者を里から引き離し、散り散りに各地の里へと派遣させる暴挙に出た。


 ミカヤとその母、アマカヤもまたその一人であり、朝廷の命により、赤子の頃から住んでいた故郷を去り、何も知らぬ和族の里へ訪れ、新たな暮らしを始めていた。











 ―――――――――――





 沖から波立つ青き海。漁師の舟がたくさん置かれる砂浜、漁で獲れた魚を売買する港市場、沖から漂う磯の香りが風と共に、人里へと吹き立つ。


 この田畑を耕している人里もまた荘園の里であり、人々は農業と漁獲の両方を産物として暮らしている集落であった。



 この里の裏山近くの道端に十数人の子供達がいた。



「やい! 薄汚いタヌキの一族め!」


 彼らは一人の少女を囲い、石を投げつけていた。


「お上の命だからって、安々とこの村にいられると思うなよ!」


 彼らが囲っているのは、タヌキの耳と尻尾を持った少女、福族の姫ミカヤであった。


 そう、彼女は里で迫害されていた。



「やめぬか!」


 ミカヤは子供達を睨みながら強い言葉を言い放つが、彼らはそれでも石を投げる手を止めようとしない。


「気高き原始の姫であるこの私を愚弄しおって! 成敗してくれる!」 


 ミカヤは子供達のガキ大将の胸ぐらを掴み、拳を握り締める。



「おいら達に手を出せばどうなるか分かってるのか? もう麦を分けてやんねえぞ!」


「ぐっ!」


 木葉尼はその言葉を聞いた途端に拳を止めてしまう。


 何故なら、慣れぬ土地に派遣された今のミカヤの家は、とても貧乏であった。


「一人じゃ、何も出来ないタヌキ娘は大人しく地に頭を埋めて、おいら達に石を打たれれば良いんだ!」


 ガキ大将はミカヤに蹴りを入れて倒すと、またも石を投げつける。それに続いて子分たちもまた石を投げる。



「やめよと申しておるだろ!」


「やめよと申しておるだろ~♪」



「何度申せば分かる!」


「何度申せば分かる~♪」



 ミカヤの言葉で遊ぶガキ大将。


「おのれ……! おのれぃ!!」


 その時、怒りを爆発したミカヤは突如、手のひらから緑色の火が点き始め、彼女はそれを親玉のガキ大将の顔面に押しつけた。


「うぎゃああああ!」


 ガキ大将の顔に火が焼きつけられ、その場でのたうち回ってしまう。



「たかが、私一人相手に群がり、石を投げつけるお主らの方が、よほど一人では何も出来ぬであろう! 気に入らぬ事があるならば、私と一対一で相手せよ!」


「この……気味の悪い妖術使いやがって……やっちまえ!」


 顔面に火傷を負ったガキ大将が憤ると、子分達と共に一斉にミカヤに襲いかかった。



「うああああああああああああああああああ!!」



 卑劣な迫害に怒りを燃やしたミカヤは、道端に落ちていた木の棒切れを手に持ち、彼らに向かい合った。





 その後、日が暮れる頃になると、ミカヤは裏山にある小さな家へと帰宅した。



「ミカヤ、また喧嘩を?」


 家にいた母、アマカヤはミカヤのそのボロボロな姿を見て察する。


「そなたは女子おなごなのだから、このような野蛮な事をしてはならぬ」


 母親は心配気に痣だらけのミカヤの顔についた泥を布で拭こうとすると、彼女はその手を振り払った。



「女子だから、なんと申すのですか!? 女子一人相手に寄って集って、石を投げつけるあの者達は野蛮ではないと申すのですか!?」


「そういうわけでは……」


「女子には、女子自らが、我が身を守ってはならぬという決まり事でもあるのですか!?」


 ミカヤは目に涙を堪えながら訴えていた。



「母様、もうあのような者達から麦など頂かないでくだされ!」


「では、どうやって生きれば良い? 畑を耕す土地のない我らにとっては、山で多くの柴を刈り、それを村で麦と交換するしか他に生きる術はないのだ」


「そのような、スズメの涙にもならぬ安い仕事をしたって、裕福になれるがないではござりませぬか!」


 ミカヤの言う通り、柴刈りという仕事は竈門や囲炉裏の火を起こすのに必要な薪の材料を集め、時に人に売ったり、物々交換をしたりする職業であり、財源としての価値は全くないとはいえないが、わざわざ買ってくれるほどの買い手もそこまでいない仕事であった。


「そなたの言う通り、裕福にはなれぬが、今を生きることは出来よう」


「斯様な屈辱な目にあってまで、生きとうありませぬ!!」


 バチン!


