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第十八話 蜘蛛

 

 ――――――――――――――――






 薄気味悪い程に静かな暗い森、獣は勿論の事、鳥の鳴き声すら聞こえないその森の中で、飛若と老人の二人が共に歩いているのが見えた。彼らはただ、ひたすら北に向かって歩くが、


「何なんだこの森は?」



 飛若はその不気味な雰囲気を漂わす森を見て、若干怖じ気づきながら辺りを警戒しながら進んだ。



「ん?」



 すると、飛若はふと、パキッと何か枝のような物を踏み折るのに気づいて、足下を見るとそこには一本の矢が落ちていた。



「あいつらのか」



 一八の物かそれとも泥吉の物か、どちらの物かは分からぬが、間違いなく彼らの矢であった。



「さ、さて……! ここまで来たのじゃ! もう良かろう!」


「ああ、ご苦労だった。もういいぜ」


 老人は飛若のその言葉を聞くと、ホッと一息して村に帰ろうと振り返り、飛若に背を向けた途端、若者の目の色が変わり、腰の上古刀の柄を掴み、ゆっくりと抜いて老人に近づく。


(俺の呪いの贄となってもらう……!)


 刀身をギラリと怪しく光らせる直刀を手にする飛若は構えて老人を斬ろうとしたその瞬間、



 シュルルルルルルルル!



 突然、巨大な蜘蛛の糸がどこからか飛んできて、老人の体に絡む。


「ひっ! ひゃああああああああああああああ!!」


 老人はその蜘蛛の糸に体ごと勢いよく引っ張られると、悲鳴を上げながらそのまま深き森の中へ消えていった。


「なっ!? 妖怪か!」


 その光景を目の当たりにした飛若は驚愕し、すぐさま妖怪の襲撃から逃れる為に、背を低くしてその辺の茂みの中へと隠れた。


「チッ! いきなり出て来るなんて、いくらなんでも早すぎだろ!」


 飛若は茂みの中で舌打ちをしてそう呟くと、そのまま息を殺してその場に身を潜める。


『あれ~? もう一人いたような気がしたけど、気のせいだったかしら?』


 その時、不気味な女の声が森のどこからか聞こえてくる。



「まあ、いいわ。あのアホそうな男達を食べる前の腹ごしらえに先に頂くとするわ。あははははははははははは!」


 女の声は狂ったかのように笑い、やがて、その声も奥へと消えていく。


(何なんだあの声は? 人か? 妖怪か?)


 飛若は怪訝な表情を浮かべながら、心の中で呟いた。


 普通、ケダモノに等しい存在である妖怪の類いが人語を話すなど、ありえない話なのである。


 飛若はその妖怪らしき怪物が去って行ったのを見ると、茂みの中から出てきて立ち上がった。


「こ、これは……!?」


 すると、そこにはいつの間にか森中全体が蜘蛛の巣で張り巡らされてある光景を飛若は目の当たりにする。


 おそらく、先ほどの怪物がその場から去る前に張ったのであろう。


 辺り一面、蜘蛛の巣だらけの森を見た飛若は溜息をしながら、頭を掻いて呟いた。


「ハァ……折角、殺そうとした獲物は奪われるわ、この蜘蛛の巣のせいで森から簡単に出られなくなるわ、ここ二日間ロクに寝てないわで、ホント最悪だ……」


 そう言って飛若は蜘蛛の巣に触れないよう慎重に掻い潜りながら、この場から出る為に森を彷徨った。


 蜘蛛の巣は獲物がかかると、敏感にもその糸の振動に反応して、獲物の下へやって来るものである。


 飛若はこの森中に張り巡らされた蜘蛛の巣が、人を襲う妖怪の仕業だとしたら、下手に糸に触れてはならないものだと悟り、周囲を見ながら先に進んだ。


 やがて、進む途中で地面に人間の骨や骸骨が落ちているのをいくつか見かける。おそらくあの怪物に喰われた犠牲者のものであろう。



「ん?あれは?」



 すると、飛若は足を進める先にあるものが見えた。



「ってあいつら…!」


 それは木の枝で逆さに吊るされて気を失っている作兵衛達六人の無様な姿が見えた。



「なにやってんだよあいつらは……!」


 飛若は自らの顔に手を当てながら呆れてしまう。如何にも間抜けそうに見える作兵衛達六人の悪党が、果たして妖怪相手に勝てるかどうかも疑問に思い、逆に返り討ちになるのではないのかと彼は疑ったが、飛若の予想通りに彼らはまんまと化け物に捕らえられてしまった。木にぶら下がっている六人のその姿はまさしく阿呆の末路と言っても良い。



