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第二話 二人

 

 ―――――――――――




「グーグー」


 その翌日の朝、飛若は昨日小夜にやられた怪我と、散々追い掛け回されながらも逃げた疲労により、まだ小屋の中で寝ていた。


 彼が住む小屋の室内は葦で出来た屋根と、竹で出来た骨組みがあり、その真ん中で飛若は藁布団を掛けたまま横になっていた。


「ホラ! 朝だよ起きなさい!」


 すると、突然小夜が彼の家に無断で入ってくると、熟睡している飛若の藁布団を強引に引き剥がして起こし始める。


「ん〜なんだよ……人がせっかく寝てるのに……!」


 目覚めの悪い状態の飛若は寒さのあまりに体を包ますが、その様子を見た小夜は呆れ顔で彼を無理やり起こす。



「今日は大事な橋作りの仕事があるでしょ? いつまでも寝てないで起きなさい!」


「勘弁してくれ! 見ての通り昨日からボロボロなんだ! 怪我だってまだこの通りなんだぞ!」


 飛若は体中についたボロボロの傷を見せて小夜に訴えるが、仕事を優先にする彼女には一切伝わらなかった。



「だいたい、いつもいつも俺の家に勝手に入ってくるなよ!」


「文句言わないで行こう! みんな待ってるよ!」


 すると、小夜は飛若の着物の後ろ襟を掴み、そのまま彼を引きずりながら小屋を出る。



「嫌だ! まだ行きたくない!」


「あんたは子供か!」


「ああ! まだ元服前の子供だ!」


 そんな会話をする二人だが、結局、飛若は力の強い小夜には敵わず、村はずれにある川まで無理やり連れて行かれた。


 やがて二人は、雪解けの水が流れる綺麗な川にたどり着くと、そこには小さな作りかけの橋と十人ほどの村の男達が彼らを待っていた。



「遅いぞ飛若!」


「さっさと持ち場につけ!」


 村の男達は小夜に引っ張られている飛若に厳しく当たる。


「って、俺はともかく、一緒に来た小夜には当たらないのかよ!」


 飛若は理不尽に振る舞う村の男達に対して、思いっきり突っ込みを入れる。



「なに寝ぼけた事を言ってんだ?」


「大体予想は着く。どうせ小夜ちゃんに起こされて来たんだろ?」


「お前とは違って、小夜ちゃんは普段からしっかりしてて、とても頼りがいがあるからな!」


「むしろ、後からでも小夜ちゃんという助っ人が手伝いに来てくれるなら、俺たちは何も文句は言わず、大歓迎さ!」


 小夜ちゃん小夜ちゃんと男達に称えられる彼女と違い、無慈悲に扱われる飛若。


「ひっでぇ!」


 飛若はあまりの理不尽さに泣きそうになった。


「分かったら、とっとと働きな!」


 男達の容赦ない言葉に、飛若は渋々と橋作りの作業に取りかかる。


 この橋は村にとって、生活源の賜物である猟場へと繋ぐための橋であり、以前までは狩人はこの川を自力で渡って猟に向かっていたが、流れが速く、冬になると川の水も冷たくなり、多くの狩人達がこの川を通る度に体力を消耗させていたが、遂に村人達は橋作りを決心した。


 飛若と小夜を含む十二名の村人達も、丁度この時期は畑仕事もなく、冬明けで雪が少なくなっているこの時期を使って、ようやく作りかけの橋を完成させようとしていた。


 しかし、当の飛若は橋作りにやる気はなく、なんとかこの場から逃げられる方法を考えるが、小夜が見張っている限り、迂闊には逃げられず、ただ渋々と材料の木を運びながら作業に専念するしか他になかった。


「おい、飛若! 怠けるんじゃない!」


 その時、大工の男の一人が飛若の動きを見て、いかつい表情で言い放つ。


「うるせえな~手は止めてないだろ!」


 飛若は機嫌が悪そうに大工に文句を言うと、村人たちは一斉に彼に対し、厳しい言葉を連発する。



「動きが鈍くなってるぞ!」


「全く、男のクセしてだらしねえ!」


「見ろ、小夜ちゃんなんかお前の倍は働いているぞ!」


 ある一人の男が小夜に指差すと、そこには大の男でも持てそうにない太い丸太を二本も担いだ小夜が、平然とした表情で運んでいる姿があり、それを見た飛若はボソリと小さく呟いてしまう。



