第二十四話 覗見
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その日の夜、作兵衛達一同は飛若の逆鱗に触れた事を反省して、彼の言われる通りに従い、賭場で取られた服と武具を飛若の金銭で支払い、全てを返してもらう事になった。
彼の財布の中身は一気に減ったが、それでも八人全員は何とか宿に泊まれそうな程の金はあった。
ただ、期間としては八人全員合わせて、たった三日程度の滞在費である。
あれから、彼らは乱闘が原因で宿を追い出された後、別の宿を見つけて部屋を借りる事になった。そこは建物こそ大きくはないが、温泉がついてる宿である。
作兵衛達一同はその日の夜、その温泉宿の部屋でゆっくりと寛いでいた。
しかし、ただ一人、飛若だけはそう簡単に彼らを寛がせようとはさせなかった。
「さて、お前らに問う。この危機的状況をどうするか?」
部屋の中でただ一人、飛若は立ち上がり、残り少ない持ち金による対策を立てようと会議を始めようとするが、彼らはそんな飛若の言うことに聞く耳持たずに、ただのんびりと横になりながら、鼻くそをほじっていた。
「聞いてんのかこの野郎共が!!」
「聞いてねえよ~」
「少しはゆっくりさせろよ~ここは温泉宿だし」
虎丸と敏郎のやる気のない台詞を聞いて、ふざけてるのではないのかと感じた。
「こ……の……ぉ…………! 舐めやがって!!」
「まあまあ、あんちゃん落ち着いて!」
怒りを震わせた飛若は我慢できずに、一同に殴りかかろうとした途端、鍛丸が後ろから体を掴んでなだめ始めた。
「まず言うぞ!? 今の持ち金でこの宿に泊まれるのは後三日しかないんだ! その間に一体どうやって稼ぐかだ!!」
「んなの決まってんだろ? 博に決まって……」
「博打以外でだこのアホんだら!! もう賭場にはいかせねえぞ!!」
横になりながら耳の穴をほじっていた敏郎は、普通に答えようとしたところを飛若は突っ込みを入れる。
「じゃなきゃ、お前が昨日みたいにどっかで稼いでくればいいだけの話だ」
「そうそう。一日であれだけ稼いだんだからよ」
土清と泥吉は飛若一人で稼がせようという提案を出した途端、
「もう我慢できねえ……!!」
「あんちゃん、落ち着いて!」
飛若はまたしても身の内の怒りが燃え上がり、彼らに殴りかかろうとするが、その後ろで彼の体を掴んでいた鍛丸がなんとか怒り狂う飛若を抑えていた。
「冗談じゃ」
その時、作兵衛がニヤリと笑いながら口を開く。
「洒落にならねえ冗談言うんじゃねえ!!」
「ぎゃははははははははははははははははは!!!」
作兵衛達六人は大笑いした。先ほどから飛若を使って遊んでいたのだ。
「まあ、そんな固い話は置いといて、風呂に入るぞ!」
作兵衛はそう言うと、鍛丸を含む六人を連れて宿の露店風呂に向かおうとした。この宿、自慢の温泉である。
「お前は? 行かないのか?」
その時、土清が背を向けて座っていた飛若に声をかけると、
「俺はいかねえ! 先入ってろ!」
飛若は不機嫌に答えると、少し怪訝な表情を浮かべた土清はそのまま彼らと共に露店風呂へと向かった。
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「ぎゃははははははははははははははははは!!!」
湯煙が漂う露店風呂では飛若以外の裸の男共七人が入っており、彼らは子供みたいにお互い湯を掛け合って遊んでいた。本当に騒ぐのが大好きな連中共である。
「ははは! はぁ~いい湯だ~」
「まったく、あいつはいつも怒りっぽいんだから~」
怒らせているのは、どこのどいつらだと言いたいところではあるが、それでも気にしないのがこの輩共の性分なのであろう。
「しっかし飛僧の奴、こっちに来て儂等と共に入れば良いのに~」
作兵衛は今が絶好の湯加減なのに、飛若が来なかった事に残念そうに呟く。
「ん? そういえば……」
するとその時、鍛丸は何かを思い出したかのように上を向いた。
「オイラ、旅を始めてここに来るまで、あんちゃんが風呂に入ったところ一度も見たことないけど?」
「「「「「「え?」」」」」」
鍛丸のその言葉を聞いた瞬間、作兵衛達は疑問の表情を浮かべた。
