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第二十五話 尼僧

 

 ーーーーーーーーーーー




 そよ風が揺らめく竹林の森、基本的に静かで緑に包まれたこの裏山は、この日は妙に子鳥がざわめいていた。



「やれやれ、毎回こんな山道を登らなきゃいけねえのかよ」


 険しい山道をただ一人歩く飛若は、この精禅寺へと続いてる道のりにしんどさを感じていた。


「まあ、この国で都合の良い稼業が見つかっただけでも十分か」


 彼の言う稼業、それは刺客という名の職業。即ち人斬り稼業という名の闇商売。


 それは本来、一般の人間が決して手に触れてはならない汚職である。


 この日、彼は精禅寺で人斬り依頼の仕事の為にやって来た。


 滞在費を稼ぐ為である。食事と寝床を確保する為の。


 野宿という手もあるが、近頃物騒なこの町で下手に野宿をすると、追い剥ぎが寝込みを襲う危険性が十分にあった。


 だからこそ、彼にとって生活費は欠かせない物であった。




 やがて、険しい山道を進み続けると、ようやく開かれたままの寺の門が見え始めた。



「さて、今日から初仕事だ」


 彼はその精禅寺の中に入る為に門へと近づくと、



「止まれい!」


 その時、突然門からある者が現れた。



「誰だ?」


 飛若はその声の主に顔を向けると、その者は二、三十代くらいの若さで、長身で裹頭(かとう)を被り、その袈裟で顔まわりを覆って素顔を隠し、裳付衣(もつけごろも)括袴(くくりはかま)という名の僧兵が主に着る衣服を見に纏い、腰に平形剣(ひらがたつるぎ)をぶら下げ、手には身の丈以上に長く、月のように細い刃を煌めかせる大薙刀を持った者が現れた。



「そなたが飛若殿か?」


 その長身の者は覆っていた顔を現し、ドスの効いた声で言葉を発するが、思ったよりも意外に高い声であった。


「そうだ」


 飛若は答えると、その者は薙刀を振るいながら名乗り出した。



「我が名は木葉尼(このはに)、中禅宗僧兵である!」


 飛若はその高い声と名前の最後に尼という文字がついてる事に確信した。



「お前、女か」


「如何にも、私は尼僧である」


 尼僧、それは即ち女性の僧侶である。



「西常様から話は聞いておる。あのお方は大層、徳のある方でどのような者に対しても、人として受け入れて頂ける素晴らしきお方である。されど、西条様がそなたを受け入れたとしても、私はそなたのような得体の知れぬ者は一切信用出来ぬ! ここを通りたくば私を倒し、力づくで押し通るが良い、さもなくば即刻寺から立ち去れい!」


 威風堂々とした勢いで飛若の前に立ちはだかった木葉尼は薙刀を振るって構え始めた。明らかに戦う気である。



 しかし、



「分かった」



 すると、飛若は突然、木葉尼に背を向けてしまう。



「え?」


 その時、飛若のその言葉に木葉尼はポカンっと唖然してしまう。



「どうせそんな事だろうと思ったよ。普通、都合よく人殺し稼業を俺みたいな何処の馬の骨とも分からない相手に頼むなんてありえないし、信用も出来ないからな」


 そう言いながら、彼は寺の門に背を向けて山を降りようとした。



「ま、待て……! 何かあるだろう!」


 それを慌てて引き留める木葉尼。



「何ってなんだよ?」


 飛若が怪訝な表情をしながら改めて後ろを振り返ると、慌てふためく木葉尼は説得しようと言葉を伝える。



「ほら、お、男なら『力尽くでもここを押し通る!』と申して、私と一戦交えるのが常識であろう!」


「何そのどっかのおとぎ話の武勇伝みたいな乗り? 俺からしたら、寺にやって来た人間相手にわざわざそんな長い薙刀持って、堂々と通せんぼしてる方が常識的にどうかと思うが?」


 その時、木葉尼はグサッと何かを射抜かれたかのように、胸を押さえてしまう。



「な……!? 折角私がそなたの腕を確かめる為に、わざわざこのような場面を用意したというのに……!」


「なんだそんな魂胆だったのかよ。こんな回りくどい事をするのに意味あるのか?」


「あ、あるとも! こう局面というか美学というか、戦とかにはそのような物があるであろう! もう少し空気を読んで頂きたい!」


「空気を読むだ? お偉いさんならともかく、初対面相手の行いに突如、空気を合わせなきゃいけない理由が一体どこにある? そもそも美学とか局面とか、そういうのは、どっかの舞台にでも回しな。演舞好きの連中ぐらいは見てくれるだろう」