「相変わらずの馬鹿力だな……」


「何か言った?」


「い、いえ、何も……!」


 その時、飛若は小夜から妙な殺気を感じると、何も聞かなかったフリをして誤魔化した。


 やがて、しばらく経つと、男達の体からは湯気が湧き出た。冬明けでもまだ浅い雪が残り、それなりに寒い筈なのに男達は汗をかくほどに体を動かしながらも橋作りに専念する。それだけ真剣であった。


 だが、飛若だけはやる気が無さそうに心の中でこう呟く。


(帰りたい……)


 彼は今すぐにでも自分の家に帰りたかった。しかし、いくらそう思ってもこの場から逃げ出せることは不可能なのは言うまでもなかった。


 やがて、朝から橋作りの作業に取り組んでから昼頃まで経つと、ようやくここで大工の一人が感嘆の声を上げる。



「完成だ!」


 村人達はようやく橋作りを終え、一同は喜び始める。


「やっと出来た!」


「これで狩人達も心置きなく猟に励めるぞ!」


 村人達は橋が完成した事に、達成感を覚える。


「お、終わった……!」


 飛若は昨日からの負傷と作業の疲労で、体はヘトヘトの状態だった。


 しかし、やっとの事で橋作りの仕事を終えて、ホッと一息を着いた途端、親方がその先の森林を見ながら呟く。



「さて、最後にこの先の獣道まで道を作るか」


 その途端、耳を疑った飛若は堂々と橋に立つ親方に声をかける。


「って、まだ終わってないのかよ!」


「当たり前だ! まだ夕暮れには早いからな。獣もそろそろ冬眠明けする時期だから丁度いい。狩人達が案じて猟場まで進めるようにするのが、俺たちの仕事だ!」


 そんな親方の言葉を聞いた飛若は絶句する。


「冗談じゃねえ! 俺は帰って寝るぞ!」


「何処行くの?」


 飛若が村に戻ろうと後ろを振り返った途端、そこには小夜がニコッと笑いながら、橋の上で立ちはだかる。


「小夜……勘弁してくれ……!」


「だ〜めっ! トビったら、昨日お供え物を盗み食いしたでしょ?」


 小夜は罰当たりの飛若を強制的に働かせる気満々で、両手を広げながらゆっくりと彼に近づく。


「畜生! だからって、この身でこれ以上働くのはごめんだ!」


 飛若は絶句しながらも、男達の体を掻い潜り、村とは逆方向の森に逃げ出す。



「飛若が逃げたぞ!」


「捕まえろ!」


「逃がすんじゃねえぞ!」


「こき使い尽くすまで、働かしてやれ!」


 男達はどこか極悪な表情で笑いながら、飛若を捕まえようと追いかけ始める。



「こらあああああああああああああああああああ!」


 その中でも特に小夜が一番乗りで先陣の前を走り、叫びながら飛若の後を追いかける。


「またんかー!」


 小夜の叫び声が聞こえる中、彼は全力で森の中を駆け回った。



 その後、彼は村人達からなんとか逃げ切ると、どこか丁度良いところで体を休めようと木に持たれながら座りだし、息切れした肺を落ち着かせようとゆっくりと深呼吸をする。


「チッ! いくらなんでも人使い荒すぎだぞ……!」


 なんとか逃げ切れたとはいえ、まだ遠くの方から『飛若! どこだー!』という村人達の声が微かに聞こえ、彼はそれに舌打ちをする。


「でも、まぁやったのは俺だしな……」


 しかし、彼は村人達に悪態をつかないどころか、自分の行いを反省していた。


「少し休んだら、帰って皆にちゃんと謝るか」


 飛若はその場で木にもたれながら、落ちている小石を手に取り、頭上に何度も飛ばしながら遊び始める。これは彼の癖のようなものであった。


 その時、奥の林から何やらカサカサという音が聞こえ始める。


「ん?」


 彼は頭上に石を飛ばすのを一旦やめると、その音が聞こえる林に目を向けた。


 そこには一つ目で髪の毛は白く、両手を広げながら一本足で立ち、キザギザの歯を並べた小さな生き物が五匹ほど現れた。


「雪坊か。まだいたのか」


