第三十四話 勅使
今から百五十年前、木葉尼がミカヤと呼ばれし幼少の頃、当時、栄和朝廷は何処中つ国を支配出来たが、完全な統一までには至らず、各地の多部族をその手中に治めきれてはいなかった。
言語や文化がそれぞれ違う部族達は朝廷の政策に中々馴染めず、中には敵対する集落も現れた。
そこで朝廷は黎教を国教として広め、信仰や寺院建立によって、文化そのものを統一する政策を取ろうとし、その中でも福族は黎教の信仰を容易く受け入れた。
だが、福族の心は信仰を受け入れても、生活や文化までの形は変わる事はなかった。
最後の手段を踏んだ朝廷はそのような文化の変わらない集落を朝敵と見なして軍を送りつけ、武力による強制的な解決しか他に手はなかった。
統一とは本来、秩序を乱さない為にありとあらゆる全ての『違い』という名の欠点を取り除き、一つにまとめる事を言う。
例えば、極端な話しではあるが戦に向かう為、鎧を着た兵士三十人を集めたとして、その内の一人が自己中心的に鎧を着ないで裸で鍬を持ち、戦に向かおうとすると、それだけで戦にすらならない事は言うまでもない。
その人物だけならともかく、たった一人の自分勝手な個性の為に命を賭けて戦に向かう兵士達からすれば、嫌悪感を抱かない訳がない。
だが、事実上変わり者はこの世に大勢いて、その中の寄せ集めの烏合の衆をなんとか一つにまとめ上げるのが組織である。それもまた統一である。
だが、それは正しいようにも聞こえるが、ある意味、人間を否定する行為に変わりなく、差別を無くす為の差別とも言っても良い。
統一というものは社会性であって、決して人間性を重んじる訳ではない。この世に民族というものが多くいる中、果たして統一は正しいのか間違いなのかは、結局のところその真実を知るところまでは誰もたどり着いてはいない。
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太古の原始人が暮らすような福族の洞窟、中は祖先が掘ったとされる多くの壁画があり、野牛や猪などの動物の他に、獲物を狙って黒曜の鏃を弓引き、石槍を投げて狩りをする人間の光景が描かれていた。
また福族は彫刻技術が優れてるのか、洞窟の内に一箇所だけ寺院の間と呼ばれる黎教寺院があり、そこには多くの地蔵が立ち並び、七つの頭を持つ蛇、那岐王と聖女、迦沙羅の石像が奥の壁に掘られていた。
黎教を受け入れた象徴の間である。
だが、福族の暮らしは原始縄文時代からほぼ変わっておらず、原始人のように文明から孤立している状態であった。
唯一、剣や鉄鍋などの鉄器だけは持っていた。
そんな太古の洞窟内である少女のかけ声が聞こえた。
「やあ! たあ!」
松明の火が怪しく照らされ、二人の人影を表す中、福族の姫であるミカヤは木の棒を手に持ち、チノシリに打ち込みにかかった。
「良い動きだミカヤ!」
チノシリはミカヤの攻撃を棒で受け流し、体裁きで後ろを取る。だが、体ごと受け流された少女は何度も態勢を立て直し、何度も彼に向かい合った。
チノシリが集落に来てから十日が経ったこの日、彼は内緒でミカヤに剣術の稽古をつけていた。
「太古の時代、剣とは元々突く為の物でも斬る為の物にもあらず、叩きつける鈍器なり。 平たい物での縦打ちは時に骨をも砕く。即ち、剣とは破壊の為にあった」
「でやぁ!」
ミカヤはチノシリが話してる間に、せめて一太刀入れようと攻撃を緩めなかった。
「されど、時代が遡る事により、剣もまたその進化を遂げ、今のように研ぎ澄まされる鋭き刃へと変化を遂げた」
ミカヤの連撃を全て受け流すチノシリ。
「ミカヤ、そなたはまさしく剣の進化そのもの! 我が旅に出てる間に随分と鋭く研ぎ澄まされたのう!」
チノシリはミカヤの成長ぶりを褒め称えた。
「ハァ、ハァ……!
