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第三十一話 起床

 

 ーーーーーーーーーーーーー





 その日、


 鞍馬衆一同が泊まる宿の部屋で暴風雨の如きいびきが吹き荒れる中、飛若は刀を抱えながら壁に持たれるような形で座ったまま寝ていた。


 精禅寺で忍人の夜襲に遭って以来、彼は片時も刀を手放さず、いつ寝込みを襲われても戦えるように横で寝るのをやめ、座睡をするようになった。


 最初はとてもしんどかったが、ここにいる作兵衛達のいつもの派手ないびきに慣れてきたのと同じように、最近ようやく習慣がつくようになった。




 朝、寅の刻(午前3時〜午前5時)。




 飛若は目覚めた。


 眠気はまだあるが、五感を鋭く研ぎ澄ませ、周囲に気配がないかを確認すると、そのまま立ち上がり、部屋を出た。


 年相応に若い彼は、正直まだ寝ていたかったが、座睡を始めてから一度起きたら二度目はなかなか寝れなくなってしまい、彼はじっと座ったまま寝たふりをしていられない為に外の空気を吸いに行った。



 宿の庭に出た彼は目の前に立つ柳の木を眺めながら、深呼吸をする。


 優しく吹き荒れるそよ風が肌を撫で、枝が揺れて舞い散る木葉が頬に当たり、賑やかな水の音が鳴る水車と柳の木に集まる小鳥の声が聞こえ、その中で飛若はただ一人黄昏れる。


 やがて、新鮮な外の空気を大いに吸って一息をつくと、彼は腰の真剣を抜いて素振りの稽古をする。


「ふっ! ふっ!」


 木刀と違って重みのある真剣での素振りは体力はつくかもしれないが、比較的に切先が安定しずらい。


 ましてや素人である彼には、まだ真剣を持つのも早いのかもしれない。


「まずは体を鍛えろ! 力をつけるんだ!」


 しかし、飛若はこの間、作兵衛に言われた通りに、筋力と体力をつける為にあえて重い真剣での素振りを行った。


 だが、たとえ体を鍛える為の素振り稽古だとしても、彼のような誰にも教わられていない者がやるのは、本来なら、あまり感心は出来ない。


 正しい型が出来ず、変なクセがつきやすい。


 しかし、剣術のけの字も知らない飛若は自分なりに今目の前にある欠点を克服する為に、剣術としてではなく体の鍛錬を優先に素振りに集中した。


(この先、生き抜くには強くならなきゃいけない!)


(もしかしたら次の相手は、真っ向から挑む猛者か闇討ちを謀る刺客かもしれない!)


(そいつらに渡り合い、身を守る為にも、俺は強くなってやる!)


 早朝とはいえ、蒸し暑い夏場に真剣を振り続ける彼の身体から汗が流れ出し、その息が乱れ始める。



「ハァ、ハァ……! クソ……手が震えてるな」


 一本一本に渾身の力を入れて、激しく体を動かした彼はぶるぶると震える自らの手を見た。



「こんな腕じゃ、首を刎ね飛ばせる日が来るのも、いつになる事やら……」


 飛若は自らの非力さによる未熟な腕を痛感し、その場で呆れてしまう。



「随分と音を上げておるようじゃのう」


 その時、飛若の背後からいつもの聞き慣れた声がした。


「なんだいたのか」


 彼は振り返ると、そこには腕を組みながら自らの顎髭を撫でる作兵衛が現れた。



「なかなか眠つけぬもので、つい早起きをしてしまってのう」


「嘘つけ! さっき部屋であんなデカいいびきかいてたじゃねえかよ!」


「細かいことは気にするな。起きてしもうたものは仕方なかろう」


 作兵衛は陽気な表情で腕を組んだまま柳の樹木の前まで歩き出した。


「メシ時まで暇なので、お主の朝稽古を嘲笑いに来たのじゃ」


「じゃあ失せろ! 稽古の邪魔だ!」


「無論、邪魔しに参ったのであろう。暇つぶしに。がはは!」


 作兵衛が嘲笑うと、飛若はこれ以上この男の相手をしてると余計に疲れると思い、心を切り替えようと素振りを始め、稽古に集中した。



「ところで、邪魔するつもりで一つ聞きたい事がある」


「なんだ?」


 飛若は否応もなく、素振りをしながら耳を傾けた。



「あの瑞藻とかいう女子(おなご)の事なんじゃが……」


 その時、作兵衛は目の色を変え、飛若の目を覗き見るかのように問い詰めた。



「見たところ、稻族のようじゃのう」


「それがどうした?」


 飛若はどうせロクな話ではないと思いながら半分、いや、ほとんど聞き流すつもりで真剣を振り続けるが、



「いくらで売るつもりだ?」


「あ?」


 その時、飛若は耳を疑い、素振りの手を止めてしまう。


「儂とて噂は聞いておる。あの山吹色の髪とその肉体が金になるという事ぐらい」


 その刹那! 飛若は持っていた真剣の先端を作兵衛に向けて睨みつけた。


「ほほう、儂に刀を向けるとは」


 作兵衛は余裕な素振りで自らに刃を向ける飛若を見る。



「やはりお前も所詮は悪党か」


「今更何をほざいておる。儂は正真正銘、純粋な悪党じゃ。お上に楯突き、逆らい、お役目と年貢を放棄し、欲しい物や金になる物、必要な物は好きに奪い、邪魔する者や刃向かう者には気が済むまで暴に訴え、時には斬り捨てる。自らの我欲と自分勝手さを思う存分に振るまい、好きなように他者に迷惑をかけて思うがままに生きる。それが儂流の悪道よ」