 雪坊とは主に寒帯の地にいる小妖怪で、主に雪が積もる冬に現れ、人里の蔵に忍び込み、冬に向けて蓄えた食料を漁って食らうという迷惑な妖怪である。


 この何処中つ国には、あらゆる人間の種族や獣の他に妖怪という異形な生き物が存在するが、どれも人に害を与えるものばかりが存在していた。


 それが、国に脅威を与えるものもいれば、悪戯程度で済ますものもおり、人々はその人に害を為す妖怪を常に退治して、この世は成り立っている。


「倒しておくか」


 飛若はそう呟きながら、落ちている枝を拾い始めると、雪坊に目掛けて振り下ろし、一匹ずつ叩き殺した。雪坊は一本足な為に動きは遅く、力も弱い為に子供でも簡単に殺せる雑魚妖怪である。


 春になり始めるこの季節に雪坊が現れるのはかなり珍しく、普通は暖かくなると山の何処かへと消えてしまう妖怪なのだが、村にはこれから稲を植える為の種籾が蔵にあるので、その村の近くに雪坊が現れるとなると、村の種籾を食らう可能性が十分にあり、今年の収穫にも影響を与える恐れがあった。


 飛若はそれを防ぐ為にも、雪坊を退治する事に専念した。少し可哀想な気もするが、貧困も多いこの世界の人間の水準からすれば彼の行いは至って普通の事である。


「これを持って帰って詫びを入れるか」


 雪坊の死骸は意外にも薬として調合でき、その足は煎じて体に塗ると、肩こりや腰痛などに良く効き、こむら返りの痛みを治すのが一番効くとされている。


「村の年寄りにやれば喜ぶだろうし、近頃あのババアも調子悪そうだしな」


 このように本来、飛若は単に村人達に迷惑をかけたり、困らせたりする不純な悪戯小僧ではなかった。どちらかというと、もっと純粋で義理的な性格を持つ少年である。


 ただ、何処か捻くれて恥ずかしがり屋な分、素直になれず、決断力に欠けている部分があり、よく人との関わりで失敗してしまう時がある。


「さて、そろそろ帰るか」


 気付けば夕日は落ちかけ、十分に体を休めた彼は雪坊の髪の毛を鷲掴みして、村に帰ろうとする。


 先ほど村人達から逃げた彼は内心、村に帰りづらいという気まずい思いを抱くが、いつまでも此処にいるわけにはいかないと思い、腹を括って雪坊の死骸を手に持ち、その場から立ち去ろうとすると、


「その必要ないよ」


 突如、その後ろから聞き覚えのある少女の声が聞こえ始めた。


「げっ! 小夜……!」


 後ろを振り返ると、そこに小夜がいつの間にか立っているのに気づいた飛若は、徐々にその表情が青ざめていく。


「全く、散々逃げておいて……!」


 小夜は手の指をゴキゴキと鳴らしながら、ゆっくりと近づいてくる。



「覚悟は出来てるわよね?」


「わ、悪かった! 逃げたことは反省してるから、その拳を握るのはやめてくれないか!」


「問答無用!」


「いっ……!」



 飛若の謝罪に耳を貸そうとしない小夜は、彼に向かって勢いよく走り出し、飛若は最初に来るのはゲンコツだろうと察して、両手で頭部を守ろうとしたその時、



「な~んてね!」


 彼女はクスッと笑いながら、飛若の頬を優しく人差し指で突く。



「あたしはそこまで乱暴者じゃないよ?」


「い、いつもみたいに殴らないのか?」


「こっそり見てたわよ。反省してるようだったし」


 飛若は小夜のその優しさに少し驚いた。いつもだったら、流血するぐらいにまでボコボコに殴り、とどめに岩の下敷きにさせるほどの無慈悲な怪力娘だという印象を彼は抱えていたが、今日は機嫌が良いのか、珍しく暴力を振るわなかった。


 いや、というより、ここのところ小夜は妙に優しかった。


 それこそ彼がある日、冬のこの季節に米を洗い、手を冷たくして痛めているところを、彼女はその手を優しく握って温めてくれたり、力仕事をしている最中に彼が喉を渇かしたら、わざわざ雪を入れた竹筒を胸の中で温め、その溶かした水を与えてくれたりする。



