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第三十六話 戦士

 



 ーーーーーーーーーーー









 吉ノ国山間部、福族の里



 深緑の竹林が生える深き福族の森、獣が多く暮らすこの自然豊かな緑の地に一匹のカモシカがいた。


 カモシカは脳天気にフラフラと山中を彷徨い、草の葉を囓っているところ、突如ある異変に気づく。


 カモシカの瞳孔に映ったもの、それは大勢の鎧を着た防人の軍勢が枝とツタを剣で切りながら森へと侵入し、その天敵の姿に目が付いたカモシカは怯えるようにその場から逃げてしまう。



 大王ノ尊の命により送られてきた朝廷軍である。その数、五千人であった。



 この時、朝廷は福族との交流を断たれた結果、もはや原始の民である福族を文明に取り込む目論見はことごとく潰され、何処中つ国完全統一の為に何としてでも福族の地を征服しようと、戦の決断に迫った。


「急げ! 福族の里はもうすぐだ!」


 朝廷軍は見たこともない未開の地を踏み、険しい山道を進み、生い茂る竹林を掻い潜った。


 戦の前に長旅の行軍で疲労困憊になる中、ようやく和族の軍勢は、福族が根城にしている洞窟へとたどり着く。


「全軍、止まれい!」


 原始の時代から住み続けてきた洞窟を前に、遠路はるばるやってきた和族の軍勢はようやくたどり着いたことに安息するが、すぐに矛を構え、戦闘の態勢を取る。


 軍の先頭から馬に跨がる大将が洞窟の前に出る。


「福族の戦士共よ! 降伏いたせい!」


 高らかに声を上げる朝廷軍の大将。


 防人の軍勢は矛、剣を持ちながら身構え、全軍は緊張状態に走る。




 し~ん




 だが、洞窟からは人の声もウンともスンとも聞こえなかった。



「何も返事が来ぬ」


 和族の軍勢はその静寂な空気に沈黙する。



「妙に静かだのう」


「もぬけの殻かもしれませぬ」


 先頭に立つ大将の横に配下が口を開く。


「うむ、全軍、洞窟まで進めい!」


 大将が命令を出すと、五百人余りが洞窟の中へと入っていき、松明を照らす。


 壁は勿論、天井にまで埋め尽くされるかのような太古の洞窟壁画と沢山の黎教の石像が暗闇の中から怪しく現れ、防人達はその初めて見る異文化に心を奪われそうになった。


「いない。誰もおらぬ」


 洞窟の中は原始民族の生活道具がそこら中にあっても、肝心の福族の姿がこれっぽっちも見えなかった。


「さては、ここを捨てて逃げたな?」


「だと良いが、なにやら気味が悪いのう」


 異様な文化で埋め尽くされた福族の洞窟に防人達は警戒する。


「先ほどから気になっておったが、妙に地蔵が多く立ち並んでおるのう」


「福族は崇高な黎教信者だからな。地蔵が多いのは当たり前であろう」


 防人達がもの珍しそうに地蔵を拝み、触れたりして、その見事な彫刻技術に興味津々になる。とても原始民族が作ったとは思えない文化と美術であった。


 やがて、地蔵に夢中になっていた防人達はすぐに切り替え、敵の捜索の為に地蔵を後にするが、


 その時、何体かの地蔵の目が開き、通り過ぎていく防人達の背をまるで獲物を見るかのような視線でジッと覗いていた。



「おい! いたぞぉ!」


「福族の女子が一人おったぞぉ!」


 更に洞窟の奥から二人の男の声がすると、大将率いる防人達がその下へ向かう。