「そう言われて見れば、これまで俺たちと水浴びしたことすらねえな」
疑問を抱える虎丸が呟く。
「確かに、今まであいつが風呂に入ったり、水浴びをしてるところ一回も見たことがない」
同じく疑問を抱えた俊郎が呟く。
「俺たちより汚ねえだろ!」
バッチそうな表情で泥吉が言う。
「いや、どう見てもあいつは汚れてるように見えないどころか、臭いすらしないぞ」
少し怪訝な表情を浮かべた土清がいうと、
「お、俺一度だけ皆が寝静まった夜に奴が川の方に向かったところを見たことがあるぞ?」
「「「「「「何?」」」」」」
その時、その場にいた一同は泥吉のその言葉にまたしても疑問を抱えた。
「どういう事だ?」
頭である作兵衛がズイズイと泥吉に迫りながら、問い詰めると、彼はその圧に少し焦りながら答える。
「俺もわかりやせんが、俺がある夜中にションベンに行こうとしたところ、何故か奴がコソコソと周りを気にしながら茂みに隠れて、川の方へ向かったところを見やした」
「お主はその時、飛僧が水浴びをしておるところを見たのか?」
「い、いや……! 俺もついションベンが漏れそうだったので、急いでそのまま茂みに向かいやした」
一同はなんだよと期待外れの泥吉に文句を言うが、作兵衛は顎に手を当てながら真剣に考え、今までの経緯を全て繋ぎ合わせて推理したところ、彼はこう結論した。
「も、もしや……! 奴は……お、女子ではなかろうか……!?」
「「「「「「なにぃ!!?」」」」」」
その途端、風呂場にいた者全員が驚愕した。
「そ、そう言われれば、俺あいつの裸一度も見たことねえぞ!」
虎丸が言う。
「お、俺もだ!俺もあいつが服を脱ぐとこですら見たことねえ!」
敏朗が言う。
「女の子だったなんてウソでしょ……!?」
一八が言う。
「そ、そういえば容姿もよく見ると、男にしては出来過ぎてる顔だ……!」
土清が言う。
「髪も妙に長いしよ!」
泥吉が言う。
「あ、あんちゃんが女……!?」
その時、鍛丸は頭の中で飛若を想像すると、そこには妙に華奢で肌白い体つきに、妙に細くなめらかな肢体と小さな膨らみのある胸を手で隠し、恥ずかしそうに頬を赤く染めた色っぽい飛若の裸姿を想像してしまい、彼は鼻血を出してしまう。
「まあ待て! まだ分からぬぞ。あくまで儂の結論じゃからのう」
作兵衛は一同を一旦落ち着かせると、彼をまとめてある決断をした。
「そこで提案じゃ! 奴の裸を覗くぞ!」
「「「「「「え?」」」」」」
その時、一同はまたしても驚く。
「お、お頭……! 本気で言ってんのか?」
土清は作兵衛に改めて聞くと、
「本気も何も知りたくはないのか?」
「そ、それは……!」
土清は作兵衛のその言葉に本心を隠せそうになかった。
「俺は見たい!」
その時、虎丸が立ち上がった。
「あいつが男だろうと女だろうと、俺は女だと信じて覗きたい!」
その虎丸の正直な気持ちに、他の者達も次々と立ち上がった。
「俺も女の裸を覗きたい!」
俊郎が立ち上がる。
「あたしも! 女の子だったら、一緒に仲良くなれそうだし、この鞍馬衆も賑やかになりそうだわ!」
一八が立ち上がる。
「俺もあいつが男なのか女なのかを、ここではっきりと知りたい!」
土清が立ち上がる。
「俺も覗きたい! もし女だったら夜這いしてやる!」
泥吉が立ち上がる。
「おいらも覗きたい! 兄ちゃんが女だと信じて!」
そして、鍛丸も立ち上がった。
「よし、決まりだ! 奴は必ず儂等が寝静まった時に風呂に向かう! そこを狙うぞ! 儂等は寝たふりをして奴が風呂に向かい、入った隙を覗くぞ!」
「「「「「「おう!!」」」」」」
作兵衛達は一致団結したが、どれも最低な動機であった。その時露店風呂からはゲヘヘ~という気持ち悪い笑い声が聞こえてくる。
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その夜、作兵衛達はすぐに寝たふりをして、飛若が風呂場に行くのを静かに待った。
だが、奥で寝ていた飛若は一向に起きる気配も見せず、寝たふりをしていた作兵衛達は正直寝てしまいそうであった。
(ね、眠い……)
(馬鹿起きろ……! お前だって裸を見たいんだろ?)