 作兵衛は笑いながら胸を叩いて自分の流儀を主張した。


「お主だって同じであろう?」


 作兵衛は顎先を向けながら、まるで見下すかのように言う。



「儂は知っておるぞ。お主が怪しげな稼業に手を染めておる事を」


「……!」


 その時、飛若の身に緊張が走った。


「帰ってくる度に血の臭いをプンプンさせていては、馬鹿な儂でもおおよそ予想はつく」


 飛若は作兵衛達に自分の裏稼業の事を隠していたつもりであったが、こうもあっさりとバレてしまった事に空気が張り詰めるような感覚を覚える。


「がはは!」


 その時、作兵衛は突然笑い出して飛若の肩を叩いた。


「案ずるな。取って食うつもりも、売るつもりもない。お主の便女だからのう」


 作兵衛のその言葉に飛若は内心、疑心暗鬼の思いを抱いた。この男を信用して良いものかと。


「だが、この先、あの女子をどうするつもりだ?」


 作兵衛は改めて飛若の目を見た。


「来るべき旅に連れていくつもりか? もし、そうなら、おすすめはせぬ」


「何故だ?」


「旅先は危険が伴うからのう。ましてやあのような別嬪な稻族を連れ歩けば、確実に野盗が寄って来て餌食にされるであろう」



 作兵衛のその言葉に飛若は沈黙した。



「あの女子が衣をひん剥かれて真っ裸にされ、群がる男共に散々犯された後、髪の毛を全て削がれ、殺され、肥やしとして潰されるのをお主も望んではおらぬであろう」


「……!」



 飛若は瑞藻が泣きながら凌辱される姿を嫌でも想像してしまい、何故か分からない不快感を抱いてしまう。


正直言って、とても嫌な気分であった。


彼は自らの危険な旅に瑞藻を関わらせるべきではないとその場で悟った。





「ぎょえええええええええええええええええ!!!」



 その時、宿の方から鍛丸の絶叫が聞こえ始めた。



「な、なんだ!?」


「何事じゃ!?」


 その声にビックリした二人は何か良からぬ事が起きたのかと思いながら、すぐさま宿の方へと駆けつける。


 鍛丸の声が聞こえたのは水路の流れる水車小屋の辺りであった。



「嬢ちゃん! 早まるな!」


「そ、そうだ! 俺たちの分もやるからさ!」


 目の前には鍛丸と作兵衛の手下達六人、そして塀の隅で何故かうずくまっている瑞藻がいた。彼らは何やら瑞藻を説得しようとしてる様子である。



「何を騒いでおる?」


「どうした? 朝から騒々しいな」


 二人は何やら青い顔をしていた彼らに声をかけると、


「あ、あんちゃん! 瑞藻姉ちゃんを止めてやって〜〜〜!」


 鍛丸は助けを求めるかのように、飛若に泣きついてきた。


 目の前には背を向けてうずくまっている瑞藻と米炊き用の鍋があり、炊きたての香ばしい米の匂いが飛若の鼻を刺激した。おそらく食事の準備をしていたのであろう。



「どうした瑞藻、飯を炊くにはやけに早いな」


 飛若は瑞藻に声をかけるが、後ろ姿の彼女は何かを頬張っていた。


「何食ってんだ?」


 飛若は怪訝な表情を浮かべると、瑞藻はゆっくりとこちらを振り向いた。



「ぅおわあああああ!!?」


 その瞬間、飛若は驚愕のあまりに叫び声を上げた。


 そこには、口まわりを血だらけにしながら、可愛らしい顔でもぐもぐとネズミを食べている瑞藻がいた。






 和族政権が中心のこの世では、稻族は和族から蔑まれ、人として扱われずに迫害を受けていたが、稻族には、和族から蔑まれる原因があった。


 その一つは悪食で有名な事である。



「やめろ! そんなもん食うな!」


「え? やはり焼いた方がよろしかったですか?」


「そういう問題じゃねえ! そんなもん食って病気にでもなったら、どうすんだよ!」


「別に今まで何ともございませんでしたが?」


「お、お前な……!」


 キョトンとしている瑞藻に対して、飛若は何か言いたげな表情をすると、その横にいた作兵衛は額に汗を流しながら、ネズミを手に持つ彼女を眺めた。



「うむ、噂通りじゃのう……!」


「噂?」


「如何にも、稻族の体は和族とは比べ物にならぬ程、病気に強く長生きで、ネズミは勿論、虫も平気で獲って食べられる悪食の種族だと聞いた事がある」


「それは初耳だ。ん? 長生き?」


 その時、飛若の心の中に疑問が浮かび上がる。



「瑞藻。そういえばお前一体いくつだ?」


「齢六十です」


「その見た目で俺より遥かに年上だったのかよ!」


 飛若は自分よりも五十近く歳の離れた少女に突っ込みを入れた。だって、目の前にいるのは見た目十代くらいで背も飛若より少し高いが、ほぼ同じくらいの身長の金髪美少女であるからである。