「こりゃ良い!」


 彼らがたどり着くと、そこには狸の耳と尻尾を生やした絶世の美女が人形のように横たわり、目に光を宿さないやつれた顔をしていた。


「コイツは上玉だのう!」


 防人達はその美女を見て欲情し、下品に笑いながら手を近づけると、


「待て! まず口を割らせてからだ!」


 大将自らが防人達を止めた。


「その方、他の福族はどこにおる?」


 大将は情報を聞き出そうと、福族の美女に問い詰める。



「答えれば、この汚らしい者達の手から一切触れぬようにしてもよいが?」


「それはあんまりですぜい大将!」


「ぎゃはははは!」


 野盗同然に振る舞う防人達が涎を垂らしながら自らの肉欲を抑え、美女を餌を見るかのように品定めをする。


「……」


 だが、美女は何も答えず、ただ力の抜けた死体のようにぐったりとしていた。


「駄目だこりゃ、時の無駄だ」


 大将は話の通じない相手だと察すると、防人達に告げた。


「者共、好きにしてよい」


 その瞬間、大将のその言葉に防人達の目の色が変わり始めた」


「え? 良いのですか!?」


「へへへ、それじゃあ遠慮無く!」


「馬鹿者、儂が先だ!」


 彼らは上物の肉を取り合う狼のように美女に群がり、服を脱がせた。


「うひひひ、なんて色っぽい体なんだ!」


「お主は一体どんな喘ぎ声をするのかのう!


「泣いたって誰も助けには来ぬからな!」


「散々になるまで犯し尽くしてやる!」


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 汚い男達が自らも鎧と服を脱いで全裸になり、美女に抱きついて肌と肌を密着させて輪姦を始める中、ふと大将はある物に目が付いた。


「ん? 木の葉……?」


 それは美女の額に一枚の木の葉が貼られてるのに気がつくと、やがてその木の葉が密着してる男達の揺さぶりで剥がれ落ちると、大将はあることを察して、その表情はゾッと青ざめていく。


「いかん! その女子から離れよ!」


 だが、時既に遅く、美女からボフッと煙が現れて視界が塞がれた。


 やがて煙が消えていくと、そこには柔らかい肌をした美女ではなく、人型の巨大な蜂の巣が現れ、その巣に全裸で抱きついて密着していた男達は、その巣に張り付いてる大群のスズメバチと目が合ってしまう。


「ひっ!」


 スズメバチ達はこちらをギロリと見ると、カチカチと攻撃態勢の威嚇音を鳴らし、男達は呻き声をあげて絶句する。



 ブブブブブブブブブブブブブブブ


『うわぁああああああああああああああああああ!!』


 その瞬間、大群のスズメバチが羽音を鳴らし、全裸の男達に襲いかかり、その体を覆われた。


 全裸の男達はまるで分厚い服を着ているかのような格好になり、いくら払っても大群のスズメバチはまた張り付き、その全身に何回でも刺せるスズメバチの毒針で刺しまくられてしまう。


「おのれ~、福族に伝わる変化の術か!?」



 変化の術、それは福族と稻族が持つ能力であり、木の葉を頭に乗せて、大量の神通力を消費するのと引き換えに人や物体に化ける術である。


 本来は自らが化ける術ではあるが、熟練すれば対象の物体や他者を化かす事も出来る。



「ひぃ! ひぃ……!」


 ハチ達は更にその周辺にいる者達にも襲いかかり、防人達は手に持ってる松明で振り払うが、


 ボトッ! ボトッ!


