第二十三話 僧徒
一方、
「シッ! シシッ! シッ! シシシッ! シ!!」
作兵衛達が遊んでいる間、狭い室内で鎌次郎の連続の突き技を必死に受け流していた飛若は、苦悶の表情を浮かべる。
(速い……!)
神速の剣技を刀で受け、体で避ける度に、必ず飛若の体にかすり傷がつき、時に刀から火花が散らす程の凄まじい剣撃に彼は手に汗握る。
(こいつ強え!)
「くっ! このぉ!!」
その刹那、埒があかなくなった飛若は鎌次郎が放った突きを下に避けて身を低くしたのと同時に、相手に剣先を向けて懐に突っ込んだ。
「馬鹿め!」
しかし、その途端、鎌次郎は突きで放った刀をすぐに戻し、柄で飛若の突き技を受け流して、懐に入ってきた飛若に対し、一歩踏んで体当たりをした。
「ぐわっ!」
たった一歩の体当たりに飛若は勢いよく吹き飛ばされ、そのまま倒れてしまう。
「呆れた者だ。刀を持つ者が体術すらも扱えぬとは」
鎌次郎は情けなく倒れてしまった飛若に対し、冷酷な目で見下ろすと、手に持った刀を強く握り締める。
「身の程をわきまえて死ね!」
その瞬間、鎌次郎は倒れている飛若に目掛けて刀を勢いよく振り下ろすと、彼は咄嗟にそれを刀で受けた。
だが、鎌次郎はその刃を力ずくで彼の首筋に押し付けようとし、飛若はそれを必死に遮って押し返そうとし、二人の鍔迫りが始まった。
「このおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
飛若は負けないと言わんばかりに両腕に力を振り絞るが、腕力的に大人の力で勝る鎌次郎に有利があり、彼はそのまま力負けしそうになる。
(こいつ、なんて馬鹿力だ……!)
間もなく飛若の首筋に刃が迫まり、もうダメだと思い始めた飛若はふと横目でその刀身を見ると、お互い刃を交えた刀身から小さな火花がチラチラと見えた。
目を大きく開き、こちらを凝視する鎌次郎の目を見た飛若はある事を閃いて決心する。
(一か八かしかねえ……!)
そして、彼はどういうわけか目の前に敵がいるのに、突然目を瞑り始めると、
「どりゃあ!!」
彼は刃を交えた刀身をギャィン!と思いっきり横にズラしたその瞬間、お互いの刀身から火花が大きく飛び散り、その刃の破片と火花が鎌次郎の目を襲った。
「ぎぃやああああああああああああああああ!!!」
鎌次郎は両目に鋭い欠片と火花が入ると、彼は目を焼かれるような激痛に襲われ、両目を左手で抑えながらその場から離れて暴れ始める。
「このクソガキめ! どこだ!? 我が復讐を邪魔した罪、今晴らしてやる! 苦しませながら殺してやる! どこだ!? 出てこいクソガキめ! 殺してやる!」
鎌次郎は怒りをぶつけながら刀を振り回し、その場の壁、床、物などに切りつけて暴れ回る。飛若の思いつきで使った目潰しは成功し、確実に鎌次郎の目を失明させた。
(今だ!)