「なっ……!?」



 木葉尼はわなわなと体を震わしながら愕然する。







「はっきり言う。お前……めっちゃ痛いよ」






 飛若は冷酷にも容赦なく彼女の胸に突き刺さる言葉を発した。







「~~~~~~!!」



 その時、木葉尼の羞恥心は頂点に達し、薙刀を持ちながらその場にうずくまり、真っ赤になった顔を隠してしまう。



「おのれ……! この私に恥をかかせおって! 貴様をこの場で斬る!」


 その途端、木葉尼は手に持った薙刀を上に掲げると、そのまま彼に向けて、勢いよく振り下ろした。


「ぅお!? あっぶねぇ!!」


 飛若は間一髪でギリギリで横に避けた。



「いきなり何するつもりだ!」


「問題無用!」


 木葉尼は更に薙刀を鮮やかに振り回しながら、飛若に襲いかかる。


「くっ……!」


 彼はそれらも見事に避けて、彼女から離れて間合いを取った。



「いざ、尋常に勝負!」



 その刹那、木葉尼の華麗な薙刀の舞技と間合いの差に圧倒され、彼はそれを尚も避け続けた。


 彼女の振り回すその薙刀は周辺の竹林ごと薙ぎ払う。



「なんて薙刀さばきだ……!」


 飛若は彼女の薙刀の斬れ味と太刀筋にゾッとする。



(あの薙刀……厄介だ……!)


 飛若は木葉尼が振り回しているその薙刀に危機感を感じると、ふと閃いて彼女が薙ぎ払って散乱させたその辺の竹に目をやると、ちょうど竹槍の代わりになりそうな先端が尖った竹を拾った。



「これでお前と対等な間合いを取れた!」


 長い竹槍を持った飛若は彼女の持つ薙刀と互角の距離を取って応戦した。


「くらえ!」


 彼は竹槍で彼女に刺突をするが、


「甘い!」


 木葉尼は飛若の放たれた竹槍を薙刀で払い、半分程の長さに斬ってしまった。



「なっ!?」


 飛若はその光景に驚愕する。



「竹槍とはいえ、扱いが素人だ。長物で私に挑むなら槍術の一つでも覚えるのだな!」


 その瞬間、薙刀を回しながら迫ってきた木葉尼はその遠心力を使って飛若に一太刀を入れるが、間一髪のところで彼は腰の上古刀を抜いて受け太刀する。


「ぐあっ!」


 だが、彼は彼女のその薙刀の力に負け、勢いよく吹き飛ばされる。


「チッ!」


 飛若の刀と手は薙刀の衝撃の余りに震え出すと、彼はすぐさま深呼吸をして、改めて刀を持ち変えると、その目の色が変わった。



「殺り合うんだったら、本気で殺ってやる……!」


 ギロリと睨みつける彼のその形相と殺気に木葉尼は一瞬、圧されてしまい一筋の汗を垂らす。


「死ね!」


 冷酷な口調で言い放つ彼は刀の先端を向けて勢いよく突っ込んで来るが、


「ふん!」


 木葉尼はそれを上手く避け、華麗な足捌きで飛若の後ろに回り込み、薙刀の柄部で彼の喉にかけて軽く持ち上げた。



「捕らえた!」


「ぐっ!」


 木葉尼のその薙刀を使った絞め技に彼はなす術を失くす。



「まだまだ若いのう。坊や」


 不敵に笑う彼女に対し、飛若はキツい目をしながら後ろに目を向ける。



「テメェ離せ!! さもねえと……」



 その時、



 ムニュ



「ふにゃ!?」


 飛若は後頭部にある柔らかい感触が襲い、乙女のような声を上げてしまう。


「さもないと……? どうされた? 力が緩んでおるぞ?」


 ムニュムニュムニュ


 木葉尼は無意識なのか、どこか色気のある口調で飛若を持ち上げるが、実際は飛若のその後ろには彼女の巨乳と言っても良い程の豊満な胸が押し当てられていた。


「は、離せ! いいから今すぐ離せ!!」


 顔を真っ赤にした飛若はその場で暴れると、


「そうはいかぬ。そなたが降参するまでは決して離さぬぞ」


 ムニュ〜〜〜〜〜〜!