 そこへ、いつの間にか上の崖にいた福族の蜂使い数人が真上から球体の蜂の巣を次々と落とし、その地面で砕けた巣から新たなスズメバチの大群が防人を襲う。



「へぇあ! ひゃあ! はぁあ! うぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」


 体中に蜂がまとわりつき、全裸の男達は勿論、鎧を着た防人達も蜂だるまとなり、その鎧の隙間から蜂が内部に侵入して毒針を刺され、朝廷軍は大混乱に陥る。



「全軍退けい!」


 大将が叫ぶ中、更なるものが遅いかかる。


「今だ! 射かれい!」


 別の崖からは福族の弓隊が防人に目掛けて弓矢を射った。


「投げ石も放てい!」


 更に反対側からは投弾帯を回し、上から石を投げつける投石隊がいた。


「がっ!」 


「ぎゃっ!」


 次々と体に矢が刺さり、頭部に石が当たって倒れていく防人達。


「に、逃げろー!!」


 霧のように覆うスズメバチの大群、上から矢と石の雨が降り注ぎ、朝廷軍はその場から逃れようと、散り散りになり、それぞれ別々の穴道へと逃げる。



 だが、その時、



 先ほど立ち並んでいた多くの地蔵が突如、ボフッと煙が立ち上げ、そこには顔に部族戦士の刺青を彫った福族の男達が次々と現れた。


 その数、約三百人。


 防人達は唖然する。先ほど見つけた多くの地蔵の正体が、変化の術で化けていた福族の戦士達であったことを。


「かかれい!」


 異様な模様を顔につけた部族戦士達はタグリのかけ声と共に短い剣を手にし、和族に襲いかかった。


「伏兵だ! 迎え討てい!」


 朝廷軍は手に持つ矛を向け、福族に応戦の態勢をとる。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 朝廷軍五千人と福族三百人、防人と戦士との真っ向勝負による合戦が今まさに始まった。





 打ち鳴らす金音、宙を舞う血しぶき、男達の雄叫びが洞窟中に響く中、劣勢になっていたのは朝廷軍の方であった。



 狭い洞窟内で戦う中、和族の防人が持つ長物である矛はとても扱いづらく、逆に福族の戦士が持つ短い平形剣の方が扱いやすく、狭い空間を利用して懐に飛び込み、一人づつ殺していく。


「全軍! 矛を捨てよ! 剣で向かえ討てい!」


 大将は福族の地の利の生かした戦いをすぐに察し、長物の矛を捨てて、剣で対抗するように命じる。



 だが、お互い剣同士で戦うも、福族の優勢は変らなかった。


 それは地の利だけではなく、練度の差によって優劣が決まってしまった。



 太古の時代、熊や白虎などの猛獣が今よりもウジャウジャといる時代、洞窟で暮らす原始民族は自ら縄張りである巣を守る為に洞窟の地形を利用した戦いを繰り返してきた。


 原始民族の暮らしを引き継いだ福族もその一つで、蟻の巣状の洞窟内の地形と狭い場所を利用した寡戦(少数で多数相手に戦う戦術)に慣れていた。


「一旦退けい! 退けい!!」


 大将は敵の練度、地形、そして次々と倒れていく自軍の劣勢を察し、退却を命じるが、逃げ場はどこにも見つからなかった。


「おのれ、福族め!」


 悔しそうな表情を浮かべる大将の下にある者が近づいてきた。


「我が名は福族渠帥者(イサオ)、タグリなり! この大戦士に敵う者はおるかー!」


 前線から福族の首長であるタグリが現れ、次々と剣で防人を斬って奮戦している姿が見える。


「タグリだ!」


「討って手柄を取れい!」


 防人達はタグリに一斉に襲いかかった。敵の大将さえ倒せばこちらが勝利すると思っての行動であろう。


「馬鹿め! もっと肝心な標的がおる筈であろう!」


 だが、和族の大将は福族の長である筈のタグリに目もくれず、防人達がタグリの首目当てで群がる光景を見て呆れ始めた。首長の首よりも更に討たねばならぬ者がいたからである。