その視界を失い、暴れ回る鎌次郎を見た飛若はその隙を逃さず、上古刀で刀を持ってる相手の右腕を斬った。
「ぐわぁ!」
すると、右腕を斬られて刀を落としてしまうのを見た飛若は更にもう一本の左腕を斬った。
「がぁ!」
両腕の筋を斬られた鎌次郎はブランっと両手を下げてしまい、完全に無防備となり、もはや刀を持てなくなってしまう。
「チッ! そこか!」
だが、両腕を斬られても尚、鎌次郎はすぐに飛若のいるところを察し、彼の喉元に噛みつこうと襲いかかった。
飛若は咄嗟に左手で防ぐと、鎌次郎の歯が彼の指に噛みつき、そのまま壁に押されてしまう。
「ぐっ!」
左手を噛まれた飛若は苦悶の表情を浮かべる。
「離れろテメェ! 指が千切れる!!」
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!」
まるで狂犬ように飛若の左手の指を噛み千切ろうとする鎌次郎に対し、彼は刀の柄で相手の顔面を何度も殴打するが、その顎の力は緩もうとしない。
そんな焦っていた飛若は最後の手段を出す。
「このぉ!!」
「グブッ!」
飛若は手に持った刀で鎌次郎の首に深く刺した。まるで串団子のように、上古刀は鎌次郎の首を完全に貫通した。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!」
しかし、口から吐血し始めた鎌次郎は噛み付いていた顎の力は弱まるどころか逆に強まり、飛若の指から血が流れ始める。なんとしてでも彼の指を食い千切ろうとしていた。
「うあああああああああああああああああ!!!」
その時、飛若は狂うかのような絶叫をした途端、刺さったままの刀をノコギリみたいに左右に動かし、鎌次郎の首から大量に飛び散る返り血を浴びながら、そのまま後頭部にまで切り進めて首半分を切断した。
その途端、鎌次郎は遂に絶命する。頭部はグラッと前に傾くが、噛み付いていたその顎の力はまだ緩まなかった。
「オラァ!」
更に飛若はそのまま鎌次郎の頭を掴み、首を捻じって頭部を胴体から切り離す。
「ハァ、ハァ……たくっ、手こずらせやがって!」
左手の指に噛み付いていた頭部をようやく離してその場に捨てると、彼はそのまま鎌次郎の頭部を蹴鞠のように蹴り飛ばす。
「見事な戦いぶりだのう」
すると、いつの間にか牢から出た輪西がその後ろで飛若を賞賛した。
「何が見事な戦いぶりだ? こっちはお前といたせいで危うく自分の命か、指かのどちらかを持っていかれそうになるところだったんだよ」
「それはすまぬ。されど、拙僧を咎めるのは後回しにした方が良い。よう聞け」
すると、外から微かにピーピーと呼子笛の音が耳に聞こえてくるのが分かった。
「まずい事に、もうじき増援が来る。早くここを去らねば、この場の惨状を見た者は間違いなく血塗れになっておるお主を疑うぞ」
「チッ! めんどくせえ!」
すると、飛若は途端に焦りだし、上古刀を納めて一目散にその場から逃げようとしたその時、輪西が彼を制止させる。
「待て!」
「今度はなんだよ! こんな時に!」
苛立ち始める飛若に対し、輪西はある提案を出した。
「慌てるな。拙僧と共に来い。助けた礼に安全な場まで案内致す」
輪西のその言葉を聞いた瞬間、飛若はまたしても怪訝な表情を浮かべた。
「俺がお前のような怪しい坊さんに素直について行くと思うか?」
「今はそんな事を申してる場合ではなかろう」
やがて、外からガヤガヤと男達の声が聞こえ始めると、飛若は防人がやってきたのを察して、またも焦り始める。もう一刻の猶予もない。
「チッ! 分かったよ。その場所まで案内してくれ!」
遂に飛若は観念し、輪西の提案に乗った。
「承知。急ぐぞ! ついて参れ!」
すると、輪西はすぐさまその場から走り出すと、飛若もまたそれに続いて後を追った。
やがて二人は刑場の裏口を出ると、町の路地を走り周って、逃げる事に成功した。
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清泉から少し外れた北西に位置する人の気配も見当たらない静かな裏山。
