第二十八話 米飯
永乱十二年 夏 吉ノ国
中禅宗遊郭夜討ち事件
黎門の聖地と謳われる吉ノ国では、過激派僧徒中禅宗による一向一揆が清泉で盛んに起こる中、京氏はその武力思想を持つ中禅宗に脅威を抱いていた。
京氏一門の中でも、剣術及び軍略家でもあった京辻頼は中禅宗が自らの暗殺を企てている事を見破り、また一向一揆によるその武力を抑える為に精禅寺に忍人衆数十名を放った。
しかし、この忍人衆の襲撃により、寺を焼かれ多くの者を失った中禅宗はこれに怒り、その報復として輪西入道率いる僧兵衆約三十名が京辻頼が営む遊郭、色場屋に夜討ちを仕掛けた。
色場屋事件とも呼ばれたこの夜討ちにより、遊郭にいた一般客十四名、遊女二十二名、忍人二十七名、そして精禅寺焼き討ちの首謀者である京辻頼とその配下含む十一名、計七十四名が討死となった。
後の数多辰彦、飛若もまたこの夜討ちに参戦し、男女数名を斬ったと伝えられている。
しかし、この事件に関わった飛若は、その先に更なる過酷な困難が待ち受けようとしていた。
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温泉の香りが湯気と共に漂う宿屋。木造で作られた小さな建築物、裏の水路には流れを利用して動く水車の水の音、室内は普段人が来ないのか、それともたまたま何処かに出かけているのか、誰もいない部屋が数多く存在する。
その温泉宿の入り口の前に飛若とその隣りに、質素な羽織を頭に被せて、耳と尻尾を隠した瑞藻がいた。
「住める所はここしかないが、不満はないか?」
飛若のその質問に、少女は少し不安気な表情でコクリと頷いた。
「ならいいが」
彼はそう言うと瑞藻と共に宿に入り始めると、二階の自室へと上がった。
「誰もいないな」
部屋の中は誰もいなかった。静かな虚無の空間だけがある個室である。
「むしろその方がいい」
日頃から、うるさい者達がこの場に居ないことに彼はホッと一息をする。
瑞藻はまるで動物のように這いながら慎重にゆっくりと部屋に入ると、あっちこっちの床や壁の臭いを嗅ぎ周る。
飛若はそんな瑞藻を眺めながら、いずれこの連れてきた狐少女の件を作兵衛達に話さなくてはならないという事のを悟った。
「とりあえず、座ってくれ」
彼はそう言って、部屋の真ん中で腰を落とすと、それを見た瑞藻もその場に正座し、二人で面を向かい合わせた。
「まず、一つ言っておく。今日からお前は俺の下として働いてもらう」
二人だけの個室で飛若は彼女に宣言した。
「だから、これからはそれなりに見合った働きをして貰うからな」
「は、はい……お屋方様……」
その時、瑞藻のその自分に対しての敬称に、飛若は胸の奥から高揚感が芽生え始めた。
「なんか固苦しい感じがするが、悪くない響きだな」
「はい、お屋方様」
瑞藻はもう一度言った。
「も、もっと言っていいぞ……!」
「はい、お屋方様」
瑞藻はまたしても同じ事を言うと、飛若は少し嬉しそうな表情をする。
「へへ」
彼は照れ臭そうに笑みを浮かびながら、頭の後ろを掻き始める。よほどその敬称が気に入ったのか。
しばらく、その部屋は二人だけの和やかな時間が続く。
「主人よ!! ただいま戻ったあ!!」
「げっ!?」
だが、時間というものはあっという間のものであり、飛若は宿の入り口から作兵衛の大声が聞こえた途端にビクッと体を震わした。
「いくら何でも早すぎるわ!」
飛若は仰天する勢いで突っ込んだ。
まずい、まずいまずいまずい!彼はそう思いながら、その二人だけの部屋の中で焦り始めた。
どうしよう、どうしよどうしよどうしよう!彼は頭を抱えながら混乱すると、ふと、押し入れに目がついてしまった。
「仕方ねえ!」
「お、お屋方様!?」
その時、彼はすぐさま瑞藻の手を取り、押し入れを開けると、彼女を中に入れた。
「いいか? しばらくの間ここに隠れてくれ」