「チノシリ! チノシリはどこにおる!?」


 大将は英雄の名を叫びながら探し回る。


「姿を現わして! 儂と一騎討ちをせい!」


「ここだー!」


 その時、左の側面から高らかな声が聞こえてくると、その者の姿が現れる。


「ふん! 姑息な手で後ろから隙を突いてくるのかと思うとったが、知将に似合わぬ正々堂々と儂の前に立つその振る舞い、さほど腕に自信があるようじゃのう」



「我こそは福族梟帥(タケル)の座を背負いし勇者、チノシリなり!」


 その時、チノシリは剣に手を添えた瞬間、剣の刃から緑色の炎が灯される。


「なるほど、それが噂に聞く狸火(たぬきび)か」


 狸火、それは福族が使うもう一つの能力で、神通力を消費するのと引き換えに操る火の妖術である。


 これは、焚き火や篝火、松明などの灯りや、火矢などにも使われる術である。


「和族の大将よ! いざ、尋常に勝負!」


 その瞬間、チノシリと大将は乱戦の最中で一対一の対決が始まる。


 二人はお互い、激しい剣の打ち合いと緑色の炎が舞い上がる光景が繰り広げられ、周りにいた防人と戦士達はその豪傑同士の戦いに固唾飲んだ。


 だが、勝負は思ってたよりも早くに付いてしまう。


「ぐっ! おのれ……土蜘蛛殺しの大戦士め……!」


 そこには剣を上に掲げて振り下ろそうとしていた大将が、その僅かに空いた右脇の鎧の隙間からチノシリ剣が突き刺さり、剣先が大将の肺と脈を貫き、緑色の火が流れ込んでいく。


 急所を突かれ、肺と脈を焼かれた大将は苦しむと、チノシリはその一瞬の隙を逃さず、大将の後ろに回り込み、額に位置する兜の先端を掴んで上に向かせると、喉元がガラ空きになり、そこに剣の刃を当てた。