やがて、ミカヤは息切れ、体力をほとんど使い果たしてしまい、膝を地面に落としてしまう。その様子を見た彼はもうそろそろ潮時だと悟り、ミカヤに告げた。
「今日はもうこの辺で終わりにしよう」
「ええ〜〜!? チノシリ様、もう少しだけご教授を!」
チノシリの言葉にミカヤは残念そうな表情をする。
「ならぬ。こっそり稽古してるとはいえ、あまり相手をしておるとそなたの母、天伽文様に怒られてしまう」
「チノシリ様は母様が恐ろしゅうのですか?」
「如何にも、どうも女というものには叶わなくてのう」
頭を掻きながら苦笑いするチノシリだが、ミカヤは頬をプクーと膨らましながら彼を睨む。
「む〜〜〜〜! チノシリ様もいつからそんなにも弱腰に!?」
「ハハハ、観念しておくれ」
そんなやりとりをする二人はまるで師弟同士のような雰囲気を表した。
その時、
「た、大変だ!」
彼ら二人の前にとある福族の村人がやってきた。
「どうされた?」
疑問な表情を浮かべるチノシリ。
「チノシリ様! 門の所へ来てくれ!」
そう言うと、村人は急いでその場を発ち、チノシリとミカヤはその後を追う。
やがて、三人は洞窟の入口にやってくると、そこには何やら野次馬が騒々しく集まっていた。
「福族よ! 我は朝廷より仕られた勅使である! 福族渠帥者、タグリ殿に我らが大王ノ尊の言伝をお伝えしにこの地へ参った! どうか謹んでタグリ殿に拝顔を願いたい!」
そこには、和族の使者一人と鎧を着た防人四人の計五名が馬に跨って現れた。
「誰だあれは?」
「朝廷の勅使様だとよ」
「大王が派遣したようじゃのう」
福族はヒソヒソと話しながら、その勅使を遠目で眺める中、福族の渠帥者であるタグリが現れる。
「これはこれは勅使殿。わざわざこのような山奥に参られるとは、さぞかしお疲れであろう。今宵は歓迎いたすので、ゆるりと長旅の疲れを癒して頂きたい」
「それには存じませぬ。用件を伝えたらすぐさま都に戻ります故」
勅使は丁重に断ると、タグリは浮かぬ顔をする。
「して、どのような言伝を抱え、ここへ参った?」
タグリは怪訝な表情を浮かべながら用件を窺うと、勅使は頭を下げて答えた。
「この地の開拓を願いたい」
「開拓だと?」
タグリは疑問な表情を浮かべる。
「わざわざ、このようなへんぴな山奥に開拓を申しつけに参ったと申すのか?」
タグリが首を傾げると、勅使は詳しい説明をする。
「我が大王は福族との交流を求めておる。今や世は大王ノ尊が何処中つ国を治め、和族は多部族と共に手を取り合う時代へと進もうとしておる。その為には、福族のこの地に町を築き、田畑を広げ、都への街道を切り開く事を大王は望んでおられる」
「町を興すだと?」
タグリはまたしても疑問に思った。
「儂等の生活の糧はこの山の自然である。田畑の数も限られ、町など興せば鳥も獣も魚も逃げ、我らは生活していけぬ」
「それには心配ご無用。朝廷は町を興し、街道を切り開いた暁には、福族の里にそれなりの物資を届ける事を保証すると申されておる。この通り、大王直々の証文も用意したのだ」
タグリは勅使から渡されたその証文の内容を見て、少し驚き始めた。
「朝廷は我らを受け入れると申すのか? 和族は我らのような原始の部族を受け入れると申すのか?」
「我ら和族は福族との和平を望んでおる。今こそ福族はその身籠る巣穴から抜け出し、我らのように人間らしい暮らしをする時である!」
「人間らしい暮らしだと?」
その時、タグリは勅使の耳を疑う。
「我ら福族が、和族のような暮らしが出来ると申すのか?」
タグリは辺りを見回した。古い衣服と毛皮を身に纏い、土器、石器を手に持つタヌキの同族達を。
古くから原始縄文時代の文化と暮らしを受け継ぎ、狩猟や漁猟などの自然の糧に頼って生活してきた部族を。
自分達が生きる為に頼ってきた自然は確かに恵まれてるが、時に何も獲れない飢饉の時期も度々起きてきた。
そんな時、和族朝廷から停戦同盟と黎教の布教、そして寺院建立を条件に種籾を頂き、その栽培の術と田畑の作り方を教えて貰い、稲作を始めたおかげで飢饉を乗り越えられた時期もあった。
近年だと、とうの昔に廃れてしまった鉄器技術も和族から伝授し、それまで使っていた石剣も鉄剣に変わり、便利な暮らしが出来るようになった。
和族と完全に手を結び、今まで暮らしてきた獣同然の生活を捨て、このまま和族に吸収されるのも悪くないと内心思い始めた。
その時、
「兄上! 惑わされてはなりませぬぞ!