飛若は人差し指を立てながら、シー!と静かにするよう頼んだ。
「別に閉じ込めようって訳じゃねえ。ただ、ちょっと面倒くさい奴らがいるんだ」
彼は瑞藻にそれだけを伝えると、やがて階段から上がってくる物音が聞こえ始めた。
「来た!」
彼はすぐに押し入れを閉め、そのまま押し入れに持たれかかるように背中をつけて、刀を抱えながら座り出した。
「飛僧! ただいま戻ったぞ!」
その途端、障子を乱暴に開けた作兵衛が現れると、次々とその後ろから、彼の手下達が部屋の中へと入る。
「あ、ああ……! おかえり」
彼はそのまま返事をしたその時、
「ん?」
作兵衛は怪訝な表情を浮かべた。
「何故、挨拶を返す?」
「え?」
その時、飛若は一瞬固まった。
「いつもなら、儂等が挨拶しても不機嫌そうに無視するであろう?」
作兵衛はその滅多に見れない飛若の仕草を見て、疑問に思った。
「ハッ! さてはお主、儂に惚れたな? 良いぞ。後で思う存分に男同士で愛で合おうではないか!」
「ぶっ殺すぞテメェ!!」
その時、作兵衛はふざけながら手を広げた途端、飛若は突然怒り出す。
「なんだ、いつもの飛僧であった!」
ニヤける作兵衛を見た飛若は、初っ端から疲れを感じ始めた。こんな事なら、常日頃から挨拶をすべきだったと感じながら、彼は別の意味で挨拶の大切さを学んでしまった。
「そういうお前らはどこ行ってたんだよ……?」
「儂らか? 儂らはお主の稼いできた金をこっそり盗った後、賭場に向かい丁度いま帰ったところなのだ」
「ほ、ほう……! そうかテメェらこの野郎!!」
「あんちゃん、落ち着いて!」
飛若は怒りながら、彼らに殴りかかろうとした瞬間、鍛丸が押さえ始める。
「まあ、それはさておき、飛僧、一体どうしたのじゃ?」
挨拶代わりの遊びを終えた作兵衛は彼がいつもと様子が違う事に疑問を抱えた。
「なんでもねえって」
「気になるのう」
作兵衛は飛若の目を覗き見ると、
「その目、もしや何か隠しておるな」
すると、作兵衛のその言葉に飛若は焦り始めた。
「い、いや、なんでもない……」
「はは〜ん! さては何処ぞの犬か猫でも拾ってきたのではなかろうな?」
(こいつ、こういう時だけやたらと鋭いな!)
飛若は作兵衛のその妙な勘の良さに、微妙な煩わしさを感じた。
「あら? 何か女の子の匂いがするわね」
しかし、勘に頼らないが、別の意味で鋭い男がもう一人いた。男好きの一八である。
「はっ! 読めたわ! あなた、そこの押し入れに女の子を隠してるわね!?」
「「「「「なにいいいいいいいいい!!?」」」」」
その時、その場の者達全員が驚愕した。勿論、飛若本人もである。
「な、なんの事か分かんねえ!」
彼は全身からダラダラと汗をかきながら、顔面蒼白で否定をする。
「とぼけちゃ駄目よ! 私には分かるのよ!」
一八は飛若に指を差しながら推理する。
「あなたのその目と仕草がはっきりと物語っているわ。動いてもいないのに体中から汗を流してるのは、何かまずい事を隠してる特徴だし、あなたの視線は一瞬その押し入れの方を指したし、この部屋から女の子の匂いがする中、そこの押し入れにもたれかかっているという事は、そこに女の子を隠してるという証拠よ!」
全問正解であった。
「ハチは目と鼻が効くからのう」
作兵衛は犬並みの嗅覚と、猛禽並みの観察力を持つ一八のその鋭さに感心した。
「当然よ。多くの男達を抱いて経験を積んできた私の眼力はあらゆる男の心を読めるのよ」
「気持ち悪いな!」
飛若は一八のそのあまりの気持ち悪さに吐き気を感じた。
「だって、男の純粋な心をほじくり返し、その弱みに漬け込み、抵抗も何も出来ず、私の思うがままにあられもなく動かされる男の表情を見るのが、私の生き甲斐なの」
「嫌な性格だなお前!」
彼は一八の心眼に対して寒気まで感じ、身の毛もよだつほどに引き始める。
「とにかく、誤魔化したって無駄よ。嘘じゃないなら、そこを開けなさい」