「ぐわぁああああああああああああああああ!!」


 次の瞬間、チノシリはノコギリのように剣を前後に動かすと、大将は生きたまま首を斬り取られた。


「大将首、討ち獲ったり!」


 朝廷軍の大将首を掲げる勇者の叫び声が洞窟中に広がり、その大将が敗れたという報が一瞬で敵にも味方にも知れ渡る。


「我らの大将が敗れただと!?」


「そんなまさか……!」


「ひ、退けい! この戦、儂等の負けだ!」


「なんとしてでもこの洞窟から出るのだ!」


 大将を失った朝廷軍の士気は一気に下がり、死に物狂いで逃げ回る。


「チノシリ様が敵将を討ったぞ!」


「さすがは我らが勇者、お見事なり!」


「皆、チノシリ様に遅れを取るなー!」


「進めい! 和族を皆殺しにせよ!」


 福族の戦士達は士気高揚となり、残りの和族を始末しようと後を追いかける。


「追うな! 此度の策は和族を洞窟へ誘い込み、向かえ討つ守戦にあり。追い打ちは決してならぬ」


 すると、戦士達はチノシリの命令ですぐに立ち止まり、洞窟から出て逃げていく朝廷軍の背を眺める。


「流石はチノシリよ! 見事な策じゃ!」


 タグリは今回の戦でチノシリが提案した作戦を褒め称える。


 福族の戦士達は和族との戦に大勝利して勝ちどきを上げる。


「今宵は勝利を祝って宴を開くぞ!」


「兄上、戦の最中に宴など、それこそ御法度です」


 浮かれるタグリを注意するチノシリ


「分かっておる。和族がこの地を完全に去った後にであろう?」


「如何にも」


 タグリは軍師としての役割を担うチノシリの助言を聞き入れる。


「だが、見てみよ? 和族の雑兵共が逃げていくあの様を」


「果たしてこれで朝廷軍が大人しく去るかどうかは」


 福族の里が大勝利したとはいえ、警戒心を解かず、厳しい視線で逃げていく和族の軍勢を眺めるチノシリのその表情にタグリは答えた。


「よかろう、六日間様子を見る。それまで、宴はお預けじゃ」


 だが、その六日後、新たな軍勢は来ないどころか、朝廷軍が根城にしていた本陣も、もぬけの殻となり、福族は戦の勝利を確信した。





 ーーーーーーーーーーーーーー






 その夜、福族の里である洞窟内では、丸太で組んだ巨大な焚き火が上がり、彼らはそれを囲って座った。


 狩ったばかりのカモシカの丸焼き、大漁に獲れた(あゆ)を岩塩でまぶした串焼き、豊富な種類の果物、飲みきれぬほどの大量の酒などを並べ、彼らは大いに賑わっていた。



 勝ち戦の祝宴である。


 狸の特徴を持つ福族は祝い事や祭りが大好きで、戦に勝った後もこのように宴を開くのは、先祖代々のしきたりでもあった。


 勝利の美酒に酔う福族の戦士達は酒だけでなく、酔った勢いに身を任せて火の周りで踊りなども始めた。


 腰の前に瓢箪をぶら下げて金玉を思わせる踊りや、かぶき顔に近い刺青を彫った戦士達が腹踊りをするなどの光景がそこにあった。


「あはははは!」


 ミカヤもまたその宴の席におり、男達に紛れて踊りをする。


「これミカヤ! はしたない!」


 そんなミカヤを母親は止めようと後を追う。


「チノシリ様、万歳ー!」


 酒に酔った福族の戦士達は、此度の戦で一番功績を納めたチノシリを讃える。


 たった三百人で五千の兵に討ち勝ったこの戦は、彼らにとってそれほど大きい勝利であった。


「ははは! 今宵は愉快だのう!」


 下戸のタグリはチノシリの横で酒を飲ませ続ける。


「ヒック、兄上……もう十分です……」


 酒樽一つを空けた酒豪のチノシリも流石に酔い始めた。だが、そんな姿を見たタグリはニヤリと笑う。


「どうしたチノシリよ? まだまだ夜は長い! これ、あれを呼べい!」