 木葉尼は飛若が暴れるのを見た途端、抵抗出来ないように更に柄部を持ち上げて拘束するが、同時に押し当てていた胸を彼の後頭部に挟み込んでしまった。勿論、当の本人は全く気づいてない。


「わ、分かった降参する! 俺の負けだ! だから早く離してくれ!」


 とても柔らかい感触をした豊満な胸に包まれた彼は、遂に観念して降参を持ちかけるが、



「随分と潔いの。さては何か卑劣な術を企んでおるな?」


(そんなでかい胸押し付けて、無意識に色仕掛けしてくる女に言われたかねえ!)


 怪訝な表情を浮かべて一向に離そうとしない彼女に対し、顔を赤く染めていた飛若は段々と苛立ちを感じた。



「いいから、とっとと離しやがれっつってんだよ! この淫乱女め!」


「何!? 聞き捨てならぬ! 誰が淫乱女だと!?」


「この……ぉ……!」


 飛若は話し合いにすらならない木葉尼に対し、怒りを覚えたその時、



「それまで!!」


 その時、門の後ろから突如強い声が放たれた。


「木葉尼よ。もう良かろう」


 そこにやってきたのは輪西であった。



「輪西か。私はそなたの命には従わぬ」


 すると、木葉尼は鋭い目付きで輪西を睨みつけた。



「西常様に背くつもりか? いい加減、拙僧の命は西常様の言葉だと思え」


 二人はお互い険悪な仲なのか、何食わぬ顔で睨み合った。



「ならぬ! 西常様には従う! そなたが出す任も西常様の命だと思って喜んで引き受けよう! されど、そなたの命だけは絶対に聞かぬ!」


 木葉尼は何か因縁があるのか、輪西に対し吐き捨てるように言い放った。



「ふん、相変わらず言うことを聞かぬケダモノ(、、、、)よのう」


 輪西はまるで野良犬を見るかのように木葉尼を見下す。



「ほどほどにしておけ。もうじき会合を開く。遅刻すればどうなるか分かっておるな?」


「言われなくても承知」


 すると、輪西は後ろを振り向くとそのまま寺へと向かって行ってしまった。



「ふん、輪西め。真にいけすかぬ者よ」


 その輪西の後ろ姿を眺めた木葉尼は吐き捨てるかのように呟いた。



「あの……頼むから、もうそろそろ離れてくれないか?」


 すると、そこへ未だに木葉尼に拘束されていた飛若はここで彼女に声をかけた。



「何を申す? まだ勝負は決まったわけでは……」


「勝敗はどうだって良いんだよ……その……」


 飛若はとにかく居ても立ってもいられないこの状況から逃れる為に、顔を赤らめながら素直な気持ちを伝えた。


「???」


 木葉尼はキョトンとした表情をする。



「……あた…………って…………ん…………だよ……」



 飛若は恥ずかしさの余りに小さな声で呟く。



「なに? もっと大きな声ではっきりと申せ」


(こ、この女……!)