「村の人たちには私から言っておくから一緒に帰ろ?」


「すまない」


 首を傾げながら見つめる小夜のその優しい言葉に彼は言うとおり従った。白い雪の森の中を共に歩く二人はお互いに語り合う。


「それにしても、トビってほんとに声変わったよね。前までは可愛らしい声をしてたのに」


 小夜は両手を後ろに回して、飛若の顔を覗くように首を傾げる。


「俺だって、もうそろそろ世間じゃ元服していい年頃なんだ」


 元服というのは成人の儀を意味し、元々は貴族などの身分の高い者がその儀式を行い、名前を変えて初めて成人として認められるしきたりであり、その儀式の形は地方や部族によって、様々な違いがある。


 しかし、それは遙か何百年も前の話であり、この時代は庶民が元服するのも当たり前の世となり、特に十代から戦に出ようとする若者が成人を証明するために元服後の名を名乗り出すのが主流になり、今や元服の儀は貴族だけでなく、防人や商人、小作人や百姓などの農民にも広まって普及している。


「前の方が弟っぽくて、良かったのに……」


 小夜は以前の飛若の声が、名残惜しく思いながら俯き、ボソリと小声で呟く。


「ん? 何か言ったか?」


「別に」


 小夜はツンとそっぽ向くと、しばらくの間二人は無言になり、静かな雰囲気が続く。



(気まずい……!)


 飛若は心の中でそう呟いた。先ほどから隣にいる小夜を見るたびに心臓の鼓動が嫌でも高鳴っていた。


(なんだよ……? なんで俺はこいつといると、こんなにも緊張するんだ……?)




 一方小夜は、



(んも~~~! 何よ! なんでトビに振り向いて貰おうとする側の私がこんなにときめいてしまうのよ! 大体いつの間にかカッコよくなり過ぎなのよ!)


 夕日の光が氷の大地を照らし、雪、氷柱などが、色鮮やかに輝く中、二人は恥ずかしそうにお互いチラッと横目で見ながら頬を赤く染めていた。





「いつか絶対……好きって言わせてやるんだから……」




 小夜はジト目で俯きながらボソリと呟く。



「え? いつか……何だって?」


「な、ななな、何でもないよ別に!」


 その時、小夜は自らこぼした小さな本音を飛若にも少し聞かれてしまった途端に顔を真っ赤にし、あたふたとしながら否定する。


(もしかして、いつかボコボコにすると言っていたのか? だとしたらマズイ……!)


 しかし、飛若は普段から喧嘩が強い小夜に恐怖心も抱えており、すぐに謝罪しようと慌てながら彼女に近づいた。



「いや、何か気に障ることがあったら言ってくれ! 謝るから!」


「何でもないって言ってるでしょ!」


 その時、彼の凜々しい顔が間近で迫ると、それに赤面した小夜は恥ずかしさのあまりに、つい力一杯、両手で彼の体を突き飛ばしてしまう。


「いてて」


 尻餅を地面について、腰をさする飛若を見た小夜はハッと口に手をかざし、つい手を出してしまった事に気づくと、すぐさま彼に謝罪した。



「ご、ごめんね。そんなつもりじゃなかったの……」


「いや、良い。怒らせた俺が悪いんだし、すまなかった」


 飛若は小夜の機嫌を損なわせてしまったと思い込み、すぐさま立ち上がり、彼女から距離を取ろうとすると、


「ち、違うの!」


 突然彼女は飛若の右手を両手で掴みはじめた。冷たく細い手が彼の手に伝わった瞬間、飛若はまたもやドキッと胸を高鳴らせてしまう。


「あっ……!」


 その瞬間、小夜は謝罪のつもりが、つい飛若の手を握ってしまった事に気づき、二人は共に顔を真っ赤にして恥ずかしがる。


「ほ、本当にごめんね!」


 赤面した彼女はそれだけを伝えると、その場から逃げるように村へと走り去っていった。


「何なんだよあいつは……?」


 飛若は小夜のその振る舞いを見て、胸をドキドキと鳴らしながら、しばらくその場で呆然と立ち尽くす。


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