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第十九話 音江

 

 ――――――――――――――――





 その昔、村で一人のある若い娘がいた。名を音江と呼ぶ。


「この余所者が!!」



 彼女は同じ村の出身である父親と違って、この村で生まれた訳ではなかった。もっとここより南にある大きな町の生まれであったが、父と母を失い、仕方なく叔母が引き取ってこの村に来たのである。


 たったそれだけの理由で彼女は村人達から石を投げられ、髪を掴まれ、殴られるなどの私刑を受けられていた。



「も、もう……やめてください……!!」


 音江は涙ながらに止めるよう懇願するが、


「うるせえ! 何も喋るな! 汚らわしい余所者が!」


「そうだそうだ! この疫病神め!」


「見てるだけで目が腐ってしまう!!」



 村人達は彼女の言葉を全く聞き入れず、ただ一斉に集まっては罵声を浴びせ、石や家畜の糞を投げつけていた。



「お、お願いします……決して皆様の機嫌を損ねる事は致しませぬ……!」


「そういう訳にはいかねえ。余所者のお前が俺たちに楯突いたらどうなる事かをここで教えなきゃいけねえ! それがこの村で昔から決まっている伝統と風習だ!」


 大柄の男が音江の髪を掴んで、娘の顔に迫りながら説教をする。



「な、何も楯突いておりません……!」


「今言ったその口答えを楯突いてると言うんだよ!」


 そう言うと、男は娘の顔を力強く地面に押しつけると、村人達は寄って集って彼女を蹴り、踏み続けた。


 やがて、その暴行が夕方まで続くと、村人達は満足げな表情で笑う。



「今日はこれくらいにしてやるよ」


「へへへ、感謝しな!」


 村人達は憂さ晴らしを果たしたかのような爽快な気分をしながら、その場に倒れてる娘を置いて去っていった。


「ヒック……! うう……ううううう……!」


 若い娘はボロボロの姿で地面に横たわりながら、ただ泣いていた。


「なんで……? なんでこうなったの……?」


 音江は理解出来なかった。何も悪いこともしておらず、何故自分がこんな仕打ちを受けねばならないかを。


 やがて、音江は自らの足で立ち上がり、そのままボロボロの姿のままで自分の住む家に帰ったが、


「音江! 一体何処をほっつき歩いたんだい!?」


 家にいた叔母はそんなボロボロの姿の音江を見ても、何も気にせず心配もせずに彼女を叱っていた。



「ごめんなさい……」


 音江はそんな不機嫌そうな叔母に謝るが、、



「誰があんたなんか許すか! さっさと米炊きな! この居候が!!」


 叔母はまるで奴隷を扱うかのように音江に命じた。彼女は言われた通りに、台所で米を研ぎ、竈で火を炊き始めた。



「全く! 弟が死んで、なんであんたなんかを引き取らなきゃいけないんだろうね!?」


「……」



 叔母は不満げな表情で火に息を吹きかける音江を見下ろした。


 その後、食事を終えた叔母が眠ると、食事すら与えて貰えなかった音江はその家から出て、村から少し離れた川の方へと向かった。


「ヒック……ヒック……!」


 川の前にいた音江は耐えきれぬ程の思いで、目から涙を零す。


「うええええん……!」


 音江は好きでこの村にいる訳ではなかった。何度も村から出ようとした事もある。だが、その度に叔母が村人達に彼女が逃げたことを知らせて、取り押さえられてしまう。


 そう、叔母が死んだ父親に代わって、音江を引き取った本当の目的は彼女を奴隷として調教する為である。



「お父さん……お母さん……!」


 彼女は今にも両親に会いたかった。だが、その両親はもう既にこの世にはいない。


 そんな時、



「うん……?」



 気づくと音江は右腕に何か小さな物が引っ付くの感じると、そこには黄色い縞模様の蜘蛛がいた。



「どうしたの蜘蛛さん?」


 音江はキョトンと首を傾げながら蜘蛛を見た。普通の人間ならば、見ただけで気持ち悪く思い、潰して殺す筈だが音江は何故か不思議とその蜘蛛がどうしても可愛く見えてしまった。