「たくっ!」


 そんな作兵衛達を見た飛若はそのまま彼らを見捨て、忍び足でその場を通り過ぎた。普通の人間なら助けてあげる筈なのだが、飛若は別に悪党の彼らをわざわざ助ける義理は無いと思い、また餌である彼らがここにいるという事は、近くにあの怪物がいるのかも知れないという事を察し、すぐさまその場から去る事を優先にした。


 しかしその時、



「そこにいるのはだぁれ~?」


 突如、どこからか不気味な声が聞こえて来た。


「なっ……!?」


 飛若は驚きながら、すぐさま茂みの中に隠れた途端、


 ドチャ!


 その時、上から何かが飛若の目の前に降ってきて、彼はそれを見た途端に叫び声を上げそうになった。それは、先ほど飛若が殺そうとしていた老人の死体で、その姿は無惨に食い散らかされ、肉の塊と化していた。


 飛若は恐怖の余りに口に手を当てながら息を殺し、その場から離れようとすると、


「う、うわっ!」


 彼の足にいつの間にか蜘蛛の巣が絡まり、彼はすぐさまそれを取り払おうとするが、粘着が強すぎて中々取れず、今度は手に絡まってしまう。


 やがて、森のどこからか何やら巨大なものが、木の枝を伝ってこちらに迫って来る音が聞こえ始めた。おそらく、飛若の絡まっている糸の振動を感じ取り、捕まえようとこちらに来てるのであろう。


「クソっ! 解けよ!!」


 彼は一刻も早くその場から逃げようと焦り始めるが、人は窮地に陥れば陥るほどに混乱し、正常な判断が出来ない生き物である。


 焦りながら糸を解こうと暴れまくる飛若は遂に蜘蛛の巣の網にかかった虫のように、身動きが全く取れないあられもない格好になってしまう。


 やがて、その巨大な生き物の正体が飛若の前に現れた。


 それは上半身は人間の女の姿をしてるが、下半身は黄色い縞模様をした巨大な蜘蛛の体であり、何とも醜くおぞましい 姿であった。



 蜘蛛と人間の女が混ざった妖怪、女郎蜘蛛である。



「今日はお客が沢山来るわねえ~。ご馳走も十分だってのに~」


 女郎蜘蛛はギチギチと音を鳴らしながら、糸を伝って巣にかかった飛若に近づき、



「み~つっけたぁ!!」


 女郎蜘蛛はニタァァと笑いながら飛若の顔を覗き見た。死人のような真っ白な肌をした顔に長い黒髪を揺らし、黄色い眼を光らせ、赤い唇をした女郎蜘蛛が彼の顔の前に現れる。



「うわああああああああああああああ!!!」



 飛若はその見るもおぞましい妖怪を見て、恐怖に怯えながら悲鳴を上げた。


「思ったより幼いねぇ~。でも、なかなかの美形だわぁ~。好みよ~」


 女郎蜘蛛はクスクスと笑いながら飛若の頬を撫でると、彼はゾッと青ざめる。


「あなたこの馬鹿な人間達とは、何処か違うわねえ~。何だろう~? 私と同じような匂いがするわ〜。それも私が震える程の邪念をね〜」


 吊るされてる作兵衛達を糸で器用に操りながら近づけ、飛若に見せた。


「あなた何処か私と似てて気が合いそうだわ〜。アッハッハッハッハ!」


 女郎蜘蛛は森中に響き渡るほどの笑い声を上げると、森にいるカラスの群れが怯え、鳴きながら羽ばたいてその場から逃げてしまう。身動きの取れない飛若は今からこの化け物に喰い殺されると思い、何とかその場から逃れようと必死に暴れるが、