そこは緑に包まれた竹林の山で、そよ風が吹いて笹葉を静かに揺らす風流な景色や狸の親子が時折見かける不思議と和やかさを感じる場所であった。
その山の中で飛若と輪西の二人は竹林を掻い潜りながら会話をしている様子が見えた。
「おい、一体どこに連れていくつもりだ?」
人目のない場所まで連れいかれた飛若は少し警戒心を抱えながら、輪西に問い詰める。
「我ら中禅宗僧徒が集まる寺に向かっておる」
「寺だ?」
過激かつ武闘派の中禅宗僧徒が集まる寺に連れて行こうとする輪西に対し飛若は怪訝な表情を浮かべる。
すると、しばらく歩いていた二人は裏山の頂上付近まで登って谷までやって来ると、ある寺が見えてきた。
「見よ。着いたぞ。我ら中禅宗僧徒が集まる精禅寺だ」
そこは飛若にとってもまた未知の光景であった。彼は崖の上から遠目で寺の内部を観察すると、何人かの僧が大鐘をボーン!ボーン!と鳴らすのが見える。
『ザーバル・サンモウ・ターラク・カンモウ・バーザラ・タン・ガン・ターラタ・カン・マン・ボダー・カラサ・マーカシャ・ソワタ・ターラタ・カン・マン』
寺の中で祈祷をする大勢の僧徒の声。
『ハッ! ハッ! ハァアアア!! ハァッ!!』
大勢の僧兵達が棒を持ち、一斉に掛け声を出しながら薙刀の型稽古をする広場。
「ヤァアアアアア!!」
「セイヤーーーー!!」
もう一方の広場には二人一組の僧兵が木刀で激しく打ち合う試合稽古の様子。
「ェエエイィィ!!」
更に別の場所では、薙刀を持った少数の屈強な僧兵達と天蓋(主に虚無僧が被る深編み笠)を被って顔を隠し、腰に刀を差した四名の怪しげな刺客が巻藁を誌斬する稽古の様子が見えた。
「なるほど、僧兵衆か」
飛若はその僧徒達の修行の光景を見て納得し、輪西と共に寺の門へと向かった。
「あ、あれは……!」
その時、門番をしていた二人の僧が遠くからこちらに来る飛若と輪西の姿に気づくと途端に驚愕した。
「輪西様だ!」
「輪西様が戻られたぞ!」
二人の門番は大いに喜び、大声で寺の中で修行に励んでいた大勢の僧徒に事の知らせを伝え始めた。
『輪西様ーーーーーーーーーーー!!』
やがて、寺から大勢の僧徒が雪崩のようにやって来て、二人を囲い始めた。
「輪西様! 輪西様!」
「ご無事で何よりです! 輪西様!」
まるで英雄が帰還して来たのを見るかのように歓声を上げる僧徒達は、喜びながら輪西を迎え入れた。
「輪西よ。よくぞ戻った」
「西常様!」
すると、そこに寺の和尚が現れると、輪西は途端に地面に跪いた。
「此度、この輪西入道、不覚にも敵の手に捕われ、西常様の前に真に顔向け出来ぬ所存に仕る」
「良い。お主さえ無事に戻って来たのなら、それで十分じゃ」
輪西のその謝罪の言葉に西常と呼ばれた和尚は気にするなと言わんばかりに彼を許した。
「拙僧を牢獄からお助け致したのは、この者にございまする」
すると、輪西は隣にいた飛若に目を向けた。
「ほほう、このような凛々しい若者がのう」
西常は飛若のその血に塗れた美貌を見て少し驚き、彼に名を尋ねた。
「その者、名をなんと申す?」
「飛若だ」
「飛若、なんとも可愛らしい名じゃのう」
西常は飛若の名を聞くと、彼のその血で汚れた姿を見て言う。
「その血塗れの姿のまま、ここで立ち話をするのもなんじゃ。まずは水浴びをして身を清めよ。話しはまずそれからじゃ。ほれ誰か」
「「ハッ!」」
すると、西常の呼び声に二人の若い修行僧が反応し、飛若の元に近づいた。
「この者を滝まで案内し、代わりの衣服を与えよ。それと、この者の汚れた衣服も誰か洗濯せよ」
「「御意」」
二人の修行僧は飛若に一礼してから言葉を交わす。
「飛若殿、我らについて頂きたい」
そう言うと、二人の修行僧はそのまま飛若を寺から少し離れた滝にまで連れて行った。
その後
飛若は滝で体中についた血を全て洗い流した後、修行僧から予め渡された法衣を着た後、寺の法堂まで案内された。
本来、法堂の中は僧徒が集まるのだが、この時間帯は皆修行に行ってるのか、法堂の中は誰一人もいなかった。
「どうかここでごゆっくりと寛ぎ下され」
そう言うと、二人の修行僧はそのまま法堂から出て何処かへ去っていった。