一八は飛若にそう命じると、その場の一同全員が立ち上がった。
「そうじゃ! そこを開けろ!」
「開けろって!」
「何してる!? さっさと開けねえか!」
「そうだそうだ! あんちゃん!」
「でなきゃ、力づくで行くぞおおおおおおおお!!」
その途端、一同は押し入れをこじ開ける為に彼に襲いかかった。
「させるかあああああああああああああああ!!!」
だが、飛若もそれに負けないと言わんばかりに襲いかかってくる彼らに対して、鞘で迎え討った。
乱闘同然のその室内で、飛若はまるで殿を務める猛将の如く、次々と迫り来る彼らを鞘で打ち倒していく。
「ゼェ、ゼェ……!」
六人全員を相手にした飛若は息を乱ながらも尚、後ろの押し入れを死守する。
「こやつ、何たる執念じゃ……!」
どうあっても一人も通さないという飛若のその猛々しい執念に作兵衛は、彼が将来、名将になる姿が目に浮かんだ。ハッキリ言って感動も何もないくだらない場面であったが。
「ならば!」
その時、作兵衛はある必殺の手段を取った。
「あ! そこの押し入れが勝手に開いたぞ!」
「な、何!? 馬鹿お前!!」
すると、飛若はその作兵衛の言葉に驚きながら、瑞藻が入っている後ろの押し入れに目を向けるが、その戸はちゃんと閉まっていたのが目に映った。
「今だかかれえええええええええええええええ!!」
その途端、作兵衛達はその飛若の一瞬の隙を逃さず、一斉に飛びかかって彼を押さえつけた。
「き、汚ねえぞ!」
「身も心も汚いのが儂等の流儀じゃ!」
作兵衛は自慢気に主張すると、手下に彼を押さえつけたまま押し入れの前に立った。
「さて、お待ちかねと行こうかのう!」
作兵衛はぐへへ〜と下品な笑みを浮かべながら、いやらしい手つきでワキワキと指を動かし、押し入れに迫った。
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「やめろ~~~! はい、やめたぁ!」
作兵衛はふざけながら遊び始めた。
「ほれ、もうやめたから、開けるぞ」
「ふ、ふざけるな!」
手下達に押さえつけられた飛若はその作兵衛の漫才じみた遊びに憤りを感じた。
「観念せい。貴様の恥ずかしいものを、今まさにこの場で曝け出し……ん?」
その時、作兵衛が押し入れを開けようとした途端、突然その戸が勝手に開き始めた。
「どうも見るに忍びないので勝手に出てしまい、申し訳ございませぬお屋方様」
押し入れの中から現れたのは、山吹色の長い髪と狐の耳と尻尾を持った少女がその姿を現した。
「そ、その……瑞藻と申します」
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「で? 誰なのだあの女子は?」
作兵衛達はニヤニヤと笑いながら、部屋の真ん中でちょこんと正座してる瑞藻を横目で見て、飛若に迫って囲んで尋問すると、彼は一旦深呼吸をしてから冷静に説明する。
「色々と複雑な事情があるから聞いてくれ」
飛若は一同に説明をしようとすると、作兵衛は腕を組みながら勝手に頷き始めた。
「ふむふむ、お主があの女子に惚れてしまったと」
「話しを聞いてくれ」
「なるほどなるほど、それでお主はあの女子と駆け落ちをしたと」
「話しを聞いてくれ」
「そうかそうか、それで今宵、あの女子と共に夜を遂げようとな」
「話しを聞けって言ってんだろうが!!」
「ガフッ!」
その時、堪忍袋の尾が切れた飛若は途端に作兵衛の頬を拳で殴り飛ばすと、彼はすぐさま切り替えて冷静に戻る。
「ちょっとある稼業をしてた時に、偶然その下人を見つけて……」
「で? 子は一体何人作るのじゃ?」
その時、起き上がった作兵衛がまたも飛若の話の途中に割り込むと、彼はプルプルと体を震わしながら堪えて、そのまま話を続ける。
「それで……! 使えるだろうと思って拾って来て……!」
「お主、体は健やかか? ちゃんと精通はしておろうな?」