「蜘蛛さん? あなたも人間に気味悪がられて蔑まれてる生き物なんでしょ? どうして私なんかと?」


 音江は蜘蛛にそう話しかけると、蜘蛛は何も恐れず音江の肩まで登ってくる。


「ふふふ」


 その蜘蛛の仕草を見た音江は、自分に懐いてくれるその生き物に優しく触れながら笑った。









 その頃、村の屋敷では、村人達全てが集まり、何か会談をしていた。



「けっ! あの娘見ただけで腹立つぜ!」


「ああ! この村の害虫だ!」


「私たちに口答えして!」



 村人達は不機嫌な物言いで音江の事で愚痴を言い合っていた。



「あの女! 次こそは儂等を舐めないよう調教しなくては!」


「でも、どうするんだ? もう色々とやったけど?」


「な~に、いい方法なら他にもある。例えば……」


 すると、一人がある提案をその場で口にすると、村人達は一斉に笑い始める。



「なるほど~」


「それは名案だ!」


「前からいい女だと思ったんだよな~!」


「男ども後でやっちゃいな!」



 その場にいた男達はもちろん、女もその提案に乗った。




 その時、




「大変だ!」


 外から、何やら騒々しい表情をした男が屋敷の中へと入ってきた。



「あの封印の壺が解かれた!」


「何だと!? 二十年も前に結界で封印されていたあの壺がか!?


 その時、村長が驚愕する。



「眠っていたあの蜘蛛は!?」


「それが、いつの間にか逃げて行きました!」


「まさか……二十年の眠りから覚めた途端に逃げたか……!」


 その時、若い男が険しい表情をしてる村長に質問する。



「おい、一体何の話をしてんだ?」


「まだ若いお前には知らぬ事だが、全てを話そう」


 そして、村長がこの場にいる者達全員に語り始めた。



「もう二十年も前の話しだ。あれは確か、まだ儂が若い頃、この村にある呪術師がやってきた時の事だ」


「呪術師?」


「うむ、当時の儂等は今よりも余所者を受け入れず、来た者は殺しては身ぐるみを剥ぐ風習があった。儂等はいつものように余所者を客人として招き入れ、皆でその呪術師の寝込みを襲ったのじゃ」


 村長は尚も語り続ける。


「しかし、呪術師はそれに怒り狂い、咄嗟に逃げて村のはずれまで行くと、この村に復讐する為に蠱毒という呪いの儀式を行ったのだ。」


「蠱毒?」


「うむ、儂等はすぐにその呪術師を殺したが、既に儀式は終え、生き残った蟲である蜘蛛がその場からすぐに逃げたのだ。それ以降、村には不作や流行病などが起こり、皆、飢えや病に苦しむ時期がしばらく続いたが、儂等はその災厄から逃れる為に、巫女を雇ったのだ」


「わざわざ外の町にまで行って?」


「そうじゃ。そして、巫女様は依頼を受け、遂にその蜘蛛を見つけだし、壺の中へと入れて封印させたのじゃ」


「何で封印なんか? 殺して浄化すればいいのに」


「それは巫女様が儂等の本心を見破ったのじゃ。用が無くなればすぐに殺し、報酬も何もかも無かった事にするという儂等の魂胆をな。だから、あえて二十年の封印だけをして、御神体の岩の前に供えて誰も手をつけないように結界を張り、すぐに村から逃げてしまったのだ」



「ひでえ! 責任もねえのかよ!」


「逃げてしまったものはしょうがない。そして、今年はその封印が解かれる年だと分かっていたので、今宵まで、御神体の周りに見張りをつけていたが、どうやら見張りを怠ってしまったようだな」