(ここにも竜の銅像が……)
飛若はふと、法堂の奥にある銅像に気づき、目を向けてしまう。七つ頭の頸部を広げた異様な雰囲気の大蛇の銅像、その姿は今にも急に動きだして飛若の首筋に噛みついて来そうな程に威圧的な表情をしていた。
「かつて古の時代より、その余りにも強い猛毒に恐れた人々の手によって滅ぼされた一族、竜族。されど、ただ一匹だけ生き残った竜族の王、那岐王様は後に迦沙羅様の教えに惹かれ、我ら黎門をお守りした守護神である」
その時、飛若が大蛇の銅像に目を奪われてる間に、いつの間にか彼の後ろから西常が現れ、大蛇の銅像を眺めながら声をかけた。
「那岐王だと?」
「如何にも、本名は邪魔那岐尊と呼ぶがの」
すると、今度はその西常の後ろから何故か瓜の漬物と白湯の入った二つの容器を持った輪西が現れた。
(間違いない。この国に何か手掛かりがある筈だ……)
「まあ、立ち話も何である。座れ」
輪西は飛若を座らせると、自らも座り出した。
「そなたには拙僧を助けて頂いた感謝の気持ちとして、これを差し上げたい」
輪西は飛若に瓜の漬物と白湯を与えた。
「なんだこれは?」
「精禅寺秘伝の漬物だ。本来は滅多に人に与える物では無いが、疲れや体に良く、病気や怪我にもよう効く。遠慮せんで食べよ」
飛若はその瓜の漬物を一つだけつまんで口に入れ、ボリボリと粗食音を鳴らすと、舌の上で強い塩味とあっさりとした水々しさが口の中で混ざり合い、中和していく味わいを感じた。
「ん、美味い! これは白湯に合う」
飛若はハマったかのように次々と漬物をつまんでは白湯を口に流し込む動作を繰り返す。
「飛若殿と申したな?」
「そうだが?」
漬物を食べ続ける彼を見て、西常はある事を問い始めた。
「其方、身を清めたばかりじゃというのに、妙にドス黒い邪気を感じるのう」
その時、飛若は手につまんでいた漬物をピタッと止めてしまう。
「まさか、俺がどういう身の人間か分かるのか?」
「まあ大体のう。おそらく其方、呪いを抱えておるの?」
「ご名答」
飛若はそう言うと、漬物と白湯をすぐさま完食して、本題に入った。
「どのような呪いじゃ?」
西常は飛若に問い出すと、彼は左腕の裾を巻り、刺青を見せて答えた。
「これは人を殺し続けなきゃ化け物になってしまう呪いだ」
飛若の刺青に侵された左腕には、異様な雰囲気を放つ鱗が描かれ、二人の僧は少し冷や汗を掻き始めた。
「うーむ、通りで体を洗ったばかりのお主から血の臭いがプンプンする訳だ。先ほどの鎌次郎との死闘を見て、なんとなく拙僧も感じておった。お主、腕はさほどではないが、その歳で大した度胸を持ち合わせておるばかりか、相当人を殺めておるな?」
「まあな」
輪西は目を鋭く細め、少し強い口調で飛若に問い詰めた。
「お主のような危険な者がこの国になんのようだ?」
すると、飛若は左腕の裾を戻すと、すぐ目の前である物に指差した。
「そいつだ」
それは講堂の奥にある大蛇の銅像である。
「俺を呪った化け物は形こそ色々と混ざった醜い奴だったが、間違いなくその銅像によく似た古武羅だった」
「竜族じゃと?」
その時、西常もまた怪訝な表情を浮かべると、飛若は尚も答え続けた。
「俺を呪ったのが、その伝説の生き物である古武羅で、更にそれに関わってるのが黎教だと知って、少しでもこの呪いの手掛かりを探る為に、俺はこの国に来た」
「その呪いの手掛かりを探って、一体どうなさる?」
西常は飛若に問うと、彼はキッパリと答えた。
「この呪いを解く術を見つける! 人としてあるが為に! ただそれだけだ!」
飛若は威圧するかのように言い放った。
「随分と覚悟を決めた目をしておるが、答えは何処か身勝手に感じるのう」
すると、西常は奥にある大蛇の銅像に近づき、合掌しながら一礼した。
「確かに我ら黎門の伝承では、竜族は関わっておる。栄和朝廷が生まれる前の遥か古の神々の時代、何処中つ国を治めた天帝は黎教を滅ぼさんと各地に大軍を送り、多くの書物を燃やし、信者を惨殺したが、ある時、迦沙羅様の下に仕えた那岐王様は、その毒で大地を腐らせ、その瘴気で天帝の軍勢を退き、迦沙羅様の聖域と黎門を守護したありがたき守神じゃ」