「じゃあかしいいいいいいいいいいいいいい!!!」
その時、飛若は二回目の堪忍袋の尾が切れると、完全にブチギレて作兵衛の脳天に刀の鞘を直撃させる。
「それ以上、俺に変なコトを言ってみろ!! マジでそこの窓からテメェを蹴り落としてやるからな!!」
飛若は窓に指差ししながら、床に顔を埋めている作兵衛に言い放つと、怒りながらまたも説明に戻ろうとする。
「いいか! 俺はこいつを働かせる為に連れてきたんだ! んな手を出そうとは考えてねえわ!!」
「働かせるとは……まさか、いかがわしい仕事をシコタマ教えようと……」
「次言ったらマジで窓から蹴り落とすと言ってんだろうがあああああああああああああああああああ!!」
先ほどから性的嫌がらせをしてくる作兵衛に怒り狂った飛若は、そのニヤける顔面に思いっきり体重を乗せた蹴りをぶつけると、そのまま体ごと勢いよく窓の外に落とされてしまう。
「人がちゃんと説明しようとしてんのに、これじゃ会話にすらならねえだろうが!!」
作兵衛の嫌がらせに疲れた飛若は、もう説明するのが面倒くさく感じ、この場で単刀直入に答えた。
「ただ、かしき(炊事係)として働かせるだけだ! それだけ、以上!!」
「て、手は出さぬのですか……?」
「お前もお前で何を期待してんだ!?」
その横には、こちらを見ながら頬を染め、胸元と膝に手を当てる素振りを見せた瑞藻がいて、彼は思いっきり突っ込みを入れた。
「たく、人と戦うより疲れるわ……」
ただ、会話をするだけで体力を消費した飛若はその場でくたびれてしまう。
「あはは!」
「何笑ってんだよ?」
その時、瑞藻は突如クスクスと笑い始めた途端、飛若は機嫌が悪そうに問い詰めた。
「いえ、何でもありませぬ」
瑞藻はここに来るまでの緊張が解れ、生まれて初めてニコッと可愛らしく笑った。
その無邪気な少女の笑顔を見た飛若は不覚にもドキっとしてしまう。
その時、瑞藻の腹が突然ぐ〜と鳴るのを彼は聞き逃さなかった。
「腹が減ったか?」
瑞藻は無言で首を横に振る。
「嘘つくな。聞こえてんだ」
すると、飛若は途端に立ち上がった。
「俺も作兵衛を相手にしてたら、なんか腹が減ってきた。少し早いが飯にしよう」
「赤飯炊くのを楽しみにしておるぞ!」
その時、ボロボロの姿で這い上って窓から顔を出した作兵衛が現れると、飛若は宿にあった茶釜を取り出して窓にいる作兵衛に向かって投げた。
「ハグッ!」
飛来した壺は作兵衛の顔面に直撃すると、またも彼は窓から転げ落ちてしまう。
「ついて来い。飯炊きの場所を教える」
飛若はそう言うと、瑞藻を連れて庭に向かい、米袋と囲炉裏鍋と丸石と木の枝を集めて用意した。
「とりあえず、飯は炊けるよな?」
飛若は問うと、瑞藻は俯いてしまう。
「飯ぐらい炊けるだろ?」
しかし、彼女は首を横に振る。その様子を見た彼はなんとなく悟った。
おそらく米を炊いた事がないというよりも、今まで米にすら触らせて貰えなかったように彼は感じた。
米は価値のある代物である。食料だけでなく貨幣としても扱われ、本来、下人が触るものではなかった。
「しょうがねえな」
彼はそう言うと、集めた道具を手に持ち、お手本を見せた。
丸石でかまどを作り、枝を組み、囲炉裏鍋に米と水を入れる。
「こうやって研ぐんだ。やってみろ」
彼は米の研ぎ方を教えると、瑞藻はおそるおそると水の浸る米に手を触れてゆっくりと米研ぎの真似をする。
「違う違う。そうじゃない」
「……!」
すると、飛若は瑞藻の背後から手を掴み、米研ぎの動作を教える。
後ろから抱きつかれるような体制になった瑞藻は、彼の体温がその華奢な体に伝わり、その凛々しい顔の頬が瑞藻の頬と密着し、その力強い手が彼女の手を握った。
「どうだこれで分かったか?」
飛若は瑞藻の顔に目を向けると、頬を赤く染めた少女の素顔を見た途端、
「なっ……!」
飛若もすぐにその状況を理解した途端にすぐに彼女から離れた。