 すると、タグリは手を叩くと、火の周りで芸や踊りをしていた戦士達は途中で止めて、元の席へと戻った。


「酒ばかりでは飽きると思ってのう。宴には華を用意したのじゃ!」


 そこへ、どこから来たのか分からぬ若い女達が現れ、踊りを始めた。


「この女子(おなご)達は?」


 怪訝な表情でタグリに問いかけるチノシリ。


「近くで通りがかった女子達じゃ」


 福族は基本、攻撃性を見せなければ多種族を招き入れる種族であり、特に女は最も歓迎される対象であった。


()いのう」


 その時、酔ったチノシリはある少女に目を奪われる。


 その姿は小柄で、真っ平らな胸と華奢な体に衣装を身に纏い、童顔に可愛らしい化粧をした少女である。


「お? あの小娘が気に入ったか? この幼女好きめ!」


 タグリはチノシリの頭に力強く手を置き、くしゃくしゃと髪を掻き乱す。


「そこの者、チノシリに酌をしてやれ!」


 タグリの命を聞いた少女はパァっと笑顔を浮かべながらチノシリの側に近づく。


「えへへ」


 少女は強い男が好きなのか、ニコニコとご機嫌斜めの表情でチノシリの盃に酌を注ぐ。


「その方、歳はいくつだ?」


「齢九つです」


 可愛らしい声をした少女はまだ十代にも至らなかった。


「あっ!」


 その時、少女は誤ってチノシリの袖に酒をこぼしてしまう。


「も、ももももも、申し訳ございませぬ!」


 少女は自らの失態に慌てながら、少し涙を浮かべた表情でチノシリに謝罪をする。


「よい。今宵は無礼講だ! チノシリも許してやれ」


「我は元から気にしてはおりませぬ」


 すると、チノシリは少女の頭に手を近づけると、少女はビクッと体を震わして目を瞑るが、


「その方、真に愛いのう」


「……!」


 チノシリはその少女の頭を優しく撫で始めた。少女は少し驚くが、彼の日頃から鍛錬された大きく力強い手が自らの頭を可愛がられる。


「えへへ」


 歴戦の勇者に気に入られた少女は喜びの余りに無邪気な笑顔をこぼす。





 ところが、


「して、その方は何故(なにゆえ)懐なぞに剣を納めておる?」


 その時、少女の笑顔は途端に沈黙の表情へと変わる。


「何?」


 タグリも突然チノシリが呟いたその言葉に一瞬、耳を疑った。


 いや、タグリだけではない。先ほどまで泥酔していた周りの戦士達もその言葉を聞いた途端に酔いが少しだけ覚めてしまう。


「我に近づき、我を斬るつもりか?」


 チノシリは冷静に問うと、少女のその表情は少し固くなる。


「なんのことでしょうか?」


「我の目は誤魔化せぬ。どんなに小さな殺気を忍ばせながら我らを欺いても、このチノシリを欺く事は出来ぬ」


 やがて、先ほどまで無邪気に笑っていた少女の顔は無表情へと変わり始める。


「その方、朝廷より放たれた刺客だな?」


 その途端、少女はチノシリから離れ、懐に隠してた剣を抜き始めた。


「曲者か!?」


 タグリは勿論、戦士達もその場に立ち上がり、腰の平形剣に手をやる。


「このようなまだ年端もいかぬ小娘を戦いに投じらせるのか朝廷は?」


 チノシリは何処か悲しそうな表情で少女を見る。


「余は小娘ではない」


 その時、小娘と呼ばれたその者は衣装の上半身を脱ぎ捨て、剣を構えた。


 その姿は確かに少女並みに華奢だが、よく見ると二の腕などには細い筋肉が少しだけ見えた。


「その方、男であったか」


 彼らの目の前にいる者は、少女ではなく少年であった。


「刺客だ! 捕らえろ!」


 戦いの態勢に入った戦士達を見た他の女達が恐怖の余りに逃げ惑う中、刺客を捕らえようとする三人の男が少年に迫る。


「ぎゃっ!」


「ぐぁっ!」


「がふっ!」


 だが、少年は手に持ってる剣で三人を叩き殺した(、、、、、)