西常のその言葉を聞いた飛若はますます呪いの手掛かりを知りたくなる。
「かと言って、其方に我らが崇める那岐王様の全てを教える事は出来ぬ。世の中には知らぬ方が良い事もあるのじゃ」
「ならば、見つけるまでこの国に留まる! この国の民を殺し続けてでもな!」
飛若はそう言い放つと、途端に輪西は警戒するかのように立ち上がり、鋭い視線で身を構えた。
「それは我らに対しても同じ事が言えるのか?」
「ああ、邪魔するなら例えお前らでも殺す!」
彼らのいる講堂はいつの間にか殺気に満ち溢れるようになる。
「若さゆえの過ちか、それとも顔に似合わず、少々間抜けな性分か」
西常はそう呟きながら少し考え込み、そして飛若に対し答えた。
「ならば、承知した。我らが崇める那岐王様の事を教えてやっても良い」
「本当か?」
「ただし、条件が二つある」
西常は希望を抱え始めた飛若にある二つの条件を提案した。
「一つ、呪いの為だからと申して、我ら中禅宗僧徒に対し、一切の殺生を行わない事、もし仮に刃を向けた場合、我らもそれなりの手を考える」
「勿論だ。お前らにだけは、指一本触れない事を肝に銘じておくよ」
「そして二つ、我ら中禅宗に加わり、その呪いを止める代わりとして、刺客としての仕事を請け負って頂きたい」
「……!」
その時、飛若の顔は突然、驚きの表情へと変わった。
「聞いての通り、我ら中禅宗はこの吉ノ国の改宗の為に戦っておる。特にこの清泉には、不届き者の要人が大勢いる。我らは其方にその者達の暗殺を依頼し、刺客としてそれなりの働きを我らに見せて頂ければ、我ら黎門と竜族、そして、那岐王様の秘密をお教え致す」
飛若は少し考え込んだ。暗殺の仕事を請負えば、呪いの進行は止まる。更に働きに応じては何か呪いの手掛かりを教えてくれる。正直彼にとってはこれ以上ない美味しい話である
「良いのか? 俺にとってそんな美味しい仕事を引き受けて?」
「どの道、其方は人を殺めなくてはならないのであれば、それを利用するしかなかろう」
「待ってくだされ西常様! 拙僧は反対です」
すると、その横で輪西が西常に対し、意見を述べた。
「このような危険な者、いつ裏切るとも分かりませぬ」
「されど、輪西。飛若殿の呪いだと、敵に回すのも厄介であろう。それに本来、あの件は我らとしても極秘の内容じゃ」
「しかし……!」
西常の何処か怪しげな会話に狼狽る輪西の姿を見て、飛若は何か隠してあるという事を感じた。
「なるほど、悪くはないが、こっちも二つ条件があるが、いいか?」
すると、今度は飛若の方からも条件を出してくると、西常はそれを伺った。
「申してみよ」
「一つ、俺は出家はしないし信者にもならない。あんたらの修行や教えに付き合ってる暇なんてないからな」
「その程度なら構わぬ」
「二つ、この国でしばらく留まるには、それなりの生計が必要で、タダでお前らの仕事を請け負うのもどうかと?」
そして、根は意外にも欲深い飛若はその言葉を伝えると、西常はその言葉の意味をすぐに理解した。
つまり、人斬り稼業の報酬として金をよこせという事である
「良かろう、暗殺の働きに見合った分、それなりの報酬を与えよう」
「決まりだな」
こうして彼は過激派の黎門僧兵衆、中禅宗の刺客となった。
「では、其方には輪西を助けた恩もある。しばらくこの国で滞在出来るようにこれを授ける」
すると、西常は懐から麻袋を取り出し、丸ごと飛若に渡した。
「うわ! こんなに!?」
中は高価な金で出来た銭貨、金銭が大量に入っていた。当分は食うに困らないばかりか、贅沢な暮らしが出来る程の量である。
飛若はその金を見た後、彼ら二人の僧に向かって失言を言った。
「お前ら坊さんのクセに、悪者だな」
「私情で人を殺めた事があり、我らに金をせがむお主が人の事を申すか?」
「はっ! 言ってくれるな」
輪西のその返し言葉に飛若は吐き捨てるかのように呟く。
その時、
「飛若殿、洗濯が乾きました」
先ほどの二人組の修行僧が飛若の前に現れ、綺麗に畳んでくれた彼の白い衣を渡された。
「おお、すまない」