二人はお互いドキドキと胸を高鳴らせ、ぎこちない空気が漂った。
だが、飛若はすぐに切り替え、炊事に専念した。
「後は火を着けるんだ」
彼はそう言うと、枝を組んだかまどに火打ち石で火をつけようとする。
「ちっ! なかなか着かねえ」
焚き付けになかなか火が点かない事に苛立った彼だが、
その時、瑞藻は手のひらに優しくフゥと息を吹いた途端に青白い火が小さく点き始めた。
「な、なんだそれは……!」
飛若はその力に驚くと、瑞藻はその青白い火を焚き付けに近づけ、添えるように火を点けて答える。
「狐火です」
「狐火? 稻族のみにしか使えない、あの妖術か」
狐火とは、稻族特有の能力で、その力は意のままに火を起こし、操る事が出来ると言われてる。
その用法は火起こし以外にも、焼畑、儀式、更には戦いによる火矢などにも使われる。
飛若は瑞藻のその狐火で点けた、青白い焚き火を眺めながら感心する。
「すまない」
彼は瑞藻に礼を言うと、焚き火のかまどに囲炉裏鍋を乗せて、しばらく沸騰するのを待った。
やがて、鍋の蓋から湯が吹きこぼれる程の湯気が出ると、瑞藻はその様子に慌て始める。
しかし、彼はまだその鍋を移さず、湯気の匂いを嗅ぎながら待ち続ける。
瑞藻はその様子を見て、焦げてしまうのではないかと疑ったが、しばらくすると、彼は湯気から焼けるような香ばしい匂いを感じ取った途端に鍋を移して火から離した。
「もう少し待ってくれ」
彼はそのまま半刻ほど蒸らすと、ようやく鍋の蓋を開けた。
「よし、うまい具合に炊けたな」
囲炉裏鍋の中から大量の湯気が一気に飛ぶと、その湯気の中から色鮮やかな玄米飯が姿を現す。
彼はしゃもじを手に持ち、玄米飯を混ぜると、そのしゃもじで取った炊きたての米を左手でひとつまみする。
「あちっ! ふむ、まあまあだな」
口に運んで味見を終えた彼は、もうひとつまみ取って瑞藻に向けた。
「ほれ、食ってみろ」
「え?」
彼は米の味を知らない瑞藻の為に善意で味見をさせようとするが、その手を見た彼女はまたも顔を赤く染める。何故なら、その指は飛若が口をつけたものでもあるからである。
「早くしろ! 熱いんだ!」
飛若は炊きたての飯をつまみながら瑞藻に急かすと、彼女は観念して彼の指にパクっと咥えた。
「……!」
飛若もまた頬を染める。彼女の冷たい唇が自身の左手の指を捕らえ、その中から温かい舌と唾液が絡みついて、炊きたての飯で熱くした指を冷ます。
彼女はその初めて食べた米の味に感動するが、同時にその男性の指の味を覚えてしまい、ドキドキと胸を高鳴らせてしまう。
二人だけがいるその場は、しばらくドギマギとした空気が漂ってしまう。
「がははは、米だけじゃ物足りのう! 今から滋養のつく物を取りに行く! 今宵は食って精をつけ、子作りに専念し……」
「その前にテメェにも炊きたて飯食わしてやらぁ!!」
その瞬間、飛若は空気を読まずに乱入してきた作兵衛の頭を掴み、そのまま強引に囲炉裏鍋の中に顔面を突っ込ませた。
「ぬわぁちゃああああああああああああああ!!!」
炊きたて熱々の米を顔面につけられた作兵衛は、顔に手を当てながら、庭中を走り回る。
「ほら、あんな奴ほっといて先に食え」
すると、すぐに気持ちを切り替えた飛若は、風呂敷からお椀と箸を取り出して瑞藻に差し出した。
「俺も使うから、さっさとしろ」
一つしかないお椀と箸を渡された瑞藻は、お腹を空かせた彼に早く食べさせようと、急いでお椀に飯をよそって先に食べ始める。
「よし、俺達も食おうぜ!」
「賭場でスッたテメェらに食わせる飯はねえ!!」
「ヒデェ〜」
どこからかやって来た六人に対して飛若は怒鳴つけると、彼らは肩を落とす。
その中で唯一、米を食べれたのが作兵衛だけであった。
彼は顔中についた米を一粒残さず、手で取って食べながら頷く。
「アチチ! うむ、やはり米は美味じゃのう!」