 飛若はゆでダコみたいに湯気を出しながら顔を真っ赤にすると、決心するかのように深呼吸をする。



「だから、さっきからお前のそのでかい胸が当たってるって言ってんだよ!!」



 その場に響くほどの馬鹿でかい声を出した飛若のその言葉に一瞬、木葉尼は静止してしまう。


 すると、彼女はゆっくりと下に目を向けると、彼の首に自らの豊満な胸で挟んでいた事に気づき、その胸から彼の小さな後頭部と少し固い彼の髪の感触を覚えてしまう。



「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」


 やがて、彼女はみるみると顔色が紅潮し、羞恥心が頂点に達してしまう。





「キ、キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」



 木葉尼はまるで年頃の少女みたいな悲鳴を上げ、その声は寺は勿論、裏山中にまで広がってしまった。









 その後



 寺の内部に入ると、黎門の銅像が立ち並ぶ講堂には、輪西含む二十名の僧徒が正座していた。



「飛若殿。よく参られた」


 そこにやってきた飛若と木葉尼の二人は彼らの前に座ると、二人はお互いの顔をチラ見する。



「「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」


 すると、二人はお互い目が合った途端に顔を赤らめ、不機嫌そうにフン!とそっぽ向くと、それを見た輪西は怪訝な表情を浮かべた。


「どうしたお主ら?」


「「べつに!」」 


 二人はお互いツン!とした態度を取ると、輪西はあえて詮索するのをやめた。



「まあ良い。本題に入る」



 輪西は切り替えると、早速この場にいる全員と共に会合を開いた。



「早速ではあるが、飛若殿。斬って頂きたい者がおる」


 すると、輪西の目は途端に猛禽のような鋭い目に変わる。


「京氏一門に仕える用人、阿波藤麻呂(あわのふじまろ)を葬って欲しい。この者は裏で金策による悪行を尽くしてきた者である」


 飛若は暗殺の標的の名を聞くと、先程の事は忘れるかのように真面目な表情に切り替わる。



「故に木葉尼と共に亡き者にして頂きたい」


 その時、飛若は耳を疑った。


「ちょっと待て。この女と組めというのか?」


 彼は途端に立ち上がり、隣にいた木葉尼に対して指を差す。


「如何にも、だから先程、木葉尼はお主の力量を図る為に手合わせをしたのであろう。今後、木葉尼とお主は二人一組となって、刺客の務めを果たす事になる」



(なるほど、それでか……)


 飛若は横目でチラッと丁寧に正座してる木葉尼を見下ろす。


 要するに先程、木葉尼が飛若に勝負を挑んだのは、本人なりの考えによる行いだと彼は察した。


 つまり、お互い背を任せ、命を預ける相棒として本当にそれに値する者かを彼女は確かめたかったのであろう。



「共に務めを果たせ」



 それだけを言い終えると、やがて輪西は僧徒達と別の話しに移った。






 ーーーーーーーーーーーー





 暗い闇が町を覆う深夜、清泉の賑わった町はこの時間になると、大半の家は灯りを消し、人々は眠りに入るのが常である。


 月が暗黒の闇に喰われて消え、新月の夜はまさにこの世の常闇と言っても過言ではない。


 そんな暗い静かな町にある男達がいた。


「いや〜今宵も酔うた酔うた!」


 一人は酒に酔って浮かれてる中年の男でフラフラと千鳥足で歩き、その側には刀を持った用心棒二人が中年の男を転ばせないように肩を支える光景が見えた。


「藤麻呂殿。いくらなんでも飲み過ぎでは?」


「このぐらい大した事あらぬ!」


 中年男はかなり泥酔してるようで、用心棒二人は呆れながらもその酔っ払い男に付き合わされていた。


「いつもの事ではあられまするが、もう少し酒はほどほどにされた方がよろしいかと。近頃、この清泉も何かと中禅宗の坊主共による一揆や騒動で荒々しくなられておりまする」


「翌朝の務めにも響きますぞ」


「何を弱気なことを! お主らそれでも用心棒か!? 腰の物は飾りか!?」


「全くこの方と来たら……」


「普段は怠け者で手を焼くお方だが、金払いが良いから、儂等は何も言えぬ……」


 二人の用心棒は酔っ払いの藤麻呂を見て小さな声で愚痴を呟くが、その男三人が向かっているその先に、大橋の柱の陰に隠れながら、その様子を覗いてる飛若と木葉尼の二人がいた。


「あれが藤麻呂公か」


 遠目で眺める飛若は鋭い目線で呟く。


「とっとと殺るぞ」


 飛若が腰の上古刀に手をかけると、木葉尼が突然それを遮る。


「待て、時機を窺うのだ」


 木葉尼は相手がこちらの存在に気付かず、そのまま標的が近づいてくるのを待った。


「行くぞ……!」


 その時、木葉尼が動いた。






「阿波藤麻呂!」



 木葉尼は三人の男の前に立ちはだり、声を上げる。



「何者じゃ!?」


 二人の用心棒は突然現れた木葉尼に対し、腰の刀に手を添えて警戒をする。



「我が名は中禅宗尼僧兵、木葉尼なり! そなたらの悪行、我が名刀『柴薙』にて成敗致す!」


 木葉尼は正々堂々と名乗りながら薙刀を振るうと、その横から飛若が入り込む。



「って、闇討ちするんじゃなかったのかよ!?」


「だって、その方が格好がつくであろう」


「そういう問題か!? さっき時機を待つと言ってたじゃねえか!? なんの為の待ち伏せだよ!」


「無論、私が登場する為の時機であろう」


「奇襲の為の時機じゃなかったのかよ!」


 飛若は連続で木葉尼に突っ込みを入れ続ける。どうもこの女性はどこか頭が抜けてる性格のようであった。



「く、曲者じゃ!