「皆のせいじゃねえ! 全部、余所者である音江がこの村に来たせいだ!」


「うむ、今宵その封印が解かれたとなれば、また不作や病でこの村はお終いになる。探せ! この村の呪いを何としてでも止めるのだ!」


 村長のその命に村人達は一斉に立ち上がる。









 一方、



「蜘蛛さん?なんで私は人間に生まれてきてしまったのかな?」


 河原の草むらで横たわっている音江は手の上に乗っかっている蜘蛛と会話をしていた。


「私は皆に虐げられる為に生まれて来たのかな?」


 音江は悲しかった。何故自分がたったこの村にいるというだけで、こんな苦しい思いをしなきゃいけないのかを。


「蜘蛛さん……私もあなたと同じ仲間なのかな?」


 外見だけで人から蔑まれる虫、蜘蛛。それは決して害虫ではなく、むしろ害虫を食べてくれる虫である。音江はそんな人の役に立つ善良な虫をしばらく見つめながら、可愛がっていたその時、




「おい音江!」


 彼女の名を呼ばれた途端に振り返ると、そこには数人の村人達が現れた。


「な、何!?」


 音江はそれを見て驚くと、男たちはいきなりこちらに来て、突然その長い黒髪を強引に掴みはじめた。



「い、痛い! やめてえええええええええええ!!」


 彼女は叫び声を上げるが、彼らは容赦しない。



「音江! 全部お前のせいだ!」


「一体何の事!?」


「害虫であるお前がこの村に来なければ、こんな事にはならなかった!」



 音江の目に映った村人達のその表情は気でも狂ったのではないのかと思うほどに狂気に満ちていた。



「へへへ! 罰としてお前にはたっぷり調教してやるよ!」


「やっちまいな男共!!」


 すると、村の女達がかけ声いうと、村の男達は音江に群がってきた。



「な、なにをするの!?」


「うへへへ!」


 男達のその野太い手が徐々に音江に迫ってくる。


「や、やめて! いやあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」





 その後、




「へへへ!」



 そこには服を乱されて人形の様に動かなくなってしまった音江の姿があった。




 そう音江は男達に汚されてしまった。




「これで少しは懲りたろ!」


「ざまあみな!」


 村人達はスカッとしたかのように、音江を見下ろした。



「何をやっておる!?」



 その時、村長が彼らの前に現れて、険しい表情をした。



「見ての通りさ! 仕置きを済ませてやったのさ」


「そんなことなどしてる場合ではない! さっさとお前らも探すんだ!!」


 村長はそう言うと、彼らは村長の後をついてその場から去ってしまう。



 ーー何なのこの村は? 一体何なの人間って?



 音江は村人達に対し、底知れない怨みを湧き上がらせた。いや、村人達というよりも人間そのものに。



 ーーなんで私は人間なんかに生まれたの?



「人間に生まれて来なければ、こんな屈辱を味合わなくて済んだのにいいいいいいいいいいい!!」



 音江は怨まずにはいられなかった。そして、音江は人間だけでなく、人間として生まれた弱い自分に対しても、その存在を怨んだ。



 ーー人間と同類になりたくない。



 ーーもう嫌だ。



 ーー私が……私が人間じゃなく……人間を襲う……化け物になっていれば、



「あの汚らわしい人間共を喰って! 喰いちぎり!! 喰い散らかして殺してやれるのに!!!」



 音江は怨みを抱えながらそう強く叫んだ。人として生きるぐらいなら死んだ方がマシだ。そういう思いを抱えながら彼女は強く願った。





 ーー化け物になりたい……





 最後にその思いを心の中で呟いた、その瞬間、


 音江の側にいたその黄色い縞模様の蜘蛛が彼女の体に乗っかり、



 ギチギチギチギチ



 音江の体と一つとなって同化し、音江の体は徐々に世にもおぞましい蜘蛛の姿へと変えた。おそらく、この蜘蛛こそが、村長が騒いでいた呪いの蜘蛛であり、その蜘蛛そのものの能力であろう。



「私は……化け物だ!!」



 巨大な女郎蜘蛛と化した音江は、物凄い形相をしながら、村人達を襲いに向かった。


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