「馬鹿な!? 強者の戦士三人を一撃で殺めるなど……!」



 戦士達は少年のその剣の腕前に驚愕し、チノシリはその少年の持ってる剣に眉をひそめた。



「その剣、太古の剣だな?」


「如何にも」


 太古の剣、即ち全く切れ味のない剣である。


 本来、剣というものは突く為でも斬る為でもなく、元々はその縦打ちを目的とした鈍器である。


 平たい物による縦打ちの威力は時に骨をも損傷させる。


 つまり、この少年の持ってる剣は相手を斬る為ではなく、相手にぶつけて叩き殺す為のものであった。


 そして、それは重ければ重いほど威力を発揮する。


 少年は見かけによらず、相当の力量の持ち主であった。


「お主、何故(なにゆえ)に単身でこの蛮族の巣窟へやって参った?」


 タグリは問い詰めると、少年は淡々と答えた。


「余の目的はただ一つ、福族渠帥者タグリと福族梟帥チノシリに一騎討ちを申し込みに参った」


「儂等と一騎討ちじゃと?」


 タグリは眉をひそめた。無論チノシリも。



「余が勝てば、福族は朝廷に降伏する事を要求する」


 戦士達はこの囲まれた危機的状況で頭がおかしくなったのかと思い始めた。


 だが、タグリは少年の話を最後まで聞く。


「もし、お主が負ければ?」


 すると、少年はその場で顎に手をやり、深く考え始めた。


 どうやら、子供ながらにそこまでの事は考えていなかった様子である。


「余は朝廷の命の下でここへ参ったのではない。自らの勝手な意思でここへ参ったのだ。煮るなり焼くなり好きにせい」


 ハッキリ言って話にもならなかった。将同士の命を賭けた決闘とはいえ、たかが、一騎討ちで里の命運を決めようなど、常識外れも良いところであった。


「皆は下がって頂きたい。この者の狙いは我らである」


 その時、知将として名高いチノシリは腰の剣を引き抜き、少年の望みに応じる。


「童とはいえ、手加減はせぬ」


 その瞬間、二人は目にも止まらぬ速さで剣を交えて対決した。



 激しく打ち合う金音が洞窟に響き、火花と欠片が飛び散り、両者互角の戦いが繰り広げられると思ったが、


「くっ!」


 チノシリは徐々に少年の動きについて来れなくなる。



「あのチノシリ様が押されてる!?」


「馬鹿な! 福族最強の大戦士であるぞ!?」



 周りに戦士達は土蜘蛛殺しの英雄がただの少年相手に武力で押されてる事に驚愕する。



「チノシリよ! 加勢いたす!」


「助かる!」


 そこへタグリも参戦し、少年相手に共闘する。


 だが、少年は二対一でも平然とした表情で剣撃を受け流す


「なんという者だ! 剣の腕に関しては里で一二を争うあのお二方を相手に全く引けを取らぬぞあの小僧!」



 少年の圧倒的な力差に絶句する戦士達。


「父上! チノシリ様!」


 たった一人の少年相手に苦戦してる二人にミカヤもまた驚愕する。


 彼女の目には、唯一憧れていた戦士がまるで赤子のように遊ばれているように見えた。


「流石は福族の大戦士よ。噂通りの強さだ」


 タグリとチノシリをの強さを褒め称える少年。


「だが、もう終わりだ」


 その刹那、少年は目にも止まらぬ速さで動いた途端、


「ぐぁ……!」


「がっ……!」



 その瞬間、タグリとチノシリの右腕は変な方向へと曲がり、骨折してしまう。



「タグリ様! チノシリ様!」


 ミカヤを含む福族は絶句した。



「くっ……その方、名をなんと申す?」


 深手を負ったチノシリは少年に名を尋ねる。


「我が名は襲磨皇子(そまのみこ)。朝廷の第七皇子なり」


 その少年の淡々とした答えにチノシリは怪訝な表情を浮かべる。


襲磨皇子(そまのみこ)だと? 旅先の噂で聞いたことがある。確か朝廷一の武を誇るが、そのわがままさと凶暴さ故に朝廷の威光に何度も反し、都より追放され、野に下った浮浪の皇子とな!」


「如何にも」


 チノシリは最初、少年の言葉を疑ったが、事実上この歳で勇者と呼ばれた自分に勝てるほどの凄腕の剣術に彼は現実を受け入らざるを得なかった。


「まさか、これほど幼く、手練れ者だったとは……ふ、不覚……!」


 チノシリの右腕はやがて内出血して紫色に染まり、彼は左手で地面の砂を握り締める。


「まだ命までは取らぬ。そなたらを生け捕りにし、朝廷に献上いたす」


「なるほど、儂等は戦利品同然の扱いという訳か……」


 襲磨皇子という名の少年の言葉にタグリは自らの敗北感を抱えるが、すぐにその目つきは厳しくなる。


「だが、一騎討ちに負けても降伏の要求には応えぬ! まだ世の何事も知らぬ小僧が、我ら福族を舐めるでない!!」


 だが、その時、


「敵襲ーーーーー!」


 里の見張り者がやってきた。


「和族の軍勢がやって参りました! その数、五千!」


 その時、その場にいた全員が驚愕した。


「ば、馬鹿な! 和族の軍勢は敗れた挙句に去った筈なのに何故今頃!?」


「別働隊か!? しかし、そんな報はどこにも……!」


 その時、チノシリはハッと何かを察した。


「その方、まさか……!」


「如何にも、これは余が各地の村で腕利きの者達を仲間に加えて集めた精鋭の衆である」


 襲磨皇子の言葉にチノシリは納得した。


「なるほど、朝廷の意思に反し、自らの力でこの地を落とすとは、敵ながら天晴れなり!」



 チノシリは和族の王族である襲磨皇子を褒め称える。



「福族は攻めよりも守りに強い種族だと聞き、特に勇者チノシリが考案するその守戦の知略は大軍をも恐れさせるほどのものであると謳われる。されど、かの如き頭の効く蛮族にどうやって勝てるのかを余は考えた」