 藤麻呂がそう叫ぶと、二人の用心棒が刀を抜きながら前に出る。



「藤麻呂殿、ここは我らが!」


「どうかお逃げを!」


 二人の用心棒は殿(しんがり)を務めて、藤麻呂を逃がそうとする。


「う、うぬ……!」


 藤麻呂は彼らの言う通りにその場から走り去ろうとする。その光景を見た飛若は呆れながら木葉尼に文句を言う。



「ほら、逃げちまうじゃねえか!」


「案ずるな。よく見よ」


 すると、木葉尼は逃げようとする藤麻呂に指を差すと、そこには何度も転びかけて一向に進まない藤麻呂の哀れな姿が目に見えた。


「ううう〜! おのれぃ……飲み過ぎた……!」


 どうやら標的は相当酔っていて、まともに歩けない様子である。



「あのように藤麻呂公はかなり酔うておる。あれでは到底まともには逃げきれぬ」


 飛若は暗殺の筈なのにどこか締まらないようなこの場の状況と雰囲気に対し、頭から汗を流す。


「ま、まあいい……!」


 飛若はその妙な空気に一瞬惑わされても尚、切り替えて腰の上古刀をゆっくりと抜き始める。



「阿波藤麻呂! 悪いが観念しな!」


 その瞬間、飛若と木葉尼の二人が動き出す。



「貴様らの相手は儂等じゃ!」


「勝負、勝負!」


 続いて用心棒二人組も動き出し、お互い二対二の太刀合いが始まった。



 その刹那!


 木葉尼は向かい合って来た用心棒に対し、薙刀で一振りすると、用心棒の体を容易く斬った。


 一打ちもお互い交えなかった。一撃である。


 用心棒は声も漏らさず、体中から大量の血を飛び散らせながら、その場に倒れる。



 一方、



「くっ……!」


 飛若の方は必死で用心棒の連撃を受け続け、苦戦してる様子が目に見える。



「何をしておる飛若殿? 早いところ決着をつけて頂きたい」


「そうは言っても、俺はお前みたいに正々堂々、正面切って戦えるほど強くはねえんだよ!」


 これまでの飛若の殺生は敵の虚を突く、闇討ちや独特な発想による卑怯技に頼り、まともに敵と向かい合って戦う事には慣れていなかった。


「では、そこで時間を稼いで頂きたい」


 木葉尼は飛若にそう伝えると、そのまま何回も起き上がろうとする標的に近づく。



「阿波藤麻呂、成敗!」


 その瞬間、木葉尼は藤麻呂の背中を斬った。


「む、無念……!」


 藤麻呂はその場に崩れ、返り血が散乱する中で木葉尼は薙刀を構えたままの状態で静止する。



(決まった……!)



「いや、そんなドヤ顔で決めててもな……」


 木葉尼はカッコいい姿を披露出来たと思いながら、満足感の笑みを浮かべると、その横で返り血を浴びた飛若が現れる。



「なんだ、やっと片が付いたか?」


「まあな」


 飛若の後ろには、二人目の用心棒の無残に殺された姿があった。



「その程度の腕では、いつ返り討ちに遭われてもおかしくない。もう少し腕を磨いてはいかがだ?」


「余計な世話だ。これからは俺のやりやすいように闇討ちを使ったやり方でいかせてくれ」


 飛若はそれだけを呟くと、二人は精禅寺に戻ろうとその場を去り、夜の闇へと消えていった。







 次の日



 二人はこの日も精禅寺の会合に出て、輪西に昨夜、阿波藤麻呂を討った事を報告する。



「ご苦労であった。早速だが、新たに斬って頂きたい者がおる」


 すると、彼はすぐさま新しい依頼を彼ら二人に申しつけた。


「真浄宗僧侶、信妙を葬って頂きたい」


 その次の標的の名を聞くと、その日の夜、彼らは昨日と同じように仕事をこなす。





 だが、その次の日も




「斬って頂きたい者がおる」







 次の日も




「斬って頂きたい者がおる」







 次の日も




「斬って頂きたい者がおる」







 次の日も




「斬って頂きたい者がおる」






 彼らは輪西にこき使われるかのように、毎晩暗殺の仕事をこなす。



 この日の夜も飛若は闇討ちで標的を斬る事に成功するが、彼はその両手についた血を見ながら思い始めた。




 ――人を斬るのって、こんなに簡単だったっけ……?