 その時、ミカヤの頬に母親の平手打ちが叩かれた。


「自らの命を粗末にするでない! そなたの父とその叔父、チノシリが首を刎ねられた時、幸いにも朝廷は族長妻子の我らを生かしてくれたのだ! 本来なら我らもまた……」


「お情けで生き地獄を与えられた負け話など、聞きとうありませぬ!」


 ミカヤは母親から目を背け、耳を塞ぎ込んだ。少女は未だに福族が負けた事実と、最も憧れていた父と英雄が首を刎ねられ、晒し首にされた現実を受け入れられなかった。


 ミカヤは涙を浮かべながら呟いた。





「母様なんて、大嫌いです……」





 ミカヤはそれだけを言い残すと、そのまま黙って家を飛び出した。



「ミカヤ!」



 母親は我が娘を呼び止めるが、その声はミカヤに届く事はなかった。




「ハァ、ハァ!」



 三日月の月光が夜を照らし、無数の星が集う天の川が大海原を写し、天地と共に一体となる海の砂浜でミカヤは、ただひたすら走っていた。


「あっ!」


 すると、ミカヤは波に打ち上げられていた枝につまずき、転んでしまう。


「うっ……うぅぅ……!」


 砂浜に顔を埋めた少女のその瞳から涙が溢れる。


「父様……チノシリ様……お家に帰りとうござります……!」


 ミカヤは転んだ痛みよりも、悔しさと悲しみによる痛みで泣いていた。


 自分が大好きだった父と叔父が負け、斬首刑にされ、故郷を滅ぼされ、荘園にされ、土地を引き離され、このような訳も分からない里に連れて来られ、毎日苦しい目に遭う。ミカヤはその悔しさのあまりに砂を強く握りしめる。



 ぐぅ~~~。



 その時、砂を力一杯握っていたミカヤの腹から音が鳴ると、彼女はその手を緩めてしまう。


「お腹空いた……」


 ミカヤは空腹のあまりに腹に手を当ててうずくまる。


 彼女ら親子はこの里で、毎日大量の柴と交換に麦を貰って生活をしているが、余所者に偏見を持っている里なのか、人々はごく少量の麦しか親子に与えてくれず、約、二合くらいで一週間食い繋いでるような現状であった。


 ひもじい思いをするミカヤだが、そんな彼女の元にある生き物が近づいてきた。


「キィー」


 それは、ごく普通のタヌキであった。


「カマジ……」


 ミカヤはタヌキにそう呼ぶ。


 このタヌキはミカヤがこの地に来た直後に出会い、特に食べ物を与えた訳でもないのに何故か彼女に懐き、愛着が湧いたミカヤはタヌキに『カマジ』という名をつけた。


「ごめんね、カマジ……。今家には食べ物がないの」


 ミカヤはそのタヌキの小さな頭を撫でながら呟く。


「キィー」


 よほどミカヤの事を気に入ってるのか、撫でられて喜んでいるカマジは彼女の体に寄り添った。


「ありがとう。いつも慰めてくれて」


 ミカヤはそんなカマジを抱き寄せる。彼女にとって、この村で唯一の友がこの小さなタヌキであった。


 彼らはしばらくの間、お互いに体を密着させる。


 タヌキは福族にとって、祖先の象徴とされ、同族も同然であり、殺生はもちろんの事、傷つけるのも一切禁じられ、昔から友好的に扱われた神聖な生き物である。






「おい、何やってんだ?」



 しかしその時、そんな彼らの仲を許さない者がいた。


「何やってんだよ!?」


 後ろの茂みから、怒り気味に声を荒げながら現われたのは、村でミカヤをいじめていた悪童の一人である。


「見て分からぬのか? タヌキと仲良くしておるだけだ」


 ミカヤは素知らぬ顔で答えるが、悪童はそれが気に入らなかった。


「畑を荒らす害獣に加担しやがって! オラが成敗してくれる!」


 すると、悪童はミカヤの頭に石を投げつけた。


「痛ったぁ……!」


 頭から血を流したミカヤは手で押さえるが、悪童は石を投げる手を止めようとしない。



「やめよ! 何も悪いことをしておらぬであろう!?」


「うるせえ! 余所者の化け狸(、、、)が!」


 その瞬間、ミカヤは胸が引き裂かれそうに痛みに襲われ、泣きそうになった。



 化け狸、それは本来なら、決して福族に言ってはならぬ禁句であった。本来、福族はタヌキの特徴と部位を持つが、実際は和族と何も変わりはない、ただの人間である。


 その証は異文化とはいえ、言語を話し、手を扱い、二足歩行が出来る事である。しかし、この何処中つ国にはそれを受け入れぬところもあり、そういう得体のしれぬ者を差別する者も多くいた。