「まあいいわ」


 すると、意外なことに、女郎蜘蛛は飛若の絡まっている糸をあっさり解いて、彼を自由の身にした。


「おい! なんの真似だ!?」


 先ほどまで殺されると持っていた飛若は、驚きながら女郎蜘蛛に問い出す。



「私はあなたのような美男子を食べる趣味はないから~。良かったら私と一緒にご馳走を食べない?」


「誰が人間なんか食えるか!」


「もう~そんなに怖がらなくていのに〜。別に私はあなたのような美男子を襲ったりなんかしないから~」


 飛若に食事の誘いを断られた女郎蜘蛛は少し残念そうな顔をしながら、気絶してる作兵衛達を元の枝に戻して吊るした。


「それに、あなたには何故か人間の気配が感じ取れないのよね〜。どちらかというと、私達と同じような妖怪の気配を感じるわ~」


 女郎蜘蛛は飛若にゆっくりと近づきながら、彼の眼を覗き見る。


「そ、そういうお前は本当に妖怪なのか?」


 その時、飛若のその一言で、女郎蜘蛛は一瞬顔色を変えた。



「どういう意味?」


「人の言葉を話す妖怪など、俺は今まで聞いた事もねえ」


 彼の言うとおり、この世には人の言葉を話せる妖怪などいないのが一般の常識であった。



「私はれっきとした正真正銘の妖怪よ〜。まあ、昔は違ったけど……」


「昔は違った?」


 女郎蜘蛛は俯きながらそう呟くと、彼は怪訝な表情を浮かべる。



「かつて私は音江と呼ばれた、ただの女よ」


 女郎蜘蛛は自らの名を名乗った。



「音江……女……? という事はお前人間だったのか?」


「私を人間扱いしないで」


 すると、女郎蜘蛛は目を細めながら、飛若を睨みつけると、彼は決して触れてはならない禁句を言ってしまったのではないのかと一瞬焦り出した。


「あなたは何しにこの森へ来たの?」


 続いて女郎蜘蛛は飛若にこの森に来た理由を聞き出すと、



「人を斬る為に狙っていた人間を人目のつかない森へ誘ったところ、お前に横取りされたんだ」


「まあ、それはごめんなさいね~」


 女郎蜘蛛はそう謝ると、少し鋭い目つきに変わって彼を問い詰めた。


「でも、実は言うと、あの村から私を退治するよう頼まれたでしょ?」


「否定はしないな。断ったが」


 飛若がそう答えた瞬間、女郎蜘蛛は突如その巨体を震わした。



「あの村人共……! 畜生!!」



 女郎蜘蛛は憤りを露わにしながら、そのまま感情に身を任せて、周りの木々を薙ぎ倒した。


「いつか、あの村の奴ら一人残らず殺しにしてやる!!」


 女郎蜘蛛は憎々しげな表情を浮かべながら、村の方角を睨む。


「お前は一体何なんだ?」


 その様子を見た飛若は、女郎蜘蛛に質問する。



「私は見ての通り、化け物よ」


「いや、違う。お前はそうやって喋れるし、理性だってある。元は人間の筈だ」



「私を汚らわしい人間と一緒にするなぁ!!」


 その瞬間、女郎蜘蛛は物凄い形相で飛若を睨むと、彼はそのあまりの剣幕に恐れをなしたが、彼は尚も女郎蜘蛛に質問を続ける。



「一体、あの村とお前にどんな関係があるんだ?」


「いいわよ。人間の匂いもしないあなたになら教えてあげるわ。あの忌々しい村の事をね……!」



 女郎蜘蛛は悔しげな表情をしながら、飛若に自らの過去を語った。



「あの村は本来、余所者を受け入れない風習があるの。私の父と叔母はその村の生まれで叔母は村で、父は外の別の町で暮らしてたわ。私は幼い頃から父と母と共に暮らしてたけど、ある日、私の父と母が流行病で亡くなってしまい、私は行く当てもないまま、仕方なく叔母に引き取られて、あの村に住むことになったの」



「それが地獄の始まりだったわ」


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