 襲磨皇子は自らの剣の先端を二人に向けて言い放つ。


「そして、余は答えを見つけた。それは敵の頭目とその武の象徴を討つ事であるとな」


 その振る舞いは一見すると、ただの子供に見えるが、大戦士二人のその眼からは、猛者の如き姿のように見えていた。


「それで女子に化けて、我らに近づく為に忍び込んだという訳か」


「如何にも子供らしい単純な考え方だのう」


 タグリとチノシリは目の前にいる子供相手に睨みつけた。


「さあ、どうする? 福族の民達よ! こうしてる間にも余の軍勢が迫ってくるぞ?」


 襲磨皇子はこの場にいる福族達に宣言した。


「降伏するのか? しないのか?」


 里で一、二を争う程の強者が敗北し、利き腕を切り落とされ、挙句の果てに大軍まで迫り、福族は危機感を抱くが、タグリは諦めていなかった。


「まだだ! この洞窟にはまだ多くの罠が仕掛けられてる! 脱出経路もある! 惜しいがこの地を捨て、新たな地で力をつけ、この地を取り戻しに来るまでよ!」


「いや、ここで終わりだ。この巣穴にある多くの罠と脱出経路は全て、余が地図に記録し、我が軍勢や朝廷にもその地図を献上した。脱出経路は別働の衆によって予め塞いでおいた。もう誰一人も逃げられぬ。最強の戦士の腕もへし折った」


「……!」


 襲磨皇子の容赦ない追い討ちにタグリは絶句した。


「勇者チノシリよ。そなたの知恵で抵抗出来るなら抵抗してみよ」


 堂々と福族を追い詰めていく襲磨皇子にチノシリもまた絶句した。


「詰んだの」


 襲磨皇子のその言葉に彼らは落胆した。


 福族の完全敗北である。


 チノシリは沈黙するが、やがて無言で腰の鞘を地面に落とすと、同じようにタグリも腰の鞘を落とした。



 すると、福族の戦士達は次々と剣を地面に落とした。





 こうして、福族は朝廷に降伏したのであった。






 その後、五千の軍勢がやって来ると、彼らはタグリとチノシリを縄で捕縛して生け捕りにした。



 そして、その六日後、朝廷軍の第二陣がやってきた。


 朝廷軍の大将は襲磨皇子の活躍に大層驚いたが、すぐさま朝廷から下された二人の判決の書状を見せた。




 判決は死罪。




 大将はすぐさま部下達に命じ、二人を里の頂上にある福之塚へと連れて行き、処刑の準備を始める。



 縄を縛られた状態で座らされた二人の後ろには、執行人が腰に納めてる刀を抜き、刀身に水をかけ、水と共に光る煌びやかな刀を覗き込み、軍の将達はその光景を眺める。



 その刀は和族が作ったものではなく、稻族との戦で得た戦利品であり、後の刀剣の原型となった、かの有名な蕨手刀(わらびてがたな)である。



 その切れ味は凄まじく、狩猟で獲らえた獲物の解体にも最適な威力を誇る。



 執行人はこの刀で二人の首を斬るつもりである。




 そして、準備を終えた執行人は刀を上に掲げて振り下ろそうとしたその時、


「ちょっと待って頂きたい」


 突如、チノシリが執行人に声をかけた。


「構わぬ。斬れい!」


 大将は二人を斬るように命じるが、


「待て」


 そこへ、今回の戦で一番手柄を立てた襲磨皇子が割って入る。


「申せ」


 襲磨はチノシリの最後の言葉を聞き入れる。


襲磨皇子(そまのみこ)よ。その方に頼み事がある」


「余に?」


 襲磨は怪訝な表情を浮かべる。


「蛮族の末裔である我ではあるが、その方に福族の称号、梟帥(タケル)の名を受け取って貰いたい」


何故(なにゆえ)に?」


「自慢ではあらぬが、我はこの里で最強と謳われし戦士である。原始の暮らしを引き継ぐ蛮族の末裔とはいえ、最強を誇る我に討ち勝ったその方を称え、最強の証である梟帥(タケル)の名を譲りたい」



 チノシリは自分と剣を交えて、唯一勝利した襲磨皇子の力を認め、文化は違えど彼にこの地の勝利と征服の証として福族の称号を与えたかったのである。


「よかろう。そなたの称号、この襲磨が貰い受けよう」


 襲磨はチノシリの頼み事を承諾した。


「そなたはこれより、襲磨武(そまたける)を名乗れ」


「その名、しかと受け入れた」


 こうして襲磨皇子はチノシリから新たに与えられた名を受け取り、襲磨武皇子(そまたけるのみこ)と名乗り、勇者と覇者の最後の言葉を交わし終えたのであった。
















 タグリ、チノシリ、福之塚にて斬首。











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