 そして、蔑まれる福族の差別の証が化け狸という名である。



 ミカヤは自分が忌み嫌われ、蔑まれ、その人間とは決して認められない証の言葉を言われ、か弱い少女のように涙を浮かべた。


 しかし、悪童はそんな泣いているミカヤの頭を容赦なく蹴りを入れた。


 その勢いで、抱いていたタヌキと引き離されると、悪童はそのカマジの尻尾を掴み、乱暴に逆さ吊りで上げた。


「こんなケダモノがそんなに大事か!?」


 痛そうにキィーキィー!と鳴きながら暴れるタヌキを悪童は少女に見せつける。


「カマジ!」


 ミカヤは絶句した。


「見てろ! こいつを今から懲らしめてやる!」


 すると、悪童は乱暴に扱うタヌキを地面で押さえつけると、すぐ側にあった石を拾い、その小さな頭に目掛けて殴りつけようとした。


「やめよぉ!!」


 その時、ミカヤは咄嗟に悪童に向かって体当たりした。


「痛ってぇ……! このアマ!」


 悪童は手に持っていた石で抵抗しようとすると、ミカヤの手から突然、緑色の火が燃え上がり、彼女はそれを悪童の両目に押しつけた。


「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」


 両目を焼かれた悪童はその途端、ミカヤを押し飛ばして離れると、その場でのたうち回る。


「オラの目、オラの目がぁあああああああああああ!!」


 完全に失明した悪童は恨みをぶちまけるかのように言いまくる。


「この化け狸め! よくも……! 殺してやる! 今すぐ村の皆に言いつけてやる!」


 その途端、ミカヤの心が揺れ動いた。このままだと、確実に自分達の命が危うくなる事に。


「見てろ……! お前ら皆お終いにしてや……」


「うああああああああああああああああ!!」


 その瞬間、ミカヤは咄嗟にその辺に落ちてある石を拾い、悪童の頭に殴りつけた。


「がぁっ!」


 悪童は頭から血を流し、その場で倒れると、ミカヤはその隙を逃さずにのしかかり、悪童の頭部に何度も石を殴りつけた。


「ぎゃっ! ぐぁっ! ご、ごめんなさい……もうしません……許して……がぁっ!!」


 悪童は命乞いで謝罪するが、先ほど村に言いつけて自分達を殺してやると言った者による命乞いの謝罪など、何も信用出来ず、ミカヤの耳には一切届かなかった。


「ひっ……! 助けて!!」


 悪童は最後まで命乞いするが、ミカヤは容赦なく何度も何度も殴りつけた。




 死体と化すまで。



「ハァ、ハァ……!」


 ようやく、相手が動かなくなると、ミカヤはその場で立ち尽くして眺める。


 血まみれで、頭骨が割れ、焼けた眼球が飛び出し、脳みその一部が頭から地面にぶちまけてる無惨な悪童を。



「殺して……しまった……!」



 ミカヤは目の前にある死体を見て動揺し、体が震え始めると、まず最初に出た言葉が、



「どうしよう……」



 であった。



「どうしよう……どうしよう……!」


 ミカヤは怖じ気づいた。カマジを助ける為とはいえ、このまま放っておくと、いずれ里にバレてしまう。当然、罰は与えられる。追放だけならまだマシだ。元々この里は嫌いだった。だったらここから出て逃げれば良い。


 だけど、これはただの盗みや畑荒らしではなく、人殺しである。


 果たして、逃げ切れる事が出来るのか? 逃げたその先の果ては役人に捕まる時が来るかもしれない。もしくは人相書き(手配書)を各地でバラまかれるかもしれない。


 その挙句の果てには、父と叔父のように、斬首。


 ミカヤは十分に承知していた。元から人間には、都合の良い逃げ場などないのだと。



「どうしよう……どうしよう……」


 ミカヤは頭を手にやりながら錯乱してるその時、あることが起きる。



 ぐぅ~~~~~。



 空腹の音であった。考えれば考えるほどお腹が減る。そして、その影響で倦怠感に襲われる。


「お腹……空いた……」


 先ほどまで錯乱していたミカヤは、空腹のあまりにその場でうずくまる。


「父様……チノシリ様……私は一体どうすれば……」


 かつての憧れていた人の名を呟く中、ミカヤは改めて死体を見る。



 その時、


「あ、良いことを思いついた……」


 ミカヤは頭の中である事を閃いてしまう。


「何も人殺しを里に知られなければ、それでいいんだ……」


 それは人にバレず、更には空腹までも満たせる解決方法であった。


 やがて、ミカヤはゆっくりと立ち上がると、ユラリと悪童の死体へと近づく。


「丁度、お腹も空いていたし、一石二鳥になるのう」


 ミカヤはそれだけを呟くと、闇の中で死体の処理を始めた。


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