そこへチノシリが血相を変えながら彼らの間に割り込んできた。
「誰だお主は?」
勅使は突然話に入ってきたチノシリを怪訝な表情を浮かべながら顔を覗く。
「我が名は福族梟帥、チノシリと申す」
「あの勇者チノシリか……!」
その瞬間、彼の名を聞いた勅使は驚愕する。
「勅使様、この者をお見知りで?」
勅使の護衛を担う防人の一人が疑問を浮かべると、勅使は頷いた。
「うむ、守戦と罠術による知略で右に出る者無しと謳われし福族の大戦士である。かつて畿州で数十もの村を滅ぼし、恐れられた大物の怪、土蜘蛛を数多くの罠と守戦の策で追い詰め、その首を討ち獲り、名を上げた者である」
「福族にそのような英雄が……!」
勅使の側にいた四人の防人は驚愕する中、間に割って入ってきたチノシリが口を開く。
「そなたらの狙いは分かっておる。我らの土地が目当てであろう?」
「なんじゃと?」
その時、タグリは今度はチノシリの言葉に耳を疑った。
「町を興すのも、我らの土地に眠りし財宝、玉を掘り尽くす為の段取りで、それを安値で買取り、儲ける算段であろう」
「な、何を言いがかりな!」
「我の目は誤魔化せぬぞ! 物資を贈るのも、最初だけは良い値で取引を持ちかけるが、いずれ近い未来、高値で売りつけようとする魂胆は分かっておる!」
図星なのか、それともいきなり難癖をつけられて慌てているのか、チノシリの言葉に困惑する勅使。
「そして我らの資源である玉が全て取り尽くされ後に、いずれ開拓の影響で獲物も魚も果物も何もかも獲れなくなり、我ら福族が飢えに苦しむ結果になるのは目に見えておる! 然れば生きる道を失った我らは最後の手段として暮らしを条件に朝廷に我らの土地を献上する方法を取るしか他に道がなくなる!」
「だが、そうなれば、搾るものも搾り尽くされ、無価値に等しくなった我らの土地を見た朝廷が最後に考える事と言ったら……」
「荘園か」
タグリが口を開いた。
「その通り。朝廷は貴族の財政の為に我らの土地を荘園としての田畑に作り変え、我らに口分田(農地)を与え、奴婢(奴隷)のように過酷な労働を強い、あまつさえ理不尽な年貢、『租庸調』を押し付け、米、布、織物または産物を取り立てるであろう」
チノシリのその言葉に周りは押し黙ってしまうが、彼は尚も言い続けた。
「交流と言っておきながら、和族の君主は我らを貧しい農民に陥れるつもりだ!」
すると、勅使はみるみると怒りに震え始めた。
「おのれ、チノシリ殿よ! 我が大王を愚弄する気か!?」
「そなたらの欲を見破っただけに過ぎぬ」
すると、チノシリはすぐ近くにある太古の岩の台座に上がり、その上から手を広げて勅使に宣言した。
「聞け! この地は全て自然の恵みによって、我らはその糧を得ておる! 木を切り、山を崩し、川を汚し、土を抉り尽くし、その財宝までも卑しく搾り取り、あまつさえ我らの労力までも吸い尽そうとする蛭のようなそなたら和族が、決して踏み入れる領域ではないのだ!」
チノシリのその言葉に勅使もまた言い返し始めた。
「ならばこちらの話しもよう聞くがよい! 何処中つ国を完全に統一するには、そなたらのような部族を取り入れるしかないのだ! 今や自然の糧で自給自足をする時代は当の昔に終わったのだ!」
「それで、そなたら和族と同じ暮らしをせよと? 我らを貧しい百姓に仕立て上げ、農奴同然の如くボロボロになるまで畑仕事をさせ、ごっそりと年貢を取り立てるのは目に見えておる」
「年貢を納めるのは農民の務めであり、定めでもある! その年によって取り立てる量が変わるのは致しかたぬ事だ!」
「大王と貴族共の私腹を肥やす為であろう?」
「貴様!」
チノシリと勅使の激しい言い争いがその場で対決する中、
「やめよ!」
福族の渠帥者、タグリが二人を止める。
「儂は腹を決めた」
タグリはそう言うと、勅使に顔を向けた。
「勅使殿。今まで世話になった。どうか、此度は何事もなく都へ帰って頂きたい」
その時、勅使はタグリのその言葉に耳を疑い、驚愕した。
「馬鹿な! 我らと交流を断つと申すのか!?」
今の言葉に納得しないと言わんばかりに勅使はタグリに迫る。
「タグリ殿よ! 我らがそなたら福族との交流を求める為に、一体どれだけの種籾と耕作の術を贈ったと思っておる!?」
「贈り物を頂いた事は感謝しておる。だからこそ、その礼として畿州の土蜘蛛討伐にチノシリを送り、和族に恩を返したのだからのう。だが、すまぬが、儂等は世俗から離れ、自然の糧で生きる部族じゃ。別に文明に頼らずとも今の暮らしに困ってる訳でもない。ましてや、儂等は先祖代々の伝統ある暮らしをそう安々と投げ捨てる事は出来ぬ」
「我らがそなたらとの関係を深める為にあらゆる贈り物を与え、その下で交流を深めて来たのに、その恩を投げ捨てるという事が一体どういう事か分かっておるのか!? 戦になることも覚悟せよ!」
指を差す勅使に福族の渠帥者、タグリは答える。
「望むところである」
すると、勅使は呆れるあまりに力が抜けてしまう。
「タグリ殿よ。非常に残念である」
勅使は最後の言葉としてタグリにそう伝えると、そのまま後ろを振り返る。
「者共、去るぞ!」
護衛として側にいた防人四名にそう命じると、彼らはそのまま洞窟の外に出て馬に跨り、福族の地を去った。
「父様?」
すると、いつの間にかタグリの横からミカヤがちょこんと現れ、父親の服を掴み始めた。
「ミカヤよ」
タグリはミカヤの頭を撫でながら、勅使が去っていった方向を眺め、少女に伝えた。
「また戦が起こる」