「稻族の寿命は五百年と言われておるからのう。別にそう驚く事はない」


 作兵衛はそう言って、飛若の右肩をポンと叩いた。



「ま、まあいい……! それはさておき瑞藻。これは一体どういう事だ?」


 飛若ここでようやく本題に入って、瑞藻に問い詰めると彼女は淡々と答えた。



「近頃、この宿にネズミが出てきましたので、退治目的で捕らえました」


「だとしても、そんなもん食わなくて良い! 米を食え! 米を!!」


「とは申しましても、肝心の米はもうじき尽きてしまいます」


「なに? 本当か!?」


「はい」


 すると、飛若は鍋の横に置いてあった米の袋の中を除いてみると、そこに入ってた米は二合足らずの量しか残っていなかった。


「チッ! 一昨日見た時は一斗はあったんだぞ! 何でこんなに早く米が切れるんだ!?」


 飛若は舌打ちをすると、作兵衛達六人が静かにその場から離れようとする。



「おい待て。お前らどこに行く?」


 飛若のドスの聞いた声に作兵衛達はギクッと体を震わす。


「わ、儂らはちょっと用事を思い出してのう……!」


「そ、そうそう! 俺たちだって忙しいんだ……!」


「へぇ〜、どんな用事か今ここで聞かせて貰おうっか!」


 その刹那! 飛若は腰の刀を抜き放つと、たまたま作兵衛の腰にぶら下げてあった瓢箪を一閃してしまった。


 真っ二つになった瓢箪の中からは透明な液体が地面に溢れ、おそらく水だろうと飛若は思ったが、



「ああ! 儂の酒が!」


「酒……だと……?」


 その時、飛若は耳を疑った。更によく見てみると、目の前にいる手下達五人も作兵衛と同じような瓢箪を腰にぶら下げているのに気づいた。


「お前ら、酒を買う金なんてどこで稼いだ? 賭場か?」


 眼をギラギラと光らせながら、ユラリと近づいてくる飛若を見た作兵衛達は徐々にその表情が青ざめていく。


 飛若は彼ら六人のその反応を見て、全てを察した。


「お前ら、袋に入っていた米をくすねて、酒と交換してきたな!?」



「「「「「「や、やめ……!」」」」」」


「問答無用!!」


『ぎゃあああああああああああああああああ!!!』



 飛若は刀を掲げながら作兵衛達六人に襲いかかり、その峰で彼らを滅多打ちにした。峰とはいえ、鉄の塊をぶつけるようなものなので、はっきり言って相当痛い。



 刀を持っている人は不殺の為の峰打ちとはいえ、安易に人に向けて叩かないようにしましょう。本当に怪我します。






 その後、作兵衛達をボコボコにして仕置きを終えた飛若は彼らの持つ酒の入った瓢箪を全て没収し、瑞藻に命じた。



「後でこの酒を市で米に変えてくるから、もう米の心配はしなくていい」


「されど、うらを含めて九人もおりますので、少しでも米を節約する為には、うら自らが自給自足をするべきかと」


「わざわざそんな事しなくていい。お前はしっかり米を食いな。万が一の時は、こいつらの食いぶちを取り下げれば良いだけだ」


「ヒデェ〜同じ釜の飯を食う仲間じゃねえか!」


「そのテメェらが食らってきた釜の飯代を一体誰が稼いでると思ってんだこの穀潰し共が!」


 泥吉のその言葉に飛若は痣だらけになって伸びている作兵衛達六人に怒鳴りつけた。



「おっと、もうそろそろ行かなきゃ。瑞藻、飯だ」


「はい。お屋方様」


 飛若からお椀を渡された瑞藻は、すぐさま炊きたての玄米をよそい、更にそこに湯を入れた。湯漬けである。



 彼はその湯漬けを掻っ食らい、胃の中へと入れた。汗で失われた水分と同時に栄養を補給すると、食事を終えた彼はすぐさま学舎に行く支度をした。


 千代から頂いた書を手に持ち、瓢箪を肩にかけ、彼は瑞藻に出かけの言葉を交わす。



「じゃあ、行ってくる」


「お気をつけを」


 飛若は宿から出るとそのまま正堂院へと向かった。


「さて、今日も勉強の日だ」


 彼は面倒くさそうな表情で今日も学舎で勉強に励むのであった。



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