しかし、彼らはお互いの頬をつね合いながら起き、ただ欲望のままにひたすら眠気と戦っていた。
そんな時、飛若に異変が起きた。
深夜、彼は途端に起き上がると、周りをキョロキョロと見て、作兵衛達が寝ている事を確認すると、そのまま立ち上がり、ゆっくりと静かに部屋を出た。その飛若の仕草を見た作兵衛達はますます女に見えてくるように感じた。
(間違いない……奴は風呂に向かった! 皆の衆行くぞ! この機を逃すな……!)
作兵衛はまるで戦の大将みたいに小声で六人を指揮しながら、ゆっくりと忍足で風呂場へと向かった。
やがて、脱衣所に着くと、彼らは胸を高鳴らせながらゆっくりと戸を掴む。
「良いか? せーので見るぞ」
作兵衛がそう指揮すると、六人はいつでもすぐに覗く態勢をとった。
「せーの」
彼らは小さな声でかけ声を合わして戸をゆっくりと開け始めた。戸は思ったよりも小さく計七人が顔を覗かせるには狭すぎる大きさであったが、それでも彼らはなんとか覗く事が出来た。
風呂場は湯気が立ち上がって、なかなか見えないがそこには確かに飛若がいた。ゆっくりと湯に浸かって極楽のひと時を満喫している飛若の姿が。
「あやつ、妙な刺青を彫ってあるのう」
遠くから見た作兵衛は飛若のその刺青が見え、不思議そうな表情でその体を眺めた。
「よく見えねえな」
虎丸がもう少し見やすいように体を動かすと、その周りのものが騒ぎ出す。
「お前……! 場所取りすぎだ……!」
「てめえこそ邪魔なんだよ……!」
「何だとこの野郎……!」
「やめろ……! バレるだろ……!」
「うるせえ……! てめえこそ鼻息が荒えんだ……!」
「おめぇ喧嘩売ってんのか……!」
戸の前で密着していた彼らはその場で喧嘩を始め、お互い体を動かしぶつけ合ったその瞬間、
「「「「「「「どわあ!!」」」」」」」
小さな戸は突然壊れてしまい、作兵衛達はその場で雪崩のように派手に倒れてしまった。
「誰だ!」
飛若は体を手で隠しながら立ち上がると、
「あ……」
彼らはお互いに目が合ってしまった。
「お、お前ら……!」
飛若は戸の前で倒れてる作兵衛達を見て驚愕した。
「お前のせいだぞ!」
「お前こそ奴の裸が見たいっていうからだ!」
「そういうてめえだって、奴が女だと期待して着いてきたじゃねえか!」
「馬鹿野郎! それ言っちまったら!」
お互い罪をなすりつけ合って、喧嘩をしてる彼らの言動を見た飛若はそこで口を開いた。
「なるほどな」
その何処か冷酷な口調の一言で、作兵衛達は途端に恐怖心を抱えて黙ってしまった。
「ああ、そうだよ……お前らが今見てる通り……」
飛若は一歩一歩ゆっくりと作兵衛達に近づく。
「俺は正真正銘の………………」
「男に決まってんだろうがぁ!!!」
その時、飛若は鬼のような形相をしながら、その辺の巨大な岩を両手で掴み、怒り任せで作兵衛達に向かって投げつけた。
『うぎゃああああああああああああああああ!!!』
作兵衛達は悲鳴をあげながら、勢いよくその岩の下敷きにされてしまった。
飛若は間違いなく男なのだが、人前で裸を見せるのを極度に嫌う羞恥心を抱えていた。それは彼が故郷で物心がついた頃からそうである。だからこそ、今までずっと人目を避けながら風呂に入り、水浴びをしていたのである。また、人の裸を見るのも苦手でひどい時だと発狂してしまう程である。とにかく、それほど飛若は裸の付き合いというものが大嫌いな性格であった。
やがて、怒りに満ち溢れた飛若は手をゴキゴキと鳴らしながら、作兵衛達に近づく。
「さて、人の裸を見るという事が一体どれほどの罪かを今ここで味合わせてやる!!」
『ぎゃあああああああああああああああああ!!!』
飛若は岩の下敷きになって身動きが取れなくなってしまった作兵衛達を気が済むまで殴り、蹴り飛ばした。
その作兵衛達の悲鳴は一晩中続いた。
翌朝、部屋には飛若の覗きの代償として好き放題殴られ、体中ボロボロの作兵衛達七人が痛々しそうな表情で横になっていた。
飛若の裸を覗き、彼を怒らせた結果の末路である。