彼はすぐさま別の場所で着替え、一張羅である白い衣を見に纏うと、貸してくれた法衣を修行僧に返し、あらためて西常と輪西の二人の前にやって来た。
「じゃあ、そろそろ夜も更けてきた頃だし、俺は一旦、宿に戻る」
そう言って、彼はそのまま講堂から出て行こうとする。
「仕事は二日後の早朝、この寺で話す。くれぐれも送れぬように」
「分かったよ」
西常のその言葉に飛若は返事を返すと、彼はそのまま寺を出て、清泉の町へと向かって山を降りた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
無数の明かりが灯される清泉の町中、夜の町は皆遊び呆ける為にガヤガヤと賑わう最中、飛若だけは怒りに燃えながら、宿へと向かった。
やがて、彼は宿に着くと、ドン!ドン!ドン!ドン!と歩くたびに床に穴が空くのではないかと言わんばかりに怒り任せに強く踏んだ。忘れるわけがない。作兵衛達に囮にされ、牢獄に入れられた恨みを。
「おいテメェら!! 昨日はよくもやってくれたな!!!」
壊れてしまうのではないのかと言わんばかりに、乱暴に障子を開けると、
「お~帰ってきたか飛僧!」
「「「「「「おかえり~!」」」」」」
宿に帰ってきた飛若は目を疑った。そこには鍛丸含む七人が何故か褌姿の格好で部屋にいたのだ。
「な、何でお前ら裸なんだよ……!」
先ほどまで怒っていた飛若は作兵衛達のその姿を見て、怒りよりも困惑のあまりに狼狽えてしまう。
「いや~飛僧には申し訳ないが、先ほど儂等は賭場で儲けた金で女と遊んでいたのじゃが、遊び足りなくてもう一度賭場に向かい、全財産賭けて打っていたのじゃが……」
作兵衛は頭を抱えながらニヤニヤと笑っていた。
「ちくしょう! オイラの勘だったら、あと、もう少しだったのに〜!」
鍛丸は悔しそうな表情で下を向いた。
「そこのクソガキのせいで、俺達は服と武具を取られてこのザマなのさ」
虎丸が不機嫌そうな表情で答えると、飛若は尚も狼狽えながら、彼らに七人に問い詰めた。
「お、おい、ちょっと待て! お前ら……一体、何をしたのか分かって言っているのか!?」
「分かってるに決まっているだろ? わざわざお前の懐の財布から金を半分盗ったのも俺だしよ」
泥吉が堂々と本当の事を暴露してしまうと、
「馬鹿! それは秘密だった筈だろ!!」
土清が泥吉の軽い口に手を当てながら焦り出す。
「なっ……!? お、お前ら……! 俺の財布の金まで使って賭けてたのか!?」
飛若は驚愕した。通りで先ほどから妙に懐の財布が軽いと思ったらこういう事だったかと思わんばかりに体の力が抜け、膝を床について落胆してしまう。
「あら? あんた何持ってるの?」
男好きの一八は飛若の手に持ってる袋を強引に奪って中を漁ると、
「すごい!? 金銭じゃない!? 一体どこで手に入れたの!?」
その言葉を聞いた残りの六人は目を飛び出しながら、飢えた虫のようにその金に群がった。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?』
「よくぞやった飛僧よ! これでもう一度博を打てるぞ!」
「へ?」
作兵衛のその言葉に飛若は石のように固まってしまった。
「よっしゃー! 今度こそオイラは負けないぞ~!」
「お主はもう駄目じゃ! 先ほどはお主のおかげで全財産はたいたんじゃ!」
「え~!?」
麻袋の中の金銭を大いに部屋中に飛ばして散乱させ、はしゃいでる彼らを見た飛若は悟った。
(こいつら、全然反省してねえ……!)
そして最後に敏郎が立ち上がって、その金銭一枚を掲げながら立ち上がった。
「よーし! それじゃあもう一度賭場に向かって大儲けするぞー!!」
「「「「「「おーーーー!!!」」」」」」
『ぎゃははははははははははははははははは!!!』
褌姿の男共の下品な笑い声は隣の部屋だけじゃなく宿の外からも聞こえる程の馬鹿デカイ声であった。
「こ……の……ぉ…………! ろくでなしどもがぁ!!!」
遂に飛若の堪忍袋の尾は切れ、はしゃいでる彼らに対して殴りかかり、宿の中は大乱闘となってしまった。
その後、作兵衛達一同は宿から追い出されてしまうという羽目になってしまった。