 この稼業に出会う以前から、飛若はこれまで殺生を繰り返して来たが、こうも毎日殺し続けるほどの事まではしなかった。


 大体、五日ほどの間隔で殺生を繰り返すのが常であった。しかし、今こうやって毎日人を斬り続けてると、段々と普段の日常みたいに慣れてくるのを彼は感じた。



 ーー俺はこのままでも良いのかな……?



 彼は慣れの余りに段々とこの稼業を嫌でも天職と思い始め、このまま呪いを解く術を探らずに、一生こんな金に困らず、殺す人間を探る手間もかからず、ずっと人間としてあり続けられる生活をするのも悪くないと感じ始めた。



「飛若殿、眠いぞ……」


 その時、飛若の横には狸みたいに目に隈が出て、眠そうな表情をした木葉尼がいた。



「分かってる。俺だって眠いんだ」


 飛若もまた目に隈が出ていた。無理もない。この頃、彼らは不眠で毎夜仕事を続けてきたのである。


「明日、輪西に言ってちょっと休みを貰おうぜ」


彼はそう言うと、木葉尼と共に寺へと戻ろうとする。





 だが、その翌日




「斬っていただ……」


「やかましい!」



 その日の精禅寺では、いつものように輪西が仕事の話しを振ろうとした途端、彼は思いっきり突っ込みを入れる。



「何が不服だ?」


「あのな、人を沢山斬らせてくれるのは良いが、こうも毎日寝てない中、『斬って頂きたい者がおる』『斬って頂きたい者がおる』『斬って頂きたい者がおる』って言われたら、流石にキリがないわ!」


「それだけこの町は腐り果てておるのだ。お主にとっても人斬りという都合の良い汚れ仕事で金を貰えるだけありがたいと思え」


「正論を言ってるようだがな、せめて休みをくれ! 休みを!! こっちは眠くて堪らないんだ!!」


「人間一日ぐらい寝なくても死にはせぬ」


「一日じゃねえし死にそうだからこうやって言ってんだろうが!! 人使いの荒い坊さんだな! 見ろ、こいつのこのあられもない姿を!!」



 その横には眠そうに体をフラフラと揺らしながら正座を必死で保ってる木葉尼の姿があった。目に狸みたいな隈が出来て、女性とは思えないほどのひどい顔であった。



「そこまで申すなら仕方ぬ。お主ら二人に三日の休みを与える」


「分かればいいんだ」


 すると、飛若はやっとの事で折りてくれた輪西に対し、ほっと一息をする。



「だが、次の仕事をこなしていただけたらの話しだ」


「あん!? この期に及んでまだ俺達に仕事をさせるつもりか!?」


 その途端、またも飛若は怒り出すと、輪西は彼をなだめる。



「まあ、そう荒くれずに落ち着け。此度は拙僧も参るのだ」


「は? なんでまた?」


「それほどの手練れなのだ」


 すると、輪西は途端に目を鋭く尖らせた。



「明日の早朝、京氏一門の一人、京辻頼(かなぐりのつじより)を討つ」


 京氏一門、それはこの吉ノ国を治める郡司を筆頭に持つ一門で、長年朝廷にも関わってきた公家でもある。



「この者は公家ながらにして大層な剣豪であるだけでなく、知謀にも優れた文武両道の強者である。故に早々たやすくは斬れぬ。報によると明日の早朝、一人で釣りに向かうとの事だ。その絶好の機会を狙い、拙僧と何名かの連れてきた者達と共に一斉に斬りかかる」


 その輪西の真剣な表情を見て、飛若はよほど討ちたい相手だと悟った。



「お主ら二人にも、それに加わって頂きたい」


「それほど強い相手なのか?」


「うむ、命は覚悟した方が良い」


 飛若は輪西のその眼差しに遂に観念する。



「分かったよ。その代わり、仕事終わったらキッチリ休み貰うからな」


「勿論、今から部屋を用意致すので、今宵はこの寺で眠るが良い。明日は早い」


 輪西がそう言った途端、飛若の横で眠そうに正座していた木葉尼は遂に限界が来て、その場に倒れて寝込んでしまい、ぐっすりと爆睡してしまう。


 

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